会社員が消えたマンハッタンで考える「コロナ後、オフィスがいらない時代は来るか」
プレジデントオンライン / 2020年5月27日 6時15分
■在宅勤務ではクリエーティビティは下がるか
米東部のニューヨーク(NY)、筆者が暮らす隣接・ニュージャージー(NJ)州で、一部職種を除く在宅勤務が命じられ、学校が閉鎖してから2カ月以上がたった。自宅待機令の効果で、感染者数が多く全米ワースト1、2の両州も、被害を示す各指標は改善しており、カナダ国境近くのNY州北部など一部では、経済活動が段階的に再開された。ただ、人口が集中し、日本人が多く暮らすNY市やNJ州北部などでは当面、在宅勤務が続きそうだ。在宅勤務=ワーク・フロム・ホーム(WFH)の長期化は、米国でどのような影響を与えているのだろうか。
「創造性は、自然に発生するミーティングや思いつきで開かれたりする議論から生まれる」
アップルの共同設立者、スティーブ・ジョブズ氏は、WFHに反対していたことで知られる。同社社員による最高の仕事は、自宅でEメールの受信ボックス前に座っているのではなく、たまたま他の人にぶつかったときに生み出されると確信していたという。
スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らは2014年、中国のオンライン旅行会社を対象に、WFHに関する実験を実施。研究によると、職場以外で働いた社員はオフィスで働く同僚に比べて13%効率的だったと実証された。一方、彼らは生産性の面では優れていても、創造性や刷新的な考えを生み出す面が見過ごされてしまうことも判明。それぞれが離ればなれになると、チームとしての結束力が低下することも分かった。
ジョブズ氏が亡くなってから、来年で10年。今回の新型コロナウイルス禍について、何を思うか知る由もないが、有為転変の世の中で、常に時代をリードする米国の主要IT業界の間では、在宅勤務に対する革命的な動きが広がっている。
■希望する社員は永久に在宅勤務
とりわけ、ツイッターが先日発表した「希望する社員は、永久に在宅勤務を認める」との報道は、世界的に衝撃を与えた。それに先立ち、フェイスブックやグーグルは今年後半までの在宅勤務を容認している。装置型産業とは様相が異なるIT業界は、迅速な意思決定に加え、お家芸であるインターネットを駆使する形で、変化に強い体質を見せつけている。
以前の記事(「災害でも会社に向かう日本人の異常な忠誠心」)で記したが、そもそも米国では、柔軟な働き方が許容されており、災害時はもとより、通常時でもWFHは一般的だった。ただ、あくまでも限られた日に実施していたのであって、オフィスや工場などに出社するのが基本。今回のように、連日自宅での労働を余儀なくされるのは、ほとんどの人にとって未体験だ。
■慣れない企業ではデメリットも噴出
では、米国に進出している日系企業は、どのように対応しているのだろうか。
日本貿易振興機構(JETRO)が3月下旬、4月上旬と2回続けてアンケートを実施。初回調査(回答905社)では、9割の企業が在宅勤務に踏み切りつつも、うち8割の企業で「意思疎通の低下」や「社員の勤務状況の把握が困難」などと何かしらの支障が出ている実態が浮かび上がった。自由記述では「皆が在宅勤務をされると困る」という本音も出た。
4月分(1048社が回答)時点では、42州が自宅待機令(必要不可欠な事業を除く)を出していたことを受け、過半数の企業が在宅勤務を義務付けられており、とりわけ被害が深刻なニューヨーク州、ニュージャージー州などの北東部では7割に上った。回答した企業からは「営業活動が制約される」「コミュニケーション不足により、生産性が低下している」などと負の影響を懸念する見方が上がる。
ここ2カ月間、WFHをめぐり米国内で指摘されている点は、①仕事が家庭と境目がなくなり、ワークライフバランスの確立が困難、➁生産性については賛否両論、③家族がいない人を中心に孤立しがち、④メンタルヘルスの拡充が重要、⑤通勤時間がなくなり、時間を効率的に使える――に、おおむね集約される。これは、主として労働者側から見た観点であって、経営層側によるスタンスはJETRO調査の傾向とそれほど変わらないとみられる。
■コロナ後もマンハッタンのオフィスに人は戻らない
ニューヨークタイムズによると、マンハッタンで大規模なビジネスを展開するバークレイズやJPモルガン・チェース、モルガン・スタンレーの3社幹部は、それぞれのオフィスビルで抱えていた数万人の全社員が「コロナ後」も在宅勤務が当たり前になり、オフィスに戻る可能性は極めて低いと判断したという。毎年値上がりするマンハッタンのビル賃料を圧縮できれば、州や市に投入する税金が削減され、社員の安全も確保できる。決して悪いことばかりではない、と思い知らされたとの見方を紹介している。
こうした企業が続出すれば、不動産業をはじめ、ビジネスパーソンが買い求めるランチ、仕事後の楽しみとしていたディナーを提供するレストランをはじめ、各ショップへの影響は甚大だ。多くの人が行き交い、世界中からの観光客も合わせて活気に溢れていたマンハッタンのみならず、高層ビルが林立する米大都市のダウンタウンには空き室が目立つビルが増え、元通りに人が戻らないおそれがある。
今回のウイルス禍による在宅勤務の広がりは、単に勤労者一人ひとりの働き方を見直すという視点にとどまらず、豪華な本社ビルの在り方、高い賃料を払ってまで存続させるオフィスの存在を問い直す機会となっている。日本でも米国でも既に指摘されているポイントではあるが、在宅勤務のメリットに目覚めた米企業が実際に行動に踏み切った時、その影響は米国だけにとどまらないのは間違いない。
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米国在住・駐夫 元コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員 共同通信社政治部記者
1972年生まれ。7歳の長女、5歳の長男の父。埼玉県出身。2017年12月、妻の転勤に伴い、家族全員で米国・ニュージャージー州に転居。96年慶應義塾大学商学部卒業後、共同通信社入社。3カ所の地方勤務を経て、05年より東京本社政治部記者。小泉純一郎元首相の番記者を皮切りに、首相官邸や自民党、外務省、国会などを担当。15年、米国政府が招聘する「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム」(IVLP)に参加。会社の「配偶者海外転勤同行休職制度」を男子として初めて活用し休職、現在主夫。2019年1月~9月、米・コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員。研究テーマは「米国におけるキャリア形成の多様性」。ブログでは、駐妻をもじって、駐夫(ちゅうおっと)と名乗る。世界中の日本人駐夫約60人でつくるフェイスブックグループを主宰。
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(米国在住・駐夫 元コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員 共同通信社政治部記者 小西 一禎 写真=iStock.com)
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