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橋下徹「香港国家安全法問題、なぜ安易な一国二制度批判では勝てないか」

プレジデントオンライン / 2020年6月3日 11時15分

※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/DNY59

アニメ制作会社を狙った放火殺人「京アニ事件」で、自ら大やけどを負った青葉真司容疑者が手厚い治療の末に回復し、10カ月ぶりに逮捕された。死刑相当の容疑者にも最大限の治療を行い、公正な裁判を受けさせるのは法治国家として当然の措置で、そこには容疑者への好悪の感情は入り込まない。そのことと中国批判のあり方には共通点がある、と橋下徹氏は指摘する。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(6月2日配信)から抜粋記事をお届けします。

(略)

■ほぼ死刑になる容疑者を瀕死の状態から治療回復させる理由

報道によると、青葉容疑者は全身やけどによって瀕死の状態だったところを、当該医療機関は蘇生させた。ものすごい医療技術だ。しかもその費用のほとんどは、国民が納付する保険料や税金による医療保険によって賄われる。

(略)

どうせ死刑になるような、このような残虐な容疑者の命を、なぜここまで国をあげて必死になって救うのか?

(略)

それは適正な刑事裁判手続きを受けさせるためである。

現代国家日本は、どんな罪を犯した者であっても、適正な刑事裁判手続きを踏まえた上でなければ罰を与えないというルールを設定している。

それは、国家権力が国民を恣意的に罰することを防ぐためだ。例外は認めない。

どれだけ残虐な犯罪者であったとしても、どうせ死刑になることがわかっていたとしても、とにかく適正な刑事裁判手続きによって裁くことを絶対条件としている。

(略)

このように「国民に刑罰を与えるには、適正な刑事裁判手続きを踏まなければならない」というルールを日本国として設定した以上、相手がどういう者であれ、そのルールを守っていくというのが「法の支配」、「フェアな思考」というものだ。

(略)

■フェアな思考とは、自分自身の基準に照らして矛盾しないかを確かめること

フェアな思考というフレーズは、巷でよく語られるが、その具体的な中身については言及されないことが多いように感じる。インテリたちの多くは、「フェア」という言葉を抽象的に用いるが、それがいったい何なのかを具体的に語らない。

僕はこのメールマガジンと連動する形で、「橋下徹の激辛政治経済ゼミ」というオンラインサロンを主宰している。オンラインサロンでは、メールマガジンなどを題材としてメンバーの方々と直接の議論を展開しているが、議論している人の主張が平行線になることも少なくない。

そのときに僕が介入して、「これは立場・価値観の違いなので、ここからはいくら議論してもお互いの主張の隔たりは埋まりませんよ」というコメントや、「その相手への批判はフェアではありません」というコメントを出すことが多い。

このようにお互いの主張が平行線になったときに、それを収める重要な方法の1つが「フェアな思考」である。

(略)

簡単に言えば、「あなたがこれまで言ってきたことからすれば、あなたの今回の主張はおかしいですよね?」「あなた自身の基準からすると、相手の言い分も認めなければならないですよね?」というように、すべて「あなた自身の中で」完結するのがフェアな思考というものだ。あなたの外にある絶対的な正解を求めるものではない。

(略)

他方、アンフェアな思考とは、自分が持っている結論を導くために、自分の中に設定した基準をコロコロと都合よく変えてしまう思考である。前回は○○という基準で主張していたくせに、今回は××という基準になっている、という具合に。

相手に対する好き嫌いの感情によって自分自身の基準を変えてしまうのがアンフェアな思考の典型例だ。

京アニ事件でいえば、青葉容疑者が憎いということだけで、適正な刑事裁判手続きをすっ飛ばしてもいい! と主張するのはまさにアンフェアな思考である。

(略)

■僕も本音では香港の民主主義を維持してほしいが

5月28日午後に閉幕した中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、香港への国家安全法導入が決まった。中国の国家安全法は政権転覆や機密情報漏洩の防止のみならず、領土保全からインターネット規制まで幅広い分野をカバーする法律だ。同じような法律を香港にも制定させることを、今回、全人代は、香港の議会にあたる立法会を飛び越えて決めたのだ。

香港は自由・民主的な価値観に基づく地域として、いわゆる西側諸国は、香港や香港市民に親近感を持っている。

(略)

僕も香港と中国本土であれば、香港に親近感を持つ。中国本土と香港とどちらが好きかと問われれば香港と答える。香港の行政マンとは何の違和感もなく接することができるが、中国本土の行政マンには一種独特の雰囲気を感じ取ってしまう。

本音としては香港の民主主義を維持してほしい。

だから、今回の香港版国家安全法導入の件でも中国政府を非難したい気持ちに駆られる。しかしそのような思考は感情にまかせたものであって、フェアな思考とは言えない。まさにアンフェアな思考だ。

(略)

今、日本の一部の政治家は、「香港の自由と民主主義を守るために中国政府を非難する」旨の声明発表に力を入れているようだが、フェアな思考に基づく冷静な検討をしているのか甚だ疑問である。

まず、中国政府を非難する多くの政治家は、「一国二制度の崩壊だ!」と叫ぶ。しかし、そこに一国二制度とはなんぞや? という検討がない。抽象的に一国二制度を振りかざすだけである。

こんな抽象的な文言が、事の是非を判断する物差しになるわけがない。こんな文言だけで、相手の行為の是非を決めてしまうのであれば、これは決める側が自分勝手にいかような結論をも導くことができることになってしまう。

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)
橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

(略)

つまり、抽象的に「一国二制度に反する」と言うのではなく、1984年の中英共同宣言のどの条文や付属文書のどの文言に反するのかを具体的に指摘しなければならないのだ。

(略)

単純に「一国二制度に反する!!」と叫んでいる国会議員の多くは、おそらく中英共同宣言の具体的条項を読んでいないのではないだろうか?

さらに、香港という地域の位置付けについてもフェアな思考で考えていくと、単純に中国政府を非難できない壁にぶつかっていく。すなわち、日本側が採用している様々な基準に基づくと、単純に中国政府を非難できないことがわかってくる。

にもかかわらず、そこをしっかりと考えずに、香港好き・中国嫌いの感情から、中国政府を批判すれば、今度は中国政府から日本側の矛盾を指摘され、激しい逆襲に遭うだろう。

もし中国政府を非難するのであれば、日本側がこれまで採用してきた基準との整合性をきっちりと考えなければならない。その整合性がとれていることがフェアの思考というものであり、それがとれていないことがアンフェアな思考というものである。

・香港がイギリス領土になった経緯
・国家主権とは?
・中国憲法31条、中英共同宣言、香港基本法23条、18条、158条の解釈は?

この点について、同様の問題について日本側がこれまでに主張してきた思考の基準で考えるとどうなるのか。今中国を非難している国会議員の意見を見ると、この点の検討が極めて浅いように感じる。自分たちがこれまで主張してきた基準を、嫌いな中国政府が相手になった途端にコロッと変えるアンフェアな思考のように感じてしまうのだ。

上記3点についてしっかりと論を固めなければ、中国側から簡単に反論されてしまうだろう。「あなたたち、これまで自分が言ってきたことと矛盾していますよ」と。

(略)

(ここまでリード文を除き約2800字、メールマガジン全文は約9200字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.202(6月2日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【実践版 フェアの思考(1)】死者36人の大惨事・京アニ事件、香港の危機・国家安全法問題を「フェアの思考」で読み解く》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)

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