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YouTuberをバカにしていた大学教授が思い知った遠隔授業のハードさ

プレジデントオンライン / 2020年6月4日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mixetto

■大学教師が突然「YouTuber」になるということ

新型コロナの影響で、多くの大学が遠隔授業を余儀なくされた。筆者が勤める長浜バイオ大学でも、3月上旬に遠隔授業の検討が始まり、同月下旬までには、学長主導のもと「すべての授業を遠隔で実施する」ことが決定した。準備には時間がかかったものの、当初の学年歴から2週間の遅れで、4月20日から開始することができた。全国的にみれば、かなり早いスタートが切れたと思う。

遠隔授業が始まってから、すでに2カ月以上が経過した。この間、われわれ教員は、はからずも「YouTuber」としての生活を余儀なくされた。すでに全国で緊急事態が解除されているが、本学では原則として6月いっぱいは、遠隔授業を継続することが決まっている。おそらく他大学も似たようなものだろう。

しかし大学教授がYouTuberになるとは果たしてどういうことか。

■遠隔授業の方法は大きく2つ

遠隔授業の方法は、大きく「リアルタイム型」「オンデマンド型」の2種類に分かれる。

①リアルタイム型

こちらは遠隔会議と同じである。教員も学生たちも、Webカメラで自分の顔を映しながら、授業を進めていく。本学では、教職員の遠隔会議用に、マイクロソフトのteamsが導入されているが、遠隔授業にも利用してよいことになった。しかし実際には、通信環境の制約などから、多人数の授業は難しい。せいぜい数十人までが限界だ。研究室のゼミなどには適しているが、通常の講義には、ほとんど使われていない。

②オンデマンド型

これは「YouTube型」と言い直してもいい。講義動画をサーバーに置いておき、学生たちは自分の都合に合わせて視聴する。ネットワークの制約を受けにくく、学生側が受講しやすいことなどから、本学ではこの方法が標準として採用された。結果的に、全教員がYouTuberとしての生活をスタートさせることになった、というわけだ。

■授業を成り立たせるには教育用グループウェアの併用が必須!

ただし動画配信だけでは、授業は成り立たない。対面授業でも、普通は講義資料などを配布するが、遠隔授業では、その重要性が増すことは言うまでもない。また学生が動画を観たかどうかを確認する必要があるし、理解度を試すための小テストやリポートなども必要になる。

本学では、数年前からmanabaという教育用グループウェアを導入し、活用している。出席・資料配布(PDF等)・小テスト・リポート提出・各種連絡・成績集計などの機能がついており、教員・学生全員が使えるようになっている。

動画配信とmanabaを組み合わせることで、従来の授業に近づける工夫がなされた。たとえば動画のなかで、講義の出席コードを提示し、学生たちにそれを入力させることで、動画を閲覧した(講義に出席した)ことにするなどである。

資料配布も小テストなども、すべてmanabaを使って、スムーズに行うことができた。逆に教育用グループウェア無しで、YouTube型遠隔授業を成り立たせるのは、かなり難しいと思う。

■講義動画を作るのも命懸け

講義動画の作り方は、主に2通りだ。ひとつは、教員が実際に講義を行い、その様子をビデオ撮影する方法だ。板書も液晶プロジェクターの映像も、比較的きれいに撮れるし、動画作りのための特別な工夫もほとんど要らない。

ただし各教員の自宅にはそういう目的で使えるスペースがない人が多く、外出自粛がかかっているさなか、わざわざ大学に行って撮影する必要があった。それでも危険を冒して、この方法を採用する教員も少なからずいた。

もうひとつは、自宅で、自分のパソコン画面にスライドなどを映しながら講義を行い、それを録画する方法である。そう書くとずいぶん難しそうに感じるかもしれないが、やってみると意外と簡単だ。

筆者はテレビ会議システムのZoomで動画を作っている。Zoomには、パソコン画面の共有機能と録画機能がついている。

まずZoomで会議を立ち上げ、自分のパソコン画面に講義資料を映して共有状態にし、それにウェブカメラで自分の顔を映しながら講義を行う。要するに、参加者が自分だけの会議をやって、それを録画するわけである。

意外と簡単に講義動画が作れるので、この方法を採用する教員が多い。またマイクロソフトのパワーポイントにも録画機能があるので、そちらを利用する教員もいる。

できた動画は、インターネット経由で大学のサーバーにアップする。それを事務職員が授業日程などを確認後、クラウドの動画サーバーにアップして、学生に公開する。

■録画した自分の授業の「出来の悪さ」にショックを受ける

動画を作るだけなら、たいした手間は要らない。しかし出来上がった動画は、アップする前に、一度自分で見たくなる。

見れば気になる部分が次々出てくる。自分の授業を録画して見ることなど、いままで一度もなかっただけに、その出来の悪さには、われながらショックを受けるほどだ。

また教員は動画配信サーバーに自由にアクセスできるので、同僚が作った動画を見てしまう。すると、みな自分より上手に見えてしまうのだ。

とくに若手が作る動画の出来がいい。編集ソフトを巧みに利用して、音楽付きのオープニング映像を加えたり、随所にキャプションを入れたりと、さまざまな技を繰り出してくる。自分の顔を映すのでも、カメラアングルを工夫して見栄えをよくしているし、美しいバーチャル背景を貼り付けるなど、視聴者を飽きさせない工夫が随所に見られる。

仕事のためのビデオ会議でデバイス画面の前にいる女性
写真=iStock.com/LeoPatrizi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeoPatrizi

■動画編集が巧みな若手には負けられないが……

彼らと同じクオリティの動画は無理にしても、こちらとしても、できるかぎり体裁をよくしたくなってくる。

まずは話し方を変えなければいけない。「あー」とか「えー」とかを減らし、言葉に抑揚を付け、話す速さに変化を加えるなどを心がける。また視聴者である学生の多くが、パソコンなどではなく、主にスマホで観ていることから、画面構成にも気を使わなければならない。スマホの小さい画面でも観やすいように、文字サイズを大きめにし、細かい図表はなるべく使わないように変更する。

だが一度凝り始めると、時間がいくらあっても足りない。在宅勤務だからといって、動画作りばかりやっているわけにはいかないので、適当なところで妥協するしかないのだが、モヤモヤ感が残ってしまう。

いままでYouTuberのことを、どこか下に見ていた自分が少々恥ずかしい。納得のいく動画を作るには、大変な手間ひまがかかることを、初めて知った。

■1回きりの講義が、何度も見る「作品」「コンテンツ」になった

技術的な問題もさることながら、講義に対する認識というか、心構えも次第に変化し始めてきた。講義動画を、一種の作品として捉えるようになってきたのである。

従来の対面式講義で思ったことは一度もなかった。というよりも、「講義とは何ぞや」ということすら、真面目に考えたことはなかったのである。決まった曜日の決まった時間に、教科書と資料とノートPCを抱えて、決まった教室に行く。そして適当に話をしてお茶を濁し、時間になったら自分の部屋に帰ってくる。その繰り返しだった。

だが動画は違う。

それなりの時間と労力をかけて、期日までに仕上げなければならない。しかも、学生たちが何回でも視聴できるようになっている。彼らが実際に視聴するのは1回きりだとしても、あるいは途中を早送りしたり、飛ばしたりしているとしても、仕組みとして何回でも見られることに変わりはない。だから手を抜くわけにはいかないし、なんとか1本を仕上げたあとの達成感は、従来の講義とはまったく違ってくる。

動画を見る側からすれば、講義動画はコンテンツの一種ということになるだろう。YouTubeにアップされている動画は、視聴者にとってはコンテンツのひとつに過ぎない。しかしそれを作る側にとっては、たとえ出来がよくなかったとしても、立派な作品なのだ。

■本物のYouTuberになれる大学教授だけが生き残る時代に

だが、変化はこれだけにとどまらないかもしれない。

いまのところ、講義動画はわれわれの大学の学生しか視聴できない。しかしそれが広く公開され、自由に流通するようになる日が来るかもしれない。そして視聴数に応じて、教員の報酬が上下するような時代が来ないとは限らない

そうなると、われわれが作る講義動画は、作品を超えて商品になるわけだ。それは同時に、大学教授が本物のYouTuberに近づくことを意味している。そんな時代が到来するのも、そんなに遠い未来ではないような気がする。

新型コロナによって、大学教授も進化を求められているということなのだろう。そんなことを思うこの頃である。

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永田 宏 長浜バイオ大学 教授
長浜バイオ大学メディカルバイオサイエンス学科教授・学科長。1959年、東京都生まれ。1985年、筑波大学理工学研究科修士課程修了(理学修士)。オリンパス光学工業(現・オリンパス)、KDDI研究所、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授などを経て、2009年より現職。専門は医療情報学・医療経済学。2005年、東京医科歯科大学から博士(医学)を授与される。『販売員も知らない医療保険の確率』(光文社ペーパーバックスBusiness)、共著書に『いらない保険』(講談社+α新書、後田亨氏との共著)など著書多数。

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(長浜バイオ大学 教授 永田 宏)

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