「和食の世界王者」になった中国人シェフが日本食に情熱を燃やすワケ
プレジデントオンライン / 2020年5月20日 9時15分
■世界17の国と地域から83人が応募
ワン・ウェイ・ピンは「日本料理に対する理解と料理の腕が、どこまで通用するのか知りたい」と思い、2018年に初めて和食ワールドチャレンジに出場した。だが、結果は3位。そして今回は「必ず世界王者になる」という目標を掲げていた。
和食ワールドチャレンジは2013年に始まり、7回目の今回は世界17の国と地域から83人の応募があった。書類審査を通過した23人が、香港(中国)、シンガポール、パリ(フランス)、サン・セバスチャン(スペイン)、ニューヨーク(アメリカ)の5都市の予選大会に出場。それぞれで最も評価の高かった5人が東京に集まった。
香港:ワン・ウェイ・ピン 中国 42歳 23年
シンガポール:ロウ・マン・ホン シンガポール 37歳 13年
パリ:ヴォイチェ・ポポウ ポーランド 33歳 9年
サン・セバスチャン:ミレイア・ファルノス・エスプニー スペイン 23歳 学生
ニューヨーク:ヤエル・ピート アメリカ 29歳 8年
決勝大会のテーマは「うま味と食感」。選手たちは2日間で計5時間10分の競技時間に、指定課題の「煮物椀」と自由課題の「前菜の盛り合わせ」を調理した。
■会場は静か、聞こえるのは調理の音ばかり
大会審査員を担当したのは、第一線で活躍する3人の料理人。村田吉弘氏(菊乃井 3代目主人)、仲田雅博氏(京都調理師専門学校 校長)、松尾英明氏(柏屋 総料理長)。審査員は、うま味、食感、作業、外観、調理姿勢などの全64項目をチェックした。
決勝大会1日目の指定課題は、共通食材(車海老、すり身、蓮根、人参、小芋)を使用した煮物椀作り。調理時間は90分だった。
会場は静かだった。厨房には選手を含め30人ほどがいたが、聞こえるのは調理の音ばかり。審査員はお互いに小声で相談していたが、その声がかすかに聞こえるほどだった。
このときワンは淡々と作業していたのだが、味見をした時だけ、わずかに眉間にしわを寄せて執拗(しつよう)に味を確認していた。その後、試食が行われたが、ワンの煮物椀を含め、5選手の料理はどれもおいしかった。
■「ハマグリのお寿司に中国の香酢を使い、非常に面白い」
ワンに煮物椀について尋ねると、「初めて教わった日本料理が煮物だったので楽勝だった」と手応えを感じていたようだった。審査委員長の村田氏は、ワンの煮物椀を「人参が細かく細工されていましたね。全体的にきれいに盛り付けられています」と評した。
煮物椀作りが終わると、翌日の自由課題「前菜の盛り合わせ(5品以上)」に向けた仕込みに移る。仕込み時間は100分。各選手が日本で購入した食材を使って前菜を作る。なお2日目の調理時間は120分だ。
2日目。選手たちは予行練習をしてきたはずだが、全選手が終了間際まで作業に追われていた。ワンは「普段は、数人のシェフたちと協力して一つの料理を作るので、たった一人で作業するのは大変だった」と振り返る。
村田氏は、ワンの前菜をこう評した。
「非常にきれいに盛られていておいしかったと思います。ハマグリのお寿司に中国の香酢(鎮江香酢)を使い、日本にはない作り方をしていて非常に面白いですね。日本料理でありながら自国のテイストを入れてくるというのが、非常に良いと思いました」
■「給料が高いホテルの料理人になって、生活を豊かにしたかった」
ワンはこのほか、①鴨むね肉の葱香味ロースト、②春菊と菊花の和え物、③大根の胡麻みそ田楽・海老飾り、④くわいと梅花にんじんの煮物、⑤れんこんと小豆の羊羹をつくった。見た目と味の両面から春を感じさせる作品だった。
決勝大会の最終順位は、1位がワン・ウェイ・ピン選手(中国)、2位がヤエル・ピート選手(アメリカ)、3位がロウ・マン・ホン選手(シンガポール)となった。
和食ワールドチャレンジは農林水産省が主催しており、世界各地での日本産食材と日本料理の普及・拡大を後押しするのが狙いだ。村田氏は、最後に大会をこう締めくくった。
「どの選手の料理もおいしく、僅差でレベルが高い大会となりました。日本料理が勢いよく世界に広がっているのがすごいと思います。和食ワールドチャレンジに、もっとたくさんの国の人たちに大会に参加していただきたいですね」
なぜワンは中国人であるのに日本料理を作り始めたのだろうか。
「給料が高いホテルの料理人になって、生活を豊かにしたかった」
ワンは料理の道に進んだ理由をそう話す。
■上海市内にあるホテルの中華料理店で働き始めたが…
まず16歳の時に中華料理の専門学校に通い、卒業後に上海市内にあるホテルの中華料理店で見習いとして働き始めた。
だが、同じホテルの日本料理店を見学した時に、「キッチンの清潔さが違った」ことから日本料理を学びたいという気持ちが強くなり、勤務先を変更。そして2年後、当時上海で最大規模の日本料理店「燦鳥」に移り、調理技術を身に付けていった。
ワンは現在、「東京和食SUN with AQUA(旧:燦鳥)」で料理長を務めている。これまでの料理人生を振り返ると、2014年に総料理長に就任した「本多淳一氏との出会いが大きかった」と言う。
本多は、農林水産省から日本食普及親善大使に任命されたこともある超一流のシェフだ。ワンは本多から「食材に国境はない」という考えをたたき込まれ、日本料理に中国産の野菜や調味料を積極的に取り入れるようになった。
■おいしい日本料理を求めて、日本人が海外に行く
2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されてから、日本料理は注目度をぐんと高めた。世界の日本料理のレストラン数は、2013年は約5万5000軒だったが、2019年までに3倍近くの約16万軒に増えている。
上海でも日本料理の人気は高い。ワンは、その理由を「他国の料理と比べると居酒屋やラーメンなどいろいろなジャンルの店があり、子供からお年寄りまで誰でも親しめるから」と考えている。
ワンは、23年にもわたって日本料理と真剣に向き合ってきた。そして、日本の食文化についてこう話す。
「日本の食材はとても美しく、これは生産者の努力によるものだと思う。その食材を使用する日本料理もまた美しく、見た目で喜ばせられる点も素晴らしい。食材の一つひとつに意味があると教わった。本当に奥深い」
ワンは「世界王者」という目標を達成したが、それは通過点だという。
「今回、世界一になったが、改めて料理人としての原点に返りたい。師匠とお客さまが、自分が作った日本料理を認めてくれた時に、成長を感じるのでうれしい。これからも、目の前のお客さまにおいしいものを作っていきたい。そして師匠のように、日本と中国の文化交流に貢献し、日本料理の普及や後輩の育成にも挑んでいきたい」
私は今回の取材を通じ、日本料理にここまで情熱を注ぐ中国人がいることに驚いた。「外国人の作る日本料理は、おいしくない」という声を聞いたことがある。だが、それは誤解だ。世界各地に、本気で日本料理を作る外国人がいるのだ。
ワンの料理を食べてみたいと思った読者も多いだろう。おいしい日本料理を求めて、海外に行く。そんな日はもう現実になっている。
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フリーライター
1976年生まれ。2002年龍谷大学卒。役者、行政書士などを経て、17年からフリーライターとして活動。主な分野は、スポーツ、エンタメ、経済。編集協力に、白石豊・室屋義秀『世界一のメンタル』(アチーブメント出版)がある。20年6月開始のカルチャーメディア「EeNa」で最高コンテンツ責任者を務める。
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(フリーライター 佐久間 秀実)
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