岡村隆史氏を追い詰めた、藤田孝典氏の"妄想記事"と署名活動という"私刑"
プレジデントオンライン / 2020年5月18日 15時15分
■言いがかりの歴史、時はさかのぼること1614年…
JR京都駅から北東に徒歩約25分。京阪電鉄七条駅下車徒歩約5分の閑静な商工宅地の中に、その寺はある。京都市東山区大和大路通七条上ル茶屋町。16世紀に建立された方広寺である。
さかのぼること1614年、京都南禅寺の僧・文英清韓(ぶんえいせいかん)はこの寺の鐘に「国家安康 君臣豊楽(こっかあんこう くんしんほうらく)」と記した。この鐘銘(しょうめい)に激怒したのは時の天下人として権勢を確立させつつあった徳川家康であった。「国家安康」は家康の二文字を分断して呪うものである——。「君臣豊楽」は豊臣家の繁栄を願うものである——。家康はこのように難癖をつけ、豊臣攻撃の格好の口実にした。世にいう「方広寺鐘銘事件」である。
当時、関ヶ原の合戦(1600年)で天下の趨勢を確立させつつあった家康だったが、西国の情勢はいまだ不安定であった。秀吉の三男・豊臣秀頼は大坂城に健在であり、西国の武将や浪人に対して一定の影響力を持っていた。徳川幕藩体制の安泰のためには、豊臣家本体の滅亡は家康の悲願であった。どんな手段を使っても、家康は豊臣攻撃の口実が欲しかったのである。
■そして時は現代、岡村隆史のオールナイトニッポンに戻る…
こうして勃発した「大坂の陣(1614年、1615年)」で豊臣家は完全に滅ぼされた。もっとも現在では、鐘銘した文英清韓は豊臣恩顧の僧であり、真意としてはやはり家康を呪詛する内容で、なまじ家康側の完全な言いがかりともいえないという見方もある。が、鐘銘した側にいささかの落ち度があろうとなかろうと、そんなことは家康にとって何の問題でもなかったのであった。
こうした難癖、言いがかりは近世世界に特有のものではない。発言者の言を切り取り、恣意的で扇情的な見出しを作って格好の攻撃目標とする。そんな姿勢は、時代が400年を経た現在でも変わらないようだ。
4月23日のニッポン放送の『岡村隆史のオールナイトニッポン』での、岡村氏の発言(以下岡村発言)が物議をかもした。番組終盤、リスナーからのメールに応える形で、「コロナ明けたら、ナカナカの可愛い人が短期間ですけれども、美人さんがお嬢やります。(略)コロナ明けた時に、われわれ風俗野郎Aチームみたいなもんは、この3カ月、3カ月を目安に頑張りましょう」という内容であった。私はこの番組をカーラジオでBGM代わりにしていたので、当該部分は聞き逃していた。
■岡村発言を直接聞かずに批判する、藤田孝典氏の言いがかり
![岡村隆史 お笑いコンビ「ナインティナイン」メンバー=2019年08月29日、「Dクリニック」新CM発表会。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/250/img_9942980fb75e84c5555722dc8b549d38252107.jpg)
岡村発言がにわかに問題化するのは、番組終了後数日たって、FLASH電子版がこの発言を文章化して報道したことだ。このFLASH電子版の報道を引用する形で、すぐさま批判記事を書いたのが社会福祉士でNPO法人ほっとプラス理事である藤田孝典氏であった。藤田氏の記事中では、ラジオの生放送や後日ネットで聴取できるradikoでの一次音声からの出典は一切無く、あくまでFLASHからの二次引用の形に終始していた。ところが藤田氏は5月になってこの記事を訂正し、「知人から教えてもらってradikoの音源を聴いた(要旨)」としているが、記事のタイトルは“岡村隆史「お金を稼がないと苦しい女性が風俗にくることは楽しみ」異常な発言で撤回すべき”であった。
岡村氏は「楽しみ」などとは一言も言っていない。通常、記事のタイトルは編集者がつけるものである。記事中の内容には登場しない単語が記事のタイトルに冠されるのは、編集作業の慣行からいって常識の範囲内ともいえるが、藤田氏の記事は藤田氏自身がタイトルをつけているので、極めて恣意的で扇情的な見出しと言える。通常、見出しに記される括弧「」は引用を示すので、それ以外のところが趣旨の要約であっても、括弧「」内は発言事実に正確でなければならないのである。仮に私がタイトルをつけるとすれば「いわゆる『岡村発言』は女性軽視で撤回すべきだ」くらいであろう。
■藤田氏が妄想で記事化し、署名活動という私刑に発展
この藤田氏の「~楽しみ」という見出しが強烈なインパクトとなり、SNSで拡散されることになって、岡村発言はますます批判の矢面に立たされることとなった。ネット上では岡村氏が出演するNHKの番組からの降板署名運動まで勃発し、岡村氏は4月30日の同番組で自身の発言を謝罪した。
この署名運動は、ネットを使った私刑の呼びかけに等しい。署名運動者は、NHKは公共放送であり、受信料を払っているのだから当該番組への出演者に対し「ものを述べる権利」がある、などと言うがそもそも岡村氏を番組に使う・使わないの判断はNHKの編成権に属する。編成権にネットを使った署名運動で圧力をかけるのは、いわば「正義感に基づいた介入」であり放送の中立性や編成権の独立を委縮させる行為である。こういった「自分が不道徳だと感じた相手に対してネットを使った圧力をかける」という行為は極めて「道徳自警団」的である。私は数年前、人々が不倫などを行った著名人を「不道徳である」と決めつけ、電話やメールで徹底的に叩き制裁する風潮を「道徳自警団」と名付けた。道徳自警団のバッシング根拠は常に法的根拠に基づかない「不道徳だ」という大合唱であり、それを元にしたあらゆる圧力や介入はあまりにもやりすぎである。
断わっておくが私は、岡村発言全てを改めて聴いても、やはりある種の気持ち悪さを感じる。岡村氏の発想は不況下で美人風俗嬢の入店を期待する女衒(ぜげん・売春あっせん業者)のような価値観で、決して褒められたものでは無く、批判され謝罪する展開になることは道理である。
■記事の方向性は正しい。が、作り方は下品である
しかしながら、岡村発言の批判拡大の嚆矢(こうし)が、前記藤田氏の恣意的で扇情的な記事の見出しのインパクトであることは疑いようもなく、すでに述べた通り、そういった本人が「言っていない」ことをさも述べたかのように見出しで「二次加工」するのは、いささか記事の作り方としては下品である。
記事の方向性は正しくとも、その記事の見出しは読者に対して決定的な印象を持たせる。私はかつてある雑誌から原稿を依頼されたときに、「“韓国が官民あげて世界で反日工作を続けている”というが、であればなぜ日本への訪日外国人観光客は急増しているのか。結局、韓国の“反日工作”というのは日本の右翼による過大評価で、世界の人々は韓国側の主張と日本への観光評価を分けて考えている」と書いた。
原稿精度が高かったのか、誤字脱字を訂正した後、一発で入稿となった。その際、ゲラ(原稿が雑誌掲載の形でPDF化された準備画面)には、タイトルの部分は×××としてあり、やおら空白であった。やや不審に思った私は、担当編集者に「本原稿のタイトルは何にするのですか?」とメールを送ったが黙殺された。
■私は一度、編集者に原稿内容とは全く逆のタイトルをつけられた
雑誌の入稿作業は戦場さながらである。編集者は徹夜するのがふつうである。だから私はてっきり忙しいために返信を忘れたのかと思ってそのまま放置していた。念を押して電話で督促しなかった私もいけなかった。
後日、私の自宅に送られてきた見本誌には「世界で跋扈する韓国の反日工作の実態」というような趣旨の、原稿内容とは全く逆の、右翼が手を叩いて喜びそうなタイトルがつけられていた。さすがに私は憤慨した。担当編集は「内容を読んだら古谷さんの言いたいことは読者に伝わると思います」という反応だったが、そんな問題ではない。記事の見出しは読者に対して決定的な印象を持たせる、とはすでに述べたが、この記事の見出しだけを読んで私の原稿趣旨を理解できる読者はいないだろう。この一件以来、当該雑誌への寄稿は謝絶して現在に至っている。
■何かを批判する見出しは常識の範囲内にすべき
私が何を言いたいのかと言えば、何かを批判する記事の見出しは、常識の範囲内である程度事実に正確でなければならず、努めて恣意的であったり、扇情的であってはいけない、ということだ。さらにその記事の見出しを、執筆者本人が決定するのであればなおさらである。記事がSNSで広く拡散されることを考えれば、発言と称して括弧「」を付すのであれば、それは発言事実の引用でなければならず、記述の常識的ルールにすら反している。
冒頭の「方広寺鐘銘事件」に戻ろう。徳川家康は、前提的に豊臣方への批判・攻撃ありきで方広寺の「国家安康 君臣豊楽」の鐘銘を問題視して開戦口実にした。はっきり言って戦争する際の大義名分としては雑さ極まりない。だが家康にとって方広寺の鐘銘は「たまたま」降ってわいたきっかけにすぎず、豊臣方への攻撃の口実にできれば別にそれが方広寺でなくても何でもよかったのである。
■恣意的で扇情的な批判で事案が拡大する
私は徳川家康を藤田氏で、豊臣方を岡村氏だ、と言っているのではない。藤田氏が岡村氏を批判ありきの価値観でとらえている、と言っているのではない。言っているのではないが、まず前提が批判ありきで文章を組み立て、恣意的で扇情的な批判(見出し)で事案が拡大する、という構造がくだんの歴史事件と似ている、と言っているに過ぎない。
言っていることがいくら正しくとも、雑で正確性を欠く批判は後世、徳川家康が「言いがかりをつけた」「難癖をつけた」と400年たっても巷間言われている事実がそうであるように、歴史の審判を受けかねないし、受ける覚悟を持つべきであろう。
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文筆家
1982年、札幌市生まれ。立命館大学文学部卒。保守派論客として各紙誌に寄稿するほか、テレビ・ラジオなどでもコメンテーターを務める。オタク文化にも精通する。著書に『「意識高い系」の研究』( 文春新書)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)など。
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(文筆家 古谷 経衡)
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