検察庁法改正案に「口を挟む立場にはない」と珍答弁する武田行革担当相の迷走
プレジデントオンライン / 2020年5月14日 20時15分
■「私は法務省の職員ではありませんので」
13日午前9時すぎ。衆院内閣委員会が開かれた。テレビ中継されることが多い予算委などと違い、内閣委が注目を集めるのは珍しいが、この日は野党出席のもと「悪名高い」検察庁法改正案の質疑が行われるということで緊張は高まっていた。
野党側から今井雅人氏が質問に立つ。
「検察官の勤務の延長を今、ここで決めなければいけない緊要性は一体どこにあるのか」
これに対する武田氏の答弁を聞いて一同、あぜんとした。
「法務省の関係部局でいろいろなことが審議されたんだと思います。(中略)その変遷については、私は法務省の職員ではありませんので、そうしたことを口を挟む立場にはないわけでありますけれど」
■正直に本音を語ったという見方もできるが…
今回の法案は「束ね法案」と呼ばれる形式だ。束ね法案とは、関連のある複数の法案を一括して審議するというもの。今回は国家公務員の定年を延長する内容の法案を10本束ねて国会に提出されている。問題の検察庁法改正案は、この中にある。
武田氏は行革担当相として、10本の法案をとりまとめて提出する責任者ではある。しかし、法務省所管の検察庁法の改正については、武田氏も広い意味での「担当」ではあるが、内容について熟知しているわけではない。
だから武田氏は「私は法務省の職員ではない」「口を挟む立場にはない」という趣旨の答弁を繰り返したのだ。ある意味で正直に本音を語ったという見方もできる。ただし、こういう発言は、口が裂けても言ってはいけなかった。
■なぜ森雅子法相ではなく、武田氏が答弁に立ったのか
今回、武田氏が答弁席に立つ理由はなぜか。本来、検察庁法を所管する森雅子法相を答弁に立たせたくないからだ。黒川氏の定年が半年延長された閣議決定が1月31日に行われた後、「黒川氏を検事総長にするために意図的な答弁をしたのではないか」という指摘を野党から受け、森氏の答弁は二転三転した。
さらには「東日本大震災のとき、検察官は福島県いわき市から最初に逃げた」と前後の脈絡のない言葉を発し、国会を大混乱に陥れた。その悪夢が鮮明に残っているだけに、政府与党は、森氏を答弁に立たせたくない。
そういうわけで、武田氏が、検察庁法改正案も含めて答弁に立つことになった。気の毒といえば気の毒だが、その役割を担う以上、法務省所管の法律についてもきちんと答弁しなければならない。それなのに「私は法務省の職員ではない」とか「口を挟む立場にない」といえば「だったら森氏を出せ」という話になるのは火を見るより明らか。武田氏の答弁は、野党が仕掛けた罠に自らはまりにいったような話だ。
■束ねた法案は「10本」なのに「7本」と答弁
立憲民主党の黒岩宇洋氏との間では、こんなやりとりもあった。
黒岩氏が束ねた法案の本数を尋ねた。正解は10本だ。黒岩氏は「10本」という答弁を引き出した上で「そんなに多くの法案を一括で審議していいのか。賛否は別々に示すことができるのか」と迫る予定だった。
ところが武田氏は法案名を長々と1本ずつ述べた後、「7本です」と答弁。さすがに黒岩氏も苦笑して「丁寧に答えると言って、平気で間違える。こんな人が所管大臣として答弁して。丁寧な議論は難しい」と皮肉るしかなかった。これは言い間違いではすまない。担当大臣としての資質が足りないと言わざるを得ない。
武田氏は2時間あまりの質疑の中で、検察官が定年延長されたのは黒川氏以外ないことを認め、今後、黒川氏のようなケースが起きる可能性は「当然あり得る」と言い、そのような定年延長をする際の要件や基準は「ない」と答えた。
3つをつなぎ合わせると、今回の法改正は①黒川氏の定年延長を後付けで追認する性格のもので、②法改正後は黒川氏のような人事行うことは可能になり、③その人事を行うための基準は存在しない――つまり、第2、第3の「黒川人事」を内閣の思うままに行えることを認めたことになる。野党としては完勝。政府・与党は最悪の結果となる。
■今は二階俊博幹事長の懐刀として知られる人物
そもそも武田氏とはどういう人物なのか。福岡県選出で衆院当選6回の51歳。中堅幹部という位置づけた。亀井静香元衆院議員の秘書から国政に転じ、山崎拓元自民党幹事長の側近として名を売り、今は二階俊博幹事長の懐刀として知られる。同じく福岡県を地盤に持つ麻生太郎財務相との対立関係でも知られる。
この経歴からもわかるが、典型的な党人派。政局には強いが、政策通という評価は聞いたことがない。政治とカネなどのスキャンダルの噂もあり、昨年9月、内閣改造で初入閣した時には「新内閣のアキレス腱」とも言われた人物だ。
森氏を答弁に立てたくないばかりに「代役」を仰せつかった武田氏だが、適任者とは言いがたい。そして実際、荷は重かったようだ。少なくとも武田氏は森氏の防波堤にはなれなかった。
■検察OBが法案反対の意見書を法務省に提出する動きも
反対の野党はますます勢いづき、与党はさらに苦境に立った。SNSを通じての「#検察庁法改正案に抗議します」といううねりは止まらず、13日には反対の市民が国会周辺に集まり、ソーシャルディスタンスをとりながら無言で抗議する「サイレントデモ」を行った。松尾邦弘元検事総長ら検察OBが法案反対の意見書を法務省に提出する動きも表面化している。
そして15日の内閣委員会には武田氏も加えて森氏も出席して質疑が行われることになった。法案の行方はまだ見えない。しかし、法案の答弁者として武田氏を立てた与党の戦術が適切だったのか、それとも森氏を出したほうが「まし」だったのかは15日に、はっきりする。
(永田町コンフィデンシャル)
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