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学習プロセスにおいて「暗記」が無意味であるこれだけの理由

プレジデントオンライン / 2020年5月19日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zinkevych

学習のプロセスは、取得・暗記・理解の3つに分けることができる。アップルの教育部門初代バイス・プレジデントのジョン・カウチ氏は「3つのうち、テクノロジーのおかげで取得はかんたんになり、暗記はほぼ無意味になった。今の教育に必要なのは、理解し、生み出せる力を養うことだ」という――。

※本稿は、ジョン・カウチ、ジェイソン・タウン『Appleのデジタル教育』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

■「教育の目的はどうあるべきか」は、一人ひとり違う

ハーバード教育学大学院でカレン・ブレナン教授が受け持つ「学習と指導とテクノロジー」では、講義の初日に100名を超す学生に向かって「教育の目的はどうあるべきか」という問いに一文で答える課題が出される。

学生は数分で回答をコンピュータに入力し、コンピュータを通じて提出する。全員が提出したら、教授のアシスタントが回答から学生の氏名を削除し、スマートボード(電子黒板)上に回答を表示する。

「何か気づいたことはありますか?」と教授が学生に尋ねる。すると、同じ回答がひとつもないことに学生は気づく。その場にいる学生の「教育の目的はどうあるべきか」という考えは、一人ひとり違うのだ。この講義でまったく同じ回答が出たことは一度もないという。

ブレナン教授がこの課題を出すのは、教育の目的に対する考え方を一致させるためではない。誰もが自分と同じ考えを持つとは限らないし、そればかりか、同じ考えを持つ人はひとりもいないということを学生に気づかせるためだ。

学生は講義の初日に、自分自身のバイアス、想定、事前に抱いていた考え方を強制的に思い知らされ、目からウロコが落ちるような感覚を味わう。人は、自分以外の人も自分と同じように考えていると思いがちだが、現実にはそういうことはほとんどない。

教育の目的について意見が一致することがほとんどないのは事実だが、教育の中心は「学習」であるという意見にはほとんどの人が賛同する。

ブレナン教授の講義の初日では、教育の目的について学生に尋ねるほか、「学習」についても一文で定義を書かせている。「教育の目的」と同じく、ブレナン教授のもとにはバラエティに富んだ学習の定義が集まる。

■「学習する」という言葉の本当の意味

「学習する」という言葉の意味するところを、ここではっきりさせておきたい。辞書で意味を引けば、定義がずらりと並ぶ。たとえば、「何かの知識を得ること」「情報を得る、もしくは何かに精通すること」「何かを覚えること」などだ。

「何かの知識を得ること」は、何かについて学ぶという意味で使われることが多い。ここでいう「知識」は情報を指す。よってこの定義は、「何かについての情報を得ること」とも言い換えられる。

だが、私はそれを学習とは呼ばない。それは調査だ。情報を得ようとすることで、短期的に有意義な学習はできるかもしれないが、本物の学習ができる見込みは一切ない。

次の「情報を得る、もしくは何かに精通すること」という定義も基本的には同じことだが、長期的に役立てるというより、一時的に情報を検索するという意味合いが強い。

最後の「何かを覚えること」は、私が思いつくなかで最悪の定義としかいいようがない。何かについて定義できるからといって、それについて理解していることにはならない。ただ単に、定義を暗記しているというだけだ。

暗記と学習の違いはどこにあるのか。暗記は所定の情報を脳内に保存することだが、学習はその情報が何を意味し、その情報の状況に応じた最善の生かし方を理解することだ。

暗記は学習ではない。どうみても、学習という複雑なプロセスのごく一部を担うものでしかない。

■事実の取得と暗記は現代ではほぼ無意味

学習のプロセスは、「取得(事実を見つける力)」「暗記(事実を覚える力)」「理解(事実を活用できる力)」の3つに分けて考えるとわかりやすい。いまはテクノロジーのおかげで事実の取得がとても簡単になり、暗記がほぼ無意味になったため、残るは「理解」だけとなった。そして、これが学習にとっていちばん欠かせない。

学習とは、事実そのものを知ることではない。事実が何から成り立っていて、それをどう生かせるかを理解することだ。事実は単なるパズルのピースにすぎず、パズルそのものではない。

パズルを初めて体験するという人は、目の前にあるパズルのピースを覚えることに時間を費やしてもいいが、パズルのやり方を理解することに時間を費やせば、どんなパズルもできるようになる。

私は、“教育のリワイヤリング(配線のやり直し)”を提唱しているが、このリワイヤリングを突き詰めると、「生徒に学習させたいことの教え方を変えること」という意味になる。情報を配って事実をムダに暗記させることは、もうやめるべきだ。

これからの教育は、子供たちに事実を本当の意味で理解させると同時に、批判的にものごとを考えるクリティカルシンキングや自由にアイデアを広げるクリエイティブシンキングを教え、子供が自ら新しいことを発見し、理解し、生みだせるように導くものであるべきだ。

■標準化に頼る教育にとって最大の問題点

脳の研究に数十年を費やし『ブレイン・ルール』(NHK出版)を執筆したジョン・メディナは、「脳が発達するペースやパターンは人それぞれで、まったく同じ道筋をたどる人はふたりといない」と言う。単純に、脳の「配線の仕方」がそれぞれ異なるのだ。

それはつまり、同じことでも人によってどう学習するかは違うということだ。学習の仕方も、学習するスピードも異なる。これは標準化に頼る教育にとって最大の問題だ。はっきりいって、「標準的な(平均的な)学習者」など存在しない。

「ネイチャー・ニューロサイエンス」誌に掲載された調査結果によると、ティーン未満の子供が問題を解こうとするとき、使用されるのはほぼ脳の海馬と前頭前皮質の2カ所のみで(この2つは短期記憶やワーキングメモリをつかさどる)、ティーンや成人になると新皮質と呼ばれる(長期記憶をつかさどる)部位に頼るようになるという。

つまり、年齢の低い子供は頼りにできる長期記憶の数が少ないため、指で数えるなど使えるものは何でも使って問題を解こうとするのだ。子供の年齢が上がって記憶の数が増えるにつれ、検索できる記憶の幅が広がる。この点に注目してもらいたい。

■学習はもっとパーソナライズ化する必要がある

子供の記憶を学習に結びつけて考えようとすると、「記憶=事実を思いだすこと」ととらえがちだが、それは学習というより暗記だ。学習しているとき、人の記憶は過熱状態になる。事実だけでなく経験も思いだそうとするからだ。

経験したことの多くは長期記憶にしまい込まれていて、呼びだせばいつでも出てこられるようになっている。人は年を重ねるにつれて、意識的にせよそうでないにせよ、経験を通じて絶えず新しいことを学習している。そして、経験と経験につながりを見いだす力も向上していく。

つまり、何か新しいことに遭遇すると、脳はそれを大局的にとらえるのに役立つ記憶を夢中で探してくれるというわけだ。脳は絶えず、新たな情報とつなげられる記憶を探し求めているので、探せる記憶の数が増えるほど、新たな問題に関連づけたり、新たなアイデアを理解したりするのが容易になる。

私たちは、こうした「関連づけできる記憶」を通じてものごとを理解しようとする。この仕組みから、学んだことを人一倍簡単に理解できる人とそうでない人がいる理由も説明がつく。前者には、新たに得た情報やアイデアに関連づけできる記憶がたくさんあるのだ。ということは、学習にとっては、賢さより事前に得た経験のほうが重要だといえるのかもしれない。

こうした調査結果から教育関係者が学べることは多い。

たとえば、暗記の強要を減らして、生徒の長期記憶に保存されている情報と新たな情報を結びつける方法を探すことに注力したほうがいいのではないか。生徒に未知の何かを教える最善の方法は、生徒がすでに知っていることと関連づけることだ。

だからこそ、学習はもっとパーソナライズ化する必要がある。

■テクノロジーによって学習環境は変わる

「学習のパーソナライズ化」は、個々の生徒に適した方法で学習させるという意味だ。生徒を「個人」としてとらえた学習指導を行うことであり、20世紀の間しぶとく生き残っている“全員同じ”の学習方法とは違う。

ジョン・カウチ、ジェイソン・タウン『Appleのデジタル教育』(かんき出版)
ジョン・カウチ、ジェイソン・タウン『Appleのデジタル教育』(かんき出版)

誤解しないでもらいたいのだが、学習のパーソナライズ化は、生徒と教師が1対1でなければならないという意味ではない。また、生徒ごとに教科書やテストの内容を変えるという意味でも、生徒をひとりの状態にして学習させるべきだという意味でもない。子供を学校へやるより自宅学習のほうがいいという意味でもない。

子供によってはいまあげたような策が有効に働く場合もあるが、教育全体に適用するとなると、現実的な解決策ではない。

学習のパーソナライズ化は、学習と指導を成功に導く屋台骨となるものだ。教育のパラダイムシフトを起こすうえでこれ以上の解決策はないが、パーソナライズ化は孤立化と混同されやすいので注意が必要だ。

生徒が自分に関係があると感じる授業のほうが効果が高いのと同じで、カリキュラムもパーソナライズ化したほうが学習効果が高まる。自分との関連性を強く感じるほど、学習の負担が軽くなる。

学習成果の向上を目的とするなら、ある程度のパーソナライズ化を許容して生徒個人との関連性を高めるべきだが、そう簡単に学習のパーソナライズ化を効率よく大規模に進めることはできない。これが現時点で最大の障壁となっている。

ただし、そうした状況はテクノロジーによって変わろうとしている。何といっても、アダプティブラーニングを可能にするソフトウェアを通じて、小さめの規模で学習のパーソナライズ化を実現する方法が模索されている。また、さまざまなデジタル教材が教育の現場に取り入れられつつあり、これは今後さらに進んでいくことは間違いない。

学習のパーソナライズ化が実現するのは時間の問題だろう。

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ジョン・カウチ(じょん・かうち)
アップル教育部門初代バイス・プレジデント
カリフォルニア大学バークレー校大学院でコンピュータ科学の博士号を取得後、ヒューレット・パッカードに入社。エンジニアやマネジャーを務めていたところ、1978年、スティーブ・ジョブズに誘われて54番めの社員としてアップルに入社する。1984年にアップルを退社し、深刻な状態に陥っていたサンディエゴの学校改革に乗りだす。2002年、アップルがデジタル世代に向けた教育改革を目標に掲げて教育部門を新設したことに伴い、再びジョブズに請われてアップルに戻り、同部門の初代バイス・プレジデントに就任する。

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(アップル教育部門初代バイス・プレジデント ジョン・カウチ)

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