性転換手術希望者をタイに送り込む"日本人ブローカー"の葛藤
プレジデントオンライン / 2020年5月31日 11時15分
■日本の医療には、致命的に弱い分野がある
日本の医療には、致命的に弱い分野がある。生殖器の摘出や形成をする性別適合手術だ。自身の性別に違和感を抱く人が時に必要とする手術だが、日本では高額な医療費がかかり、医師が少なく手術まで1年は待たされる。そんな苦境に立たされた当事者の需要をキャッチして外国での手術を仲介しているのが「アテンド業」──本書では「性転師」と呼ばれる──の人々だ。
共同通信社の記者で、著者の伊藤元輝氏は「エージェント契約を結んだタイの病院に、日本人患者を送り込むアテンド業者を、手術の機会をくれる天使と捉える当事者もいれば、性同一性障害を食い物にする悪魔のように捉える人もいます。ただ、この約20年間において『手術難民』になった患者を救ったのは確か」と評価する。
著者がこの業界に興味を持ったのは、アテンド業界の草分け的存在の「アクアビューティ」坂田洋介氏との偶然の出会いだった。坂田はもともとファッション業界にいた。バブル期に流行したトラサルディのジーンズを仕掛けたというやり手で、商売人らしい風体が特徴だ(本書表紙の男性が坂田氏)。
■アテンド業の草分け坂田洋介
2000年、バンコクの歓楽街で遊んでいた坂田氏はたまたまタイの美容整形技術の高さを知った。日本に帰国後、整形の仲介ビジネスを始めることに。ウェブサイトに整形メニューの一つとして「性別適合手術」を掲げると、当事者からの問い合わせが殺到した。あくまで顔面の美容整形を中心に取り扱っていくつもりだったが、思わぬ“顧客”に対応するうちに「性転師」の草分け的存在になっていく。
著者は共同通信の記事としてタイでの性別適合手術を盛り込んだ連載を配信。その、坂田氏らアテンド業者を主役に据え「性転換ビジネス」の全貌を見渡すべく記したのが本書だ。冒頭、自身の陰茎を見つめ、自らの性を問い直す場面がある。このテーマに懸ける強い覚悟を感じる。
著者によると、性転換アテンド業者は、大きく2つに分類できる。00年代に登場した坂田氏ら、性同一性障害の非当事者で、商売っ気の強い「第1世代」と、10年代に手術を経験した当事者が始めた、ネットワーク力や結束力に強みをもつ「第2世代」だ。
![伊藤元輝『性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』(柏書房)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/200/img_83432e469829a847f8662539b43176c5309091.jpg)
YouTubeなどを駆使したプロモーションを展開しオープンで明るい社風の「G-pit」や、情報を敢えて抑え「弊社は、決して手術を推奨しているわけではございません」とうたう会社など個性もさまざま。ニッチな業界に過当競争とも表現できるほど業者がひしめき、競争は激化している。
第2世代の会社立ち上げの経緯からは、性同一性障害を抱える当事者のリアルな悩みや葛藤も読み取れる。また、取材を進めるうちに、日本国内の性転換手術に関わる問題が見えてきた。
さらに、著者はアテンド業者に同行し、巨大な美容整形外科病院「ヤンヒー国際病院」など複数の病院の内部にも入り込んでいく。タイが「性転換先進国」になった経緯にも迫る。
■日本国内の問題だらけの手術事情
取材を進めていくうちに、著者は日本国内の性転換手術に関わる問題に向き合うことになる。
「半世紀ほど前に性転換手術を行った医師が有罪判決を受けた「ブルーボーイ事件」がきっかけで、30年間ほど性転換医療が止まった『空白期間』があります。1998年に埼玉医大での手術を皮切りに、公的な手術療養が行われるようになりました。しかし、30年のブランクはいまだに大きく、性別適合手術を受けられる医療施設も、執刀できる医師も足りていない状況です」。
18年には日本国内で大きな動きがあった。手術が保険適用されたのだ。そのため一時は「性転師」たちを廃業の危機が襲った。だが実際には業界はなくならなかった。
手術の前段階として必須とされている「ホルモン製剤の投与」は保険適用外のままだったため、わずかな例外を除いて、一連の治療すべてが混合診療あつかい、つまり保険の対象外となってしまうというお粗末な事態が生じた。手術の実態に即していない「欠陥制度」という批判が集まっているのだ。まだまだ当事者たちを巡る状況は厳しい。
■LGBT時代の現実を正しく理解するためのヒント
LGBTがポジティブな話題となり、ダイバーシティの時代を迎えたかのように見える今もなお、「性転師」たちは“食えて”いる。「それはいまだに日本国内の手術環境が未整備であることを示している」と伊藤氏は主張する。
「性転師」たちの隆盛と衰退のドラマ、そしてその背景には、この「LGBT時代」の現実を正しく理解するためのヒントが隠されている。
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1989年生まれ。早稲田大学卒業。2011年、共同通信社に記者採用。高松支局、大阪社会部を経て現在は神戸支局。事件担当を中心に、ルポなど連載企画にも取り組む。
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(プレジデント編集部 撮影=横溝浩孝)
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