「コロナが出た」とデマを流された田舎のクリーニング屋・小池さんの闘争
プレジデントオンライン / 2020年5月26日 9時15分
■あなたの店が「感染者が出た」とデマを流されたらどうする
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月、WHO(世界保健機関)はある現象の危険性について警鐘を鳴らした。その現象の名は「インフォデミック」だ。インフォデミックとは、「インフォメーション(情報)」と「エピデミック(流行)」をかけあわせた言葉で、デマやフェイクニュースなどの不確かな情報が急速に氾濫することを指す。偽情報の氾濫が社会に何をもたらすのかというと、詐欺や風評被害など市民に直接的に不利益を与えるだけでなく、多くのデマにより正しい情報が埋もれ、その結果、社会全体に混乱を招くという危険性があるのだ。
社会不安や恐怖が高まったときにデマが発生すること自体は新しい現象ではないが、この新型コロナ禍ではSNSにより、かつてない速さと量の情報が拡散。インフォデミックが現実社会に与える影響はより大きなものになったと言えるだろう。
「コロナウイルスは熱に弱いのでお湯を飲めば予防できる」
「納豆を食べると免疫力があがり、コロナにかからない」
「花崗岩などの石がウイルス分解に効果がある」
どれも日本で新型コロナへの不安が顕著になってから流れた根拠のないデマだ。だが、この情報がSNSやクチコミで広がるとスーパーでは納豆が売り切れ、フリマアプリでは何てことのないただの石の出品が確認されている。また、2月頃にTwitterで拡散された「トイレットペーパーが品薄になる」というデマは、実際に、トイレットペーパーを含む紙製品が全国的に品薄になる事態を招くきっかけとなった。
こういった出所不明の不確かな情報は、トイレットペーパーの買い占めのように私たちの生活に影響するだけではない。ときに個人の名誉を傷つけたり、差別につながることもあるのだ。ある日、突然、「感染した」と名指しで噂を立てられたら、あなたはどう思うだろうか? 「感染者が出た」というデマを流された自営業の男性に話を聞いた。
■ある日、「コロナに感染した」とデマを流された
コロナ感染のデマに巻き込まれてしまったのは、中部地方でクリーニング店を営む小池さん(仮名)だ。4月以降、小池さんの店は売上が下がっていたが、それは感染拡大防止のための外出自粛の影響であると考えていたという。だが4月下旬のある日、取引先からこんな話を耳打ちされた。「ご家族に感染者が出たと聞いたが、本当か」。小池さんの家族に新型コロナの感染者はいない。ここで、小池さんは初めて自身がデマの渦中にいることを知った。
小池さんは「まさに寝耳に水でした。コロナに感染してはいけないと注意していましたが、デマのことは全く頭にありませんでした。まさか自分の身に降りかってくるとは」と、話す。純粋に外出自粛の影響で減ったと思っていた客足は、確認してみると取引先から「感染したというのは本当か」と聞かれた前後から急速に減っているそうだ。確証はないが、関係ないとは言い切れないタイミングだ。
中にはニヤニヤしながら「お前の店、コロナになったらしいなぁ!?」「感染者出たんか?」と、面白がるように聞いてきた人もおり、小池さんは不快な思いをしたという。
しかし、なぜ小池さん一家が噂のターゲットになってしまったのだろうか。4月、小池さんの住む地域で感染者が出たという発表はない。噂の原因も出所も全く見当がつかないという。
「可能性があるとすれば、私が日頃から『自分も感染しているかもしれないという意識で行動しよう』と言っていたことが、どこかで曲解されて伝わったとか……でも、そんなことは私以外の人もよく言っていますよね。本当にわかりません」
現在、小池さんは、問い合わせに対しては冷静に家族に感染者は出ていないという事実を伝えている。だが、店への張り紙など大々的な周知は行っていない。元々、感染を噂された家族は店には立っていないこと、また小さなコミュニティなので、まずは事を荒立てず噂の出所を探しながら対処を考えたいとしている。
「以前は外出自粛が解除されれば(売上も回復する)と希望を持っていましたが、いまは本当に元に戻るのか不安です」と話す小池さん。噂に対しては、「なぜ不確かな情報を流してしまうのか。それがどんな結果を生むのか一瞬でも考えることはできないのだろうか」と、怒りを感じるとともに、人災とも言えるデマに「ある意味、コロナ以上にやるせない」と、行き場のない思いをにじませていた。
■デマに法的な責任を問えるのか
このようなデマに巻き込まれてしまったのは小池さんだけではない。ニュースを検索しただけでも、各地で「店員に感染者が出たらしい」「感染者があの店を利用したらしい」というデマを流されたというニュースを確認することができる。たとえば大きく報じられた4月に愛知県で起きたスポーツ用品店経営者のケースでは、「経営者がコロナで死んだ」という根拠のない情報が流されてしまった。同店ではデマの打ち消しに奔走したものの、一時休業を余儀なくされたと伝えられている。
また非常時のデマやフェイクニュースのやっかいな点は、悪意によるものだけでなく、「知らせなくちゃ!」という使命感で情報が回されるケースがあることだ。だがいくら「そんなつもりはなかった」としても、デマは損失を与えるばかりか他人の名誉も傷つけ、ときに人命を脅かする刃になりうる。また偽の情報の打消しのためには人的・金銭的なコストがかかり、さらに長期戦になることが予想されるだろう。被害者の負担はあまりにも大きい。
そんなデマやフェイクニュースの被害に対して法的な責任を問うことはできないのだろうか。弁護士に聞いた。
「近時、新型コロナウイルスの蔓延により2mのソーシャルディスタンスを保つことが求められておりますが、インターネットが普及した現代においては、たとえ距離が遠く離れていても、SNS等で突然悪意あるデマを流されて事業者が経済的な損失を負ったり、名誉を傷つけられたりすることはあります。その場合に、加害者に対して刑事、民事の責任を問えるかという点についてお答えします」
Q.デマを流した人物に刑事責任を問うことは可能か?
A.刑事責任については、不特定多数の人が知りうる状態でデマを流されたことにより、客観的に見たときに社会的な評価を下げる具体的な事実が示されていると判断された場合には名誉毀損罪が成立することになります。
また、デマを流したことにより経済的な面での信用を低下させた場合には、信用毀損罪が成立することになります。更に、デマを流したことにより営業が妨害した場合には、偽計業務妨害罪が成立する可能性もあります。
Q.これらの罪が成立した場合、刑罰はどうなるのか?
A.裁判で名誉毀損罪が成立すると判断された場合には、加害者には3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金が科されます。
信用毀損罪、偽計業務妨害罪が成立するすると加害者には3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。当然ですが、いずれの犯罪についても執行猶予が付くことはあります。
Q.民事で争う場合、その流れとポイントは?
A.まず、刑事で名誉毀損罪が成立するようなケースであれば、名誉毀損をされたこと自体に対する慰謝料の請求ができます。ただし、名誉毀損をされたことに対する慰謝料は一般的に想像される金額よりも相当低い金額です。数十万円しか認められない事案も多いです。アメリカの慰謝料の金額とはレベルが違いますね。
更に、デマを流されたことによって売上が下がったことに関する賠償の話について説明します。これは、記事に載せるのも憚られるのですが、正直なところ非常に難しいです。
というのも、そもそも売上が下がっているのは外出自粛のせいではないか、デマに関係なく売上が下がっているのではないかといった話が出てきます。損害賠償を請求する際に立証責任を負うのは被害を負った側です。デマを流されたことと売上低下の因果関係を立証していかなければいけません。
そのため、例えば飲食店で予約がキャンセルされた場合などであれば、デマが原因で予約がキャンセルされたという証拠を可能な限り残しておくことが重要です。
なお、SNSなどで匿名でデマを流された場合でも、発信者を特定することが可能な場合もあります。プロバイダ責任制限法4条に基づいて裁判所を通じて情報開示請求をすることができるからです。出所不明の噂話に比べたらインターネット上の書込みの方が加害者の特定可能性は高いですね。デマを確認したら弁護士に早急に相談するのがいいでしょう。
(ライター/翻訳者(中日) 沢井 メグ)
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