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「やむを得ない外出」で会員を増やすカーシェアの使われ方

プレジデントオンライン / 2020年5月21日 11時15分

■「ナイトパック」は通常の3倍増ペースに

新型コロナウイルスの感染拡大で、さまざまなビジネスのあり方に変化が生じている。そのひとつにカーシェアリングサービスがある。

最大手のタイムズカーシェアは貸出件数は減っているが、会員数は伸びている。背景のひとつに、夜間~翌朝の定額プラン「ナイトパック」の大幅値下げがあるとみられる。もともとは夜間に外出をする人に向けたプランで、通常は2640~5280円だが、コロナ禍においても、出社せざるを得ない、移動せざるを得ない人をターゲットとし、3月6日から全クラス一律500円とした。その結果、利用者が通常の3倍増ペースになったという。このため値下げは3月末までの予定だったが、4月20日まで延長した。さらに4月20日から8月1日までは新キャンペーンとして、料金を480円にしている。

タイムズカーシェアを運営するパーク24の業績は弱含みだ。主力である駐車場事業の4月の売上高は前年同月比で32.2%減。レンタカーサービスは観光需要の減少などから貸出件数が減少している。カーシェアサービスも外出自粛要請に伴い貸出件数は減少傾向にあるものの、夜間利用者などの需要をとらえ、会員増につなげている。

パーク24は、必要なサービスは何かを考え、新しい需要に対応している。この姿勢は、コロナ禍以前からのタームズカーシェアのマーケティングと変わらない。本稿ではタイムズカーシェアが試行錯誤を通じて、国内カーシェア市場で6割という大きな市場を獲得し、社会における交通インフラの一つとしての地位をつかんでいったプロセスを紹介していく。

なぜカーシェアは毎月かならず料金をとるのか

私は企業活動を「戦略計画」と「戦略実践」という二面展開に整理して分析している。タイムズカーシェアが市場シェアを拡大できた理由も、このフレームワークで分析していく。まずは「戦略計画」についてだ。

日本で主流のカーシェアリング・サービス(カーシェア)は、事業会社の提供する自動車を登録会員が共同使用する。これは「レンタカー型カーシェア」と言われ、通信システムで車両を管理し、無人拠点で車両を貸し出す。

なぜカーシェアは会員制なのか。それは無人対応をするためだ。車両の貸し出しには、利用者の運転免許証や保険加入の確認や加入手続きなどが必要である。これらの手続きをすませた会員を対象とすることで、レンタカーでは難しかった無人対応、24時間対応、15分間隔などの短時間利用を実現した。

■会員ベースで6割のシェア握るタイムズカーシェア

タイムズカーシェアの会員数は2020年1月現在で134万人。国内各社のカーシェア会員は200万人程度とみられており、タイムズカーシェアは会員ベースで6割超の市場シェアをにぎる。一方、国内の自家用車保有台数は6100万台である。カーシェアの利用は広がっているが、現時点では自動車利用の大勢とはなっていない。これはむしろ大きな成長の余地が残されているともいえる。

タイムズカーシェアを運営するパーク24グループは、駐車場事業のタイムズパーキングなどを手がけてきた。そのなかにあって、タイムズカーシェアやタイムズカーレンタルを中心としたモビリティ事業の売上高は、2019年10月期には857億円と、3年前の1.6倍に拡大している。これは売上高でパーク24グループの27%をになう事業であり、営業利益については91億円(前期比33%増)と同グループの40%を稼ぐ。

スムーズな歩みに思えるが、実際には試行錯誤の連続だった。なぜならタイムズカーシェアが提供してきたのは、普及が進んでいなかった新しいサービスだからである。

■毎月基本料金を徴収し会員の休眠化を防ぐ

タイムズカーシェアは会員限定のサービスである。入会時の費用として、個人、法人のいずれでもカード発行手数料が必要である。さらに個人会員には、毎月880円の基本料金が課せられる。この880円は各月の利用料金に充当できるが、利用がなくても毎月支払いが必要となるため休眠会員は少ないと見られる。

■マツダレンタカーを買収し参入の条件を整え

2009年の開業当時、市場にはオリックスカーシェアなど先行する事業会社はあったが、実際のカーシェアの利用は広がっていなかった。このような状況下では、仮に資金に余力のある巨大企業であっても、国内に数万台の配車を一気に行う決断は難しい。

タイムズカーシェア車両台数の推移

市場競争のなかでカーシェア事業を優位な立場で展開していくには、「貸し出し車両(自動車)」と「ステーション(駐車場)」の2つを取り扱う能力が基本条件となる。すなわち、自動車購入とメンテナンスのノウハウ、そしてステーションを次々に開設していく展開力が必要になる。

パーク24グループは2009年5月にカーシェアを始めるにあたり、同年3月にマツダレンタカーを買収している。全国に展開しているタイムズの駐車場を活用でき、ステーションの開設については優位な立場にあった。そして買収によって車両に関するノウハウも入手した。

■大規模展開をぐっと控え局地戦を重ねる

未来は予測できないが、先に述べたようなカーシェア事業者に求められる2つの能力のように、事前に押さえておくべきマーケティング戦略上の基本条件はある。パーク24グループは、この条件を踏まえてカーシェアサービスに乗り出した。戦略的な計画性をもった市場参入である。しかしそれは十分条件ではなく、必要条件である。不確実性の雲が完全に吹き払われたわけではない。

この時点でのカーシェアのように新規性の高いサービスを、誰がどのように利用するかというマーケティング問題については、事前に見通すことが極めて難しい。未知の市場を創造する問題であり、それは過去のデータから予測を試みても精度は低くなる(栗木契『マーケティング・コンセプトを問い直す』有斐閣、2012年)。

2009年、それまでマツダレンタカーが展開していたカーシェアサービスの17ステーションに、新たに2ステーションを加えた形でタイムズカーシェアとしてスタートする。

パーク24グループは、この事業が、未来のモバイルライフを切り拓くものとなる可能性を強く感じていたが、一気呵成(かせい)に大規模なプロモーションを行うことは控えた。冷静に考えれば、タイムズカーシェアの実際の利用者は、用意されているステーションが身近で便利だという人たちとなる。大規模なマス・プロモーションを展開したところで、そこで情報を受け取る多くの人たちはすぐには、身近で利用できないのである。

タイムズパーキングに設置されたのぼり旗
タイムズパーキングに設置されたのぼり旗(筆者撮影)

タイムズカーシェアは、ローカル・プローモションに徹してきた。典型的な方法は、カーシェア車両を配備するタイムズパーキング(ステーション)へののぼり旗の設置である。何とも地味な方法だが、このステーションのメイン顧客は、周辺を行き交う人たちなのであり、この人たちに「ここでカーシェアが利用できるようになった」と知ってもらえば十分である。低費用でありながら、有効性の高い方法である。

タイムズカーシェアは、このような局地戦を積み重ねてきた。必要条件としての戦略計画は押さえつつも、これにもとづく一気呵成のマス・マーケティングを避けたことで、タイムズカーシェアには、実践のプロセスのなかでの以下のような、やってみることで生まれる気づきを拾い、マーケティングの展開を変更していく可能性が生じる。続いてこの実践の過程で生じる気づきを拾い、戦略を編み直し、有効なものとしていく動きを追跡していこう。

■成長のプロセスで多くの思い違いに直面

5年ほどかけて車両数が1万台をこえた2014年ごろからタイムズカーシェアの事業は黒字に転換している。現在では1万2000カ所を超える全国のステーションに2万6000台以上を配車している。その成長のプロセスでは、多くの「思い違い」に直面したという。いくつか紹介しよう。

メイン顧客は個人利用者という思い違い

サービスを開始した初期の利用者は、個人会員が圧倒的に多かった。しかし、配車台数が1万台を超えた2014年ごろから変化が起こる。法人契約が増えだしたのだ。この頃から、社用車を保有していた企業から、カーシェアへの切り替えの打診を受けることが増えたという。

例えばこうした社用車は、東京の本社スタッフが関東周辺の自社工場や得意先を訪問するのに活用されていた。そこでの問題は交通事故だ。事故を減らすにはどうすればいいか。その答えがカーシェアだった。鉄道などの公共交通機関で訪問先の最寄りまで移動し、そこから先の移動にタイムズカーシェアを利用すればよい。事故の可能性は減少するし、移動時間も有効利用できる。渋滞に巻き込まれる時間ロスも削減できる。

都心部だけではなく、全国各地にステーションが開設されるようになると、社用車をカーシェアに切り替える企業が現れはじめた。現在では47都道府県に展開しており、新幹線の新青森駅から鹿児島中央駅までを結ぶ東北・東海道・山陽・九州新幹線の全駅の半径500m以内にステーションを設けている。この結果、約4割が法人会員である。

さらに企業からの相談があれば、タイムズカーシェアでは必要な最寄り駅にステーションを新設するなどの対応を行い、確実な需要の見込める箇所からステーションの密度を高めていっている。あるいは運転者の運転傾向を把握し、事故削減やエコドライブ普及を目的としたレッスンやコンテストを提供するなどのサービスも用意している。

■車を持たない若い人が利用するという思い違い

開業当初のタイムズカーシェアでは、主要な利用者は、自家用車をもたない都心部などの若い世代となると考えていた。しかし、先ほどの法人利用のように利用者は若い世代だけではなかった。都心部の大企業本社だけではない。支店単位、あるいは中堅企業などの契約も増加しているという。

さらに自家用車を所有する個人との契約も増加している。現在では個人会員の20%は、車を保有している世帯である。例えば家族の誰かが、出勤などで自家用車を使っている時間は、カーシェアをセカンドカー代わりに利用する。自宅周辺などでの送り迎えや買い物などを、ストレスなく安価に行うことが可能になる。

パーク24カーシェアいわき
写真=パーク24提供
タイムズカーシェア  JR湯本駅ステーション - 写真=パーク24提供

社会のなかで自動車はどのように利用されるか。一昔前は自明だった問題が、いまや揺らぎはじめている。今後、自動車利用のなかでシェアリングがどの程度進むかは、未知の問題である。こうした問題にいかに挑むか。

サントリーの企業理念を表す言葉として「やってみなはれ」という言葉が知られている。この言葉は同社の創業者の鳥井信治郎氏の口癖だったというが、その後に続く言葉がある。「やらなわからん」である。

■「やらなわからん」フロンティアへの挑戦

ビジネスにおけるイノベーションとは、やってみなければわからないフロンティアに挑む活動となる。そしてこのフロンティアに挑まなければ、企業が成長を続けていくことは難しい。このビジネスの原理は、デジタル時代の今も変わらない。

もちろん、何でも、やってみればよいわけではない。事前の思考と選別の意思決定は有用である。しかしこの意思決定は成功を保証はしない。むしろ、やってみれば、うまくいかないことの方が多い。だがそこで投げ出してしまうのではなく、やってみなければわからなかったはずの知見をつかみとり、局面の突破につなげていくことを絶やしてはならない。

タイムズカーシェアはデジタル時代のなかにあって、事前に把握することが可能な必要条件を押さえつつ、やってみなければわからないことに挑むことで、知見を蓄積し、利用が広がりはじめたカーシェアの市場においてシェア・トップに躍り出ていく。想定外の事態に直面しても「未来を追いかけている間は、それは失敗ではない」と考えてきたと聞く。それがタイムズカーシェアの挑戦の精神といえるだろう。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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