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「外出禁止」の3日後にDV対策を出したフランス、1カ月以上かかった日本

プレジデントオンライン / 2020年5月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/omersukrugoksu

長期にわたる外出自粛要請で、DVの増加が懸念されている。海外ではどのような対策をしているのか。3月17日に外出禁止令を出したフランスでは、その3日後に非常事態下におけるDV対策が打ち出された。在仏ライターの髙崎順子さんは、「フランスはコロナ禍前から、家庭内暴力を注視してきた。非常事態で配慮できるのは、平常時にも配慮できている案件しかない」と語る——。

■薬局やスーパーから警察に通報できるようになった

3月16日のエマニュエル・マクロン大統領のテレビ演説で、翌日正午からの外出禁止令が公布されたフランス。その3日前に全国休校令、2日前に一部商業施設(レストラン、ナイトクラブなど)の休業令が出されてはいたが、多くの国民にとっては「まさか、そこまで」の事態だった。明日からの生活はどうなるのか? 仕事は、買い物は、保育は、介護は、通院は? 「家を出られない」という前代未聞の行動制限を前に、社会全体に、当惑と不安が入り乱れた。

政府のリアクションは早く、休業を余儀なくされた人々の所得補塡(ほてん)や企業への雇用維持支援、自営業者への助成金など、補償策の詳細が続々と発表された。テレビのニュース番組はコロナ禍特番となり、ラジオも新聞もネットメディアも、患者数の推移と状況解説で埋まった。

そんな中、外出禁止令発令3日後の3月20日、トップニュースのトピックが変わった。外出禁止のあおりを受けた「家庭内暴力(DV)増加の懸念」が一斉に報じられ、非常事態下での通報方法が特集されたのだ。

フランスには従来の全国統一DV相談ダイヤルがあるが、相談員も外出禁止で勤務ができず、ダイヤルは一時、機能不全状態に陥った。そこで政府は急遽、薬局やスーパーマーケットなど営業を許可された商店に通報窓口機能を与え、携帯電話のショートメール、政府のDV対策公式サイト経由でも、警察直通の通報を可能にした。この期間の外出には申請書の作成・持参が必須だが、家庭内暴力から逃れ警察に駆け込む際には必要ないことも、繰り返し報道された。

それらの報道では児童虐待についても同時に触れられ、判で押したように、類似の言説が添えられた。「家庭はすべての人にとって、安全な場所とは限らない」と。

■10日で100人の男性が「心理カウンセリング」に電話

「外出禁止令の間も、家庭内暴力は緊急・最優先の案件であり続けます」

4月24日以降、フランス政府公式ウェブサイトのトップページには、女男平等(フランス語原文の語順のままに記す)・差別対策担当副大臣マルレーヌ・シアッパがこう語る動画が置かれている。DVの当事者・目撃者になった場合の行動を、副大臣自身がレクチャーする内容だ。

副大臣のレクチャーの動画がある、フランス政府公式ウェブサイト
副大臣のレクチャーの動画がある、フランス政府公式ウェブサイト

まずいち早く、前述の方法のどれかで通報をする。状況に応じて警察が介入すると、被害者は専用施設か、政府が外出禁止令期間用に借り上げた2万泊分のホテルに保護される。動画の最後では、4月6日に新設された心理カウンセリングのフリーダイヤル番号とともに、加害者側への呼びかけも行われた。暴力の発端になる怒りや衝動は、心理学の知見を取り入れて適切に向き合えば、やり過ごすことも可能だからだ。「どうか支援を受けてください。あなたの家庭に、暴力を入り込ませないために」。シアッパ副大臣は別のインタビューで、約100人の男性が開設後10日間でこのダイヤルを利用したと話している。

フランス社会では一般的に、家庭は「安心できる場所」との信頼感が強く、仕事や友人関係よりも優先される傾向がある。一方、その社会的なイメージゆえに密室化する危険性が高く、DVや虐待の温床になりやすいとも認められている。政府の公式発表によると、恋人・配偶者から暴力を受けた女性の数は年間平均で約22万人(出典:フランス政府DV対策公式サイト「暴力を止めよう」より、2012年〜2018年の平均数)。「家庭はすべての人にとって、安全な場所とは限らない」という前提は、社会で広く共有されているものだ。

■外出禁止1週目で、DV案件は32%増加

そこでの暴力の芽を摘むために、妊娠初期のカップル検診や保育所・学校での保護者面談の機会を用いて、家庭と社会福祉との連携網が作られている。精神科医や心理カウンセラーの定期的な介入は公的支援としてセッティングされ、そのおかげで、家庭内のバランスが保たれているケースも少なくない。

そんな危ういバランスにある家庭が、社会との接点を失ったらどうなるか――外出禁止令の実施にあたり、DV・児童虐待関連の非営利団体や活動家はすぐSNSを通して、その危険性に警鐘を鳴らした。対する行政の反応も迅速で、具体的な強化対策の発表までに要した時間はほんの数日だった。

フランス政府のこの反射神経の良さは、コロナ禍以前から「家族」に対する良い意味での不信感がシェアされていたから、と言える。意思決定層が家庭という密室の実態を平常時から理解していたからこそ、非常事態が及ぼす影響にも、すぐに思いを致すことができたのだ。

実際、外出禁止令第1週目で、警察が介入するDV案件は32%も増加したという(出典:フランス内務省発表の数値)。もし前述の対策が採られず通報の手段が限られていたら、家庭内の悲劇はさらに激化し、より深刻な社会問題になっていたことだろう。

■「暴力=行きすぎた情熱」と容認してきた過去

フランスの行政でDV対策を司るのは、女男平等推進を担う部局だ。家庭内暴力の被害者にはもちろん男性もいるが、身体的な差や社会的な権力構造の影響で、大半はやはり女性だからだ。

エマニュエル・マクロン大統領は2017年の就任直後より、女性への暴力問題を「任期5年の最重要課題の一つ」として首相府直轄に位置付け、フェミニスト活動家マルレーヌ・シアッパを担当副大臣に起用し、対策を強化している。2019年秋にはこの問題に焦点を絞った全国関係者会議(グルネル)を12週間にわたって開催し、7900万ユーロ(約95億円)の予算を配分したばかりだ。暴力による殺人事件は「フェミニシッド(女性殺し)」の表現で、周知PRが精力的に行われている。それでもフランスにおいてDV問題は、女性の権利を巡る他の問題より、後れを取っていた。

夫の妻に対する暴力は1970年代から、男女同権運動の範疇で強く訴えられてきた。それから80年代にかけて、フランスは教育や労働など社会面の男女格差是正で飛躍的な進歩を見せたが、家庭内では父権思想が根強く残り、配偶者間暴力を「行きすぎた情熱」と容認する風潮が拭い切れずにいた。政府がようやく重い腰を上げ、初のDV国家啓発キャンペーンを行ったのは1989年。1983年に国連女性差別撤廃条約を批准した流れからのアクションだった。

その後、配偶者間レイプが初めて有罪となったのが1990年、少し間を開けて1994年より刑法改正の動きが進んだが、厳罰化が達成されたのは2010年代に入ってからだ。最新の改正はシアッパ副大臣の名を冠した「シアッパ法」で実現。現在フランスでは、身体的DVは懲役3〜10年および罰金最大15万ユーロ、過失致死は懲役20〜30年、殺人は終身刑と定められ、精神的DVの場合でも、最大で懲役3年および罰金4万5000ユーロまでの刑罰が課される(出典:フランス政府公益サービス情報サイト)。

身をこわばらせてテーブルに着く女性の手前に、固く握りしめられた男性の拳がある
写真=iStock.com/lolostock
配偶者間暴力を「行きすぎた情熱」と容認する風潮があった(※画像はイメージです) - 写真=iStock.com/lolostock

■女性政治家の存在がDV対策を進めた

「それでも、DVに対する司法の鎖は十分ではありません」

現司法大臣ニコール・ベルベは、昨年秋のインタビューでそう答えている。司法府が検証した88件の配偶者間殺人および殺人未遂事件のうち、41%の被害者は事前に警察に相談済みだった、との報告を受けての発言だ。ベルベ大臣は同インタビューで、DV通報時の警察官の対応について研修を強化する必要の他、DV通報のため医療者の守秘義務を緩和する案にも触れている。もともと男女格差問題に強い法律家で、外出禁止令直後にも前述のシアッパ副大臣と並び、DV悪化の危惧をメディアで訴えた。フランス政府がDV問題に高い感度を維持しているのはベルベ大臣、シアッパ副大臣のおかげであり、この両者とも、女性である。

ここで大臣の性別を取り上げたことを、唐突に感じる読者もいるかもしれない。しかしこの点こそ、注目すべきポイントなのだ。フランスでDV対策が発展した背景には常に、女性政治家の存在があったからである。

■「数」が女性の存在を無視できなくしている

刑法改正が進んだ2010年代は、前フランソワ・オランド大統領が閣僚34人の男女比を同数にそろえ、フランス共和国史上初の閣僚パリテ(男女同数)を実現した時代である(2012年〜2017年)。司法大臣、社会保健大臣、女性の権利大臣、行政改革大臣に女性政治家が並び、2014年には「真の女男平等のための法律」の名の下、DV対策強化を含む男女格差是正の政策を続々と実現していった。続くエマニュエル・マクロン大統領は前任者の路線を踏襲し、現内閣でも、男女同率に近い構成を取っている(閣僚数は男性20、女性18)。

オランド、マクロン両大統領とも、大統領選挙の当初から、男女格差の是正を公約に掲げていた。彼らがそうしたのは、フランスの国家理念が「自由・平等・友愛」だからだけではない。より切実で、現実的な理由があった。

フランス大統領選は有権者による直接選挙で、投票率は毎回8割近くに及ぶ。2019年は約4710万人の有権者のうち、男性が2250万人、女性が2460万人を占めた。選挙意識に関する2017年の調査では、「投票に行く」と明言した有権者は男性71%、女性73%と女性が上回っている(出典:Insee、Cevipof)。国政の舞台でも女性議員は数を増やしており、現在二院制の上院で31.6%、下院の国民議会で38.7%の議席を獲得。完全なパリテではないものの、軽視できない存在感を示している。これらは自然発生的な現象ではなく、1970年代から女性たちが粘り強く訴え、男性たちが意識を刷新し、政治の男女格差を無くそうと、国レベルでの制度改革・社会通念の進歩に努めてきた成果だ。

フランス国旗
写真=iStock.com/Ramberg
「自由・平等・友愛」よりも切実な問題があった(※画像はイメージです) - 写真=iStock.com/Ramberg

■フランス社会は「男性優位」の価値観が強かった

フランス社会はもともと男性優位の価値観が強く、政治や経済の意思決定機関から女性を排除しようとする有形無形の障壁があった。政界を志す女性への日常的な揶揄(やゆ)から、旧来の支配構造を維持しようとする男性たちの同調圧力まで。それに抗い励まし合い、問題意識を共有する人々が一人また一人と選挙に行き声を上げ、政治の舞台に立ち、社会が奪ってきた女性の権利を男性と同等に回復する制度を一つひとつ、根気強く実現していった。社会通念に関しては道徳教科での市民教育が大きく寄与し、制度面では2000年施行の「政治におけるパリテ法」が分水嶺になったという。この法律により、各党の候補者数を男女同数にすることを罰則付きで義務付けたところ、国政の女性議員率が20年間で4倍近く増加した。

そうして今、女性の有権者は当確を、政治家は政策を左右するだけ、フランス政界で影響力を築いている。DVをはじめとした家庭内の男女格差問題が、非常事態下でも変わらずに「国家の重要項目」と扱われるのは、平常時から意思決定の場に女性の声が響いているからだ。そしてその声は確かに、家庭という小さな密室で、誰かの安全と命が損なわれることを防いでいる。

■「何を大切にしているか」が非常時に浮き彫りになる

コロナ禍は世界各国で、それまで強く意識されずにきた社会の実態や本質を炙り出している。フランスのDV対策を題材に上記で述べてきたことも、その一つと言えるだろう。各政府が問題に着手する順番や手法を追っていくと、それぞれの社会で大切にされているもの、後回しにされてしまっているものが、浮かび上がって見えてくる。

平常時に積極的に取り組んできた問題には、非常時にも配慮が行き渡る。逆に言えば、平常時に見て見ぬ振りをしてきた案件は、非常時にはさらに黙殺されてしまう――それは個人レベルでも国家レベルでも同じことで、国や文化が違っても、現象自体に大差はない。DV問題では迅速な反応を見せたフランスだったが、自営業者支援などでは対策の実効性に疑問が持たれ、国民の不信感が蓄積している面もある。

日本でも、政府が全国的な自粛要請に言及し始めた2月中旬から、新型コロナウイルスを巡る支援策が多岐にわたって実現されている。DV問題は内閣府男女共同参画局が主導し、4月3日付の文書で、自粛要請下でのDV被害者保護・支援の継続を自治体に依頼した。続く4月20日には新たな相談窓口「DV相談+(プラス)」(0120-279-889)を運用開始、同29日には受付を24時間化に強化した。しかし事業者向けの支援策が2月中旬から整備・発表されていた事実を前にすると(特別貸付制度や雇用調整助成金の特例措置は2月14日、職場における感染拡大防止要請は2月21日)、日本政府がDV問題へ高い感度を示しているとは、残念ながら言い難い。多くの子供たちが家庭にいるようになった3月2日の全国一斉休校開始からも、1カ月以上が経過している。

新型コロナウイルスを受けて新たに設置された相談窓口「DV相談+」
画像=「DV相談+」ウェブサイト
新型コロナウイルスを受けて新たに設置された相談窓口「DV相談+」 - 画像=「DV相談+」ウェブサイト

■衆議院に占める女性の数は「10.1%」

現在、日本の内閣閣僚20人のうち女性大臣は3人。国会議員に占める女性の割合は衆議院10.1%(47人)、参議院20.7%(50人)である(出典:内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書(概要版)平成30年版」平成30年2月現在)。日本でも選挙の際に政党に男女均等の候補者擁立を求める法律「政治分野における男女共同参画推進法」があるが(2018年5月施行)、「政治は男性のもの」という固定観念やそれに基づく旧来の風習は根強く残っている。女性政治家が生まれにくい・活動しにくい状況は続いており、その元凶の社会通念や環境をさらに変えていく必要性が論じられている。

国民を支え、社会を維持するために、政治は何をすべきなのか。その優先順位はどうあるべきで、誰がどう、決めるのか。

コロナウイルスが浮き彫りにした現実を前に、世界各国はそれぞれ、同種の問いに直面している。これまでの優先順位をよしとするのか、悪しき慣習として改善すべく動くのか。その問いに一人でも多くの国民が意見を持ち、声を上げ、今後に反映させていけるのか。予期せぬ疫病禍がもたらした分岐点に、多くの国が今、立っている。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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