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神戸の猫カフェ店員が心を痛める「猫好き同士を隔てる『壁』」とは

プレジデントオンライン / 2020年5月20日 9時15分

雑種の「まる」 - 筆者撮影

神戸市に全国から客が集まる人気の「猫カフェ」がある。この店の特徴は「ブリーダーからの純血種」と「雑種・純血種の保護猫」の両方がいること。実は同じ猫好きといっても、この2つは相容れない関係なのだ。スタッフの太期由美子さんは「日本ではいまでも年間3万件超の殺処分がある。この問題を解決するには猫好きがまとまる必要がある」と訴える――。

■全国の同業者が視察にする神戸の超人気「猫カフェ」の秘密

猫と気軽に触れ合える場所、「猫カフェ」。環境省の調査(2015年)によると、日本には300を超える猫カフェが存在する。また、それとは別に、近年は保護団体と連携して猫の譲渡活動も手がける「保護猫カフェ」も増えてきた。

2019年、神戸にオープンした「猫カフェ 猫の屋おでん」は、猫と触れ合うだけでなく、「猫と人とが幸せに暮らすためのコミュニティづくり」をコンセプトとする、母娘による家族経営の「猫カフェ」だ。そのコンセプトに共鳴し、店の空間づくりも学びたいと地元近畿圏だけでなく全国から訪れる客や同業者が絶えないという。スタッフである長女、太期(だいご)由美子さん(40歳)に話を聞いた。

左から妹、母、由美子さん
筆者撮影
左から妹、母、由美子さん - 筆者撮影

■外資系メーカー社員が全国の猫カフェを視察し、7年かけて開業準備

「私が猫好きになったのは、20年前に実家の裏で、親猫とはぐれた子猫を拾ったのがきっかけです。猫の美しさや動きの愛らしさに魅了され、その後ブリーダーから純血種を迎えました」

店内写真
筆者撮影
店内写真 - 筆者撮影

猫への愛情が高まるうちに、「猫カフェを開業したい」という思いが強くなった由美子さんは、神戸市内の外資系メーカーに勤務する会社員だ。仕事の合間に全国の猫カフェを視察し、物件探しも開始した。しかし、猫への深い愛情ゆえ、どうしても「テナント物件を借りて、閉店後は猫を置いて自宅へ帰る」ことが耐えられない。そのため、実家を改装して開業することを決意した。家族と相談を重ね、事業計画を何度も作り直し、銀行から約3000万円の融資を受けて開業するまでに7年を要した。

南側が一面ガラス張りの店内は、日当たりが抜群で風通しもバッチリ。「毎朝2時間、2人がかりで徹底的に掃除する」という店内は清潔に保たれており、においもほとんど感じない。何よりも、猫たちがとても穏やかにくつろいでおり、猫どうしの仲がよいのが印象的だ。

■猫を取り巻く諸問題:その1「殺処分」

開業の準備をしながら、由美子さんは神戸市の猫の保護活動にもかかわった。殺処分される猫を減らしたいとの思いからだった。

「今も日本の飼い猫の7~8割は雑種だといわれています。昔は野良猫も多く、強い繁殖力でどんどん増えていきました。現在ほど動物愛護管理法が整備されていなかったこともあり、庭を荒らしたりする猫は害獣扱いされ、殺処分されてきました」

殺処分を減らすための「TNR活動」についてご存じの方もいるだろう。野良猫に対して「Trap:捕獲、Neuter:不妊去勢手術、Return:元の場所へ戻す」を行うもので、ボランティアや獣医師たちが、自治体と連携して行うことが多い。それでもまだ、日本全体では年間3万件を超える猫が殺処分されているのが実情だ(犬の殺処分は約8000件)。

【図表】全国の犬・猫の殺処分数の推移
出所:環境省統計資料より筆者作成

「先進国、たとえばアメリカでは、ペットショップの店頭で動物は売られておらず、フードやグッズだけが売られています。殺処分ゼロの国もあります。こんなに殺処分が多いのは日本ぐらいで、異常だとみなされています。こうした現状をなくすべく、日本でも多くのボランティアや保護団体が、飼えなくなった猫を保護して新しい飼い主を探すという活動に取り組んでいます」

欧米の多くの国では、日本よりもはるかに多いボランティアや保護団体が活動している。国からの支援が手厚いことや、寄附文化が影響しているようだ。そのため、猫を家族として迎えようとするとき、選択肢としては「保護猫を迎える」、または「飼育についての知識が豊富なブリーダーから迎える」の、どちらかであることが多い。その際にはしっかりと飼い方が伝えられるため、無責任な飼い主が発生しにくい環境にある。

「残念ながら、日本のペットショップの中には、高値で売って売りっぱなしのところもあります。だから、正しい飼育方法を知らないまま飼って、理想とのギャップを感じると、簡単に捨ててしまう飼い主もいるのです」

■猫を取り巻く諸問題:その2「純血種・雑種」

問題はそれだけではない。由美子さんは猫の保護活動を通じて、保護活動をする人たちの心の中に、「純血種」「雑種」を隔てる見えない壁のようなものがあることを感じずにはいられなかったという。

「保護される猫のほとんどは、捨てられて増えすぎた『雑種』や、飼い主が飼いきれなくなった猫たちです。ボランティアたちが自分のお金と時間を使って、地道にTNRを行うことで殺処分は減ってきていますが、それでも、いたちごっこが続いています」

保護できるキャパシティにも限りがある。殺処分されていく猫たちを泣く泣く見送ってきた人たちからすると、わざわざペットショップから「純血種」を迎えようとする人たちに対して強い違和感を覚えてしまうことがあるのだ。

「彼らボランティアの言い分はこうです。『目の前に、明日殺処分されてしまう猫がいるというのに、わざわざペットショップに出かけ、見た目重視で純血種を手に入れるなんてありえない』。そんな憤りを感じるというのです。私もその気持ちはよくわかります。捨てられた猫たちの悲しい現場を見ているので」

ただ、その思いが強くなるあまり、純血種を扱うペットショップやブリーダーを敬遠したり嫌悪したりするのはちょっと違うのではないか、と由美子さんは感じている。

「ブリーダーには、『よいブリーダー』と『悪いブリーダー』がいます。ニュースで話題になるのは、どうしても悪いほうです。『産ませ屋』といって、猫たちは狭いケージの中でひたすら交配させられて出産してそこで死んでいく。生まれた子猫はペットのオークション会場で競り落とされ、ペットショップに並びます」

■同じ猫好きなのに純血種派と雑種派にある心の壁

一方、純血の「種」を守ろうとして、真摯に繁殖に取り組む「よいブリーダー」もいる。

「『純血種』が持つ、特徴的な見た目の愛らしさや性格に魅了されたブリーダーは、安全な環境で、健康な猫を繁殖させて種を残そうとしています。そういう使命感で繁殖に取り組んでいるブリーダーは守っていかなければなりません。ただ、ブリーダーたちは猫の殺処分の状況も知っているので、表立って『ブリーダーをしています』とは言いにくいと感じている人もいます」

ブリーダーと猫の保護ボランティアの関係を良好なものにしていきたいと心から願う由美子さんだが、保護団体が開催する猫の「譲渡会」でも、純血種に対して拒否反応を示すボランティアを多く見てきたという。

「譲渡会では、飼い主に対する審査の条件が厳しいことが多いです。傷ついた猫を保護したボランティアは、大変な労力をかけて保護した猫を、大切にしてくれる飼い主に引き取ってほしい。それを短時間で見極めなければなりません。それで、どんどん条件が厳しくなり、敷居が高くなってしまうこともあります。中には、『純血種』に関わる人を敵視してしまうボランティアの人もいます」

「極端な例だと、譲渡会で雑種を引き取った飼い主が、2匹目にブリーダーから純血種を迎えたことを知って激高し、『私が保護した1匹目の雑種を返して』という人までいたと聞きます。神戸市の運用では、保護団体のスタッフが、第三者としてボランティアと飼い主の間に入ってトラブルが起きないようにしていますが、それでも難しいです」

また、保護猫の中には純血種のものもいるという。飼い主自身の高齢化や病気などで飼いきれなくなったものもいるが、そのほとんどは、猫を飼うことに対して十分な知識を持たないまま飼ってしまった人が、手放したものだそうだ。

■人間が作った「壁」を取り払いたい

そもそも「純血種」も「雑種」も、どちらも同じ「猫」である。

「壁を作っているのは人間です。純血種を残そうとしているブリーダーは、その種にほれ込んでいて猫そのものが好き。雑種も大好きです。ただ、つらい現場をたくさん見てきた保護猫活動の人たちの中には、どうしても純血種に関わる人たちと距離を置こうとする。目指すところは同じ『猫を守る』ことのはずなのに、一方的に壁を作ってしまうのです。大切なのは、目の前にいる猫に幸せになってもらう。それ以外ないはずです」

その思いが、由美子さんに猫カフェ開業を決意させた。

「人間が作った壁を取り払いたいです。お互いに歩み寄って、少しでも多くの猫たちを救いたい。『どんな猫を家族として迎えるか』の選択権は、あくまでも飼い主側にあります。種にこだわらず、少しでも猫に触れてもらって、猫のことを知ってもらって、飼い主としての知識を増やしてもらう。そういう場にしたくて、この猫カフェ(猫の屋おでん)を作りました」

そのため、猫の屋おでんには、ブリーダーから迎えた「純血種」もいれば、保護団体から来た「雑種」や「純血種」の保護猫もいる。保護団体が日本の「猫カフェ」に保護猫を送り出すことは非常に珍しいが、これも「猫と人とが幸せに暮らすためのコミュニティーづくり」という、猫の屋おでんのコンセプトに共感しているからだ。そもそも由美子さんにとっては、「猫カフェ」も「保護猫カフェ」も区別はない。猫は猫なのだ。

「保護猫のこと自体を知らない人も、まだたくさんいます。『猫はペットショップでしか手に入らない』と思っている人さえいます。それに対して、保護活動をしていると、自分たちの活動が当たり前になっていて、『知らない人がいる』という感覚がだんだん薄れていき、視野がどんどん内向きになってしまう。私は、純血種や雑種にこだわることなく、『猫と暮らす幸せ』を広く届けたいのです」

猫の屋おでんには、「スフィンクス」や「エキゾチックショートヘア」といった珍しい純血種もいる。その希少性で少しでも多くの客に興味を持ってもらい、猫と人とのタッチポイントを増やして間口を広げる。客との会話の中で、猫との暮らしに関心を寄せている人には、他の保護猫カフェを案内したり、店内にいる保護猫を譲渡したりすることもあるそうだ。

スフィンクスの「ごぼ」「なると」
筆者撮影
スフィンクスの「ごぼ」「なると」 - 筆者撮影

■コロナ禍でも、「猫の幸せ」のために

神戸市は、全国的にみても猫カフェを開業する条件が厳しい。たとえば東京都だと、猫がいる空間での飲食が許可されており、フードメニューで売り上げをあげやすい。それに対して神戸市では、猫がいる空間ではペットボトルの飲料しか認められず、それも2018年にやっと許可された。猫にとっては快適な環境だが、「猫カフェ」も「保護猫カフェ」も、どこも家賃とフード代と医療費で経営はギリギリの状態だという。

加えて現在は、新型コロナウイルスの影響で、多くの猫カフェは営業自粛を余儀なくされており、人が集まる譲渡会も休止が続いている。

「猫の屋おでん」も、営業を自粛して40日以上がたつ。営業していなくても、毎日の清掃や猫たちのケアは欠かせない。フードは1カ月で約15キロを消費する。そして、人と触れ合うことが大好きな猫たちも、突然の休業にストレスを感じて食欲が落ち、通院することもしばしばだという。

約1カ月分のフードとペットシーツ(写真提供=太期由美子)
約1カ月分のフードとペットシーツ(写真提供=太期由美子)

また、「保護猫の相談」も待ったなしだ。猫の屋おでんでは、営業自粛期間中に、保護猫3匹の受け入れと、4匹の譲渡を成立させた。電話でのヒアリングを重ね、神戸市の保護団体と連携して、保護猫と飼い主とのお見合いを進めている。

「いま、猫を家族に迎えたい、興味があるという人は、お近くの保護団体や保護猫カフェにアクセスしてほしいです。『密』にならない状態での譲渡の相談は受けているところもあります。うちでも、何らかの相談にのれると思います」

先が見えにくい状況に、落ち込む日もあるという由美子さん。

「状況はとても厳しいですが、お客さまからの応援の声に励まされています。再開時には安心してご来店いただけるよう、しっかり準備をしていきます。とにかく明るく、猫たちと前を向いていきたいです」

6月から、予約優先での営業再開を目指すという「猫の屋おでん」。由美子さんの優しいまなざしは、どんなときも「猫」に注がれている。

<猫カフェ 猫の屋おでん>
URL:http://nekonoya-oden.com/
Instagram:https://www.instagram.com/nekonoya_oden/

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水野 さちえ(みずの・さちえ)
ライター
日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。

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(ライター 水野 さちえ)

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