「ファーウェイ採用は狂気の沙汰」米国がそこまで排除にこだわる背景
プレジデントオンライン / 2020年6月12日 9時15分
※本稿は、倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「ガラパゴス化するのは米国」になりつつある
英国は2020年1月31日午後11時(日本時間2月1日午前8時)、EUを離脱した。直前の1月28日、英国政府は正式に次世代通信ネットワーク5Gへのファーウェイの参入を容認する決定を行った。翌1月29日にはEUも続いた。
米国のファーウェイ包囲網は崩壊、今や排除に同調するのは日本、オーストラリア、ベトナムだけとなった。「ガラパゴス化するのは米国だ」との指摘が現実のものとなりつつある。
ファーウェイ容認の立役者ボリス・ジョンソン首相は国家安全保障会議(NSC)のあと、「英国民が最高の技術を享受することは死活的に重要で、政府は同盟国との安全保障協力を危険に晒すことはない」と議会で強調した。
しかし決定に至るまでには、米国家安全保障局(NSA)と英諜報機関MI5(MilitaryIntelligence Section5)の間で長く激しいバトルが繰り広げられていた。
英国は2019年4月、NSCでファーウェイの参入を一部認める決定を行った。評決は5対4だったと伝えられる。ところがこれに不満のギャビン・ウィリアムソン国防相が情報をリーク、当時のテリーザ・メイ首相によって解任される騒ぎとなった。
■土壇場で米英諜報機関が大バトル
一方米国は世界最強のインテリジェンス同盟「ファイブアイズ」が崩壊の危機に晒されるとしてロビー活動を展開、英国政府に対する圧力は2020年に入って激しさを増した。
あまりの執拗さにMI5トップのアンドリュー・パーカー長官は1月12日、英紙ガーディアンとのインタビューに応じ、「たとえファーウェイ製品を採用しても、米英の諜報機関としての連携が損なわれるとは思わない」と否定、むしろ米国の圧力に不快感を示した。諜報機関のトップがインタビューに応じるのは極めて異例である。
焦ったのが米国だ。翌1月13日には米国のマット・ポッティンガー副顧問(国家安全保障担当)率いる代表団が英国に乗り込み、セキュリティーリスクを証明する「大量の証拠」を英側に示した。米側は、ファーウェイ製品の採用は「狂気の沙汰だ」と警告するとともに、「ファイブアイズ」での情報共有に支障が出ると主張した。
これに対してジョンソン首相は1月14日のBBCとのインタビューで、「特定メーカーを排除するなら他の選択肢を示すべきだ」と応じるなど、対立は深まった。
4Gで出遅れた欧州諸国にとって早期の5G普及は死活問題だ。英国では2019年7月以降、大手通信事業者4社のうちEE、ボーダフォン、スリーUKの3社がファーウェイ製品を採用して5Gサービスを開始した。英国以外でもスイス、イタリア、スペインなどで続々とサービスが始まっている。
■ペンス副大統領の脅し「貿易交渉に影響を与えるだろう」
5Gの機器構成は大きく分けて「コアネットワーク」と基地局やアンテナなどの「ノン・コア」に分けられる。「コアネットワーク」とグローバルなインターネットの間には堅牢なファイアーウォールが構築される。一方基地局は端末と「コアネットワーク」をつなぐ通信の「土管」である。多数の「土管」から系統的にデータを抜き取ることは極めて困難なのである。
英国政府の決定によると、ファーウェイは「コアネットワーク」への参入は認められず、軍事施設や原子力発電所での導入も除外された。また設備全体の35%までとの制限が設けられた。
米国のポンペオ国務長官は直ちに英国に飛んだ。ジョンソン首相と会談後記者会見したポンペオ国務長官は、「我々は信頼できないネットワークを通じて情報交換は決して行わない」と強調したものの、「ファイブアイズに関する限り米英同盟は強固であり、協力関係は継続する」と語った。しかし米国は諦めない。トランプ大統領が電話でジョンソン首相を恫喝したほか、ペンス副大統領が「米英の貿易交渉に影響を与えるだろう」と脅しをかけた。
■ファーウェイの中枢に侵入した「撃たれた巨人」
では米国はなぜ執拗にファーウェイ排除に走るのか。米国家安全保障局(NSA)は以前ファーウェイの中枢に侵入したことがある。コードネームは「Shot Giant(撃たれた巨人)」。エドワード・スノーデンが2014年に暴露した2枚のスライドを改めて子細に分析すると、NSAの狙いが読み取れる。
一つはファーウェイ製品が世界中で使われていることから、ファーウェイ製品に風穴を開けて、懸念される国や個人の機微な情報を取得する狙いである。ターゲットとされたのはイラン、アフガニスタン、パキスタン、ケニア、キューバだ。
一方ファーウェイと中国人民解放軍の関係解明も関心の的となった。NSAのスライドには「ファーウェイ製品による通信インフラの拡大が、中国人民解放軍のSIGINT(通信傍受を主体とする諜報活動)能力やDoS(Denial of Service)攻撃能力を高めるのではないか」との懸念が示されている。
■米国で成立した「クラウド法」の危うさ
NSAの「作戦」は見事に成功、本社のネットワークに侵入して社内情報、人事・組織情報、技術情報、事業計画などの資料をごっそりと入手したといわれる。
米国では2018年、「クラウド法」と呼ばれる強力な法律が制定された。「クラウド・コンピューティング」のことではない。正式名称を「Clarifying Lawful Overseas Use of DataAct」(CLOUD法)という。「クラウド法」は情報機関があらゆるデータに令状なしでアクセスすることを事実上認めた。
きっかけは米国政府とマイクロソフト(MS)の訴訟である。2013年、米捜査当局はMSに麻薬捜査の一環として顧客の電子メールを開示するよう求めたが、MSはサーバーがアイルランドにあることを理由に拒否したところ訴訟となった。
地裁では捜査当局が勝訴したが、高裁では敗訴した。「クラウド法」の成立により、米政府機関は米国で事業を展開するすべての企業のすべての情報にアクセスできることになったのである。もちろん日本企業の米国支社も含まれる。
法案はろくに審議されないまま予算案に紛れて可決された。米国自由人権協会は捜査機関が「法令に準拠せずに個人を盗聴できる」として反対を表明したが、時すでに遅しだった。
■独自の半導体開発とOSの構築を進めてきた
2019年9月、ファーウェイはAIコンピューティングプラットフォーム「Atlas」を発表した。記者会見した胡厚崑(ケンフー)副会長兼輪番会長は「今後5年で人工知能によるAIコンピューティングが8割を占めるようになるだろう」と語った。米国主導のコンピューティングに対する挑戦とも受け取られた。「Atlas」を支える半導体チップはファーウェイが独自に開発した「昇騰(Ascend)」だ。
ファーウェイはインテルやクアルコムから現在も半導体を調達する一方、独自の半導体開発とオペレーティング・システム(OS)の構築を進めてきた。「昇騰」には「地」から「天」に「気」が昇るとの意が込められている。世界最大の半導体メーカー「インテル」や「クアルコム」、世界最大のコンピューター機器開発会社「シスコシステムズ」や「ジュニパー」、ソフトウェア開発会社「マイクロソフト」「オラクル」「IBM」などが綺羅星の如く並ぶ「天」に向けて、ファーウェイの「気」が上昇を始めるとの意図が込められている。
■グローバル・テクノロジーが終わりを告げる
ファーウェイに対する輸出規制を「ディール」と捉えるトランプ大統領の方針は揺れ動く。しかし米国政府はファーウェイをはじめとする中国の最先端企業を叩き潰すため、返り血をいとわずデカップリング(切り離し)を進めるだろう。
![倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中央公論新社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/b/200/img_2b8f62fa23ddc22ea8a1a92ade2393b5371631.jpg)
米国はこれまで基軸通貨のドルを武器に、知財の保護や市場原理に基づいたサプライチェーンの構築に中心的な役割を果たしてきた。国際的なイノベーションのエコシステムは米国が作り上げてきたものである。米国は今やそれを壊そうとしているかに見える。
ワシントンの最有力シンクタンクCSISはこれを「グローバル・テクノロジーの終焉」と位置付ける。
今後世界は米中二つの陣営に分断され、サプライチェーンの再編や人材、研究成果、知的財産の囲い込みが始まると予想される。通信ネットワークには制限がかかり、世界初の統一規格となった5Gは威力を発揮することなく、各陣営でのローカルな利用にとどまるかもしれない。まさに「グローバル・テクノロジーの終焉」である。
「グローバル・テクノロジーの終焉」は何をもたらすのか、安全保障では米国と同盟関係にあり、中国を最大の貿易相手国とする日本は厳しい選択を迫られる時代になるだろう。
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科学ジャーナリスト
1952年千葉県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。フランス国立ボルドー大学第三課程博士号取得(物理化学専攻)。日本テレビ入社後、北京支局長、経済部長、政治部長、メディア戦略局次長、報道局解説主幹などを歴任。2012年科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー、2017年科学ジャーナリストとして独立。著作に『原発爆発』(高文研)『原発ゴミはどこへ行く?』(リベルタ出版)などがある。
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(科学ジャーナリスト 倉澤 治雄)
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