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「見るからにやる気がなさそうな人」に絶対言ってはいけないNGワード

プレジデントオンライン / 2020年5月29日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skynesher

話を聞いているのかわからない人にはどう接すればいいのか。脳科学・AI研究者の黒川伊保子氏は、「コミュニケーションの仕方に問題があるだけで、やる気がないわけではない。ただ、そのような人は認知力も低いので、かんでふくめるように何度も言わなくてはならない」という——。

※本稿は、黒川伊保子『コミュニケーション・ストレス 男女のミゾを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■身体の共鳴も意図を伝え合う大事な要素

1996年生まれ以降の世代で、男女関係なく「共感障害」を持つ若者が増えている。ミラーニューロン不活性型の、他者にうまく共鳴できない若者たちである。

ことばがコミュニケーションの要であることは、誰も否定しないだろう。しかし、もう一つ大事な要があることを意識している人は少ない。表情や所作、息遣い。いわゆるボディランゲージである。

人間は、自然に、話し相手の表情や所作に共鳴して、連動する。相手が満面の笑みをたたえれば、つい笑顔になる。うなずけば、うなずき返す。リラックスすればリラックスし、緊張すれば緊張する。

それがうまくいく間柄では、息遣い(吸って吐く、止める)までが連動している。

「息が合うふたり」というのは、まさに、そのままの意味なのである。

社交ダンスのペアは、呼吸を合わせている。呼吸が合わないと、相手のリードがわからない。意図が伝わらないのである。しかしながら、ダンサーたちは、「呼吸を合わせよう」と格別努力はしていない。組む前に、顔を見合わせ、相手の腕を広げるしぐさに連動すれば、自然に呼吸が合ってしまうからだ。

身体の共鳴は、意図を伝え合う大事な要素なのである。

■共鳴動作が成立しない対話では、信頼関係は生まれない

相手が理解したのか、理解が不十分なのか。意欲的なのか、戸惑いがあるのか。興味があるのか、ないのか。楽しんでいるのか、いないのか。それらの情報を、私たちは、相手の表情や所作、息遣いで知る。自分のそれとの一致具合、あるいはズレ具合で。

所作や息遣いがズレたらダメという話じゃない。ズレることも大事な伝達手段だ。相手の話に戸惑ったら、自然に共鳴動作はズレはじめる。相手はそれを悟って、話のスピードを落としたり、主張をゆるめたり、ときには「何か気になることでもある?」と、意見を聞いてくれたりする。

問題は、そもそも最初から「表情や所作、息遣い」による共鳴動作がない、ということなのだ。

共鳴動作が成立しない対話では、信頼関係は生まれない。

共鳴動作ができない人は、世の中とうまく折り合えないのである。本人は、生きることがつらい。一方で、共鳴動作がうまくできない人の周囲もまた、多大なストレスを抱えることになる。

昔から、周囲と折り合えない=共鳴動作がうまくできない人間はいたのだが、少数派だった。人づきあいは下手だけど、腕がいい職人やエンジニア、クリエイターとして活躍する道を選ぶことが多かったし、周囲も「個性」として容認してきた。

しかし、今、その数がマジョリティになろうかという世代が、着々と大人になりつつある。人事部門では、ほどなく、男女間ストレスよりも、大きな問題になるかもしれない(共鳴動作がうまくできない若者が増えている理由について知りたい方は、拙著『コミュニケーション・ストレス』をお読みいただきたい)。

■1996年から「共鳴動作が弱い人たち」が生まれた

1996年、たまごっちが流行(はや)り、翌年、携帯メールサービスが始まった。

このころから、人類は、「目を合わせない授乳」の道を歩き始めたようである。

2000年代に入り、小学校では、「1年生が手を上げない」ことが話題になったという。1年生といえば、昔は、「1年生の皆さん」「はーい!」、「チューリップ班の皆さん」「はい! はい! はい!」と反応するのが当たり前だったのに。

あるいは、ラジオ体操が覚えられないことも話題になった。「ラジオ体操を覚える」が宿題になる学校も出てきた。従来、ラジオ体操は、覚えるというより、真似をするものだった。目の前の先生のお手本を見れば、なんとなくできるのがラジオ体操だったのに。

どちらも、集団全体の共鳴動作が弱いことを表している。

そしてとうとう、「共鳴しない若者」が社会に出てきた。ここ1〜2年、多くの企業や官公庁で、人事担当者の「新人教育がつらい」というため息が聞こえるようになった。新人たちが反応しない。それほど興味もないテレビ番組を眺めるかのように、そこに座っている。反応しない何十人もを相手に、何かを教えるのは、心が折れそうになる、と。

一人一人を丁寧に見れば、共鳴能力がある若者も過半数いるのである。しかし、集団の共鳴動作は、無反応の人間が約3割を超えると、著しく下がってしまう。周りに反応しない人間がいると、反応できる人間が遠慮してしまうからだ。

■「話、聞いてるの?」と言われた部下はどう考えるか

人の話を、共鳴しない(うなずかない、表情を変えない、呼吸を合わせない)で聞く。本来ならば、「納得できないとき」の態度である。

部下がそういう態度をとれば、上司は「話聞いてるのか」「何か、言いたいことがあるのか」などと聞くことになる。

本人が意図的にその態度をとっているのなら、言われたことに心当たりがあるので、反応のしようがある。あやまるのか、これをチャンスに不満を表明するのか……。

しかし、まったく心覚えがないのに、このセリフを言われると、人はきょとんとしてしまうしかない。なぜ、そんないちゃもんをつけられるのか理解に苦しむ。

反応しないから「話聞いてるの?」と問いただしたのに、さらに何の反応もなくスルーされた上司は、「やる気あるの?」と再び問いただすことになる。

これもまた、言われた側はちんぷんかんぷんだ。やる気があるから会社に来て、こうして上司の話を聞いているのに、なぜ改めてそんなことを聞かれるのか……どう答えればいいものやら、さっぱりわからない。

こんな答えようのないくだらない質問をしてくるなんて、上司はバカなのだろうか。あるいは、セクハラではないかと疑い始める。

■自分の非に気づかず、パワハラだと思い込む

共鳴しない人間は、存在感が薄いので、人に意見を聞かれることがほとんどない。

「○○くん、どう思う?」「昼、一緒にどう?」などと、自分の両側の新人が声をかけられるのに、自分は無視される。

さらに、共鳴できない人間は、「他者の動き」が脳に写し取れないので、気が利かない。会議後に「先輩がお茶碗を片付けている」のに気づいて、僕がやります、と立ち上がる、なんてことは、ほぼ不可能に近い。先輩が動いているのが網膜には映ってはいるけれど、車窓の風景のように、ぼんやりと見ているだけだからだ。

当然、「きみは、なぜ、やらないの?」と言われることになるのだが、この質問も不思議でしょうがない。「誰か、僕にやれって言いましたか?」と質問に質問で返す羽目になる。

「やれとは言われてない」「誰も教えてくれなかった」を多発する部下がいたら、共鳴力が弱い、共感障害を持つ若者だと思ったほうがいい。

彼ら彼女らにしてみたら、いちゃもんをつけられ、存在を無視される日々である。自分はパワーハラスメントを受けているに違いないと思い込み、実際にそれを人事部に申告するケースも発生している。

■共感障害の部下を持ったら

今後、「話、聞いてるの」「やる気あるのか」「なぜ、やらない(できない)」は、学校や職場の禁止用語にしておいたほうがいい。

やる気がないとか反抗している子には意味があるが、共鳴できない子にとっては嫌がらせ以外の何ものでもない。言っても甲斐がないどころか、バカな上司だとか、パワハラだと思われるのが関の山だ。

反応の薄い子は、認知力も薄い。十を聞いて、やっと一を知る。「当然、できるだろう」は期待できないので、やるべきことは、かんでふくめるように、何度も言う必要がある。ただし、腹に落ちさえすれば、きちんとできる。

逆に、自分が「どうして、やらないの(できないの)?」と叱られたら、「気が利かなくて、すみません」とあやまろう。

「どうして、やらないの?」は、「気が利かない。当然、何も言われなくてもやるべきだった」の意味なのだから。

そして、「どうすればよかったのですか」と率直に質問して、以後気をつけよう。

■コミュニケーションを学ぶ時代がやってきた

社会の多様化が進み、環境や育ちや生活習慣が違う者が入り混じるようになれば、暗黙の了解は期待されないようになる。おそらく、「話、聞いてるの?」「やる気あるのか?」「なぜ、やらない(できない)?」は死語になっていくだろう。

黒川伊保子『コミュニケーション・ストレス 男女のミゾを科学する』(PHP新書)
黒川伊保子『コミュニケーション・ストレス 男女のミゾを科学する』(PHP新書)

共鳴動作が弱いことは、今は「共感障害」だけれども、やがて、個性の一つとして当たり前のことになり、ストレスを生まなくなってくるかもしれない。

しかしながら、社会の多様化が進めば、言語コミュニケーションに母語ばかりが使えるわけじゃない。ことばの「行間」に「思い」をこめることが難しくなれば、表情、所作、呼吸の共鳴は、いっそう大事なコミュニケーション・ファクターになる。

共感障害でありながら、そうと知らずに生きることは、今のところ、かなり不利である。同様に、共感障害を呈する人がいることを知らずに人の上に立つのは、かなり危険なことだ。

コミュニケーションは、やはり学ぶ時代に入ったのだと痛感せざるを得ない。

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黒川 伊保子(くろかわ・いほこ)
脳科学・AI研究者
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。

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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)

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