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ダルビッシュ有が早大に負けた巨人阿部2軍の「罰走」に物申したワケ

プレジデントオンライン / 2020年5月13日 9時15分

2020年2月18日、米アリゾナ州メサ、シカゴ・カブスの先発投手ダルビッシュ有選手(写真=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

3月22日、プロアマ交流戦で巨人の2軍が早稲田大学に敗れた。巨人2軍の阿部慎之助監督は選手たちに約1時間の「罰走」を指示。これに対しダルビッシュ有投手はツイッターで「走り込みで才能のある選手が潰されてしまう」と苦言を呈した。この発言の背景をスポーツライターの酒井政人氏が解説する——。

※編集部註:初出時、タイトルを<ダルビッシュ有が早大に負けた巨人阿部2軍の「罰走」に激怒しているワケ>としていましたが、誤解を招く表現だったため修正しました。(5月18日18時35分追記)

■プロ・アマ交流戦において、ファンをざわつかせた「事件」

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、3月以降、ほとんどのスポーツイベントがストップしたままだ。

日本プロ野球機構(NPB)も3月9日、12球団代表による臨時会議が行われ、当初3月20日に開幕予定だった2020年シーズンを延期する判断が下された。早く球音を聞きたいというファンは多いが、3月22日に行われたプロ・アマ交流戦において、そのファンをざわつかせる、ある「事件」が起きた。

この日、巨人の2軍チームが早稲田大学野球部に6-9で敗れた。こうした練習試合ではプロがアマに負けることはある。ところが、阿部慎之助2軍監督は、ベンチ入りしていた全選手に「PP走」(両翼ポール間を走るメニュー)を命令。試合で9四死球を出した投手陣に15往復、それ以外の選手には10往復を走らせた。いわゆる「罰走」である。

この命令についてはファンの間で、「パワハラではないか」との意見が続出し、「論理的だったらいいけど、感情論で走らせるのはよくない」と苦言を呈する野球評論家もいた。メジャーリーグ(MLB)のシカゴ・カブス投手、ダルビッシュ有(33)も、「2005年にはすでに(かつて自分が在籍した)日本ハムには無駄なランニングがなかった」とツイートした。

阿部2軍監督は41歳。昨年まで現役で、2000本安打、400本塁打を達成した名選手だ。ひょうきんなキャラクターも人気で、将来の巨人1軍監督の最有力候補である。その阿部監督が「罰走」を命令するなんて……。いまだにこうしたシゴキが日本のプロ野球界にはびこっていることに少なからずショックを受けた読者もいるのではないか。

■ダルビッシュ有「才能のある選手がかなり潰されています」

以前から日本のプロ野球チームに入団した外国人選手は、「なぜ日本人は走ってばかりいるのか」と疑問の声をあげている。

ダルビッシュも今回の「罰走」を巡り「才能のない選手は試合で活躍するには走り込みは必要では」というツイートに対して、「逆にそれで才能のある選手がかなり潰されています。そもそも自分が走り込み、投げ込みを高校、プロとしていたらまずここにはいません。本来なら自分より才能のある同級生はもっといたはずです」と返信。やはり“走り込み信仰”を切り捨てている。

■日本のプロ野球選手の筋力はメジャーの足元にも及ばない

ダルビッシュはトレーニングとしてのランニングを否定しているわけではない。だが、一定レベルの技術を持つプロ選手に対して、監督やコーチが過剰な走り込みや投げ込みを命じるのはおかしい、という考えだ。そして、自身はウエイトトレーニングを中心に「投げるカラダ」を作ってきた。その傾向はMLBのチームに移籍してから顕著となった。

彼の言動の背景には、NPBとMLBの体格差がある。

NPB選手の1960~1980年代の平均身長は180cm、平均体重は80kg。その30年間の中でも、体格はほとんど変わらなかった。それが、1990年代から体重が徐々に増加。2019年のデータでは、平均身長180.8cm、平均体重84.2kgになっている。これはNPBにおいてウエイトトレーニングが少しずつ浸透してきた証拠だといえる。

一方のMLBは、投手は平均身長191.2cm、平均体重95.2kg。野手は平均身長187.1cm、平均体重93.1kgとなっている(2016年のデータ)。NPB選手は以前より体格がよくなってきたが、本場メジャー選手の足元にも及ばないことになる。

阿部2軍監督は現役時代、身長180cm、体重98kgで、2015年からは本格的なウエイトトレーニングをしていたそうだ。つまり、筋トレの重要性は身をもって知っていたはずなのに、なぜ罰走を命じてしまったのか。あるいは、近年、見逃し三振をした打者は選手間の罰則として試合後にPP走を科すような他チームがあるから、その影響を受けたのか。

■野茂英雄は鈴木啓示監督の「走り込み」指令に逆らった

NPBの選手間で本格的なウエイトトレーニングが行われるようになったのは、MLBで大活躍した野茂英雄元投手(現在51)の存在が大きいといわれる。現地では個人でパーソナルトレーナーを雇い、走り込みではなく、ウエイトトレーニングを中心にMLBで戦うためのカラダを作っていた。

渡米する前の近鉄時代、野茂が鈴木啓示監督(現在72)の「走り込み」に異議を唱えていたのは有名な話だ。「投手は走るもの」という考えを持っているのは、歴代317勝を挙げた鈴木だけでなく、歴代最多400勝の金田正一(昨秋、86歳で他界)など日本プロ野球界の大御所に多い。だが、野茂は1995年に渡米するまで自分の考えを貫いた。

■「完投数」が急減している中、走り込みで持久力をつけても無意味

そもそも運動理論上、ゆっくり長く走り込むことで、下半身がパワーアップすることはない。

同じアスリートでも、100m走者のように爆発的なパワーを必要とするスプリンターと、42.195kmを走り切る持久力が必要なマラソンランナーでは体形が大きく異なる。身長が同じ175cmなら、スプリンターの体重は70kg強、マラソンランナーの体重は60kg弱というのがトップレベルの平均的な数字になる。10kgの体重差は筋肉量が大部分を占めている。

では、野球選手はどうか。実は野球選手は試合中、「動かない時間」が案外長い。打者が投手のボールを打って走る。野手として、相手打者の打球をキャッチする。そうした「激しく動いている時間」は、1試合のうちはトータルで10分にも満たないケースもある。野球選手に求められるのはどちらかというと瞬発的な力を発揮する能力で、スプリンターに近い。つまり、筋肉の量が多いほうが高いパフォーマンスを発揮できる可能性が高い。

しかし、こと投手に関しては、「長距離選手のような持久力こそが重要だ」と信じられた時代があった。NPBの通算完投数は金田正一が最多の365で、鈴木啓示が3位の340。リリーフ投手に頼らず、1回から9回まで投げ切る「先発完投」を美学にしていた彼らが「走り込み」を重要視していたのは納得できる面もある。

ただし、この「完投数」は1990年代に入ると下降している。監督の采配として、投手陣の分業制が確立されたこともあり、近年の先発投手は5~6回で途中降板して、あとの回は複数のセットアッパーやクローザーに託すケースが多い。

■筋肉マッチョ化した大谷翔平を見て、張本勲氏が「喝」

求められるパフォーマンスが変わってきたことを考えると、トレーニング内容も変えなければならない。ランニング理論では、ゆっくり長く走るような走り込みでは筋肉は強く大きくならない。筋肉を効率よく肥大化させ、瞬発力の出力を上げるという意味ではウエイトトレーニングのほうが有効だろう。よって、阿部2軍監督が選手に科した罰走は何ら効果のないものになっていないことになる。

また球場のマウンド形状も変わっている。昨今、日本の野球場の投手マウンドはメジャー化しつつある。巨人の本拠地である東京ドームは昨季からメジャー仕様の硬質なタイプに変更した。他球場も同様の動きが見られている。

日本の投手は、これまで投球の際に、前足(右投手なら左足)に体重を乗せ、重心を低く落とし、下半身で粘って投げるのが理想とされてきた。金田正一や鈴木啓示ら重鎮が提唱してきたスタイルだ。一方、MLBのマウンドは日本と比べ、硬質の土が使用されており、投手は上半身のパワーを生かして投げるスタイルが主流になっている。

情報番組「サンデーモーニング」(TBS系)で、今年3月、スプリングトレーニングに現れたロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(25)がノースリーブのシャツを着て、筋トレによって見事に肥大化した両肩・両腕を披露した映像を見た番組コメンテーター・張本勲氏(79)が「プロレスじゃないんだからね。野球に必要な体だけでいいんですよ」と、恒例の「喝」を言い放った。

球界のご意見番たる張本氏の主張は、「ケガしますよ。体の大きい人はね、膝に負担がかかるから。まして人工芝ですから。ケガが非常に多くなる。(ウエイトトレーニングを)やってもそれ以上に走ればいいですよ。逆だもん。上半身ばっかり鍛えてもダメですよ」というものだった。

■男子マラソン日本代表内定の大迫傑選手も筋トレしている

確かに急激に増えた筋肉が、投球や打撃のスムーズな動きの妨げになっているという見方もある。だが、上には上がいる。ニューヨーク・ヤンキースの投手で人類最速169kmの剛速球を投げるアロルディス・チャップマン投手(32)。MLBの中でも突出した、その極太の腕は、投げ込みや走り込みではなく、明らかにウエイトトレーニングで鍛え上げたものだ。

今回、筆者はNPBの12球団でトレーナーを務めたことがあるA氏に話を聞いた。

A氏は「NPBで体系的にウエイトトレーニングをしている選手は少ない。一部でウエイトトレーニングに積極的な選手・コーチがいますが、いまだに『たくさん投げて、たくさん走る』ことが重要視されている面が強く、トレーニング法は昔からあまり変わらない」と言う。

また、NPBではやはり走り込みと同じような理屈で、投手の「投げ込み」もあるという。1980~90年代にはキャンプで「1カ月2500球」「1日200球以上」といったノルマが普通にあり、「投げ込み」が常態化していた。その習慣や文化は今なお受け継がれているのだ。

NPBは国内で高い人気を誇っているが、NPBで大活躍してもMLBでは通用しないという選手は少なくない。グローバルスタンダードの知識とトレーニングがやはり必要ではないだろうか。

筆者は陸上競技をメインに取材をしているが、男子マラソンの日本記録保持者で、東京五輪の男子マラソン日本代表に内定している大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト・28)は近年、米国で本格的なウエイトトレーニングを実施するなど、スポーツ界のトレーニングは大きく変わってきている。筋肉を一定程度つけることが故障の予防とスピード強化につながり、マラソンの勝敗を決める最終盤でのスパートにも有効という考えが主流となりつつあるのだ。

■一般人の場合は、上半身よりも下半身を鍛えよう

では、スポーツ選手ではない、一般人はどうすればいいのか。もちろん、ウエイトトレーニングをするべきだが、プロのアスリートが上半身を鍛えるのを主眼とするのとは異なり、一般の人々は上半身よりも下半身の意識を大切にすべきだろう。

人は、筋肉は使わないと老化のスピードが速まる傾向がある。上半身は休日でもそれなりに使う機会はあるが、下半身は油断するとほとんど使わないということがある。そのため下半身の筋力低下が起こりやすいのだ。

加齢によって筋肉量の減少は加速していく。大腿四頭筋(太腿前面の筋肉)は80歳になるとピーク時に比べて半分程度にまで激減するといわれる。下半身の筋力が衰えると、ちょっとした段差につまずくことが増加し、転倒のリスクも高くなる。外に出るのが億劫(おっくう)になると、ますます出歩かなくなり、さらに筋力低下を招くという“負のスパイラル”に陥りやすい。

また足は血液を送り出すポンプのような役割をしていることから、「第2の心臓」と呼ばれている。下半身を強化することで、全身の血液循環も良くなっていく。意識して下半身を鍛えるべきだろう。まずは散歩からでいい。下半身を積極的に動かす習慣をつけてほしい。

ただし、筋肉量を増やすという意味では、ウオーキングよりもランニング。ランニングよりも筋トレ(スクワットやランジなど)のほうが有効になる。ぜひ参考にしていただきたい。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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