"自宅で映画"が当たり前の世界に、映画館は必要なのか
プレジデントオンライン / 2020年5月13日 9時15分
■“巣ごもり需要”で映画をオンラインで楽しむ人が急増
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、世界中で人々の“生き方”が変わりはじめている。
その1つに映画の楽しみ方の変化がある。ウイルス拡大阻止のため外出制限を受けた“巣ごもり需要(外出せずに自宅で生活するための需要)”の高まりから、動画配信サービスをはじめとしたオンラインで映画、ドラマなどを楽しむ人が圧倒的に増えている。
一方、外出の制限によって多くの国で映画館が一時閉鎖に追い込まれた。3月下旬の時点で、米国の映画館の業界団体である全米劇場所有者協会(NATO)は政府に緊急支援を求めるほど、映画館で映画を楽しむことへの需要が消滅している。
見方を変えれば、コロナショックによって、人々が快適、安全に生活を送るために必要なモノ・コトがはっきりしはじめた。企業はそうした変化をとらえて収益を増やし、成長を加速させなければならない。
特に、IT先端分野では米国のGAFAなどと中国のBATHの競争が一段と熾烈化している。今後、変化に対応できる企業と、そうでない企業の優勝劣敗はより鮮明となるだろう。
■コロナショックと社会常識の変化
これまで、映画を楽しむためには映画館に行くことを当たり前=常識と考える人は多かっただろう。人気の作品となると、前売り券を手に入れて少しでも良い席で、ダイナミックな音響に包まれながら作品の魅力を味わおうとする人は多かった。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、こうした常識が覆されはじめている。大きな要因と考えられるのが、人との接触に不安を覚える人が増えたことだろう。その結果、経済全体で需要が急速に落ち込み、所得・雇用環境が悪化している。
米国では、トランプ政権が経済活動を段階的に再開しているにもかかわらず、新規に失業保険を申請する人は歴史的高水準にある。4月、米国の失業率は第2次世界大戦後最悪の14%に達し、非農業部門の雇用者数は2050万人減少した。
韓国のように感染が小康状態になったと見られたのち、再度、集団感染が発生していることも人々の不安心理を高める。その影響は、映画館業界に限らず、各国の経済全体にかなりのマイナスの影響を与える。
■オンライン配信で売り上げの8割を手にする
そのような中、従来のビジネスモデルを転換し、生き残りとさらなる成長を目指す企業が増えている。これまで映画業界では、ワーナーやNBCユニバーサルなどの映画製作会社が新作を映画館に供給し、作品が上映されてきた。この場合、作成側の取り分は売り上げの50%程度といわれる。
リーマンショック後、大手ITプラットフォーマーは動画配信の強化に取り組んだ。ネットフリックスのように自社作成のコンテンツを配信し成長するプラットフォーマーも登場した。それが映画の楽しみ方を変化させはじめた。
競争の激化などに対応するため、映画製作会社はオンライン配信を強化した。この場合、製作側は売り上げの8割程度を手にすることができるとみられ、映画館に新作を供給するよりも収益性が高い。
その上にコロナショックが発生し、オンライン上での視聴需要が急増している。この結果、映画館は苦境に直面すると同時に、映画の楽しみ方が一段と変化している。
■テレワークの効率性に気づきはじめた人々
いつの世も、映画やドラマをはじめとするエンターテインメントは、人生を豊かにするために欠かせない。コロナショックの発生によって、人々が外出できないことへのストレスを晴らすためにエンターテインメントを必要としていることが、これまで以上に明確になった。
世界的なパンデミックの発生によって、これまでに世界経済が経験したことがないほどの勢いで、必要とされるモノ・コトと、そうではないモノ・コトの違いが際立っている。
映画以外の分野に目を向けると、飲食業界の事業運営方式が急速に変化している。多くの事業者が店舗でのサービスを縮小、あるいは一時的に止め、テイクアウトやデリバリーを通した事業の運営を進めている。それは、ウーバーイーツなどのオンラインデリバリーサービスへの需要も押し上げている。
さらに、直接、注文した人に品物を手渡さず、“置き配”を行うことも増えている。感染対策のために人の移動が制限された結果、多くの企業や消費者が重視してきた接客サービスの重視性が低下し、人との距離を保ったうえで快適に生活を送ることがより重要視されはじめた。
つまり、多くの人々が、これまで必要と感じてきたことが、実はそうでもなかったと気づきはじめた。テレワークの導入はその典型例だろう。
コロナショック以前、テレワークの効果に懐疑的な企業経営者、従業員は少なくなかったようだ。しかし、ひとたびテレワークを導入すると、事務作業などがむしろ効率的に進むことに気づく人が多い。通勤時間を節約できるため家族との時間をより大切にできるようになったと感じる人もいる。それは、人々が幸福な人生を送るために重要だ。
その結果、コロナショック前の生き方にはもう戻れないと考える人が増えはじめている。すでにITスタートアップ企業ではオフィスの賃貸契約を解除したケースも出ている。逆に、そうした変化に対応することが難しかったり、これまでの価値観に固執し続けたりする企業は、競争に対応することが難しくなる恐れがある。
■GAFA、BATHの社会的影響力と責任が拡大
コロナショックの発生は、経済全体で新しい取り組み=イノベーションを加速させている。その1つがデジタル技術の活用だ。
米国や中国では、オンライン診療の供給体制が強化されている。中国では感染対策と経済活動の両立のために、ITプラットフォーマーの成長促進が重視されている。経済活動のあらゆる分野において、デジタル化がこれまで以上の勢いで浸透し、GAFAやBATHをはじめ大手ITプラットフォーマーの社会的影響力と責任が拡大している。
企業はそうした変化に適応しなければならない。人の密集を避けなければならないという行動様式が社会全体に浸透した影響は大きい。わが国では、休業要請が解除された地域において映画館の営業が徐々に再開されている。
ただ、上映回数を減らし、左右2席以上空けて来場者が座る状況の中、これまでの収益性を維持することは容易ではない。対照的に、効率的な収益の獲得を目指して、米国を中心に映画作成会社はITプラットフォーム上での配信を強化するだろう。
■「ドライブインシアター」の需要が高まる可能性も
その状況を恨んでも仕方がない。重要なことは、新しい価値観を取り込みつつ、これまでにはない満足感の創出を目指すことだ。例えば、映画館がボックス型の密閉された席を設ける。その中に、高機能の音響機材などを設置し、好きな食事を取り寄せられるようにする。
そうした映画の楽しみ方を提供できれば、自宅での映画鑑賞にはない価値を見いだす人は増える可能性がある。同時に、映画館の運営者にはコスト吸収の方策など、抜本的な発想の転換が必要だ。個室空間で映画を楽しむという点では、「ドライブインシアター」への需要が高まる可能性もある。
コロナショックを境に、世界経済は第2次世界大戦後に経験したことがない危機の淵に立っている。同時に、デジタル技術の活用や導入により人々の生き方が急速に変化している。企業経営者がそうした変化に積極的かつスピーディーに対応できるか否かが、企業の持続的な事業運営に大きな影響を与えるだろう。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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