「生徒も親も教員も潰れる」9月入学見送りで想定される最悪シナリオ
プレジデントオンライン / 2020年6月3日 13時15分
■来年度の「9月入学」見送りで発生する、マズイ問題
新型コロナウイルスの感染拡大で休校が長期化している。このため安倍晋三首相は「9月入学」について、4月29日の衆議院予算委員会では「前広にさまざまな選択肢を検討したい」と答弁し、さらに5月14日の記者会見では「有力な選択肢の一つ」と踏み込んでいた。
しかし6月2日、安倍晋三首相は自民党の9月入学に関するワーキングチーム座長の柴山昌彦元文部科学相に対し、「法改正などを伴う形での導入は困難」との見解を伝え、来年度の導入を見送る意向を示した。
入学・始業の時期の変更には、多方面に想定外の労力とコストがかかる。そのため、「現行(4月入学・始業)の制度を変更しない」のが最もラクだ。しかし果たして、その決定で問題はないのか。
今、文科省や学校関係者が最も注力すべきこと。それは2カ月にわたる休校措置により遅れた学習をいかにして取り戻すかということである。各自治体では、その対処として(1)夏休みなどの長期休暇の大幅短縮、(2)土曜日登校、(3)7時限目の設定や、(4)学校行事の中止、などを検討しているようである。
4、5月の「2カ月間休校」のインパクトは非常に大きい。2020年度の学校のカリキュラムを100%完璧な形で実施することは物理的に難しい。
ただ、上記の各自治体の「対策」を来年3月まで進行することが可能なら、100%まではいかなくてもある程度のカリキュラム消化は可能だろう。とりわけ「休校」の影響を受ける来春入試を控える中学3年生、高校3年生に関しては入試を配慮し、その他の学年は、学習の遅れに関して複数年にわたる履修を認めることで解消することもできる。事実、そのような通知が5月15日に文科省から全国の教育委員会へ通達されている。
よって、「9月入学」の見送りはさほど問題にならないという向きもあるが、自民党ワーキングチームの議論には、落ち度がある。
それは、「現行の4月入学制度のまま進める案(2020年度は一部のカリキュラム変更・削減、入試の範囲の限定化、複数学年にまたがっての履修、など)」は、今後、新型コロナの第2波、第3波による影響を考慮しないで組み立てられたものだということだ。
■「オンライン授業」ができない日本のウイークポイント
過去のパンデミックの歴史から、ほとんどの感染症の専門家は「第2波は必ず来る」という見解を示している。そうであれば、第2波が来ることを想定して、計画や準備を行うほうが賢明であるはずだ。
仮に今秋以降、第2波、第3波が来て、再び休校が数カ月続く状態になるのに備えて、前述の「現行の制度のまま進める案」以外に、別の問題解決方法も視野に入れておく必要があるのではないか。
![首相官邸公式ホームページより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/8/670/img_b8665c736cea608bd1817a4a1971ae60258637.jpg)
例えば、学校に行かなくても、生徒や児童がカリキュラムを学べるようにする。と考えた時、すぐに思い浮かぶのが、「教育のオンライン化」だ。しかし日本の場合、ここがウイークポイントなのである。
中国やフィンランドなどでは、コロナ禍でオンラインの授業への切り替えにより通常の授業に近い形で違和感なく行われていることも報告されている。だが、現在の日本のICT状況では今秋の段階ではその実現は極めて難しいと言わざるをえない。
2018年に行われたOECD(経済協力開発機構)の「PISA」(国際学習到達度調査)におけるICT活用に関する項目では、日本は授業中のデジタル機器使用時間がOECD加盟国の中で最下位となっており、今回の新型コロナの件でその体たらく状態がほとんど改善されていないことが露呈した。
文科省も何もしていないわけではない。オンライン化授業への構想をしっかり立てている。全国の小中学生に一人一台のパソコンを配布するGIGA構想がそれで、当初の計画では2023年度末までに完了予定だったが、コロナ禍の4月7日に、「今年度中に前倒しして配布する方針」へと変更した。
このパソコン類は、公立ではまだ十分に行き渡っていないところが多いが、私立はコロナ禍でもオンライン授業にスムーズに移行しているところが多い。こうした公立と私立の学校による激しいICT格差も問題だ。
■第2波で再び休校となり「どうやって勉強すればいいんだ状態」になる
別の問題もある。それは、通信環境の問題である。今回、外出自粛となったことで、テレワークによる通信の使用、オンラインや動画、スマートフォンの使用による通信への過重な負担により、Wi-Fiがつながりにくいという状況も起こった。4G回線を使用するとなると、相当なギガを使用するため、通信ネットワークの負荷が大きくなる問題も至急解決する必要があるだろう。
さらに、コロナ禍においてOECDの緊急調査から分かったのが、「日本の教育におけるICT機器の普及率」が調査対象77カ国中66位、「教員のICT教授スキル」は77カ国中最下位という情けない事実である。つまり、教員によるICT活用のための研修期間も必要なのだ。
以上のような課題により、日本の教育はICT導入に向けたプロセスを歩んでいるものの、その準備がきちんと整うまでに最低1年は要するということがわかる。
ということは、秋に新型コロナ第2波が起こった場合、今年の4月と5月と同様に、生徒・児童は「どうやって勉強すればいいんだ状態」になる可能性が非常に高くなり、家庭に多くの学習を委ねるという形とならざるを得ない。形式的にはカリキュラムを完了したことにすることはできるだろうが、それは本来の「教育」とはとても言えないだろう。
■「9月入学見送り」で被害を被るのは、子供とその親である
他国では機能している「オンライン教育」もわが国ではまだ使い物にならない。となれば、ますます問題が大きくなるのは確実だ。第2波来襲はあくまでも仮定の話だが、その可能性がゼロではない以上、現時点から早急にガイドラインを策定する必要がある、と筆者は考える。
![授業でタブレットを使用する日本の子供たち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/f/670/img_af62227eb483dae59ea601939824574b430678.jpg)
つまり現時点で、「現行の4月入学制度」に加え、「現行制度の変形版(4月末まで延長など)」「9月入学制度」と、複数の設定を同時に考えておく必要があるのではないか。まだ第2波が来ていないこの状況下において、計画・準備を重ねいつでもスイッチングできる体制を作っておくべきなのだ。
しかし、政府の「9月入学見送り」はすでに既定路線となってしまった。
「現行の4月入学制度しかありえない」という硬直した思考で、その他のオプションについて考慮しない、もしくは、考慮しても実現しないことを前提に取り組むとしたら、秋以降、大きな混乱を被るのは、生徒・児童とその親、そして現場の教員たちであることを文科省は忘れてはならない。
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教育評論家 都留文科大学特任教授
1968年横浜生まれ。20歳で起業し、学習塾を創業。3500人以上の生徒に直接指導。講演会やセミナーを含め、5万人以上を指導。「心の状態を高め」「生活習慣を整え」「考えさせる」の3つを柱に、学力上昇のみならず、社会に出ても活用できるスキルとマインドを習得させてきた。現在は特に、「日本から 勉強が嫌いな子を1人残らずなくしたい」と、Mama Cafe、執筆、講演を精力的に行う。国際経営学修士(MBA)、教育学修士(東京大学)。著書に『はじめての子ども手帳』『子どもを叱り続ける人が知らない「5つの原則」』『子どもの自己肯定感が高まる魔法のことば』ほか多数。講演、執筆相談はこちらから。公式サイト/公式ブログ/Facebook
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(教育評論家 都留文科大学特任教授 石田 勝紀)
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