「子育て支援の充実」だけで少子化を食い止められるは間違いだ
プレジデントオンライン / 2020年5月22日 9時15分
※本稿は、藤波匠『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)の一部を加筆・再編集したものです。
■ついに出生数は90万人を割り込んだ
2019年、わが国における日本人の出生数が前年比で▲5.9%減少し、86万4000人となった。2016年に100万人を割り込んだことが話題となったばかりであったが、早くも2019年に90万人を大きく下回ることになった。
▲5.9%減の衝撃は伝わりにくいかもしれないが、これと同等の減少がみられたのは、戦後2度訪れたベビーブームが終焉した時期のみである。過去2度のベビーブームは、他の時期よりも出生数が急増した分、その終焉時には崖のような急減がみられた。今回は、すでに長期にわたり出生数は減少傾向にあったにもかかわらず、まさに崖のようにドスンとした落ち込みを見せたのである。
出生数から見ると、これまでの予測以上の速さで人口減少が進むだろう。そこで本稿では人口減少を契機として日本社会が進むべき道程について考える。その際、経済成長は不要との立場は取らない。「経済成長は必要で、次世代が、先を生きる世代よりも、少しでもいいから豊かになる」というまっとうな国のあり方を提示したい。
![わが国出生数、合計特殊出生率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/e/670/img_3e6a4d077d46daad3c643f598aa14076312741.jpg)
■フランスは「子を産み育てやすい社会」といわれるが…
出生数の急減を受け、これまで以上に手厚い少子化対策の必要性を指摘する声が上がることになるだろう。わが国では、少子化が加速傾向にあるものの、先進国の中でもフランスのように、少子化対策に一定の成果が得られたと評される国もある。そこで、まずは子育て世代に手厚い社会政策によって出生数が回復したとされるフランスの状況についてみてみたい。
合計特殊出生率で比較すると、わが国の1.42に対してフランス1.88と、その差は歴然である(出生率データは2018年)。フランスの出生率は、近年わずかに低下傾向にあるものの、最低であった1993年の1.73よりも高い水準を維持している。また実数でみても、フランスの出生数は、近年でこそ減少傾向にあるものの、2010年頃までは増加傾向にあった。
フランスの少子化対策が称賛されるのは、子育て世代を中心とする家族向け社会支出が手厚く、たとえ非婚女性が出産しても、サポートする社会制度などが充実しているためである。OECD(経済協力開発機構)の基準に則り、先進各国のGDP対比の社会支出をみると、フランスはわが国よりも、「家族」「労働」の分野での給付が手厚いことがわかる(図表2)。
![各国社会支出(OECD基準)の対GDP比](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/670/img_88f069222d87f5c8464dc94e530e959f326039.jpg)
「家族」は、児童手当や育児・介護休業給付などであり、「労働」は教育訓練給付、雇用調整助成金、失業関係給付などを指す。「家族」「労働」の社会給付が手厚いフランスは、若い現役世代が、安心して働き、子を育て、必要に応じて休むことを保障する社会システムを構築していると言えよう。
潤沢な資金をもとに、フランスでは保育園などが充実し、子育てしやすい環境が整えられているとされる。すなわち、働き、子育てをする若い世代に対する手厚い社会保障が、子を産み育てやすい社会のバックボーンとなっているのである。
■フランス人カップルの出生数は一貫して減少
しかし筆者は、フランスにおけるこうした社会政策の導入と出生数の回復には、必ずしも明確な因果関係があるとは言い切れないと考えている。実は、フランスの出生数や出生率の回復には、外国人が大きく貢献しているのである。フランスの出生数が回復期にあったとされる2000年以降に注目しても、フランス人カップルから生まれた子は一貫して減少している。
フランスの出生数の推移を、親の国籍別に詳しくみてみよう。フランスの出生数が増加した2000年からの10年間の変化を見ると、年間の出生数は2万5000人増加したが、実はこの間、フランス人カップルから生まれた子は1万7000人減少している(図3)。一方、同時期にフランス人と外国人のカップルから生まれた子は、4万人も増えている。
2010年以降は、外国人の存在感が一層顕著となる。フランスの年間出生数は、2010年をピークに再び減少に転じ、2018年までの8年間で7万4000人減少したが、その内訳をみると、フランス人同士のカップルの子は、全体を上回るスピードで減少し、9万8000人減であった。この間、フランス人と外国人のカップルはおおむね横ばい、一方で外国人同士のカップルの子は、2万4000人増えている。
フランス人カップルによる出生数の減少が響き、2010年頃には2.00を超えていたフランスの合計特殊出生率も、2015年頃から低下が顕著となり、2018年には1.88となった。フランス人カップルの出生数の減少ペースを、外国人による押し上げ効果がカバーしきれなくなった形である。
![フランスにおける親の国籍別出生数の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/670/img_ed21e2ecc4345e12c77ac06c6d6b2fe5387229.jpg)
その結果、2000年には出生数の85%を占めていたフランス人同士のカップルの子どもは、2018年には75%にまで低下している。フランスでは、すでに新生児の4人に1人が、少なくとも片方の親は外国籍ということになる。
■再び少子化傾向が顕在化しつつある
近年フランスでも、若年失業率が高く経済的に余裕がない世帯が増えていることや、男女ともキャリア形成を重視することなどにより、出産を先延ばしするケースがあるなど、わが国でもみられる課題が浮き彫りとなり、再び少子化傾向が顕在化しつつあると考えられる。結果的に、近年のフランスにおける出生数の動向は、国境を越えたヒトの移動の増大に伴い流入した外国人により、下支えされている面が否定できないのである。
フランスのように若い世代を支える政策を充実させてもなお、自国民の少子化を劇的に改善するには至っていない。しかし、フランスの手厚い家族給付は、永住資格あるいは正規の滞在資格を有する外国人も対象としている。フランスの社会政策は、子どもを産み育てる若い世代の暮らしを下支えするのみならず、外国人をも包摂し、結果的に子どもの権利を保障するものとなっているといえる。
近年、世界各地で移民排斥を訴える政党や団体の活動が活発化しており、フランスでも極右とされる政党が国政の重要な位置を占めるまでに勢力を拡大している。しかし、フランスでは、実態としてフランス人カップルによる出生数が急速に減少するなか、外国にルーツを持つ子どもの数は着実に増え、彼らも手厚い社会福祉政策を受けることができているのである。
なお、わが国においては、外国人の出生数は年々増えてはいるものの、2018年の段階では1万人台に過ぎず、全出生数に占める割合では2%に達していない。外国人労働者に対するわが国の門戸は確実に広がっているものの、フランスの水準にまで届くには、相当の時間を要することになる。
■保育所を増やしても出生率は上がらない
わが国は、フランスに比べて「家族」「労働」関連の社会給付が少ないことは明らかである。若い子育て世代、現役世代に対する手厚い給付は、社会の中で少数派となってしまった彼らの不公平感を抑え、子を産み育てやすい社会を構築するうえでの喫緊の課題といえよう。
しかし、フランスの例が示すように、こうした社会給付の拡充は、必ずしも出生数のV字回復を保証するものではない。わが国において少子化対策の決め手として導入され、「家族」向けの社会給付を拡充する取り組みといえる、保育所の受け入れ枠の拡充を例に考えてみたい。
近年、子育て支援、女性の就労支援策の柱として、全国各地で保育所の設置が進められ、とりわけ待機児童の多さが指摘された東京都において、目覚ましい勢いで保育所の受け入れ枠の拡充が進められている。「待機児童解消加速化プラン」や「子ども・子育て支援新制度」など矢継ぎ早の支援策により、2012年以降のわずか6年間で、東京都では保育所の定員が1.50倍、利用児童数が1.45倍となった。なお、同期間の全国平均は、定員が1.25倍、利用児童数が1.20倍の伸びにとどまっている。
東京都では、保育所の受け入れ枠の拡充にもかかわらず、2018年現在、待機児童数が目立って減少してはいないことから、保育所の受け入れ拡充は、結果的に若い世代の東京流入を促している可能性もある。女性の就業率の上昇に伴い、職場に近い居住環境が求められるようになり、若い世代の東京都への流入が増え、それに対応するように保育所の設置を進めた結果、子育て世代のさらなる東京都への流入を招いていると考えられる。
![藤波匠『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/200/img_7bcfbb8c9db8dbef44b768bb872ecd27227280.jpg)
ただし、2012年以降、意欲的に保育所の設置に取り組んできたにもかかわらず、この間わが国出生率、出生数の低下傾向に変化は見られなかった。東京都を中心とする保育所の拡充は、「家族」向けの社会給付の充実が、必ずしも出生数の押し上げに直結するものとは限らないことを示唆している。
以上から、わが国においては、早急に「家族」「労働」の分野の社会給付を手厚くすることに取り組むべきであるものの、それは若い世代の生活を支え、子どもの権利を保障するためであるとの理解が必要である。出生数を回復することを目的とした少子化対策とは切り分けて考えておかなければならない。
フランス同様、わが国においても、政策的に出生数を増加に転じさせることは容易ではない。当面出生数は減少し続け、人手不足が深刻化していくことを前提に、それでも一定の経済成長を可能にする社会を目指していかなければならないのである。人口減少でも経済成長を目指す社会のあり方については、次回以降に論じる。
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日本総研上席主任研究員
専門は人口問題・地域政策、および環境・エネルギー政策。1992年、東京農工大学大学院を修了後、株式会社東芝に入社。東芝を退職後、1999年にさくら総合研究所(現在の日本総合研究所)に転職。現在、日本総合研究所調査部に所属。途中、山梨総合研究所への5年間の出向を経験。2015年より上席主任研究員。著書に、『「北の国から」で読む日本社会』『人口減が地方を強くする』『地方都市再生論』(いずれも日経出版)がある。
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(日本総研上席主任研究員 藤波 匠)
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