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甲子園をシレッと中止にしてしまう高野連と朝日新聞の無責任

プレジデントオンライン / 2020年5月28日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SakuraIkkyo

「夏の甲子園」が中止になった。このタイミングで中止を決めてよかったのだろうか。中止を聞いた高校球児たちはどう受け止めたのだろうか。スポーツライターの酒井政人氏は「主催者は例年通りの開催は困難でも、高校3年生のためほかにできることがないか模索するべきだ。高校野球のもつ巨大な価値を、関係者が正確に理解する必要がある」という——。

■「春の甲子園」「夏の甲子園」同学年で両方中止は史上初

5月20日、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、日本高校野球連盟と朝日新聞社は8月10日に開幕予定だった第102回全国高校野球選手権大会の「中止」を決定した。

すでに多くの報道があるが、筆者も知り合いの高校野球部A監督に話を聞いた。そのリアルな声をお伝えするとともに、高校スポーツの在り方について考えてみたい。

A監督によると5月15日のスポーツ報知で「夏の甲子園が中止する」という記事が出たが、すぐに地元の高野連からメールで「今回の報道は事実ではないので、動揺しないように」という連絡があったという。

「単なる誤報なのか、それとも事実の話が漏れて高野連が火消しに回ったのか。どちらなのかなと不安な気持ちで数日間を過ごしました。その後、20日にメールで大会中止の連絡があったんです。それを受けて、生徒たちに一斉メールで知らせました」

休校になっているため、A監督は部員たちの顔を直に見ることなく、悲痛の連絡を送ったことになる。そのうち最後の夏となる3年生から4人ほどメールの返信があった。それは嘆き悲しむ内容ではなかった。「前向きに頑張ります」「これからもよろしくお願いします」。さらに監督を気遣う言葉もあったという。

球児たちは大人が下した決断を、仲間と聞くことすら許されなかった。その喪失感、絶望感を思うと、かける言葉は見当たらない。悔し涙を流した選手もいたことだろう。A監督も苦しい胸の内を話した。

「8月だったらやれそうな気はするんですけどね。ただ万が一、代表チームに感染者が出た場合はチームの大半が濃厚接触者になるわけなので、出場辞退になります。そういう可能性が考慮されたのかもしれません」

■地方大会の代替大会を一部の都道府県で実施予定だが……

高校野球は地方大会も中止となったが、代替大会の実施は都道府県の高野連に委ねられている(※) 。A監督の県では開催が決まっておらず、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、選手たちの前に立たなければいけない。

※編集部註:5月27日に高野連は、各都道府県高野連が検討している独自の大会や試合で活用してもらう実施要項と新型コロナ感染防止対策ガイドラインを発表(大会は都道府県高野連が主催、休校措置・部活動制限の枠組みの中で実施、原則として無観客試合、試合時期は8月末までに終了、参加校全員の検温や「3密」の徹底的な回避、など)。

「どうやったら夏の大会を開催できるのか。広く意見をすいあげて、検討してほしかったというのが本音です。ただ決まったことは、どうしようもありません。それよりも子どもたちのフォローをどうするのか。まずは学年ごとのオンラインミーティングをしようと思っています」

A監督が最も気にしていたのが3年生の進路だ。例年、大学野球部の主催するセレクションは夏に行われることが多い。しかし、その段階ではスポーツ推薦枠がほぼ内定しており、大学からすれば“掘り出し物”を探す場所になっているという。

「実績のある選手は2年生の秋の段階で大学から声がかかります。そこでかからなかったら、こちらから売り込んでいかないといけません。大学への進学を考えると、春季大会がなくなったことが痛いですね。あと練習試合もないので、とにかく見てもらう機会がないんです。そうなると名門校のレギュラーを、実際は見てないけど、取ってしまうという流れが強くなると思います」

A監督の学校は近年力をつけているが、まだ甲子園の出場はない。そのようなチームだと今年は強豪大学にスポーツ推薦で進学するのは難しい状況になるかもしれない。3年生にとっては厳しい戦いが続くことになる。

■全国大会の中止は3年生の未来に影響する

夏の甲子園だけでなく、インターハイ(全国高校総体)、それから文化系部活動も今夏に開催予定だった全国大会が軒並み中止になっている。いまだ休校が続いている地域もあり、この厳しい現実を受け止めざるを得ないだろう。ただし、スポーツでの可能性と限界を見極めるためにも、高校3年生には何かしらの“ゴール”が必要ではないだろうか。

なぜなら高校でスポーツに区切りをつける人が多いからだ。大学や社会人、もしくはプロでスポーツを継続できるのか。自分にその可能性があるのか。全国大会へと続く道のなかで、自問していくことになる。その機会が失われてしまうことは、3年生の未来に影響する。

従来のような全国大会は無理でも、自分はどこまでできるのかが見極められる実践の場を大人たちがつくっていかなければいけないだろう。

■「高校生のやる気を食い物に」「高野連はリスクとるべき」

5月21日放送の情報番組「とくダネ!」(フジテレビ系)で、社会学者の古市憲寿氏が、「甲子園、これ絶対無理だと思いますか?」と尋ねる場面があった。その後、古市氏は続けた。

「本当にちゃんと大人が頭をひねったかっていうことがすごい疑問です。甲子園ってある意味、高校生のやる気を食い物にしたイベントだったわけじゃないですか。高校生にギャラも払われず、高校生たちを使ってきたイベントで、それに対して今、大人側が本当に高校生に向き合ってきたのかなってちょっと疑問だなって思っちゃいましたね」

大阪府の吉村洋文知事も夏の甲子園中止について、5月20日、府庁で記者団を前に「僕自身はやってほしかった。高野連はリスクをとるべきではないか。考え直してほしい」と再考を求めている。

日本高野連は無観客での開催なども視野に入れて慎重に検討を進めてきたが、準備期間が十分に確保できず、8月上旬までに代表校がそろうのは困難と判断。さらに宿泊、長距離移動による感染リスクが高まることを懸念している。

日頃、子どもたちに「あきらめるな」といっている大人たちが、早々とあきらめている現実に対して、高校生は何を思うだろうか。筆者も古市氏や吉村知事と同じ感覚だ。例年通りの開催は無理でも、「やれる可能性」を探ることで、全国規模の大会もできるのではないかと思っている。

使い込まれた野球ボール
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

こんなプランはどうだろうか。

各地方大会で例年通り1校の代表(優勝)校を決める。試合は週末のみで、移動のリスクを減らすために、まずは地域ごとで戦う方式を採用する。その後、全国大会として、代表校は週末に近くの都道府県の代表校と、甲子園ではなく近隣の球場を使用するというプロセスだ。

週末ごとに各地で試合を行うことで大会期間は長くなるが、移動や宿泊は最低限で済む。コロナの収束と球場スケジュール次第では、ベスト8くらいからは甲子園でもプレーできるかもしれない。

■ささやかな花道を用意してあげようではないか

全国大会がなくなり、球児たちには寂しい夏になるが、この際、「高校野球の取り組み」を考え直してもいいと思う。

例えば、球児たちに夏の甲子園(地区予選)以外に真剣勝負できる舞台を設定するのはどうだろうか。愛知県の中京大中京高校と大府高校の野球部は、夏の地区予選でベンチ入りできなかった3年生による親善試合を、2000年から実施している。このように夢に届かなかった選手たちに“花道”を用意する企画を、他の学校でも採用できないだろうか。

球場の照明塔
写真=iStock.com/MasaoTaira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MasaoTaira

高校野球は負けたら終わりのトーナメント。出場する半数の学校が1回戦で姿を消すことになる。ベンチ入りできたとしても、一度も公式戦に出ることなく終わってしまう球児は少なくない。これは「教育」の観点から考えても、修正の余地があるといえる。

多くの選手に出場チャンスを与えるという意味では、各地区大会が終わった(敗退した)タイミングで、地元代表(優勝)を除く学校でいくつかのグループをつくり、リーグ戦を行ってもいい。そこに3年生を出場させるのだ。この「花道大会」の回数を重ねていけば、認知度が上がり、地元を盛り上げるローカルイベントとなる可能性もあると思う。

甲子園という大きな目標ではなく、もっと身近な目標を与えることで、弱小校の選手たちも輝くことができ、引退後に部活動を振り返ったときに一定の満足感と自己肯定感を味わえるに違いない。

■高校野球の“特別”を生かしていないのが大問題

高校スポーツには、「都大路」(駅伝)、「花園」(ラグビー)、「選手権」(サッカー)、「ウインターカップ」(バスケ)、「春高」(バレー)のように通称で呼ばれるような高校生憧れの大会がある。しかし、甲子園の人気は別格で、高校野球は“特別”だという雰囲気がある。

スタンドには野球部員以外の生徒が授業を休んでまで応援に来ている学校もある。応援団やチアリーダー、吹奏楽部などの応援も華やかだ。他の運動部の大会とは大きく異なる。

令和元年度の状況になるが、高体連の加盟登録者数は約119万人。一方、高野連の登録部員数(硬式)は約14万人。人数はインターハイのほうが多いが、中止報道は甲子園のほうが圧倒的に多かった。

■今夏の甲子園大会が中止で失われる経済効果は672億円

関西大学の宮本勝浩名誉教授は今夏の甲子園大会が中止になることで、失われる経済効果は約672億4415万円と算出した。世の中への影響が大きいのは事実だ。

高校野球は日本高野連が徹底したアマチュアリズムを敷いており、関係者が野球から報酬を得ることを禁止している。それどころか、野球部員がスポーツ報道以外のメディアやイベントなどに出演することも禁止されている。また各都道府県の高野連は主に現役教員が無報酬で務めている。

前述のA監督も、「日本高野連の体質は古く、閉ざされています。昔ながらの高校野球の在り方を守っているイメージですね。いいところもあるんですけど、もっと高校野球をうまく活用することができるんじゃないでしょうか」と話している。

使い込まれた野球ボールの革の質感
写真=iStock.com/eric1513
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/eric1513

どのような活用法が考えられるだろうか。

手っ取り早いのはお金の部分だ。全国高校野球選手権大会の収支決算は朝日新聞デジタルに掲載されている。2019年、第101回大会は総入場者数が84万1000人。このうち有料入場者数は72万5183人で、その収入が6億5907万426円。支出は4億4415万9967円。2億1491万459円の剰余金は「高校野球200年構想推進基金」に1億円を充当するほか、各種の連盟、協会、大会などにも配分されている。

■NHKは0円で地上波やラジオで1回戦から完全生中継

2018年の第100回大会の収支決算にはもう少し詳しい内容が掲載されていたので、紹介したい。

全国高校野球選手権大会(2018年)
収入の部
入場料売り上げ 7億8236万4046円
中央特別指定席券 2億1835万3330円
一・三塁特別自由席券 2億6977万2593円
アルプス席券 1億6599万2223円
外野自由席券 1億2824万5900円
支出の部
大会準備費 3185万5918円
出場選手費 1億312万29円
大会役員関係費 3639万2395円
大会費 2億7123万6578円
大会史製作費 138万3000円
地方大会費 7792万7887円
本部運営費 3000万円
差し引き剰余金 2億3044万8239円
高校野球200年構想推進基金へ 1億5000万円

「収入の部」を見てみると、そこには「スポーツの巨大イベント」に必ずある費目が掲載されていない。それは「協賛金」と「放映権料」だ。

甲子園大会の主催は日本高野連だけでなく、春の選抜大会は毎日新聞(後援が朝日新聞)、夏は朝日新聞(後援が毎日新聞)が名前を連ねており、特別協力が阪神甲子園球場。企業協賛金という枠がないのだ。

驚くことに放映権料もない。NHKは0円で「人気コンテンツ」を仕入れて、地上波やラジオで1回戦から完全生中継をしている。ちなみに部員数(約16万人)が最も多いサッカー部(男子)のインターハイ中継は例年、決勝戦のみで、しかもBSの放送だ。

高校スポーツを「興行」ではなく「教育」という観点でのみ考えれば、公共放送であるNHKは、甲子園の中継を減らして他の種目をもっと放送すべきだろう。野球部だけが“特別扱い”されるのはおかしい。

■なぜ、甲子園球場をタダで使えるのか?

一方、「支出の部」にも、当然あるはずの費目がない。「会場(甲子園球場)の使用料」が含まれていないのだ。大会にかかわる警備の費用などは主催側が負担しているが、使用料は0円。

甲子園球場が使用料を求めないのは、昔からのしきたりや「野球振興に貢献したい」という思いがあるからだといわれる。しかし、球場内の飲食などの収入はきっちり球場側に入る仕組みになっている。甲子園名物の「かちわり氷」は1日に100万円ほどの売り上げがあり、その他の飲食代も大きい。インターハイでは販売されていないアルコールもかなりの売り上げがあるはずだ。

阪神甲子園球場
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

こうやって見てくると、甲子園大会の主催者は、日本学生野球憲章に定められている「学生野球、野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない」ことを徹底する一方で、「野球部の活動は、部員の教育を受ける権利を妨げてはならず、かつ部員の健康を害するものであってはならない」ことに関して、ほとんどスルーしていると言わざるをえない。

一方、主役の球児たちは、旅費・滞在費(1日1人4000円)の補助を受けている。その他、スタンドを埋め尽くす大応援団の旅費などは、主に保護者や学校関係者がかき集めたお金が使われる。野球以外の全国大会でこのような組織的応援はみられない。

■夏の甲子園で得たチケット代、放映権料をスポーツ界に還元しよう

「カネ儲け=悪」という考え方は前時代的すぎる。高校野球をうまく“運用”することで、「新たな価値」がたくさん生まれると筆者は考える。大いに参考とすべきなのは、アメリカだ。

全米1100校が加入するNCAA(全米大学体育協会)はお金集めがうまい。24種のスポーツで90にのぼる選手権を開催。なかでもアメフトとバスケは熱狂的な人気があり、日本の甲子園大会のような特別なコンテンツになっている。

NCAAはアメリカで放映権を持つ二大ネットワークのCBSとターナーに対して、2010年に14年間で108億ドル(約1兆1626億円)という日本では考えられない高額契約をかわしている。ほかにも試合の入場料で年間100億円以上も稼ぎ出しており、これらの収益は各競技運営や、各大学に分配というかたちで学生の競技や学業に還元されている(別の言い方をすると、アメフトやバスケなど人気種目はあまり人気のない種目に大きく貢献している)。

甲子園の人気を考えれば、チケット代を値上げしても観衆は入るし、莫大な放映権も期待できる。関係者が甘い汁を吸うようなことのないよう監視するために収支を完全に透明化した上で、その収益を野球だけでなく、他の高校スポーツにも還元する仕組みを作ることができれば、甲子園大会は本当の意味で“特別”になるだろう。

日本高野連、朝日新聞、毎日新聞は多くのスポーツ関係者に高校野球を“解放”するときがきたのではないだろうか。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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