「年収400万円で幸せな人」と「年収1000万円で不幸な人」の決定的な差
プレジデントオンライン / 2020年6月8日 9時15分
※本稿は、前野隆司『年収が増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社)の一部を再編集したのものです。
■「年収400万円で幸せな人」と「年収1000万円で不幸な人」の差
ある経営者がこんなことを言っていました。「サラリーマンはすごいビジネスモデルだ」と。原始時代は、狩猟や採集などの仕事を自分でしなければ、飢え死にしていました。誰もが自立心を持って、自分の責任で生きていました。
しかしサラリーマンは、黙って言われたことだけをしていても毎月、安定的にお金が入ってきます。人類の歴史から見ても、たしかにすごいビジネスモデルです。にもかかわらず、「なんでこんなに給料が低いんだ」「自分は貧乏で不幸だ」と愚痴を言っている人をよく見かけます。甘やかされた結果、幸せを感じる力が鈍っているのではないでしょうか。
もちろん、奴隷のような労働を強いるブラック企業は論外です。非正規雇用の貧困問題も、一刻も早く解決すべきでしょう。しかし、そこそこの年収を得ているのに、文句ばかり言っているのは、みずから不幸を選んでいるようなものです。
私は以前、「年収400万円でも幸せな人」と「年収1000万円でも不幸な人」の比較調査に協力したことがあります。結果は歴然としていました。年収1000万円でも不幸な人は、「お金が足りない」「もっとお金が欲しい」とばかり思っていました。信頼できる仲間も少ない傾向がありました。
一方、年収400万円でも幸せな人は、「これだけもらえてありがたい」「今の生活に感謝している」と思っていました。仲間が多く、感謝にあふれていました。
■比較調査で明らかになった“幸せな人”の特徴
「年収が3分の1になったら不幸になりますか?」という最初の問いに戻れば、3分の1になっても感謝の気持ちを持つことができる人は、幸せになれるでしょう。しかし、愚痴や文句ばかり言っている人は、不幸になると考えられます。
感謝をしていると物欲が低下し、幸福度が高まるという研究結果もあります。ポラックらによる2006年の研究です。「年収が3分の1になったけれど、住む家もあるし仕事もある。本当にありがたい。隣のおばあちゃんがトマトをくれた。感謝、感謝」。
そう思える人は、今の自分を肯定し、現状に満足している人です。金銭欲に振り回されることなく、幸せに生きることができます。また、年収が低くても、やりがいを持って生きている人は幸せです。
たとえばアーティストとか、フォトグラファーとか、ダンサーといった人たちの中には、食えなくても幸せそうな人が少なくありません。だいたいそういう人には、感謝する気持ちと夢があります。また、先ほども述べた強みがあります。
リスクはありますが、起業家の人も幸せそうに見えます。私の知る限り、お金持ちになりたいとか、社長になりたいとか、そういった動機で起業して成功した人はほとんどいません。世の中をよくしたいとか、人の幸せに貢献したいとか、あるいは好きで好きで仕方がないとか、そんな思いで始めたことが、たまたまビジネスになったという人が圧倒的に多いです。
そして、共通しているのは、なんらかの独自の道を歩んだからこそ身につけた強みと粘り強さを持っていて、魅力的です。
■幸せを生む3要素……感謝、やりがい、利他の精神
私の友人に、ライフルという会社を経営する井上高志さんがいます。今や年商数百億円の企業になりましたが、最初の5年間は睡眠時間2時間で、カップラーメンばかり食べていたそうです。
彼をそこまで突き動かしたのは、不動産業界を変えたいという一心でした。これまでの不動産業界は、情報格差を利用して家を売っていた。つまり、お客さんは知らなくて、業者だけが知っている情報だらけだった。中には詐欺同然のやり方で売る業者もいた。井上さんは、こんな社会を正したいという一心で頑張ったそうです。
情報をインターネット上にすべて公開して、本当にお客さんのためになる仕事がしたい。そんな利他の精神で仕事をしていたから、つらい時期も頑張れたのです。ちなみに最近、井上さんは「世界平和を目指す」と言って、平和活動をおこなう財団を立ち上げました。利他の精神に貫かれた井上さんの生き方には、清々しさを感じます。
現在、経営者として成功している人は、井上さんのように、年収3分の1どころか、想像を絶する貧困を経験しているケースが目立ちます。貧しい中、「これをやり切るんだ」という思いで努力していたら、結果的にお金もついてきたのです。
感謝すること、やりがいを持つこと、そして利他の精神で生きること。この3つを持っていれば、もしも年収が3分の1になったとしても幸せでいられるのです。
■老後に2000万円ないと幸せになれないのか?
金融庁が発表した、「老後資金は2000万円必要」とする報告書が賛否を呼びました。しかし、本当に2000万円も必要なのでしょうか。2000万円ないと、幸せになれないのでしょうか。
まず、2000万円という数字が一人歩きしていることに疑問を感じます。平均値は2000万円なのかもしれませんが、一部のお金持ちが平均値を押し上げているので、実際はもっと少なくてかまわない可能性があります。
お金持ちに必要な老後資金と、私たち庶民に必要な老後資金は違います。都会で必要な老後資金と、地方で必要な老後資金も違います。自分はいくら必要なのか、自分の頭で考えることが大切です。くれぐれも2000万円という数字に振り回されないようにすべきだと思います。
それに、老後の備えとして大切なのはお金だけではありません。お金以上に大切なものがあります。それは人間関係です。人との関係をちゃんとつくっておくことのほうが、お金を貯めることよりも大切だと思います。
専門的な言葉でいえば、金融資本を増やすことよりも、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を増やすことに目を向けるべきなのです。
■一人で生きていこうとすればお金はいくらあっても足りない
社会関係資本が充実している国として知られているのが、「世界一幸せな国」とも呼ばれるブータンです。ブータンの平均年収は、約20万円です。決して経済的に恵まれているわけではありません。
しかしブータンの人には、困ったときに助けてくれる人が50人いると言われています。誰かが病気になったら、少しずつお金を出し合う。ケガをして歩けなくなった人がいたら、みんなで世話をする。50人で助け合っていれば、そこまでお金を貯めなくてもやっていけるのです。
保険と同じ考え方です。2000万円持っている孤立した人より、200万円ずつ持っている50人が、1億円の原資をもとにして助け合ったほうが、いざというとき安心です。実際、昔の日本には、これと同じような仕組みの「講」というものがありました。また、助け合いの精神がありました。
逆にいうと、助け合う気持ちがなければ、もしかしたら2000万円あっても足りないかもしれません。老人ホームに入るお金、病気になったときの治療費、身体が動かなくなったときの介護費、家事のアウトソーシング。誰にも頼らず、一人で生きていこうと思ったら、お金はいくらあっても足りません。
そう考えると、昔の大家族は合理的だったと思います。おじいちゃん、おばあちゃんはお金を持っていないけれど、世話になったから子どもたちで面倒を見る。子どもたちも年をとったら、自分の子どもたちに面倒を見てもらう。それを繰り返していれば、つまり、全体としてお金が回るならば、じつは個人の貯金なんて少なくても大丈夫なのです。
■つながりのある社会を取り戻す
こうした助け合いが失われてしまったのは、都市化と工業化のせいでしょう。みんな都会に出ていって、隣に誰が住んでいるのかわからないマンションに住み、会社や工場で歯車のように働く。それが当たり前になってしまった。「人の世話にはなりたくない」と孤独なままお金を貯め込む不幸な都会人が増えてしまった。
そんな孤独化社会は、経済や人口が拡大している時代には、効率的なシステムだったのかもしれません。しかし、高度経済成長はとっくに終わって、今や縮小へと転じているのですから、元の社会に戻すべきなのです。いや、元には戻れませんね。
現代的なインターネットや人工知能の力も利用しながら、人と人とのつながりと助け合いを取り戻すべきなのです。つながりのある社会を取り戻すこと。そうしなければ、私たちは幸せになれません。
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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1962年山口県生まれ。84年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社。慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等などを経て、2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。11年同研究科委員長兼任。17年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学・脳科学、など。『脳はなぜ「心」を作ったのか』『錯覚する脳』(ともに、ちくま文庫)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)など著書多数。
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(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司)
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