全米抗議デモで「極左勢力」の関与を疑う産経社説の"らしさ"
プレジデントオンライン / 2020年6月4日 18時15分
■「軍を派遣する」と煽るトランプ氏の大言壮語
アメリカの中部ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドさん(46)が白人警察官に首を押さえ付けられ死亡する事件が起きた。黒人に対する弾圧である。この事件をきっかけに全米で抗議デモが相次ぎ、一部で暴動や略奪、放火が起きている。
大半の抗議デモは平和的なもので、少なくとも140都市にまで広がった。しかし、過激化しているものもあり、4400人以上が逮捕され、首都ワシントン、ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴなど40都市以上で夜間外出禁止令が出された。現時点で収束は見通せていない。
トランプ氏はツイッターなどで「国内でのテロだ」と批判し、「必要があれば軍を派遣する」と軍事力での制圧を示唆した。ワシントン・ポストなど米有力紙は、連邦軍の憲兵隊や工兵部隊が治安維持に備えてすでにワシントン近郊に待機していると報じている。
トランプ氏の言動は混乱を沈静化させるどころか、反発を煽るものだ。あきれた言動である。これでは今年5月の全人代で国家安全法を成立させ、香港の民主化運動を弾圧しようとする中国の習近平(シー・チンピン)政権と同じだ。トランプ氏はアメリカという国の根本にある民主主義をどこまで理解しているのだろうか。
■「選挙での投票行動に変えよう」と訴えるアメリカらしさ
フロイドさんの事件は痛ましいが、抗議デモには「さすがアメリカだ」と感心させられる場面もあった。
6月1日、フロイドさんの弟がミネアポリスの事件現場を訪れ、拡声器を使って「みんな何をやっているんだ。そんなことで兄は戻ってこない」と厳しく批判し、「暴動や略奪は兄を思った行動ではない。別の方法で実行しよう。だれに投票するのか。それが大事だ」と選挙での投票や平和的なデモを呼びかけた。
黒人初の大統領だったバラク・オバマ氏もインスタグラムに「暴力行為ではなく選挙を通じて制度改革を実現すべきだ」との一文を投稿し、こう訴えた。
「抗議デモは数10年間にわたって改革に失敗してきた、警察の慣習とアメリカの刑事司法制度へのいらだちを表したものだ」
「しかし暴力行為を許したり、正当化したり、ましてや参加するべきではない。高い倫理意識に基づいて刑事司法制度や社会を動かしていくには、私たち自身がその倫理規範を形づくらなければなない。改革のために動いてくれる候補者に投票しよう」
「デモは正当な怒りだ。平和的かつ持続的、効果的運動につなげられれば、アメリカが高い理想に見合うよう歩んできた長い道のりの、真の転換期になるはず」
「改革を目指す候補者に投票しよう」。これは11月の大統領選挙を見据えた言葉だろう。フロイドさんの弟の言葉と同じく、選挙での投票行動に変えようと訴えているところは、アメリカの民主主義の本質が表れていると思う。
■黒人に対する白人警察官の暴行事件が後を絶たない
アメリカでは、黒人に対する白人警察官の暴行事件が後を絶たない。そして、そうした事件が起きる度に抗議デモが繰り返されている。
たとえば、1991年、カリフォルニア州のロサンゼルスで白人警察官4人が黒人を暴行する様子がテレビで放映されて大きな問題となったにもかかわらず、翌年、警察官らは無罪となった。これに黒人たちが反発して「ロサンゼルス暴動」と呼ばれる大規模な抗議デモが起きた。
2012年には、フロリダ州で黒人の高校生が自警団の男に銃で撃たれて死亡する事件があった。警察は「正当防衛だ」とみなしてこの男を逮捕しなかった。これに「人種差別だ」との抗議の声が上がり、結局、男は40日後に逮捕された。
その後も同種の事件は後を絶たたない。もともとアメリカには暗黒大陸と呼ばれたアフリカから黒人を奴隷として無理やり連れてきた歴史がある。かつては日本でも「ルーツ(ROOTS)」(1977年制作)というアメリカのテレビドラマが大ヒットした。黒人奴隷制度をテーマにしたアレックス・ヘイリーの小説が原作で、黒人差別の負の歴史を如実に物語るドラマだった。
■11月の大統領選でアメリカ国民が鉄槌をくだすしかない
6月3日付の毎日新聞の社説は「米の黒人死亡抗議デモ 大統領が分断あおる異常」という見出しを立ててトランプ氏をこう批判する。
「一刻も早く鎮静すべきだ。にもかかわらず、トランプ米大統領からは耳を疑うことばが相次ぐ」
「デモ参加者を『悪党』と呼び、過激化した抗議デモを『テロ』と挑発する。『略奪が始まれば銃撃も始まる』と脅し、『軍を出動する用意がある』と威圧する。
「非暴力を訴えるべき大統領が武力を振りかざせば、暴徒化に拍車がかかってもおかしくない」
「挑発」に「威圧」と、習近平政権も驚くに違いない。繰り返すが一党独裁の中国に劣らず、負けずのトランプ政権である。もはやトランプ氏には大統領の資格はない。11月の大統領選でアメリカ国民がトランプに鉄槌をくだすべきである。
■黒人を嫌う白人労働者の支持を得たいという狙い
毎日社説は続ける。
「米軍が動員されれば騒乱を極めた約30年前のロサンゼルス暴動以来となる。いまは平和的なデモがほとんどで軍が出る理由はない」
「『私は法と秩序の大統領であり、平和的な抗議者の盟友だ』とトランプ氏は言う。であれば、ことばだけでなく実行すべきだ」
確かにどの外電も「デモの多くは平和的だ」と伝えている。それにもかかわらず、トランプ氏は激しい言動を取る。なぜなのか。その裏には、黒人を嫌う白人労働者の支持を大きく得て、大統領選の勝利に結び付けたいとの意図があるからだろう。
毎日社説は指摘する。
「新型コロナウイルス危機の影響もある。失業者が増加し、黒人などの貧困層は生活苦に陥る。医療が行き届かない人も大勢いる」
「根深い人種対立と広がる社会的な分断を深刻化させず、どう解消していくか。それに取り組むのが大統領の責任だ」
トランプ大統領は新型コロナウイルス感染症が流行する中で、まともな医療を受けられずに苦しむ黒人の気持ちを慮るべきだ。それがアメリカを代表する者の責任であり、義務である。
■トランプ氏を説得できるのは安倍首相ぐらいだが…
続けて毎日社説は「しかし、トランプ氏は分断をあおっている。社会の病巣に目を向けず、一部の暴動に責任があると言って問題をすり替えている」と指摘し、最後にこう主張する。
「このままでは米国の分断は、取り返しがつかない状態になる。独善がまかり通り、民主主義は弱まる。そうなれば『法と秩序』も崩壊するだろう」
アメリカから民主主義が消え去ると、日本に与える被害も甚大だ。そうなる前に、トランプ氏を説得しなければいけない。それができる立場にあるのは、世界の首脳でトランプ氏と最も仲がいいといわれる安倍晋三首相だろう。だが、安倍首相に本当にそれだけの能力があるだろうか。不安になる。
■「日本第一主義」の産経社説も、トランプ氏の姿勢を酷評
次に6月3日付の産経新聞の社説(主張)を読んでみよう。見出しは「米黒人暴行死 融和に徹し暴力を許すな」である。
産経社説は「ミネソタ州をはじめ十数州が州兵を動員し、首都ワシントンなど多くの都市が夜間外出禁止令を出す事態となった。異常と言うよりほかない。これだけの州兵動員は第二次世界大戦以来だ。抗議デモは英国など欧州にも広がった」と一部で暴徒化している抗議デモを指摘した後にこう主張する。
「トランプ大統領の発言も火に油を注いだ。5月29日にツイッターで、『略奪が始まれば銃撃も始まる』と投稿し、武力による制圧を支持すると受け止められた」
「トランプ氏は、人種間の融和に向けたメッセージを発信し、州政府や地方都市と連携して混乱を速やかに収拾すべきだ」
トランプ氏のアメリカ第一主義をまねて「日本第一主義」を主張してきた産経社説も、トランプ氏の姿勢を酷評する。しかも辛口の主張が得意の産経社説にしては珍しく「融和」を求めているから驚きである。
■融和を求めながらも極左に対する警戒は怠らない産経社説
産経社説はこうも指摘する。
「だからといって、抗議活動に名を借りた略奪や放火などの暴力的な違法行為が許されるものではない。抗議はあくまで非暴力で行われるべきだ。黒人初の大統領となったオバマ前大統領が、『暴力を正当化してはいけない』と呼びかけたのは当然である」
「非暴力による抗議」が重要であることは産経社説の指摘の通りだ。産経社説らしくて興味深いのが最後のくだりである。
「トランプ氏は1日、デモが極左勢力に乗っ取られたと主張し、バー司法長官も『国内テロにはしかるべく対処する』と語った。背後関係の解明も欠かせない」
保守でも最右翼の新聞の社説だけはある。融和を求めて暴力を否定しながらも、最後には極左に対する警戒を怠らない。ここが産経社説の神髄かもしれない。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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