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「希望を持つことが大事」箱根の老舗ゲストハウスがそう訴える真意

プレジデントオンライン / 2020年5月15日 15時15分

人けもなく、シャッターが下ろされたままの、箱根湯本駅前の商店街。 - 写真=筆者提供

新型コロナウイルスの影響で、観光業が大打撃を受けている。突破口はあるのか。35年にわたり箱根で外国人旅行者向けのゲストハウスを運営する高橋正美氏は、「観光業の事業者は、今までお金もうけに重きを置きすぎていた。時間のある今こそ人材育成に力を入れ、もてなしの心を育てるべきだ」という——。

■3月の訪日外国人は31年ぶりの20万人割れに

2019年に訪日外国人数が年間3188万人となったインバウンド観光が急速にしぼんでいる。日本政府観光局が4月15日に発表した3月の訪日外客数は前年同期比93%減の19万3700人となり、31年ぶりの20万人割れに。東京の浅草や京都の嵐山などの有名観光地からは外国人に加え日本人旅行者も姿を消し、地元住民以外の往来もなく閑散としている。

東京商工リサーチによると、5月14日時点で「新型コロナウイルス」関連の経営破綻は全国で累計147件、うち30件は宿泊業、飲食店が21件(いずれも準備中含む)。観光への影響範囲は宿泊や飲食に限らず、地方で観光バス事業を営む会社は、貸し切りから定期路線バスまですべて運行停止し、日本政策金融公庫による特別貸付、雇用調整助成金、税と社会保険の納付猶予など、緊急経済対策108兆円から使える限りのセーフティーネットを総動員し、状況の好転をひたすら待っている。

■過去の経済危機にヒントはないか

5月14日現在、水際対策強化として87の国と地域から日本への入国が拒否の対象(日本からの入国制限措置を取っているのは184の国と地域)となっており、海外との人の移動が制限されている。表のとおり、昨年日本を訪れた上位20市場すべてと、人の行き来が双方向で停止されている。

日本政府観光局・外務省ホームページ公表情報より筆者作成(5月14日現在)
日本政府観光局・外務省ホームページ公表情報より筆者作成(5月14日現在)

このような先の見えない展望の中、インバウンドを対象にしてきた観光業やサービス業はどう向き合うべきか。約100年前のスペイン風邪に新型コロナウイルス対策を学ぶように、リーマンショックや東日本大震災といった観光業の危機を乗り越えた経験と知恵にヒントはないか。箱根で35年にわたり外国人旅行者向けに「富士箱根ゲストハウス」を運営する高橋正美氏に話を伺った(取材日2020年4月23日)。

■延べ17万人のお客を迎えた箱根のゲストハウスは今…

富士箱根ゲストハウス代表、VISIT JAPAN大使も務める高橋正美氏。
写真=筆者提供
富士箱根ゲストハウス代表、VISIT JAPAN大使も務める高橋正美氏。 - 写真=筆者提供

「富士箱根ゲストハウス」は1984年、箱根仙石原に開業。それ以前から国際交流の仕事に携わってきた高橋氏が、外国人を自宅に泊めるホームステイを行って人気を呼び、ついには旅館業免許を取得して本業になった。以来35年間に75カ国から迎えたゲストは17万人に上る。世界的な旅のクチコミサイト「トリップアドバイザー」では約400件の外国語レビューを集め、旅行者から一貫して高評価を受けている施設に贈られる「エクセレンス認証」も毎年連続して授与されている。

観光庁のVISIT JAPAN大使も務め、著書『富士箱根ゲストハウスの外国人宿泊客はなぜリピーターになるのか?』(あさ出版)で「親しい友人をもてなすようにゲストを迎える」「サービスは控えめに、ホスピタリティを前面に」とその人気の秘密を明かす高橋氏は、72歳になった今も現役で日々訪れる外国人客をもてなしてきた。つい先月までは……。

■「外国人の宿泊は今後の予約も含め一切ありません」

「飛行機が飛ばなくてしばらく帰れなかったポルトガル在住のフランス人が4月に入ってチェックアウトしたきり、外国人の宿泊は今後の予約も含め、一切ありません。2月からキャンセルが立て続き、3月には例年の5割、4月は9割以上減になりました」

21世紀に入ってから、2001年のITバブル崩壊と9.11同時多発テロ、2003年のSARS流行、2008年のリーマンブラザーズ破綻に始まる世界金融危機、2011年の東日本大震災など、4年に一度のオリンピック並みに度々訪れた、観光業の逆風となる数々の危機。箱根に関しては、2015年の大涌谷噴火と2019年の台風19号による箱根ロープウェイ運休や宿泊施設への温泉供給停止、箱根登山鉄道の長期運行停止など、自然災害による打撃を度々受けてきたところに、やって来たのが新型コロナウイルスだ。

「うちは全14室のゲストハウスを、家族3人と正社員1人、3人のアルバイトで運営してきました。今は従業員を全員休ませて、私は日本政策金融公庫による特別貸付、雇用調整助成金の手続きといった仕事をしています。今日、金融機関に行きましたが、地元事業者からの融資申し込みが殺到していて、行員は『もうパニックですよ』と、まるでテレビで見る医療現場さながらでした」

2011年には東日本大震災の影響で621万人に落ち込んだ訪日外国人数は、以降8年連続の増加で2019年には3188万人と約5倍に成長。国際観光収入でも2011年の28位から世界のトップ10入りを果たした。約3分の2を来訪2回目以上のリピーターが占めるようになった訪日旅行者は、東京や大阪といった都市部から地方まで足を延ばすようになり、インバウンド経済効果は全国に広がっていった。

ラグビーワールドカップ2019のチケット販売率は大会史上最高の99.3%。全国12会場には欧州やオセアニアなど各国のサポーターが詰めかけ、対戦国のアンセム合唱で迎えた日本人に、外国人は日本流のお辞儀で応えた。直近8年間の軌跡を見てきた私たちインバウンド観光関係者の中に、翌年の東京オリンピックでのさらなる成功を信じて疑うものは皆無だった。

■「経済が主目的になると、心がおろそかになっていく」

しかし、35年間この業界に関わる高橋氏の目に映る風景は、少し違ったようだ。

「観光を事業として持続的に経営していくには、売り上げと利益といった経済性は必要です。しかし、経済が主目的になると、心がおろそかになっていく」。高橋氏の言う「心」とは、何を意味するのか。

「東日本大震災で避難して寒空の下を屋外にいた地元の方が、取材に来た米ABCニュースのクルーに、持っていたおせんべいを分けたのです。普段通り客人をもてなすかのような被災者の振る舞いにリポーターはいたく恐縮し、『変わることない日本人の文化、その心を見ました』と世界に伝えました。私たちのところには、これまで泊まったゲストから『家族は大丈夫か?』『うちの国に避難して来い、家に泊めるよ』などとメッセージをたくさんいただきました。お金の力とは異なる、彼らの心の力で私たちは支えられました。

それでも宿泊客がゼロの日々が続き、このままではいつかつぶれてしまう、と思っていたところに、1人のゲストが久しぶりにやって来ました。『毎日来てくれるのが当たり前』だった状況が一変し、たった1人のお客さんが来てくれることに感謝や感動といった感情が入り交じり、妻は思わずその方をハグしてしまいました。震災を経て、もう一度、以前同様に彼ら彼女らを友人のようにお迎えしたい、というもてなしの『心』が私の中で深化したのです」

■経済重視で積極投資が続いていたインバウンド

観光による地方創生の掛け声のもと、地方自治体ではインバウンド誘客の予算が積極的に組まれ、民間ではホテルの建設ラッシュなど投資が続く。東京や京都のみならず、沖縄県宮古島市では宮古島や隣接する伊良部島に加え、人口約150人の来間島でもサトウキビ畑が広がるのどかな風景の向こうに、県外企業によるリゾート建設が進み、島外から呼び寄せた建設作業員の居住が増えたことによる家賃高騰が、宮古島住民の生活を圧迫する。

高橋さんの目には、インバウンド観光の隆盛は、20世紀の高度成長期に「エコノミック・アニマル」と時に世界から揶揄(やゆ)された製造業のシェア至上主義や、日経平均株価3万8915円87銭をつけた金融バブル崩壊前夜に似た熱狂に見えたのだろうか。

■今こそ「もてなし」の心を見つめ直すときだ

「インバウンドはもうかる! とノウハウやテクニック、スキルやマニュアルなどを教える書籍や記事をたくさん見るようになりました。しかし外国人は、日本人をもうけさせてあげたいと思って来ているわけではありません。日本の人々との交流を楽しみにやってくる彼らをお迎えする究極の観光資源は人の心です。経済に偏ってその心がおろそかになってはいけない、というのが私の問題意識です。

観光業は今こそ地元の歴史を振り返り、人材育成に力を入れるべきです。時間の余った旅館スタッフが地元の農業を手伝う、といった地域での連携も今だからこそ取り組めることです。観光は、観光のことだけ狭く考えていても答えが出ない時代になったのです」

この1年、富士箱根ゲストハウスは、第10回かながわ観光大賞では宿泊観光施設賞、第5回ジャパン・ツーリズム・アワードで国内・訪日領域地域部門に入賞を果たしている。前者の表題「富士箱根ゲストハウスの外国人客をもてなす形と心」、後者の「地域ぐるみで訪日客を歓迎する『もてなしの心』の普及・啓発活動」に、高橋氏の主張が集約されている。

■コロナで「考え直す機会」が与えられた

日本政府観光局の「訪日外国人の消費動向調査」(2019年7~9月期)によると、出発前に役に立った情報源の1位はSNS、2位は個人のブログ、6位には動画サイトが急上昇している。

人気の外国人インフルエンサーや映像クリエイターには地域プロモーション企画の依頼が殺到。制作者の作風に依存した動画は、ドローンで上空から撮影された東北の太平洋と山陰の日本海の違いも没個性化させ、映画の予告編のような演出で外国人の反響をコメント欄に集める。

成果として報告しやすいページビューや動画再生数といった数値を達成するためにGoogle、YouTube、Facebookなどにデジタル広告を出稿し、その予算はGAFAの一角を占めるグローバル企業や、それを取り扱う東京のソリューション企業に落ちる。

「3000万人までは順調に伸びた訪日外国人が、政府が2020年の目標とする4000万人を手前にブレーキがかかったのも、日本がまだ4000万人を迎えられる器でなかった、という警告かもしれません。危機にはプラスの面もあります。これ以上エスカレートしたら取り返しがつかなくなる手前で立ち止まって、考え直す機会が与えられたのではないでしょうか」と高橋氏は言う。

■観光産業の回復には1~2年かかる

「日本のどこに行っても人が親切だ、と外国人旅行者が好感を覚えていたのに、過剰な数の観光客が集まる『オーバーツーリズム』によって地元住民の反感感情が観光客に向けられるような異文化摩擦が起きたら、それまで積み上げた日本の評判も、不評に転じてしまう」。

ヨーロッパの主要観光地では、「オーバーツーリズム」が近年深刻だ。スペインのバルセロナは、1992年の夏季五輪以降、順調に観光収入を伸ばし、世界の観光都市の模範的存在だったが、民泊物件急増による家賃高騰や外国人観光客による市場の大混雑などにより、住民の観光客排斥感情が高まった。

日本でも京都をはじめ人気観光地では、観光客で込み合う路線バスに地元住民が乗れない、食べ歩き商品をそろえ観光地化した市場からは地元住民の足が遠のく、外国資本が町家街にそぐわないホテルを着工するなどの現象に対し、増え続けたホテル客室数の過剰感とともに警戒が高まっていた。

世界の海外観光客の到着数‐2020年予測

国連世界観光機関(UNWTO)の最新予測によると、2020年の国際旅客数は前年比20~30%減少と、21世紀最大の落ち込みに。マッキンゼー&カンパニーは、2020年の航空旅客需要は31~45%減、需要が以前の水準に戻るには1~2年とリポートしている。新型コロナウイルスのワクチン開発と実用化にかかると言われているのと同様の期間が、観光産業の回復にも必要という観測だ。

■危機に備えるベテラン経営者、戸惑う新規参入事業者

この危機を乗り越える観光地、観光組織の条件は何か。私たちは、海外政府の新型コロナウイルス対応に、すでにそのヒントを見ている。

海外では、死者数が6名にとどまる台湾など東アジアの感染症対応の評価が高い。経済力や医療体制で勝るアメリカで最も被害が大きいのとは対照的だ。最初の感染把握からの早い初動や、ITを駆使した感染の把握やマスクの公平な販売などの対応が光るが、2003年のSARS、2015年のMERS流行という過去の苦い経験によって、次の有事への備えができていた、という点が大きい。

「うちは家族経営みたいな規模で、自分たちが食べていければいいんです」と旅行代理店に頼らずネットで個人客を集客する富士箱根ゲストハウスも、小さい組織であり、過去に危機を経験している、という点は同じだ。2011年の東日本大震災以前から外国人向けのホスピタリティを試行錯誤で最適化し、震災後にもこれまで通り外国人向けにゲストハウスを続けると決めた高橋氏。今回はそれ以上の困難と予期しながらも、「コロナの後、大きなプラスの波がやってきます。希望を持つことが大事です」と既視感を持って危機の先を見る。

「旅館 山城屋」(大分)の二宮謙児代表は、100言語以上に対応するウェブサイトで、この時期旅行に行けない人々に向けて旅館滞在を疑似体験できる動画を公開した。「HATAGO井仙」(新潟)の井口智裕代表は、宿泊客が来ないこの時期を、昨年開業した旅館「ryugon」の従業員教育やウェブサイト改善に充てる。創業数十年の旅館経営者たちは、すでに次の手を打っている。

その一方、2011年以降にインバウンドビジネスに参入してきた各社では、軒並み前年比90%超売り上げ減の状況に、「外国人比率が高すぎた」「これからは日本人向けのサービスも」と、若手社長たちがこれまでの路線見直しを急ぐ。

■京都市観光協会は危機下でもぶれない

地域の観光組織では、京都市観光協会(DMO KYOTO)の動きが際立っている。新型コロナウイルス感染症の拡大防止期間における緊急支援事業としてオンライン研修を行うことを3月18日に表明すると、25日から30日までの間に21のセミナー動画をスピード公開した。しかも、1532の加盟会員以外も無料登録すれば、誰でも全講座を閲覧可能にした。

1960年設立以来60年間、古都・京都の観光振興に関わってきた公益社団法人は、まさに公益のために「観光客減少期対策」「旅館ホテルの事業継続計画」講座など、日本全国の観光地や観光事業者が今すぐ必要とする情報を提供している。

英語や中国語会話など回復後に向けての接客講座と併せて、「明智光秀が京都に残した足跡とは」「千年の都『京都』地名・通り名の由来」といった京都観光研修が全21講座中、最多の8講座を占める。かつてない危機下でも、京都は観光人材の教育が最重要と、ぶれずに考えている。

一方、東日本大震災より後の2015年に観光庁により制度化され、翌年より登録された多くのDMO(観光地域づくり法人)は、急激な事業環境変化への対応に頭を悩ませる。3月までに関係自治体が議会に予算承認を取り付けた、東京オリンピック開催を前提とした欧米豪からの旅行者獲得に向けた誘客事業の見直しが必要とされるのだ。

■今は観光産業に関わるすべての人が試されている

過去に東日本大震災という大きな危機を乗り越えてきた者、今回最大の危機に直面し生き残りを模索する者。存続か、縮小か、撤退か。インバウンド・ツーリズムに関わるすべてのプレーヤーは今、一様に行方を試されている。

右がリピーター宿泊客専用のメッセージ・ノート。最多宿泊者は12回
写真=著者提供
右がリピーター宿泊客専用のメッセージ・ノート。最多宿泊者は12回 - 写真=著者提供

富士箱根ゲストハウスには、リピーターだけに書いてもらう専用ノートがあり、これまで最多となる12回宿泊した香港人ゲストのページを見せてくれた。ラウンジの一角には、各国のゲストからもらった民芸品などのお土産が所狭しと陳列されたガラスケースがある。危機が収束し、このノートのメッセージやお土産が再び増えるようになった頃、日本のインバウンド観光の風景は、どのように変わっているだろうか。

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萩本 良秀(はぎもと・よしひで)
インバウンド・メディア・プロデューサー
リクルート「ISIZEじゃらん(現じゃらんnet)」初代編集長、「じゃらんガイドブック」編集長、ぴあ「@ぴあ」編集長、ヤフー「Yahoo!ニュース」プロデューサーなどを経て、数百人の日本在住多国籍メンバーが日本旅行のアドバイスを投稿するサイト「DeepJapan」エグゼクティブ・ディレクター。日本在住外国人ライターを起用した公共および民間企業の多言語サイトの制作、訪日観光客の観光ガイド実務、インバウンド関連団体での活動などを通じて、外国人目線での訪日客マーケティングおよびプロモーションを支援している。

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(インバウンド・メディア・プロデューサー 萩本 良秀)

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