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「朝は味噌汁、夜はカレー」駅での調理をやめた東京メトロが代わりに始めたこと

プレジデントオンライン / 2020年6月3日 9時15分

「オフィスおかん」が提供している総菜 - 提供=OKAN

始発から終電まで走り続ける鉄道を管理する駅員は不規則な業務が多い。そのため東京メトロでは昨年10月まで、駅の炊事場で食事を作っていた。炊事場が廃止された駅員たちは、どうやって食事を調達しているのか。鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏が取材した——。

■サラダからカレーライスまですべてを100円で販売

早朝から深夜まで動き続ける鉄道。基本的には駅員は朝に出勤し、泊まりがけで仕事をして、翌日の朝に退勤する交代制の24時間勤務で働いており、その間の3食の食事やシャワー、仮眠を駅の中で済ませている。駅員にとって駅舎とは仕事の場であると同時に、生活の場でもあるのだ。

そんな中、東京メトロは昨年10月、駅や乗務員の控室など約200の事業所に、置き型社食サービス「オフィスおかん」を導入した。

導入した背景を探る前に、まずは置き型社食サービスとはどのようなものなのか説明が必要だろう。2014年3月にスタートした「オフィスおかん」は、開始から6年で全国2000社以上の企業が導入している。

「オフィスおかん」は契約企業の職場に専用の自動販売機や冷蔵庫を設置。白米や玄米などの主食、肉や魚などの主菜、煮物やサラダなどの副菜の他、カレーライスやスープなどを個包装したパックを全品100円で販売する。従業員は好きなものを組み合わせて購入し、電子レンジで温めて食べるだけ。「オフィスグリコ」など置き型菓子販売サービスなどがあるが、その食事版だと思えばイメージしやすいだろうか。

なぜ東京メトロは、自動販売機型の社食サービスを始めたのだろうか。

■多くの駅には炊事場があり、「食事当番」が存在した

実は一昔前まで、ほとんどの鉄道事業者は駅員の業務シフトの中に食事当番を組み込み、仕事の一環として料理をしていた。駅の控室には炊事場が用意されており、そこで駅員が駅で働く人数分の食事を調理する。例えば朝ならご飯とみそ汁やパンとサラダ、昼は麺類や丼もの、夜は肉料理や魚料理、カレーといったメニューが並ぶ。

もちろん料理の経験が少なく、食事当番を憂鬱に思う駅員もいたようだが、コック顔負けの腕を持った駅員も少なくなかったという。しかし近年では、業務効率化による駅員の削減や負担軽減、安全対策などを名目に、こうした「自炊」を行わない鉄道事業者が増えてきた。

筆者が東京の大手鉄道会社に取材したところ、現在も自炊を続けている会社は約半数で、それ以外は休憩時間に近隣のコンビニやスーパーで食事を買ったり、近隣の飲食店で食事を取ったりと、各自で食事を調達しているようだ。

東京メトロも昨年10月までは駅で調理をして食事を取っていたが、これを終了。近隣の飲食店で食事を調達しづらい朝食と夕食の提供手段として、「オフィスおかん」を導入したという。

■輸送業界は食事時間が不規則で、食べる量も多い

東京メトロに「オフィスおかん」のサービスを提供するOKANの沢木恵太代表はこう説明する。

「オフィスおかん」の自動販売機。1食分の総菜が小分け袋に入っている
提供=OKAN
「オフィスおかん」の自動販売機。1食分の総菜が小分け袋に入っている - 提供=OKAN

「24時間シフト勤務の多い輸送関連業界では、オフィスとは使用環境が異なり、補充など対応するオペレーションも変わってきます。共通しているのは『食事する時間が不規則』『サービスの利用頻度が高い』という点です。十分な量、十分な種類のお総菜を安定して提供する必要があるため、ただ決まった個数を納品するのではなく、利用状況について東京メトロと定期的な情報交換が不可欠です」

特に、事務所が地下にある東京メトロの導入にあたっては、自動販売機の設置や配送において、業務の邪魔をすることがないように、準備には万全を期したという。

「既存のサービス内容とは規模や条件も異なるため、担当者と何度も話し合いを重ね準備をしてから、スタートの日を迎えました。納品先の下見や納品ルートの確認も行い、新たな配送網を構築。また、食事のタイミングや要望などもヒアリングした上で、納品頻度なども考えました」(沢木氏)

その名前が示すように「オフィスおかん」は当初、ホワイトカラー業種のオフィスでの昼食需要を念頭に開発したサービスだった。しかし、近年は医療・福祉業界、そして最近は東京メトロのように運輸・物流業界へと顧客が広がりつつあるという。

■なぜ社食を取り入れる企業が増えているのか

なぜ、こうしたサービスを導入する企業が相次いでいるのか。沢木代表によると、背景には「人材」を大切にしようという、企業側の想いがあるという。キーワードは「働き手不足」と「健康経営」だ。

「近年導入が進んでいるのは、いずれも人手不足が問題になっている業界です。人手不足が如実になってくると、そこに何らかの手を打たなければならないとなってきます」(沢木氏)

人口減少や高齢化によって労働人口が減少している日本では、昨年まで有効求人倍率が上昇しており、離職者が出た場合の補充は容易ではない。企業は人材を採用して終わりではなく、今いる人材を定着させなければならないという課題に直面している。

一方、従業員の側から見ても事態は深刻で、仕事の内容や環境に不満がなくても、自身の健康問題や育児、介護などの都合により、仕事を離れざるを得ない人が増えてきている。これは企業側からしても大きな損失になる。

「労働人口が減少し、人手不足が直接の倒産理由になる現代で『健康損失や育児介護等による望まない離職を防ぎ、安定した企業経営をしたい』というニーズが強まっています」(沢木氏)

■駅員の仕事は不規則で体力勝負

そこで近年、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、従業員への健康投資を行う「健康経営」という考え方が登場している。「オフィスおかん」のメニューはいずれも管理栄養士の監修の下、必要な栄養価を満たすとともに、添加物の基準を厳しく設けており、健康に気をつかった内容になっている。

鉄道業界においても、人材獲得と健康問題は重要な課題である。すでに地方では交通業界の担い手不足が顕在化しており、今後は都市部の鉄道事業者でも採用が困難になることが予想されている。また、不規則な生活を余儀なくされる鉄道員が健康問題を抱えているケースは多く、従業員の健康管理は鉄道会社にとっても重要な経営課題になっている。

こだわりソースのトマトハンバーグ
提供=OKAN
こだわりソースのトマトハンバーグ - 提供=OKAN

だが、こうした改善には企業側の一方的な想いだけでは不十分だ。駅員の仕事は体力勝負であり、オフィスワーカーよりも必要なカロリーは高い。また、長い駅の仕事の中でも、食事は数少ない楽しみであり、ただ「健康食」を押し付ければ解決するという問題でもないからだ。

■「健康に気を遣うようになった」と反応は上々

そのためには、現場の実態と要望を理解した上で、企業が目指す姿や背景、「オフィスおかん」のメリットを現場にしっかりと伝えることが重要だと沢木氏は語る。

東京メトロの導入事例でも、企業の目指す健康経営という課題を伝えるとともに、必要なカロリーを満たし、従業員が満足する食事を提供できるよう、コミュニケーションを欠かさないようにしているという。導入から半年が経過したが、こうした努力が実を結び、駅員からの反応は上々だそうだ。

冷蔵庫から取り出す様子
提供=OKAN
冷蔵庫から取り出す様子 - 提供=OKAN

沢木「商品に関しては、『普段、自分で選ばないような商品も食べられてうれしい』『自然と健康に気を遣うようになった』などの声をいただいています。一方、鉄道業界が体力を使う仕事であることから、『ボリュームを増やしてほしい』という声は多数いただきました。そういった声を、商品開発にも生かしていきたいと思っています」

昨今は、新型コロナウイルスの集団感染を防止するために一時的に食事当番制をとりやめている鉄道事業者があったり、近隣の飲食店が休業している影響で、食事調達をもっぱらコンビニ通いで済ませていたりと、駅員の食事事情は揺れている。

OKANは、東京メトロへのサービス導入で培ったナレッジを生かし、今後もインフラ業へのサービス提供に力を入れていくとしており、こうした鉄道事業者の受け皿となることを目指している。交通の現場が今後も持続可能であるために、人材定着と健康の両面から取り組みを進める「オフィスおかん」に今後も注目していきたい。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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