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「楽天PCRキット販売中止」に学ぶ、ニセ医者を見抜くシンプルな方法

プレジデントオンライン / 2020年5月9日 9時15分

楽天の三木谷浩史社長(19年12月期決算発表時)=2020年2月13日 - 写真=アフロ

4月30日、楽天は「新型コロナウイルスPCR検査キット」の販売中止を発表した。キットは楽天の出資先のジェネシスヘルスケア社が開発したが、同社の社長が急遽辞任したことから、当面の間、販売を見合わせるという。麻酔科医・筒井冨美氏は「ジェネシス社の代表が『ニセ医者』だったことが理由です。経歴の真偽はすぐ調べられるので、ぜひ注意してほしい」という――。

■楽天「新型コロナPCR検査キット」販売見合わせのウラに経歴詐称疑惑

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、日本でも緊急事態宣言が延長された。

コロナ診断の決め手となる医療機関でのPCR検査件数は、検査希望者数には遠く及ばない。これを受けて、楽天は4月20日、法人向けに「新型コロナウイルスPCR検査キット」(1セット1万4900円、100セットから)の販売を始めた。

楽天が販売代理を一時見合わせると発表した「新型コロナウイルスPCR検査キット」。
楽天が販売代理を一時見合わせると発表した「新型コロナウイルスPCR検査キット」。

医療機関での検査を求めている日本医師会は「結果が信用できず混乱を招く」と懸念を表明していたが、楽天の三木谷浩史社長は4月22日、「日本復活計画」として「5000万人コロナPCR検査」「楽天トラベルで軽症者ホテルの手配」といったさらなる計画を発表した。

楽天の検査キットの販売窓口になったのが、「ジェネシスヘルスケア社」だった。

これは、2004年に代表の佐藤バラン伊里氏が夫と共同起業したバイオ系ベンチャー企業である。2017年から三井物産や楽天が同社に出資し、三木谷氏が社外取締役に就任した。恵比寿ガーデンプレイスに社屋を構え、参院議員で医師・弁護士の古川俊治氏を特別顧問に迎え、2018年にはニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が出演するテレビCMを流すなど、遺伝子関連ビジネスの成功例として報じられることもあった。

その会社が、PCRキット販売でさらに飛躍しようとしていたわけだが、あっけなく頓挫した。4月28日、週刊文春(5月7日・14日合併号)がこう報じたのだ。

記事タイトルは、「楽天PCR検査キット計画“女医代表”に経歴詐称の過去」である。文春は、ジェネシスヘルスケア社の佐藤バラン伊里代表は、2006年頃に「才色兼備の米国心臓外科医」としてマスコミに登場し、遺伝子ダイエットを提唱していた佐藤芹香と同一人物であると報じた。

■「我が大学の在校生・卒業生ではなく医師免許もない」(コーネル大)

週刊文春は2006年11月9日号において、「遺伝子ダイエット カリスマ女医『ニセ医者疑惑』」と題して、「佐藤芹香(せりか)」として活動していた佐藤氏のことを報じていた。当時、『遺伝子型ダイエット』(日経BP)を出版して女性誌を中心に話題を呼んだ佐藤氏は、「おはよう日本」(NHK)、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)にも取り上げられ、「時代の寵児」のような扱いを受けていた。

経歴詐称を疑った同誌記者の取材に対して、佐藤氏は「米国コーネル大学政治学部および医学部を卒業」「6年間を政治学部と医学部のジョイントプログラム」「15歳で私は大学生になった。小五と高一で飛び級」「(医大卒業後は)心臓外科医」と、答えていたという。

不自然な受け答えに、記者は念のためコーネル大医学部に佐藤氏の旧姓を含めて考えられうるすべての氏名を照会した。すると、「当該人物は我が大学の在校生でも卒業生でもない。MD(医師免許)も保有していない」(コーネル大・記録課)という驚くべき答えが返ってきたそうだ。

■「ニセ医者騒動の佐藤芹香と同一人物」という噂が医師の中で広がった

筆者も2006年のインタビュー記事を記憶していた。佐藤氏は当時、アメリカ留学から帰国したばかりの頃で、医師留学経験者のウェブ掲示板で話題になっていたからだ。

コーネル大学医学部や附属病院はニューヨーク市にあるが、その頃ニューヨーク市に留学していた日本人医師たちは誰も彼女を知らなかった。そもそもアメリカで医師になるには、4年制大学を卒業した後、4年制の医科大学院に進学しなければならず、大学入学から最低8年間が必要となる。

ウリス図書館とコーネル大学のマックグロータワー
写真=iStock.com/Jun Zhang
コーネル大学のキャンパス - 写真=iStock.com/Jun Zhang

また、心臓外科専門医になるには、医大卒業後に「5年間の一般外科研修+2~3年間心臓外科研修」が必要となる。そう考えると佐藤氏の年齢と合致しないことになる。

さらに、「政治学部と医学部のジョイントプログラム」と言っても、コーネル大学政治学部のあるメインキャンパスはニューヨーク州イサカ市にあり、ニューヨーク市からは車で4~5時間かかる。同時に履修することは物理的に不可能である。

というわけで、当時、この記事を読んだ医師たちは異口同音に「あり得ない、ニセ医者のにおいがプンプン」ともっぱらだった。

その後、「米国心臓外科医の佐藤芹香」を見かけることはなくなったが、2017年の楽天が出資した頃から佐藤代表は「ジェネシスヘルスケア社の佐藤バラン伊里」として、また「遺伝子ビジネスに成功した女性社長」として再びメディアに登場するようになった。

今回は「コーネル大卒の心臓外科医」という経歴を名乗ってはいなかったが、顔写真や「遺伝子」「佐藤」「コーネル大」といったキーワードから「ニセ医者騒動の佐藤芹香と同一人物ではないか」という噂が医療関係者では広まり、数年前からSNSなどで指摘されていた。

■「日本語が母国語でない事から、事実確認が不十分だった」

週刊文春の取材に対し、ジェネシスヘルスケア社が「(佐藤氏は)日本語が母国語でない事から、事実確認が不十分だった」と説明していたが、記事が出た4月28日付で佐藤氏は代表取締役を辞任。同社は4月30日に「代表取締役の異動に関するお知らせ」というプレスリリースを出して、こう説明した。

ジェネシスヘルスケア株式会社(本社:東京都渋谷区)は、2020年4月28日、取締役会を開催し、佐藤 バラン 伊里代表取締役から同日付けで、取締役辞任の申し出を受理しましたので、お知らせいたします。
佐藤は次のように述べています。「この度、世間の皆さまに、PCR検査キットの販売をめぐる混乱を招きましたことをまずはお詫び申し上げます。28日付で辞任を申し出、取締役会にて受理されました。今後、新たな経営体制の下で、当社のPCR検査キットが、早期に一人でも多くの感染者を検出することに効率的な方法で使用されることにより、または診療及び予防医療の有力な補助手段となり、医療崩壊も危惧されている診療現場の軽減負担につながることを切実に願っております。今後、速やかに引き継ぎを実施してまいります。」
なお、今回の人事は、一部報道の内容と関係なく、また、新型コロナウィルス感染症向けの当社のPCR検査キットの性能及びその検査信頼性とも関係はございません。佐藤は、当社創業から16年の間に遺伝子領域を含め多くの特許を取得もしくは申請を主導しており、遺伝子領域において寄与してまいりました。

4月30日、楽天の三木谷社長はジェネシスヘルスケア社の社外取締役を辞任。楽天も「PCRキット販売代理を一時見合わせる」と発表した。

新型コロナウイルスの終息に一役買いたかった三木谷社長としては、内輪の「裏切り」ともいえる行為にはらわたが煮えくり返っているに違いないが、楽天のように信用度の高い企業が佐藤氏の素性を調べていなかったことは大失態だろう。

■なぜ、外国医大卒のニセ医者が定期的に現れ、騙されるのか

いわゆる「ニセ医者」を騙る人物は過去にたくさん登場した。

医者はあなたのために準備ができています
写真=iStock.com/Tassii
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tassii

ニセ医師は「出会い系サイト」や「健康診断アルバイト」や「結婚詐欺」といったステージでいつも暗躍している。近年では厚生労働省のホームページで名前を打ち込むと「資格検索」できるので医師を名乗り続けることは困難である。

しかし、この資格検索システムは日本の医師免許が対象で「外国の医師免許」は検索できず、今なお外国医大卒を名乗るニセ医者は後を絶たない。以下に、これまでの典型事例を紹介し、読者のみなさんに注意を促したい(カッコ内は、騒動が起きた年)。

ケース1:米田きよし氏、自称「カナダの小児救命救急医」(2011年)

外国人医師を名乗った詐欺事件でもっとも有名なのは、2011年の東日本大震災直後に現れた「米田きよし」氏である。「カナダの小児救命救急医、国境なき医師団メンバー」として、宮城県石巻市の避難所で250人以上を診察していた、と伝えられた。美談の医師である。

実際に診察をしており、その“評判”を聞きつけたテレビの情報番組「スッキリ」「ミヤネ屋」(日テレ系)が出演させ、同年8月10日にはなんと、あの格式高い朝日新聞「ひと」欄で「被災地で『ボランティアの専属医』を務める米田きよしさん」として紹介された。

だが、8月19日「医師法違反(医師名称使用)の疑い」で逮捕された。その後、朝日新聞は記事を撤回し、米田氏は「詐欺罪で実刑判決」の経歴があり、東日本大震災に関しても「助成金100万円」を受け取っていたことが報道された。

ケース2:森口尚史氏、自称「ハーバード大客員講師」(2012年)

2012年10月、iPS細胞研究で知られる山中伸弥教授のノーベル受賞で日本中がお祝いムードだった頃、「ハーバード大学客員講師」を名乗る森口尚史氏が「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術を実施」と発表し、読売新聞が一面トップで大々的に報じた。直後より、多方面からの疑義を受けて、その2日後に同新聞が記事を撤回した。

森口氏は医学部を志望して6年間浪人した後、東京医科歯科大医学部保健衛生学科(看護学専攻)に進学した。その後、医科歯科大修士課程から東大博士課程に進学し、博士号取得の後は東京大学医学部附属病院で特任研究員の職にあったが、この騒動で懲戒解雇された。

森口氏にとって、この虚偽発表による経済的メリットは考えにくく、医学研究者としてのキャリアは事実上断絶してしまった。動機については不明だが、自分で考えだした空想を信じ込んでしまう「空想虚言症」を指摘する意見もある。

ケース3:齋藤ウィリアム浩幸氏、自称「カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)卒医師、サイバーセキュリティ専門家」(2017年)

2010年代はじめ、齋藤氏は「日系2世としてカリフォルニア州に生まれ、UCLA医学部在学中にIT起業し、事業を米マイクロソフト社に売却」というプロフィールで紹介された。2013年に内閣府参与に就任し、驚くべきことに16年には紺綬褒章を受章した。日本航空の社外執行役員など有名企業の要職を歴任し、世界経済フォーラムや、BBCニュースなどでも活躍していた。

ところが、2017年に、「UCLA卒業者やカリフォルニア州医師リストに名前がない」などの経歴詐称疑惑が指摘され、内閣府参与や日本航空を辞職した。

ケース4:内藤理恵氏、自称「シンガポール医大卒の外科医、読者モデル」(2019年)

この人は「シンガポール国立医大卒、アメリカの大学に留学し、現在は東大医科学研究所病院の外科医」と公表されていた。2015年頃から、女性ファッション誌「25ans(ヴァンサンカン)」読者モデルとして活躍し、いわゆる「港区セレブ女子」として芸能人や実業家が出席する多数のパーティーに参加していた。IT系の資産家男性と婚約・同棲し、SNSで「マラソン大会にボランティア医師として参加」などと発信していた。

だが、2019年8月に「携行する医師免許が偽造」だとして警視庁に被害届が出され、婚約も解消された、と報道された。

■グーグル先生に聞けば、海外ニセ医者も見抜くことは可能

医師法第十八条には「医師でなければ、医師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない」と定められている。無資格者が医師を名乗ることは、単なる経歴詐称にはとどまらず犯罪として逮捕され処罰されるが、「外国の医師」詐称についての法律解釈は定まっていない。

現実に、「外国医大卒の医師」を確認するには、最も手っ取り早いのがネット検索だろう。「コーネル大の医師かどうか」を確認したいなら、姓を英語で入力し「○○○ cornell medical」と検索すればいい。実際に活躍している人材なら、何かしらの情報はヒットする。あるいは「遺伝子分野の研究者」を名乗るならば「google scholar」で「○○○ genetics(遺伝学)」を検索すれば、すぐに真偽の見当がつく。いずれも無料だ。

そもそも、日本の勤務医の労働環境は米国に比べて給与・労働時間とも著しく見劣りするので、「コーネル大やUCLA卒の米国の高給エリート医師が、わざわざ日本で働く」というストーリー自体が疑わしい。

今回の「佐藤バラン伊里氏」の騒動でつくづく残念に思うのは、日本の新興IT企業の旗手とされ、2012年に「英語公用語」宣言をしている楽天ですら、「英語で数分間ネット検索すればわかる」というレベルの経歴詐称を見抜けなかったことである。

新型コロナ騒動の終息が見えない現状では、今後、「怪しい診断薬や治療法を売り込む(自称)専門家」は出現するだろう。各社の担当者には、ぜひgoogle scholarなどで一度調べることをお勧めしたい。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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