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なぜ「無料のサンマ祭り」に3時間も並んでしまうのか

プレジデントオンライン / 2020年5月25日 11時15分

■家計防衛に役に立つ! 人間にある妙なクセ

まずは2本の線を見てください。

ご存じの方も多いと思いますが、これは有名な「ミュラー・リヤー錯視」です。2つの直線部分は同じ長さですが、両端の矢印の向きが異なることで、人間の知覚が惑わされ、長さが違って見えます。多くの錯視は物体の見え方が背景の色、陰の濃淡などに影響される効果を狙ったものです。視覚以外の感覚による知覚も同様で、人は一見、無関係と思われる要素に惑わされることが多くの研究からわかっています。

たとえば、米デューク大学の消費者行動研究者アリエリーの行った選択実験があります。英ビジネス誌「エコノミスト」の年間購読プランA・B・Cのどれを選ぶかを、米マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の学生100人に聞いた結果が表1です。

おとり商品を提示されると高額商品を選びやすい

プランBとCは同じ料金ですが、プランBにはウェブ版が含まれていないため合理的な消費者であれば当然選びません。次にプランBを除いたプランAとCのどちらを選ぶかを聞いた結果が表2です。

ここで興味深いのは、選択肢がAとCだけの場合、安いAを選ぶ人が多いのに対し、誰も選ばないBが選択肢に入ると、値段の安いウェブ版よりセットを選ぶ学生が多かったことです。プランAとCの相対的な評価が、Bの有無に影響を受けたこの現象は、「フレーミング効果」(文脈効果)と呼ばれています。この効果を利用し、出版社はプランBを「おとり商品」として提示することで、より高価なセット版の販売を増やすことができます。

これは寿司やうなぎを注文するときを考えるとわかりやすいでしょう。お品書きに「竹・梅」の2種類しかない場合、安いほうの「梅」を選ぶ人が多いと思います。ここで店側が「竹」の注文を増やしたいとき、おとり商品として高価な「松」を用意すると、人は「竹」を選ぶ傾向があります。これは人が極端を回避したがるためで、選択肢が3つあると、真ん中を選ぶ傾向があるのです。松は贅沢だし、梅だとさびしいので竹を選ぼうという思考です。しかし、賢い消費者は店側の戦略に安易に乗せられず、見極めることが大切です。実際は梅のほうがお得かもしれません。

■「無料サンプル」「端末代無料」「入場無料」になぜ惹かれるか

人は「無料の魔力」に弱いものです。旬のサンマが食べたいとき、スーパーで1尾100円で売っているのに、無料だからとサンマ祭りに出かけて3時間も行列に並びます。ほかにも無料お試し期間(その後は通常価格になる)、携帯電話の端末代無料(月額使用料に含まれている)、入場無料(アトラクション代は結構な金額になる)にひかれるのはその典型例です。

東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠氏

人はなぜ「無料」にひかれるのか。理由の1つは、負の価値をもたらす「損失」を完全に回避できることにあります。タダ同然の10円で買った商品でも、気に入らなければ悔しい気持ちになりますが、無料ならばリスクゼロで経済的損失がないため気になりません。2円の商品が1円引きになっても人の反応はあまり変わりませんが、1円の商品が0円になると、それは金銭と引き換えに得る「経済的」モノではなく、「無料」という特別なカテゴリーに入るため、人は別の感情を抱き行動する傾向があります。つまり0円と1円には1円以上の意味があるのです。

ただ一方で、無料は損失を完全に回避できますが、それを選択することで何かを失っている可能性もあります。先ほどのサンマの例では、お祭りの雰囲気を楽しむのであれば3時間並ぶのもいいでしょうが、単にサンマが食べたいだけならば、スーパーで購入し、並ぶ時間を有意義に使ったほうがよいと思いませんか。つまり「機会損失」をよく考えて意思決定することが重要だということです。

■「2年契約で月額2980円」は、なぜ月額表示?

最近よく聞く「サブスクリプションサービス」(サブスク)。これは「定額制サービス」のことで、月額○○円で映画やドラマ、音楽が好きなだけ視聴できるといったサービスが代表的です。定額制なので利用すればするほどお得になります。逆にあまりサービスを使わない場合は、割高になる可能性があります。かといって、ビュッフェで食べすぎて後で苦しくなるように、無理に利用して時間や労力を無駄にしてしまっては本末転倒です。

携帯電話の料金もサブスクに似ています。契約は2年単位の形態が多く、料金プランは「月額2980円」のように提示されます。これは月極めということもありますが、本来は2年契約ですから合計7万1520円になるところを、小さな単位に分割することで「お値打ち感」を出す効果を狙っています。「デノミネーション効果」と呼ばれる手法です。

エステやフィットネスの年間契約も月あたりの金額で提示されたり、サプリメントも1日当たりの金額で示されると購買のハードルが下がります。これらもデノミネーション効果です。したがって購入する際には分割前のトータル価格を考慮することが大切です。

■「デザート付きのお得なセットメニュー」を考えもせず注文は損

ファストフード店でハンバーガーを買うとき、バリューセットなどのセット品を注文しがちではないですか。最初からそのセットが食べたかったのであれば構いませんが、割安だからとか、急いで注文しなければといった理由で選ぶ人も多いと思います。

消費者が支払ってもいいと考える価格のことをその製品の「留保価格」と呼びます。たとえば、AくんとBさんのハンバーガーとデザートの留保価格で考えてみましょう(表3)。ハンバーガーに対してはAくんのほうがBさんよりも価値を感じており、デザートについてはBさんのほうがAくんよりも価値を感じています。

セット品のような「バンドリング」(抱き合わせ販売)は、複数の補完製品(相互に補完し合い価値を高める製品)に対する留保価格が顧客によって異なる場合に、単品価格に加えて、それらを組み合わせたセット価格も提供することによって需要を増やす方法です。表4のように、ハンバーガーとデザートの単品のほかに、セットメニューを加えることで、どの単品だけの価格付けよりも売り上げ(2400円)が増加することがわかります。

単品価格より安いという理由で注文しやすくなる

■本当にメリットがあるのかを、冷静に判断することが大事

セットの内容がどれも食べたいものであれば、単品で買うよりお得です。しかし、単品価格より安いという理由でたいして食べたくないのにセットを選ぶのは無駄遣いになります。たとえば正月の福袋。単品価格の合計よりもかなりお得ですが、不要なものが入っていて後悔した経験はありませんか。抱き合わせの商品を購入する際は、本当にメリットがあるのかを冷静に判断することが大事です。

ここまで見てきたように、人間は必ずしも合理的に行動するわけではありません。買い物や投資などの経済行動もその時々の感情や気持ちが少なからず作用しています。そうした人間の心理や感情的な側面をベースに分析する学問を「行動経済学」と言います。企業のマーケティング活動はそうした人の行動を読んで展開しています。ですから意外なことに賢い人ほど騙されたりします。自分は賢いと思っている人は合理的、ロジカルに物事を考えるので、逆に売り手側にとっては行動を予測しやすい面があるからです。したがって消費者側も行動経済学の知識を得て、売り手の巧みな誘導に乗せられることなく、真に賢い消費者になりたいものです。

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阿部 誠(あべ・まこと)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)など著書多数。

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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠 構成=田之上 信 撮影=大崎えりや)

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