自粛警察、テラハ事件を生んだ「ゆがんだ正義感」という快楽

プレジデントオンライン / 2020年6月4日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Paul Bradbury

■新型コロナで広がった「自粛警察」の正体

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るったこの春、あちこちで「自粛警察」と呼ばれる一連の動きが活発になった。

たとえば、4月26日、東京・杉並区のライブバーでは、無観客でのライブをインターネットで配信したところ、店の出入り口に「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと書かれた貼り紙が3枚貼り付けられた。

テレビで駐車場が満杯になったゴルフ場の様子が流されると、「営業するな」という苦情電話が殺到し、5月1日には日本ゴルフ協会などが報道の自粛を求める声明文を公表する事態になった。

このような状況はなぜ起きるのか? 現場の心療内科医の視点から、検討を加えてみたい。

■「社会正義」と「ゆがんだ正義感」

私は、2016年に『ゆがんだ正義感で他人を支配しようとする人』(講談社+α新書)を著し、過度な「正義感」の暴走に警鐘を鳴らした。今回の一連の事件も、このような「ゆがんだ正義感」のもたらす弊害の一つだと考えられる。

自分自身が「正しい」と感じる感情は、「自分を守るシステム」の中核として、2~3歳のころまでに形成されると考えられている。

同時に、しつけや教育を通して、私たちは自分が本当に正しいかどうかを振り返り、他者との会話を通してそれを検証すること、つまり「社会正義」を守ることを学んでゆく。社会のルールを守ることで、個人と共同体の利益を守ろうとするのである。

ところが、自分自身の正義感は往々にして、「自分の都合のよい方向」へとゆがんでしまいがちである。私たちはそれを正当化し、ゆがんだ正義感にしたがって行動する傾向があるのだ。

■スタンフォード監獄実験の恐怖

1971年、スタンフォード大学である実験が行われた。

大学生21人を、無作為に「看守役」と「囚人役」に振り分け、監獄での生活を体験させてみた。すると数日のうちに、看守役の大学生たちは、囚人役の学生に次々に暴言を浴びせ、バケツに排便させ、手でそれを拭かせるなどの虐待が頻発するようになったのである。

囚人役の学生が次々に精神異常をきたすようになったため、2週間の予定だった実験は6日間で中止された。

最初は「同じ人間同士なのに、命令するのは居心地が悪い」と語っていた学生たちも、数日で「囚人を苦しめるのは楽しい」と発言するように変貌していったのである。

人は自分が「正しい」立場に置かれると、どんどん暴力的な行動をエスカレートさせる生き物であることが、この実験でリアルに実証されたのだ。

■正義感をゆがめる脳のメカニズム

ではなぜ、「正義感」はゆがんでしまいやすいのだろうか?

私たちにとっての「正しさ」は、遺伝子によって決められると考えられている。遺伝子にとっての「正義」とは、自分という個体が生き延びること、「遺伝子の複製」つまり自分の子どもたちが生き延びることである。

だから「遺伝子を共有する者」、自分と家族、親族の利益になることは正しく感じられ、それに反する者は「正しくない敵対者」として認識される傾向にあるのだ。

法律などによって定められている「社会正義」では、社会を構成する人たちはみな、法の下に平等であると考えるが、遺伝子の正義を実行する「感情のシステム」は、「利己的」な行動を取ろうとする

この矛盾を解決するため、少しでも「正しい」という理由が見つかれば、「正義感」という感情が暴走して、「自粛警察」などの行動を起こしやすくなるのである。

■快感物質ドーパミンが脳の暴走を助長

正義感に駆られて行動しているときの脳内では、神経伝達物質のドーパミンが多量に分泌されている

ドーパミンは「脳内麻薬」とも呼ばれる快感物質の一種で、ゲームや恋愛、スポーツや闘争の中で分泌される。統合失調症ではドーパミンの過剰分泌が幻覚、妄想を引き起こすとされている。実際、恋愛やゲームに「はまって」いるときは、精神が高揚し、気分爽快になり、現実感が失われてくる。

自分が「正義を実行している」と感じられるときは、ドーパミンのために現実認識が甘くなり、快感に駆られて、いっそうその行動が過激になってくる。ネットで「正義感」が暴走しやすいのも、このためである。

■ネットでの「共感」が感情を暴走させる?

さらに現代では、ネットが「感情の暴走」を助長してしまうことがある。

これまではテレビなどのマスメディアで取り上げられなかったような小さな事件が、SNSでの「いいね!」やリツイートで、全国に一瞬で広まるようになった。「こんなの許せない!」という「正義感」もまた、それが客観的に正しいかどうか、十分検証されないままに強い「感情の津波」となって、対象となった人たちに襲いかかることがある。

最近話題になった、テレビ番組「テラスハウス」出演者の自殺などもまた、このような「正義感の暴走」と無関係ではない。

私たちには、生物として生き延びるために、「共感」によって感情を通わせ、集団で協力して敵に対抗するという感情のシステムが備わっている。

日本人は「共感」しあい、「忖度(そんたく)」しあって、暮らすことに慣れている。新型コロナの感染拡大があまり広がらなかったのは、そのシステムがうまく働いて、お互いに「自粛」しあい、ある意味では「監視」しあって暮らすことができたためでもある。

しかし、共感のシステムによる「同調圧力」は、正しくない者を監視し、摘発し、正義の名のもとに糾弾するという行為も引き起こしやすい。そして、その感情と行動はネットを通してあっという間に全国に広がってしまう。

「自粛警察」やネットでの誹謗中傷は、このようにして起きてきたと考えられるのである。

ハッカーがノートパソコンで情報を盗んでいる
写真=iStock.com/Xesai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Xesai

■「コロナ後」の「正義」はどこに向かうのか?

「テラスハウス」の事件で特徴的だったのは、出演者を自殺に追い込んだ「誹謗中傷」に対する強い批判である。

自分の攻撃が自殺の原因だったのかもしれないと思った人たちは、次々にネットの書き込みを削除するという行為に走った。「正義感」に駆られて行動したら、今度は突然「悪」認定されてしまい、大変な思いをしたというのが、当人たちの感想ではないだろうか?

ネットにおける「感情の暴走」には十分な注意が必要である。ネットはまだ「未成熟な社会」なのであり、さらに自殺などの犠牲者を生まないためには、何らかの法整備をしなければならないという議論が巻き起こったのは、きわめて当然のことと考えられる。

ネットは私たちの前に新しく開かれた「自由な社会」であり、コロナ禍がいみじくも証明したように、働き方や暮らし方を変える大きなポテンシャルをもっている。

同時に「正義感」などの感情が大きな津波となって暴走する危険性ももっているため、注意深い配慮のもとでの法制化など、ルールの制定も喫緊の課題となっているのは間違いない。

私たちの中には、「うしろめたさ」や「やましさ」など、「自分は本当に正しいのか」を検証する感情のシステムが備わっている。「自分は正しい!」とアクセルを踏み込んでいるときこそ、「もしかしたら間違っていないか?」という感情のブレーキも十分に意識することが大切ではないだろうか。

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梅谷 薫(うめたに・かおる)
医師
1954年生まれ。東京大学医学部卒業。内科・心療内科の専門医として、うつ病や適応障害などメンタル不調の診療に従事している。日本心身医学会会員、日本精神神経学会会員。さらに産業医として、一部上場企業からIT企業まで、さまざまな職場でストレスチェックやうつ病の復職指導などにあたっている。著書は『ゆがんだ正義感で他人を支配しようとする人』(講談社+α新書)、『「毒になる言葉」「薬になる言葉」』(講談社+α文庫)など多数。

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(医師 梅谷 薫)

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