「金銭感覚が麻痺する」iPhoneマニアにかけたジョブズの魔法の正体
プレジデントオンライン / 2020年5月15日 9時15分
※本稿は、佐々木康裕『感性思考 デザインスクールで学ぶMBAより論理思考より大切なスキル』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■デザインスクールから生まれる感情に響くビジネス
変化が激しい今の時代、従来のMBAで学ぶ論理思考や戦略思考だけでは対処できない問題が頻出しています。そこで私はMBAへの留学ではなく、デザインスクールへの留学を選びました。
デザインスクールでは、クリエイティビティに依存せず、誰でも使用可能なメソッドやフレームワークをベースにしながら、誰でも100個でも200個でもアイデアを生み出せる方法を教わりました。
もちろん、それら全てのアイデアが製品・サービス化に結び付くわけではありませんが「アイデアの広がりが足らない」「もっと多様な観点でアイデアが欲しい」といった際に、こうしたアイデア多産の方法論を、スキルの引き出しの一つとして持っていることは非常に有効です。
■枠内発想では変化の激しい時代に対応できない
私と同じデザインスクール(イリノイ工科大学Institute of Design)で修士課程を学んだ岩嵜博論さんは、現在、博報堂のミライの事業室でビジネスデザインディレクターを務めています。
岩嵜さんの『機会発見――生活者起点で市場をつくる』(英治出版)では、枠内発想と枠外発想という言葉が出てきます。
ビジネスの現場では、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:モレなく、ダブりなく)の考え方が重要視されます。
これは検討し得る要素を網羅的に並べ、抜け漏れがないように分析・検討を進めるための考え方です。まさに限定的な状況の中で思考を行う枠内発想になります。
MECEなどの枠内発想は、現状の分析にこそ役に立ちますが、新しいアイデアを創出するには適切な思考アプローチとは言えません。
■今、ビジネスパーソンに求められる「枠外発想」
ロジカルに考えれば、誰でも――例えば競合企業であっても――同じ結論に達することになり、競争優位性のあるアイデアを生むことは難しくなります。
そうではなく、論理思考では到達し得ないようなアイデアを探索し、その思考の枠を取り払ったところに今まで気づかなかったマーケットがあるのではないか、というのが「枠外発想」と呼ぶものです。
TOMMY HILFIGERという紳士服で有名なアメリカのブランドは、最近アダプティブ・クロージングという分野を開拓しています。これは手足が不自由だったり、障害のある方が簡単にシャツやジャケット、ジーンズなどを着脱できるようにした洋服です。
ブランドの持つ優れたデザイン性を損なわず、障がいのある方もクールな着こなしを楽しめることもあり広くメディアでも取り上げられています。
これまでこうした分野は、マーケットも小さく大きな収益をもたらすことはないと考えられていたため、ロジカルに考えればブランドとして向き合う必要はありません。
しかし、こうした枠外発想を通じた新市場の開拓をすることで、TAM(Total Addressable Market:最大獲得市場)を広げることができます。
どこに枠があり、その枠の外側にあるのは何かを突き詰めて、自分の中の枠を取り払うのが、TAMを広げるチャンスにつながっていくのだと言えます。
■「枠外発想」がアップルストアの魔法を生み出す
枠外発想ができると大きく2つのメリットがあります。
①新しいマーケットを創出するアイデアを生み出せる
枠外発想で既存のマーケットにはないアイデアを見つけることができれば、その分野で先行者になれます。これからの時代は、きめ細かなリサーチや分析を通じて自分たちが勝負できるマーケットを探すより、「マーケットをつくり出す」という意識を持つ必要があります。
②高いエンゲージメント(結び付き)を実現できる
これは、ユーザに愛されるプロダクトになるという意味です。私の知人は、普段は家電を買うときはポイントがつくので大手の家電量販店で購入するそうですが、iPhone 11 ProはApple Storeで買ったと話していました。
iPhone 11 Proは11万円もするので、家電量販店だとポイントがたくさんつくのは明らかです。なぜ、ポイントがつかないApple Storeで買ったのか。それを聞いても、本人は「どうしてだろう。好きだから?」と首をかしげていました。
新しい製品が発売されるたびにApple Storeの前には行列ができるように、Apple Storeには魔法にかかってしまうような魅力があります。
論理的に考えたら家電量販店で買った方が得なのに、それを上回る心理的なつながりや感情面への訴求がこうした非合理的な購買行動をつくり出しています。
■機能や利便性を超えた感情に響くサービス・製品を作る
ユーザに機能や利便性だけを提供しようとしている限り、枠外には出られません。ユーザに癒やされてほしい、誇らしいと思ってほしい、安心感を持ってほしいなど感情ベースに考えると、それがユーザにも伝わり、感情的なつながりが生まれやすくなります。
デザインスクールでは行動経済学も学んだのですが、その分野の大家でもありノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏は合理的に考える人間像を「エコノ」と呼び、リアルに近い人間像を「ヒューマン」と呼んでいます。
ビジネスの現場では、人間のことを、ロジカルに意思決定をし、合理的な経済人である「エコノ」として扱う傾向にありますが、デザインスクールでは人間はバイアスにまみれた非合理的な存在である「ヒューマン」として捉えるという違いがあります。
ポイントがつくから家電量販店で買うという行動は「エコノ」で、ポイントがつかなくてもお気に入りの店で買うのは「ヒューマン」の行動と言えます。
今までのビジネスでは「エコノ」を満足させるのが顧客のニーズにつながると考えてきました。それをヒューマンを満足させる方向にシフトさせることで、合理的欲求のみならず、感情的価値にも響くようなサービスやプロダクトを創ることができます。そのためにも、アイデアを探しに枠外に行く冒険が必要になるのです。
■シリコンバレーも実践するアイディア発想法
ここで、デザインスクールで学んだ創造的なアイデアを生み出すフレームを1つ紹介いたします。クレイジー8(エイト)はGoogle傘下のベンチャーキャピタル子会社であるグーグル・ベンチャーズ(現・GV)が生み出した発想法です。
![【図表】クレイジー8](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/670/img_ef7eddec1b85557502df363e3ee0659d180705.jpg)
まず、「新しい○○を考える」のようにテーマを決め、1枚の紙を真ん中で1回折り、さらに真ん中で折り、もう1回真ん中で折って8つのマスをつくります。それから制限時間内に思いつく限りのアイデアを1マスごとにイラストで書き込んでいきます。
作業としてはこれだけですが、1マスにつき1分で考える超短時間勝負の発想法なので、脳をフル回転させる様子がクレイジーだというのが名前の由来のようです。
これはアイデアをイラストで描くのが基本なので、絵心のない人にとってはかなりハードルが高いと感じるかもしれません。絵の上手下手は関係なく、細長い楕円を書いてペンにしてもOK。「インクが永遠になくならないペン」のように言葉も添えて、1つのアイデアにします。
実際にクレイジー8を実践してみると、思考が深くなるのを実感します。1つ目のアイデアがイマイチなら、違う視点で2つ目を考えてみる。それでも納得できなかったら、さらに違う切り口でアイデアを考えてみる。その繰り返しで1つのアイデアが深掘りされていきます。
■アイデアを形にしては初めて価値が生まれる
一般的に、ブレストという場は、声が大きい人の意見が過度にスポットライトを浴び、採用されやすい傾向にあります。一方で、本質的なブレークスルーにつながるアイデアは、長い時間をかけて沈思黙考してひねり出したアイデアだったりもします。
![佐々木康裕『感性思考 デザインスクールで学ぶ MBAより論理思考より大切なスキル』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/f/200/img_ff1bbe5cdaa22325f2eb07eb4b0b086c168578.jpg)
また、組織の中に一定数いる内向的なタイプの人はチームでアイデアを出し合う雰囲気は苦手な傾向があります。
クレイジー8は一人でアイデアを出すため、内向的なタイプでも参加しやすいのがメリットの一つ。いつもは会議で発言しない人のアイデアも等価に扱うことができるため、内向的な人からアイデアをすくい上げられる発想法でもあります。
発想法の話をしておきながらこういうことを言うのは憚られますが、私は「アイデア無価値論者」です。つまり、アイデア自体には価値はなく、それを形にして初めて価値が生まれるのだと考えています。
Googleが誕生した後に「俺も同じことを考えていたんだよね」と言ったり、iPhoneが発売されたときに「こっちのほうが早く考えていたのに」と言う人が現れるのは、よくある話です。どんなに早く優れたアイデアを考えていても、形にできていなかったら、それは何の価値もありません。
■アイディアを生み、どれだけ短時間でデプロイできるか
Deployという「配備する・行き渡らせる」という意味の英単語があります。アイデアはデプロイできるかどうか、それをどれだけ短時間でデプロイできるようになるかが、これからの時代は求められています。
発想法を使ってアイデアが出てきたら、次はアイデアをかたちにするフェーズに入ります。デザインスクールでは、このプロトタイプをつくるという行為がとにかく重視されているのです。
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Takramディレクター&ビジネスデザイナー
早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学デザイン大学院(Institute of Design)修士課程(Master of Design Method)修了。グロービス経営大学院客員講師(デザイン経営)。総合商社でベンチャー企業との新規事業立ち上げ等を担当後、経済産業省でBig DataやIoT等に関するイノベーション政策の立案を担当。2014年、デザインコンサルティングファームTakramに参画。講演やワークショップ、Webメディアへの執筆なども多数。ダイヤモンド社と共同で、ビジネスリサーチとデザインリサーチを統合し“Creative Knowing”を研修プログラムとして実施。大手家電メーカーやシンクタンクの戦略アドバイザー、ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンターも務める。著書に『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(NewsPicksパブリッシング)がある。
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(Takramディレクター&ビジネスデザイナー 佐々木 康裕)
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