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事実とは反する"感情"にとらわれた人を、社会はどう説得するべきか

プレジデントオンライン / 2020年6月2日 11時15分

同書の著者、ハンス・ロスリングは本の完成を待たずに2017年に他界。彼なら今、世界に向けてどんなメッセージを発するだろうか。 - TT News Agency/時事通信フォト=写真

■世界的にベストセラーになった『ファクトフルネス』の隠された秘密

世界的にベストセラーになった『ファクトフルネス』の隠された秘密は、人類の社会、経済についてのさまざまな変化、データを目に見える形で表示できるようにしたことだろう。

人間の脳は、さまざまな認知バイアスにとらわれやすい。世界の現状や、自分を取り囲む状況をありのままに見ること、とりわけ、たくさんのデータが並列しているような状況で、それをすべて平等に、注意が隅々まで行き渡るような形で気配りするのは難しい。

世界が複雑になり、仕事や生活で関わることが多くなればなるほど、関係する事実をすべて押さえるのが困難になる。それでも、関連する事項全体に注意を向けなければ、質の高い判断を下すことも、適切な行動をとることも難しい。「木を見て森を見ず」では、現代で活躍できる人にはなれない。

だからこそ、「視覚」に訴えることが有効になる。脳に入る情報の経路の中で、視覚は最も並列的にものを捉えることが得意な感覚である。だからこそ、『ファクトフルネス』で世界の現状、変化を視覚化する試みをしていることが重要なイノベーションとなった。

ますます複雑化する世界で、自分に関わるさまざまな変数の推移をできるだけ視覚化して把握することは、優れた仕事をしたり、よりよい生活をしたりするうえで重大な意味を持つ「ライフハック」だと言えるだろう。

■『ファクトフルネス』は読後から始まる

ところで、人工知能における「深層学習」では、何層にも重なった回路網の深い部分で、さまざまな「概念」が生み出されることがそのパフォーマンスを上げるための鍵になる。

視覚で言えば、並列的に入った情報を処理する中で、最初は単純な属性が解析され、深層に至るにつれて次第に抽象的で、複雑なパターン認識が行われるようになる。その過程で、さまざまな「概念」がつくり出されていく。

もともとは脳の神経回路の働きを模して生み出された深層学習のメカニズムだが、最近では「本家」の人間と同等の、あるいは上回る能力を示すに至っている。

世界についてのさまざまな事実を視覚化し、把握する「ファクトフルネス」の実践においても、このような概念化、抽象化のプロセスは不可欠である。

例えば、世界はどんどんよくなっている、改善している、それにもかかわらず人は悲観的な見通しを持ちやすいという本書の主張すら、1つの「概念化」のプロセスの結果である。

さらに、そのような事実と反する感情が、現実の社会や経済、さらには政治を動かしていくという本書の認識も1つの「概念」である。

そのうえで、一方では「事実」があって、他方ではそれと一致しない人々の「感情」があるときに、そのような社会の変化の力学をどう捉えるかということが、脳の「深層学習」における概念化の「次」のチャレンジになる。

さらに言えば、事実に反する「感情」にとらわれている人たちが、「事実」はこうだと啓蒙的に説く人たちをどう受け止めるのかということも含めて「概念」をつくらなければ、社会の行く末を予想することはできない。

できるだけ広い、時に矛盾する側面を包括的に受け入れて、概念化し、理解しやすい「イメージ」にすることが、現代の人間の脳にとって最高のチャレンジになるのだ。

もっと広く、さらに深く。「ファクトフルネス」から始まる概念化の旅には、終わりがない。

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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。『幸せとは、気づくことである』(プレジデント社)など著書多数。

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(脳科学者 茂木 健一郎)

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