1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

14億の国民を1秒で特定「中国のコロナ監視」のすごい仕組み

プレジデントオンライン / 2020年6月8日 9時15分

圧倒的な数の監視カメラ(撮影=倉澤治雄)

中国は人口14億人でありながら、新型コロナウイルスの死者数は数千人にとどまっている。それはなぜか。中国のデジタル技術事情に詳しい倉澤治雄氏は「中国は『超監視社会』と呼ばれるシステムを作ってきた。コロナとの戦いでは、有無を言わさぬ統制に加えて、デジタル技術の存在が力を発揮している」という――。

※本稿は、倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望-宇宙・原発・ファーウェイ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■すでに1億7600万台の監視カメラを配備済み

中国政府は現在、全国民14億人を1秒で特定できる監視システムの構築を進めている。都市部を中心に配備されている「天網(てんもう)」と農村部で村民が共同運用する「雪亮(せつりょう)」だ。「天網」は英語で「スカイネット」と呼ばれ、2020年には完成予定だ。すでに1億7600万台の顔認証機能付き監視カメラが配備され、2020年までに6億2600万台に増強するという。

「天網」を構成するのは顔認証機能付きの監視カメラのほか、通信ネットワーク、それにスーパーコンピューターだ。ファーウェイ、ZTEをはじめ、中国の名だたるハイテク企業が参加する。

中国では身分証明書の携帯が義務付けられており、ベースとなるデータはすでに集約されている。今後5Gの普及が進み、4K8K映像の伝送が汎用化すれば、精度はさらに上がる。

ある専門家は「中国は圧倒的にデータ量が多く、ディープラーニングによる精度向上が容易だ」と語る。

 

■「信用スコア」が低いと航空券のチケットさえ買えない

「天網」の名は「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」に由来しており、悪事を見逃さないという中国公安当局の強い意志を表している。

一方の「雪亮」は農村部の小さなコミュニティーでの監視システムである。自宅にモニターが置かれ、村に見慣れぬ車や人物が入ると通報するシステムだ。日本にかつて存在していた「隣組」のデジタル版と言ってもよい。

「顔認証」と並んで人々の行動に変化をもたらしつつあるのが「信用スコア」だ。いわば人間の格付けシステムで、SNSでの発信履歴、友人関係、購買履歴、ルール違反や犯罪歴などをもとにポイントが決められる。ポイントが高いと融資やデポジットで優遇措置があり、低いと鉄道や航空機のチケットさえ買えない。

アリババ・グループが始めた「芝麻(ゴマ)信用」のシェアが大きく、学歴や職業などの「身分特質」、支払い能力の「履行能力」、クレジット履歴などの「信用歴史」、交友関係などの「人脈関係」、消費の嗜好を表す「行為偏好」を独自のアルゴリズムで350点から950点の範囲で点数化する。場合によっては男女の交際や結婚相手の判断にも使われるという。中国の友人に聞くと普及度や利用度はそれほど高くないが、海外メディアは頻繁に取り上げている。

■中国で電子決済が一気に普及した背景

もともと中国では「信用(誠信)」という概念が希薄だ。ネット通販の黎明期には、偽物や不良品を送り付けられるリスクが高かった。このためアリババの「支付宝(アリペイ)」では、買い手の代金を一時的に保管し、受け取った商品に問題がなければ売り手に代金を渡す「第三者決済サービス」を始めた。これによりネット通販の信用度が上がるとともに、銀行を通さない決済が一気に普及したのである。

クレジットカードの普及が一部の層にとどまったことも、「信用スコア」と電子決済が急速に普及した理由の一つと考えられている。中国でのクレジットカードの保有率は2016年の統計で13.8%である。

一方、中国政府は詐欺や脱税、虚偽報告、不正取引などが、社会全体の信用度と国家の競争力を妨げているとして、「社会信用システム」の構築に動き始めた。2013年1月、中国国務院は信用情報を活用するための「征信業管理条例」を発表、2014年には「社会信用体系建設計画綱要」を策定して、2020年までに信用システムを構築することを決定した。

「社会信用システム」の適用範囲は「政務誠信(行政の信頼)」「商務誠信(取引の信頼)」「社会誠信(社会の信頼)」「司法公信(司法の信頼)」を中心として、小売り、製造、交通、医療、観光、スポーツ、環境など、社会全体の活動に及ぶ。

CCTVカメラ(閉回路カメラ)監視安全システム
写真=iStock.com/asxsoonxas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/asxsoonxas

■SNSの発信履歴から交友関係まで紐付けるシステム

中国人民銀行は2015年1月、「芝麻信用」を含む8社に、個人信用ビジネスへの準備を促進する通知を発表したが、狙いはこの8社から政府の「社会信用システム」を担う企業が出現することだった。しかし金融取引、税、犯罪などにかかわる企業や個人の情報が含まれることから、公平性を担保できないなどの理由で、これら8社に機能を担わせることを断念、8社と中国互聯網金融協会が出資する「百行征信(バイハンクレジット)」に対して信用情報業務の免許を発行した。

政府の「社会信用システム」には借金踏み倒しなどの情報だけでなく、食品や医薬品の安全性、環境汚染などの情報に加えて、地方政府が保有する行政罰、判決情報、納税・社会保険料情報、交通違反情報などが組み込まれる予定だ。「信用」を失墜すると企業は株の発行、税制優遇措置、融資などが受けられなくなるほか、個人は航空機や高速鉄道に乗れなくなるなどのペナルティーが発生、現実にブラックリストに載った500万人以上が搭乗を拒否されたという。

「社会信用システム」により、身分証や戸籍情報、宗教・民族、学歴・職歴、口座情報、納税・保険情報、顔認証を中心とした生体情報、位置・移動情報、SNSを通じた発信履歴や交友関係、購買履歴、通信履歴、閲覧履歴などが紐づくことになり、欧米メディア・研究者による「超監視社会の出現」という「ディストピア論」の根拠となっている。

■コロナ封じ込めに立ち上がったIT事業者たち

デジタル技術は2019年末に中国・武漢市で発生が確認された新型コロナウイルスとの闘いでも威力を発揮した。中国国内で事態の深刻さがはっきりと認識されたのは2020年1月20日のことである。この日武漢に派遣されていた感染症研究の第一人者鐘南山氏が、テレビで「ヒトからヒトへの感染が起きている可能性がある」と語った。鐘南山氏は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)を抑え込んだ国民的英雄である。

中国政府は直ちに医療関係者の大量派遣や臨時病院の建設を決定する一方、アリババ、テンセントをはじめとする中国のITプラットフォーム事業者が感染封じ込めに立ち上がった。

医療系ベンチャー企業の「丁香園」は感染者数と地域分布をWeChatの公式アカウント上で可視化した。これに政府系メディア人民日報のデータが加わったことから、瞬く間にネット上で拡散し、利用者が急増した。「丁香園」はその後わずか数日で、医師による遠隔問診システムやデマ情報チェックサイトなどを立ち上げた。

■武漢を脱出した約500万人の足取りを特定

春節前々日の1月23日、1100万都市武漢の封鎖が決まると、人口の約半分が脱出した。脱出者追跡に威力を発揮したのは監視システムの「天網」と「雪亮」だ。2月12日付の南華早報電子版は、監視システムが武漢を離れた約500万人の足取りを特定したと伝えた。

2月11日、アリババの本拠地、浙江省杭州市では「支付宝健康コード(アリペイ健康コード)」がリリースされた。わずか1週間で全国100都市以上に広がり、3月半ばには200以上の都市に広がった。人民網によると「アリペイ健康コード」はいわば個人の健康状態を証明するデジタル証明書だ。

ユーザーがアプリで個人情報と健康状態、移動情報を申告すると、公的機関が持つデータと照合されて、感染のリスクが緑、黄色、赤のQRコードで表示される。緑の表示は通行可能、黄色は7日間の隔離、赤は14日間の隔離である。隔離が正常に終わると緑に変わる。都市間の移動や公共的な場所への出入り、高速道路での通行などで許可証として使われるほか、感染者が出るとたちどころに濃厚接触者が特定される仕組みだ。

■死者数をとどめた背景には、統制とデジタル技術があった

医療現場ではAIを使った画像診断システムが威力を発揮した。肺炎の診断に使われるCTは1回の撮影で数百枚の画像が生成され、医師の判定には数時間かかる。武漢の病院に持ち込まれたYITUのAI画像診断システムはこれを数秒に短縮した。

倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中央公論新社)
倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中央公論新社)

ほかにもドローンによるパトロール、無人配達車による自動配送、音声認識技術を使った問診ロボットなどが投入された。新型コロナウイルスによる感染を封じ込めるため、中央政府と地方政府は感染者情報、交通機関情報、医療リソース情報などを提供、アリババ、テンセント、百度(バイドゥ)、京東(ジンドン)、ファーウェイなどの先端企業がそれぞれのプラットフォームで情報を可視化して、二次感染、三次感染を防いだのである。

ほぼ全土に広がった都市の封鎖や交通規制によって、仕事はテレワーク、授業はオンライン、買い物はネットショップ、食事は出前、医療は遠隔診療となり、パトロールにはドローンが導入された。人口14億人の中国で死者が数千人にとどまった背景には、中国共産党による有無を言わせぬ統制とともにデジタル技術の存在があったのである。

----------

倉澤 治雄(くらさわ・はるお)
科学ジャーナリスト
1952年千葉県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。フランス国立ボルドー大学第三課程博士号取得(物理化学専攻)。日本テレビ入社後、北京支局長、経済部長、政治部長、メディア戦略局次長、報道局解説主幹などを歴任。2012年科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー、2017年科学ジャーナリストとして独立。著作に『原発爆発』(高文研)『原発ゴミはどこへ行く?』(リベルタ出版)などがある。

----------

(科学ジャーナリスト 倉澤 治雄)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください