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便を部屋にこすり付ける88歳母と暮らす58歳女性の「本当の敵」

プレジデントオンライン / 2020年5月28日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/milorad kravic

関西在住の金田知子さん(仮名、58歳)は、認知症の実母(88歳)と同居し、介護をしながらパートで生計を立てている。夫はいるが、15年前からの不倫がわかり、いまは離婚調停中だ。「シングル介護」で心身を擦り減らす金田さんは、いつしか「母の年金をあてにするようになった」と葛藤を打ち明ける——。

■「すぐ激高し、罵声を浴びせる」家事・育児に一切協力しない夫

この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、未婚者や、配偶者と離婚や死別した人、また兄弟姉妹がいても介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

今回、取り上げる金田知子さん(仮名、58歳、関西在住)は、少し前まで夫と息子の3人暮らしだった。しかし、いまは88歳の母親と2人暮らし。母親を週5日デイサービスに預け、その間にパートに出ているが、生活はギリギリだ。

金田さんの父親ががんで亡くなったのは19年前のことだ。

「母は当時69歳でしたが、人生で初めての一人暮らしを満喫していました。不安もあったようですが、長い間祖父母や父の介護で自由に外出ができなかったため、数年ぶりの自由がうれしかったようです。息子ともよく遊んでくれました」

その頃、金田さんは「大学で知り合った」という夫に頭を悩ませていた。夫は結婚してから、家事も育児も一切協力してこなかった。

「息子がまだ小さい頃、高熱が出て、頭痛を訴え始めました。車の運転ができない私は、夫に『病院まで車で連れて行って』と頼みましたが、『今、食事中! 悪いなら救急車を呼べ!』と取り合わず、息子がインフルエンザになったときも、『今、手が離せない! タクシーで行け!』と怒鳴られました」

夫は息子の入学式や卒業式、授業参観には、一度も顔を出さなかった。金田さんが意見すると激高し、少しでも気に入らないことがあると不機嫌になり、金田さんのことを無視し続けたり、罵声を浴びせたりした。

「暴力こそないものの、物にあたって大きな音を立てることはあり、ものすごく怖くて、夫の顔色をうかがって暮らしていました」

そして2014年3月。息子が高校を卒業したとき、金田さんに言った。「このままここにいたら母さんが父さんに殺されてしまう。僕は社会人になったら父さんと縁を切る」。

「そこまで息子が心配してくれていたことに驚きました。できることなら、私も夫と縁を切りたい。でも、経済的に自立する自信がなく、すぐには離婚に踏み切れませんでした」

■夕方に「昼ごはんを食べている」と言い張る母は認知症だった

そこで降りかかったのが母親の認知症だ。70歳を過ぎたあたりから徐々に食が細くなり、食事の支度をしなくなっていた。心配になった金田さんは、その頃から朝と夜の2回、母親に食事を届けていた。ただ、母親は昼だけは自分で作った焼きそばを食べていた。

2015年5月、夕方に晩ご飯を届けに母の家を訪れると、母親は焼きそばを食べていた。

インスタントのソース焼きそば
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

金田さんが「あれ? 晩ごはんも焼きそば?」と尋ねると、「何言ってるの? まだお昼でしょ? これは昼ごはんよ」と答える。金田さんは違和感を抱きながらも、流してしまった。

そのうちに、「お母さんが外で転んでいる!」という連絡が、度々近所から入るようになる。金田さんは「脳梗塞かもしれない」と思い、病院へ連れて行った。脳のMRIを撮ったところ、脳の萎縮が見られ、母親は認知症と診断された。介護認定調査を受けると、要介護1の認定がおりた。

母親が認知症だと分かっても夫は、「これからも2軒分の家事をするなら介護してよし。自分は一切関知しない。家の用事も一切手伝わない」と宣言。機嫌が悪いと「お前が何でもやってやるから甘えて頼ってくるんだ。放置しても死なない!」と怒鳴る。

時々来る姑からも、「嫁にきたのに実母の世話をするのはおかしい!」と責められた。金田さんは、夫や姑に遠慮しながらも、通い介護を続けた。

「母が認知症と診断されてからは、認知症に関する勉強会などに積極的に参加しました。介護に対する不安やストレスがあり、同じ境遇や悩みを持つ人とつながりたいと思ったのですが、老老介護の方や、家族で協力し合って介護している人ばかり。私は孤独に押しつぶされそうになっていました」

■夫の「15年間裏切り」が発覚し、離婚調停に

金田さんは夫が不機嫌になることを恐れ、夫の手前「ちゃんとしてよ!」と母親につらくあたった。

「夫はもともと大学の友だちだったので、機嫌がいいときの夫婦仲は良いと思っていました。しかし、夫は15年前から、私を裏切っていたのです」

夫は時々、「会社の飲み会」とか「友だちと会う」などと言っては、夜に外出したり、休日に家を空けたりした。それがあまりに頻繁になり、おかしいと思った金田さんは、何度も夫のスマホのロック解除を試み、ついに成功。2019年1月、夫の裏切りを知った。

「一人息子が高熱で苦しんでいるのに『病院ならタクシーで行け!』と怒鳴っていた人が、人妻が『お腹が痛い』とメールをしてきただけで、『大丈夫? 病院まで送るよ? 夜中でも早朝でも自分を使って?』とすぐさま返信していて、正直吐き気がしました」

心の底から夫を軽蔑した金田さんは、カウンセラー2人、弁護士3人に相談。全員から「すぐにでも夫から逃げなさい」とアドバイスを受ける。それでも、経済的なことを考えると、なかなか行動に移せない。何度も家を出ようとしては、躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

■新型コロナの影響を受け、離婚調停が延期になった

一方で、母親が利用中のデイサービスからは、「しっかり洗髪ができていないようです」「食べたものを床に吐き出します」「気に入らないことがあると暴言があります」と、逐一報告があり、自分が責められているように感じた。

母親のかかりつけの歯科医からは、「こんな状態で一人暮らしさせるなんてありえない。同居して毎日歯を磨いてやりなさい」と言われ、泣きたくなった。

金田さんは、孤独感と将来に対する不安、2軒分の家事と介護による疲れやストレスから、母親にきつくあたってしまうことが増える。すると息子から、「大変だと思うけど、そんな言い方はしない方がいいよ」とたしなめられた。

2019年9月。とうとう金田さんは、夫が出かけている間に、「連絡は弁護士を通してください」と置き手紙を残し、息子の協力を得て、母親の家に引っ越した。

「夫はプライドが高いので、私に帰ってきてほしいとは口が裂けても言わないと思います。ただ、『あれがない! これがない!』としつこくメールしてくるので、夫の留守中に対処しに自宅に戻りました。でも、弁護士から『もう命令されても従わないで!』と叱られてからは行っていません。夫は調停で『不貞はない』『離婚したくない』と言ったそうですが、慰謝料を払いたくないだけかもしれません」

2回目の調停では離婚に応じることになり、3回目の調停では夫にも弁護士がついた。財産分割でもめているタイミングで、新型コロナの影響を受け、調停が延期になった。

■「壊れていく母」ゆるい便を部屋中にこすりつける

母親との同居を始めて、金田さんは愕然(がくぜん)とした。母親の認知症が、思ったより進んでいたからだ。

夜19時に布団に入ってから明け方まで、30分おきに起きては家の中を歩き回り、お菓子を食べ牛乳を飲む。虫歯が増え、牛乳の飲みすぎからお腹を壊し、ゆるい便が出るとパンツを脱ぎ、便を部屋中にこすりつけるように……。金田さんは、被害が大きくなる前に先回りして止めるよう、常に目を光らせていなければならなかった。

木製のテーブルの上に牛乳パックと、グラスに入った牛乳
写真=iStock.com/serezniy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/serezniy

「母は、女学校時代は優等生。級長に選ばれ、大手商社の人事部に勤めていました。家事でも育児でも何でもできる母で、私の洋服も手作り。義理の両親と同居し、2人とも床ずれにすることなくしっかり介護し、自宅でみとりました。私は、母にはできないことはないと思っていたんです」

ところが現在の母親は、一日中大声でしゃべり、時々、奇声を発する、テレビの字幕を大声で読み、歌手に合わせてでたらめな歌詞で歌い、テレビに向かって「男のくせに泣くなバカ!」「そんなことしたらあかん! ボケ!」などと暴言を吐く。自分の行動をいちいち声に出し、車イスに乗せて出かけると、目にした表札の文字を一つひとつ大声で読み上げる。

「これが、勉強ができて、しっかり者で有名だった私の母。そう思うと残念で悲しくて悔しくて、私はいつしか『お母さん』と呼べなくなっていました。母を母と認められず、できるだけ離れていたいと思ってしまう、薄情な娘です」

金田さんは母親を、「おばあちゃん」と呼んでいる。すると母親は聞こえないふりをする。そしてぼそっと、「私はあんたのおばあちゃんやない。お母さんや」と背を向ける。母親は介護認定を受け直し、要介護3と認定された。

食事中、ジュルジュルと音を立てて食べ、口にさわるものはぺっと床に吐き出す母親に、金田さんは、「認知症なので仕方がない」と分かっていても、一緒に食事することができなくなる。

2019年の11月、息子は一人暮らしを始めた。

■「私はいつまでまっすぐ立っていられるだろうか?」

母親は耳が遠く、会話が成立しない。そのため金田さんは、「歯を磨いて」「手を洗って」という最低限の声掛けしかしなくなった。聞こえないのをいいことに、「もう! 邪魔ばかりして!」「余計なことしないで!」と悪態を吐いた。

しかし、補聴器を新調すると、突然母親は言った。「いつもありがとう。世話かけるな」。びっくりした金田さんは、「頑張って長生きしてや」と返す。母親は「もうええわ」と目を伏せるが、金田さんが「そう言わんと生きててほしい」と言うと、「うれしい」とほほ笑んだ。

「88歳になった母は、最近ますます食欲が落ちているので、もう長くないのではないかと心配になります。夫との離婚を視野に入れている今、母の年金をあてにして暮らしている自分がいます。そのこともあって、母が亡くなることがすごく怖い。醜い私、惨めで情けない自分が嫌になります」

パートに出る時間を増やそうと思っていたが、コロナの影響で営業時間短縮となり、むしろ少なくなってしまった。

年金手帳と現金
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

金田さんには3歳上に兄がいるが、遠方で暮らしているため、年に1〜2回ほどしか会えない。

「兄は、いつでも相談には乗ってくれますし、『しんどいなら少し離れて放置してもいいよ。任せている以上、何があっても文句は言わないから』と言ってくれるので、気持ち的な負担は薄れます。それでも、介護しているのが私だけなのは変わらない。万が一私が事故にあったり、病気になったりしたらどうなるのかと思うと不安です」

金田さんは、一人で抱え込み過ぎないようにするため、「介護のプロに助けてもらうことを悪だと思わないこと」と、自分に言い聞かせている。精神的に追い詰められたとき、デイサービスやショートステイなどを利用して母から離れ、自由に外出したり、好きな映画を観たりして、気分転換に努めてきた。

「母をショートステイに預けた夜、時間を気にせず出掛けられ、解放感を満喫しました。お風呂に入るときも、いきなり給湯器を消されたり、突然裸になって入って来られたりすることもなく、ゆっくりできて幸せでした。でも、いないと寂しい。なんだか悲しい。母がいなくなれば、私は独りぼっち……。そう思うと、ものすごく悲しくなります」

日々、心は激しく動揺し、体も消耗している金田さんは、「私は今日、まっすぐ立っていられるだろうか? いつまで立っていられるのだろうか?」と、一人自分に問いかける。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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