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為末大「いまこそ高校球児に伝えたい"次の目標"の立て方」

プレジデントオンライン / 2020年6月1日 11時15分

第102回全国高校野球選手権大会が行われる予定だった阪神甲子園球場=2020年5月20日、兵庫県西宮市 - 写真=時事通信フォト

5月20日、夏の高校野球の中止が発表された。高校野球だけでなく、ほとんどのスポーツ大会は中止となっており、突然目標を失った選手たちは戸惑っている。元オリンピアンの為末大氏は「人生は競技よりも長く続く。思い切って落ち込んでから、次の目標を立ててほしい」という――。

※本稿は、為末大著『Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。

■「もう次はない」アスリートたちがいる

2020年の東京五輪は延期になった。春夏の高校野球、インターハイ、全日本中学選手権インターハイも中止。そうせざるを得ないのだろうというのはわかる。しかしこれらの大会を目標に頑張ってきた選手も多いと思う。もし自分が今アスリートだったらと思うと表現できないぐらいの不安に襲われているだろう。自分のピークがどこまでもつだろうかという思いにとらわれている者もいるだろう。実際、何割かの選手はこの夏がないならもう次はない。アスリートのピークは短い。いまこの瞬間でしかできない技術があり、入れない境地がある。この夏に準備してきたのならこの夏にしかできないものがあるのだ。

一方で、考えてもどうしようもないことにいつまでも時間を費やすことは避けなければならない。競技人生で最も足りないリソースは時間だ。その貴重な時間を最終的に競技人生を良い方向に進めてくれるのは、ひたすらに自分のできることにフォーカスして、それを淡々とやり遂げることだ。他人も過去も未来も何が起きるかわからない。わからないことは起きてから対処すればいい。

■コントロールできることに、意識を向けよ

スポーツ心理学に基づいた指導で、「コントロールできないものを意識するのをやめ、コントロールできることに意識を向けよ」というものがある。元々はギリシャのストア派の哲学の考え方だ。コントロールできないものの最たるものは他人と過去であり、コントロールできるものの最たるものは自分と今である。

為末大『Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)
為末大『Winning Alone(ウィニング・アローン)自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)

大事な点は、楽観的になろうとすることでも、悲観することでもなく、目の前にある自分にできる課題解決に集中することで、何を無視するかを決めることだ。自分の範囲を超えたものを恨んだり、憂いたりしても改善は見込めない。

しかし、こうした考え方には抵抗感も強い。なにしろ自分のせいではない理由で自分がピンチに追い込まれることも多々ある。また本質的にはもっと大きなところに問題があることも多い。たとえば指導者や、所属している企業の方針、国際連盟の方針、ドーピングを使用している選手など。新型コロナウイルスの動きなどはその最たるものだ。こうしたすべてを「コントロールできないこと」として割り切れと言われても、はいそうですか、とはならないだろう。

■実は選手が「気にすべきこと」はほとんどない

どうしても誰かの責任だと考えたい(実際にその場合もある)、恨みたい、なんなら復讐したい、という気持ちになるかもしれない。しかし、それで事態が改善しない場合、すべての努力は無駄になる。

コロナウイルスの感染拡大はいつまで続くのか、それに伴う渡航制限などの政府の方針はどうなるのか、試合は開催されるのか。されるとしたらどんな形になるのか。これらはすべてコントロールできない。

そうなると実は選手は気にする事はほとんどないということになる。これまでどおり練習を続けるだけだ。オリンピックの延期、重要な大会の中止に伴い、今後もさまざまな混乱が予想されるが、いろいろ想定しても、結局日々の練習を淡々とするということしか選手にはできないし、それこそがやるべきことだ。

■私がすすめるクライシスの過ごし方

今回のようなクライシスでは、コントロールできることは極端に限られている。そこに意識を向けて過ごすしかない。以下の3点を意識しつつ、喧騒から距離を取り、淡々とトレーニングを行うことをお勧めする。リモートワークなどでこれまでと勝手が異なる環境で仕事をし、成果を出さなくてはいけない人にとっても参考になるかもしれない。

●安心できる場所を確保する

練習を続けるためにベースとなるトレーニング場所を確保する。その場所からしばらく移動できなくなることも考えられるので、安心して長く練習できる場所を見つける。

●情報と会う人を制限する

情報がたくさんあることは普段はいいことだが、状況が刻々と変わる状況では精神が疲弊し、情報が多すぎて焦って無駄な動きをしてしまう恐れがある。できれば情報収集は信頼できる人か機関にお願いし、対応しなければならないときだけ教えてもらうようにしたい。SNSは玉石混合の情報が行き交うので、気になるようであれば一旦停止するか、発信だけに専念する。一方で選考基準や選考会についての情報は誰かに頼んでもいいので意識して取りに行く。早い情報を知ればそのぶん有利になる。

●明日のことしか考えない

どうしても未来のことを考えて不安になるが、危機において未来を考えることにほとんど意味はないので、今日1日できることだけやり、ご飯を食べてゆっくり寝る。これを繰り返す。いつこの状態が終わるのかを考えるのではなく、今日が積み重なっていったらいつの間にか元の日常が戻ってきていたという形に持っていきたい。一方で、集中しすぎて自分を追い込みすぎないように注意する。心の疲労は目に見えにくく、疲労している選手は本番で力を出せない。今日の練習に集中して、練習が終わったら好きなことをやってのんびりする。自分で思っているよりも二割くらい力を抜くのがちょうどいい。

■事故で引退した人も、10年後には前向きになっている

とはいっても、「今年が最後」の人とそうではない人とでは、心の持っていき方はおのずと変わってくる。今年の大会に出て引退する予定だった人は、このまま引退すると後悔をずっと引きずっていきそうだと感じているかもしれない。まず私のアドバイスは、自分なりに踏ん切りをつけて、当初予定していたタイミングですっきりと引退をすることだ。踏ん切りの付け方としては、全力でどこか近所を走ったり、自分の思いを文章にしたりするなど、自分に合った方法でやる。

時々、競技人生を事故やチームの不祥事の影響などでそのまま引退した人に会うことがある。数年ほどは引きずっているように見えるが、10年を過ぎた人は誰もが想像以上に前向きになっている。無念の引退の悔しさをぶつけるために、留学して新しい道を見つけた人もいる。不条理な経験を乗り越えた人は「あれがあったから今の自分がある」と言う。いまは競技がすべてかもしれないが、競技よりも長く人生は続く。競技とは違う方法で今の悔しさをぶつけるものが必ず見つかる。

■2週間しっかり落ち込む→「今できる目標」を立てる

来年以降も現役を続ける人も、目標がなくなって落ち込んでいると思う。落ち込む時の作法は、中途半端にしないこと。思い切って落ち込んで徹底的に後ろ向きになるのが大事だ。ただし、後ろ向き思考が常態になってしまうと容易に立ち上がれなくなる。2週間くらいは思う存分落ち込んで吹っ切ろう。

吹っ切った後は次の目標を立てる。競技者は未来の目標から逆算し、今やることを決めるものだが、現在のようにすぐ状況が変わり誰にも先が見通せない状況では、中長期的な計画を立ててもあまり意味がない。先を見るのではなく、目の前ですぐ自分に努力できることを積み重ねる。大事なことは具体的な目標だ。英語を学んだり読んだり、競技と関係のないことでも何でもいい。目標が定まらない時は自分に負荷をかけた方が落ち着くことがある。

■「怪我の間」にトレーニングをした選手は強い

この状況を怪我をした状態と捉えてみるとよいかもしれない。怪我からの復帰後に良い成績をおさめる選手のほとんどは、怪我の間に地味だけれども競技力向上のために避けては通れないトレーニングを行っている。具体的には体幹トレーニングや、股関節や肩甲骨周辺の動きだ。1カ月でもやり切るとかなり動きは変わってくる。中心部の動きがほんの少し変化するだけで末端の動きは劇的に変わる。普段はそんな地味な練習は避けてきた人には特にいいチャンスだ。

新型コロナウイルスによる影響は、自分だけに降りかかっているわけでもなく、日本だけでもなく、世界中に降りかかっているものだ。この状況でパニックになって本来やるべきだったことから目をそらし、心が揺れ勝手に脱落していくアスリートもいる。クライシスでは番狂わせがおきやすい。クライシスは賢さや勇ましさより、愚鈍さが有利になる局面とも言える。

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為末 大(ためすえ・だい)
Athlete Society 代表理事
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で、日本人として初めてメダルを獲得。2000年から2008年にかけてシドニー、アテネ、北京のオリンピックに連続出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2020年5月現在)。2012年現役引退。アジアのアスリートを育成・支援する一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。ベストセラーとなった『諦める力』(プレジデント社)は、高校入試、課題図書などに多く選定され、教育者からも支持されている。最新刊は親子で読む言葉の絵本『生き抜くチカラ』(日本図書センター)。

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(Athlete Society 代表理事 為末 大)

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