歯科医「口腔ケアで、あのウイルスの発症率が89.8%減りました」
プレジデントオンライン / 2020年6月7日 11時15分
■インフルエンザ発症率が89.8%減!
時節柄、「歯医者さんは安全です」という話から始めましょう。
新型コロナウイルスの世界的な蔓延の影響で、歯医者を訪れる患者さんも感染リスクに敏感になっているのを感じます。最近は私のクリニックでも、アルコール除菌などいつも行っている衛生管理の手順を、あえて患者さんの目の前できびきびと披露したりすることで、患者さんの不安を和らげるような配慮をしています。
一方、私たち歯科医師や歯科衛生士は、患者さんが仮にどんな感染症に罹患していようと自分たちは感染しないような万全の衛生対策をとっています。ですから新型コロナが流行したからといって、特別恐れるようなことはありません。
当たり前のことですが、歯医者さん──歯科クリニックは安全なのです。それどころか、歯医者で治療や口腔ケアを受けることによって、感染症リスクは大きく減るのだということも知っていただきたいと思います。
たとえば、インフルエンザなどのウイルス性疾患も、丁寧な口腔ケアによって感染リスクを減らせるといわれています。
ほとんどの人の口の中には、歯周病菌が棲みついています。この菌が歯周病の原因となるのはもちろんですが、厄介なのはそれだけではなく、インフルエンザウイルスが粘膜に侵入するのを助けるプロテアーゼやノイラミニダーゼといった酵素を出すことがわかっているのです。つまり口腔内の衛生状態が悪い人は、インフルエンザにかかりやすくなるのです。反対に、歯医者で口腔ケアをきちんと受けて歯周病菌を減らせば、感染リスクを小さくできます。
事実、次のような研究があります。
インフルエンザが流行する冬季6カ月間にわたり歯科衛生士による口腔ケアを受けた人と受けなかった人との間で、その時期のインフルエンザ発症率が約10倍も違った(前者の発症率1%に対して後者の発症率は9.8%、つまり前者は後者に比べ発症率が89.8%低い)というのです(『日本歯科医学会誌』25号)。新型コロナウイルスにまで効果が及ぶかはわかりませんが、口腔内を清潔にして細菌数を減らすことが、まずは誤嚥性肺炎、さらにはインフルエンザなどのウイルス性疾患の予防につながるのは間違いないといっていいでしょう。
■ブラッシング指導、自己負担240円
一般の患者さんにお勧めしたいのは、歯科衛生士によるブラッシング指導です。歯磨きというのは意外に難しく、自分ではきちんと磨いているつもりでも、必ず磨き残しがあるものです。ブラッシング指導ではまず、いつも使っている歯ブラシで普段通りに磨いてもらいます。その後、「歯垢染色剤」で歯垢が残っている部分、つまり磨き残し部分を染め出して、その人の磨き癖をチェックしながら、磨き方や最適な歯ブラシの選び方などのアドバイスを行います。
一口に歯ブラシといっても、ヘッドの部分の大きさや毛の硬さなど、いろいろ特徴がありますが、どれがいちばんいいというより、自分の歯の状態や磨き方に合ったものを選ぶべきです。たとえば、時間をかけて丁寧に磨くのが苦にならないという人は、それこそプロが使うようなヘッドの小さいものがいいかもしれません。しかし、大雑把な性格だとそういう歯ブラシを使っても、途中で飽きて歯磨きをやめてしまう可能性が高い。そこで、そういう人には逆に大きめなヘッド、あるいは電動歯ブラシをお勧めします。
こうしたブラッシング指導は健康保険の対象になり、自己負担は240円ほどです。
ちなみに、歯磨きをするタイミングや回数には諸説あって、歯周病学の世界的権威であるスウェーデンのヤン・リンデ医師の研究では、2日に1度しっかり磨くのが最も望ましいという結果が出ています。また、欧米では、酸性の強い食べ物や飲み物が原因で歯のエナメル質が溶ける酸蝕症の人の割合が多いこともあって、食後すぐの歯磨きは歯がすり減るからと敬遠されがち。代わりにフッ素の入った洗口液で軽くうがいをしたりするのが一般的です。
ただ、リンデ医師の研究のもとになった実験は歯科大学生が参加したものであり、一般の人よりは歯みがきへの意識やスキルが高いと考えられます。そういったことを考え合わせると、一般的には1日に2回くらい磨くのがいいと思います。
■歯面清掃でピカピカに 自己負担210円
歯の表面をクリーニングする「歯面清掃」という治療もあります。ブラシやポリッシャーという専門の機械で歯の表面を磨くのですが、汚れや黄ばみが取れてピカピカになります。これも保険適用なので自己負担は210円ほどしかかかりません。
歯面清掃をして歯がきれいになると、気持ちがいいし見た目もよくなるので、今度はその状態をできるだけ長く保ちたいと思うようになります。すると、ちゃんと歯を磨こう、うがいもしようというように生活態度も変わってくる。こうして口腔ケアの意識が高まることが、結果的に、虫歯や感染症の予防につながっていくのです。
ところで、歯面清掃と混同されがちなのが歯石の除去です。虫歯の治療のついでに歯石除去をしてもらった人も多いと思いますが、こちらは文字通り、歯周病のもとになる歯石を取る治療であり、使う器具も施術法も違います。
ブラッシング指導や歯面清掃で歯医者に行くのはいいけれど、それだけでは済まないんじゃないか、と心配する人もいるでしょう。ここに虫歯がある、あそこも治療しましょうと提案され、何度も通うのは気が重いというのです。
必要以上に治療を長引かせてしまう歯医者がいることは事実です。といっても、大半は悪意があるわけではなく、患者さんの口に虫歯を見つければ、自動的にそれを削って詰め物をして早く治すのが当然だと考えられてきたからです。
ただ、その考え方は少し古いかもしれません。
たとえば私が患者さんの口に虫歯を見つけたとしても、それが1本だけならまず削りません。3カ月から6カ月間様子を見て、進行していないのならそのままです。しかし、5本あったらすぐに治療を始めます。なぜなら、虫歯が5本もあるということは、その人の生活習慣そのものが虫歯を誘発していると考えられるからです。放っておけば虫歯はさらに悪化するでしょう。
このように、現代の歯医者は、かつてとは違って目の前の一本の歯を治療するだけではなく、その人の健康をトータルにとらえて治療のパッケージを提案するようになっています。もちろん歯医者にもよりますが、歯医者からのアドバイスは聞いて損はないと思うのです。
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歯科医師
水戸市生まれ。東北大学歯学部卒業。丸の内、京橋、虎ノ門、六本木で勤務医を経験。成人矯正、審美的な歯科治療で研鑽を積む。1997年、東京都杉並区東高円寺に海老沢歯科医院を開院。
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(歯科医師 海老沢 聡 構成=山口雅之 撮影=研壁秀俊)
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