事実とは反する"感情"にとらわれた人を、社会はどう説得するべきか
プレジデントオンライン / 2020年6月2日 11時15分
■世界的にベストセラーになった『ファクトフルネス』の隠された秘密
世界的にベストセラーになった『ファクトフルネス』の隠された秘密は、人類の社会、経済についてのさまざまな変化、データを目に見える形で表示できるようにしたことだろう。
人間の脳は、さまざまな認知バイアスにとらわれやすい。世界の現状や、自分を取り囲む状況をありのままに見ること、とりわけ、たくさんのデータが並列しているような状況で、それをすべて平等に、注意が隅々まで行き渡るような形で気配りするのは難しい。
世界が複雑になり、仕事や生活で関わることが多くなればなるほど、関係する事実をすべて押さえるのが困難になる。それでも、関連する事項全体に注意を向けなければ、質の高い判断を下すことも、適切な行動をとることも難しい。「木を見て森を見ず」では、現代で活躍できる人にはなれない。
だからこそ、「視覚」に訴えることが有効になる。脳に入る情報の経路の中で、視覚は最も並列的にものを捉えることが得意な感覚である。だからこそ、『ファクトフルネス』で世界の現状、変化を視覚化する試みをしていることが重要なイノベーションとなった。
ますます複雑化する世界で、自分に関わるさまざまな変数の推移をできるだけ視覚化して把握することは、優れた仕事をしたり、よりよい生活をしたりするうえで重大な意味を持つ「ライフハック」だと言えるだろう。
■『ファクトフルネス』は読後から始まる
ところで、人工知能における「深層学習」では、何層にも重なった回路網の深い部分で、さまざまな「概念」が生み出されることがそのパフォーマンスを上げるための鍵になる。
視覚で言えば、並列的に入った情報を処理する中で、最初は単純な属性が解析され、深層に至るにつれて次第に抽象的で、複雑なパターン認識が行われるようになる。その過程で、さまざまな「概念」がつくり出されていく。
もともとは脳の神経回路の働きを模して生み出された深層学習のメカニズムだが、最近では「本家」の人間と同等の、あるいは上回る能力を示すに至っている。
世界についてのさまざまな事実を視覚化し、把握する「ファクトフルネス」の実践においても、このような概念化、抽象化のプロセスは不可欠である。
例えば、世界はどんどんよくなっている、改善している、それにもかかわらず人は悲観的な見通しを持ちやすいという本書の主張すら、1つの「概念化」のプロセスの結果である。
さらに、そのような事実と反する感情が、現実の社会や経済、さらには政治を動かしていくという本書の認識も1つの「概念」である。
そのうえで、一方では「事実」があって、他方ではそれと一致しない人々の「感情」があるときに、そのような社会の変化の力学をどう捉えるかということが、脳の「深層学習」における概念化の「次」のチャレンジになる。
さらに言えば、事実に反する「感情」にとらわれている人たちが、「事実」はこうだと啓蒙的に説く人たちをどう受け止めるのかということも含めて「概念」をつくらなければ、社会の行く末を予想することはできない。
できるだけ広い、時に矛盾する側面を包括的に受け入れて、概念化し、理解しやすい「イメージ」にすることが、現代の人間の脳にとって最高のチャレンジになるのだ。
もっと広く、さらに深く。「ファクトフルネス」から始まる概念化の旅には、終わりがない。
----------
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。『幸せとは、気づくことである』(プレジデント社)など著書多数。
----------
(脳科学者 茂木 健一郎)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
意外なメリットもたらす上手な「グチのこぼし方」 こぼされる側に必要なのは「ただ聞くこと」だけ
東洋経済オンライン / 2024年7月8日 11時0分
-
九大、脳の複雑な神経ネットワークを7原色で標識する手法と識別AIを開発
マイナビニュース / 2024年6月27日 18時32分
-
美術館通いで寿命が延びる。全米ベストセラーの邦訳版『アート脳』7/1発売
@Press / 2024年6月24日 10時0分
-
ニューヨーク・タイムズ紙ベストセラー作家による現代社会のあらゆる対立を乗り越えるための洞察と手法をまとめた『High Conflict よい対立 悪い対立 世界を二極化させないために』発売
PR TIMES / 2024年6月22日 11時15分
-
【行動経済学】高級時計の見せ方は、垂直とナナメ、どちらが正解?人間の無意識に働きかける「概念メタファー」とは?
集英社オンライン / 2024年6月22日 11時0分
ランキング
-
1物議醸す「ダイドー株売却」の内幕を丸木氏語る 大幅増配公表直後で批判を向けられた物言う株主
東洋経済オンライン / 2024年7月19日 18時0分
-
2「みんなの意見は正しい」はウソである…ダメな会社がやめられない「残念な会議」のシンプルな共通点
プレジデントオンライン / 2024年7月20日 16時15分
-
3システム障害、影響続く=航空便、正常化に数日
時事通信 / 2024年7月20日 9時40分
-
4AI利用で6割が「脅威感じる」 規則・体制整備に遅れも
共同通信 / 2024年7月20日 16時50分
-
5セキュリティーソフト世界シェア1位があだ…ウィンドウズ障害、「過去最大規模」の見方も
読売新聞 / 2024年7月20日 6時45分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)