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なぜ福島駅の発車メロディーが「甲子園の歌」になっているのか

プレジデントオンライン / 2020年6月11日 9時15分

NHKホームページより

■朝ドラ主人公・古関裕而とはどんな人物なのか

「コロナ禍」で中止が決まった夏の全国高校野球大会、大会歌の「栄冠は君に輝く」は、NHK朝の連続テレビ小説「エール」主人公のモデルである昭和の大作曲家、古関裕而(1909-89)の作品だとはあまり知られてこなかった。

故郷・福島のJR福島駅の新幹線ホームの発車メロディーにも使われているこの曲には「甲子園の歌がなぜ福島で?」という問い合わせも多かった。

そんな知名度の低さを挽回させる「エール」は視聴率が連日20%越えと勢いに乗っており、関連の書籍や音源が相次いで発売され、売り上げが急上昇している。

ドラマは古関の長男、正裕さん(73)が書いた両親の書簡集『君はるか』がベースの一つになっている。正裕さんは、窪田正孝と二階堂ふみが演じる両親について「母はほぼ同じ明るいイメージ。父はちょっとひ弱すぎるかな」と苦笑いする。

■音は「母のイメージ通りの明るい人」

「エール」初回の放送では窪田正孝が演じる古山裕一(古関裕而)は、1964年の東京五輪の開会式直前、自分が作曲した「オリンピック・マーチ」の出来に自信がなく、緊張してトイレに籠ってしまい、二階堂ふみ演じる妻の音(金子・1912-80)に励まされ出ていく様子が冒頭で紹介された。

「実際はあんなことはなかった」と正裕さん。「人前に出ることを厭わない、プレッシャーに強い人でした。窪田さんが演じているように吃音こそあったけれど」。生涯に5000曲を作ったという裕而の作品中、正裕さんが最も好きなのもこの曲で、家ではめったに仕事の話をしなかった父が、依頼されたことをうれしそうに話していた姿を覚えている。

いっぽう音は、金子のイメージに近いという。ドラマで描かれたように、夫の契約条件の交渉でレコード会社に乗り込んでいく行動派で、家では歌を歌っている「太陽のように明るい人でした」。金子は乳がんで早くに亡くなるが「母に先立たれた後の父は落ち込んでしまい、寂しそうでした」。

『君はるか』では、結婚前の金子が愛知県豊橋市から、裕而が福島市から送りあっていた手紙を小説仕立てで紹介した。「僕が勝手に紹介しちゃったから、二人はいま恥ずかしがっているかもしれない。でも現代の人々の心にもつながる純愛で、どうしても紹介したかった。ドラマ化はきっと喜んでいるはずです」と偲ぶ。

脇役では、裕而の親友だった歌手、伊藤久男がモデルの、山崎育三郎が演じる佐藤久志のプリンスぶりが際立つ。音の通う帝国音楽学校に在籍し、女子学生を悩殺するモテぶりだ。

「伊藤さんには晩年にお会いしたのを覚えています。すでにお年を召されて枯れたイメージで(笑)。お若い頃の写真はかなりイケメンですが、実際の帝国はそう女子学生は多くなかったはず。あんなことが本当にあったのかな」

■「オールスター家族対抗歌合戦」に出ていたおじいさん

「エール」のブレークは、誰もが知る楽曲を作っていた、知られざる大作曲家の愛情物語に共感が得られたこと、山田耕筰がモデルとなる作曲家を、新型コロナウイルスに罹患(りかん)して急逝した志村けんが演じていることもきっかけとなった。

古関裕而さんの長男・正裕さん、写真撮影=筆者
古関裕而さんの長男・正裕さん(本人提供)

さらに古賀政男がモデルの木枯正人を、人気ロックバンドRADWIMPSの野田洋次郎、古関と親しかった歌手の伊藤久男がモデルの佐藤久志を、山崎育三郎がおのおの演じるなど、往年の実在の人物を人気・実力を兼ね備えた若手アーチストが演じることで、幅広い世代に浸透していることなどがある。

古関裕而の名前は知らなくとも、中高年世代には昭和の人気テレビ番組「オールスター家族対抗歌合戦」(フジテレビ系)で、司会の萩本欽一とともに登場していた審査委員長のおじいさん、といえばその笑顔を思い出す人もいるだろう。応援歌から流行歌、映画やドラマの主題歌、社歌や校歌までジャンルは多岐にわたる。

年間100曲、生涯で5000曲もの多作は、依頼をほとんど断らなかったことと、作曲は楽器を使わず頭の中だけで行ったという天才肌の実力からだ。

とある過疎地の校歌の依頼では、謝礼の代わりに小豆粒を持ってきたことがあった。「お金は企業や出版社など他からいただけばいいからと、ありがたく受け取ったそうです」と正裕さん。「エール」で改めてその作品と生涯に注目が集まっている。

■朝ドラ効果で再注目される古関楽曲

古関が在籍していた日本コロムビアが4月末に発売した『あなたが選んだ古関メロディーベスト30』は、福島の地元紙、福島民報社が昨年から今年にかけて実施した読者の人気投票で選ばれた30曲を集めたCD2枚組のアルバムで、発売2日で初回生産分の3000セットが売り切れ、発売1カ月足らずで約2万セット近くを売り上げた。

代表的な139曲を収め、生誕100周年の2009年に出た『国民的作曲家 古関裕而全集』はCD6枚と本人出演のDVDのセットでこの10年あまりで3000セットを売り上げたが、引き合いが多く、新たに5000セットを増産した。

福島民報社の人気投票は、1位が「高原列車は行く」で、実はかつて福島県内を走っていた貨物列車がモチーフだ。2位が「栄冠は君に輝く」、3位は戦争や原爆で亡くなった人を悼む「長崎の鐘」、4位が「オリンピック・マーチ」、そして早稲田大学の応援歌「紺碧の空」、阪神タイガースの「六甲おろし」、ザ・ピーナッツが歌った映画の主題歌「モスラの歌」、戦後の大ヒットドラマの主題歌「君の名は」などが収録されている。

ドラマで古関の人となりを知り、夏の甲子園が中止になったこともあって「聞き覚えのあるパートだけでなく、楽曲を通して聞いてみたいという人が増えたのではないか」と大手レコード会社の音楽ディレクターは推察する。

■40年ぶりの自伝は復刻、半年で4万5000部のベストセラーに

「栄冠は~」は戦後の1948年、新制高等学校による高校野球選手権大会が始まったことで古関が大会歌の依頼を受けたもの。古関は戦時中に予科練生を鼓舞する「若鷲の歌」など多くの戦時歌謡を作曲し、結果として多くの若者を戦地へ送ってしまったことを悔いていたという。

「栄冠は~」は戦後復興もままならない大阪に行き、実際に甲子園球場のマウンドに立ち「脳裏にメロディーがわき自然に形づけられた」と生前、唯一書き遺した自伝『鐘よ鳴り響け』に書いている。戦死した若者を悼むと同時に高校球児を応援したいとの思いがこめられていたのだろう。

JR福島駅前のモニュメント
筆者撮影
JR福島駅前のモニュメント - 筆者撮影

母校の福島商業は甲子園出場の常連校。正裕さんは「本人は全くスポーツをしない運動音痴でしたが、母校が出場するとテレビで試合を見ていました」と懐かしむ。

書籍も相次いで出版されている。自伝『鐘よ鳴り響け』が集英社文庫から昨年12月に復刻され、アマゾンでベストセラー1位を独走。1万5000部を増刷する5刷目の準備に入っており、4万5000部に迫る勢いだ。「ゴールデンウイーク後に書店が営業を再開したことで、注文が増えている」(文庫編集部)という。

マガジンハウスから4月に発行されたムック本『愛の手紙 作曲家・古関裕而と妻・金子の物語』もアマゾンのベストセラーを走っている。その原典となる正裕さんの『君はるか』は、2月に集英社インターナショナルから出版された。

また「エール」の風俗考証を行った刑部芳則・日大准教授の『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(中公新書)は、日本近代史を専門とする筆者による決定版ともいえる評伝で、昨年11月の発行以来、3刷1万9000部を発行している。「ドラマの人気とともに売り上げが伸びている」と担当編集者は言う。

■「署名16万人分」朝ドラ誘致を目指した地元の熱気

ドラマ主題歌の「星影のエール」は、福島県郡山市で結成された音楽グループ「GReeeeN」のオリジナルで、5月25日付のビルボード・ジャパンのダウンロードチャートで初登場1位となった。GReeeeNは郡山市にある歯科大学で出会ったメンバーで構成され、福島へ貢献したいとの思いが強い。

古関のドラマに関われることが「光栄」で、「戦後、多くの方が古関さんの音楽に支えられたように、主題歌も日々起こる人生の大事な場所で支えられたらうれしい」とコメントを出している、

こうした古関のブームの背景には、彼の故郷・福島の人々による長年の支援があった。正裕さんの『君はるか』は、実は10年前には書き上げていた作品だが、なかなか出版社が決まらなかった。そのゲラを福島の人たちが読み「古関夫妻の物語を何とか朝ドラに」との運動のきっかけになった。

古関裕而記念館に展示される古関愛用のハモンドオルガン
筆者撮影
古関裕而記念館に展示される古関愛用のハモンドオルガン - 筆者撮影

福島市は、地元の商工会議所などと「古関裕而・金子夫妻NHK朝の連続テレビ小説実現協議会」を2016年に立ち上げ、金子の故郷である愛知県豊橋市と連携。東京オリンピック・パラリンピックが予定されていた2020年前期の放送実現を目指し、約16万人分の署名を集めNHKに要望書を提出した。東日本大震災からの復興の願いもあり、誘致活動がドラマ化に結び付いた初めての例とされる。

いっぽうJR福島駅の発車メロディーは、福島青年会議所(JC)が古関の生誕100周年となる2009年をめどに企画したものだった。「歌は親しまれていても作った人は知られていない」と、2007年の福島市政100周年の際に福島JCで古関メロディーのCDを制作。収録曲を決めるために行った福島市民のアンケートの1位は「栄冠は君に輝く」で、駅メロ化をJR福島駅に働きかけ2011年に実現する。

駅前のロータリーには古関の記念碑があり、代表曲が1時間ごとに流れる仕組みになっている。市内には古関裕而記念館があり、使用したオルガンや8ミリ撮影機、直筆の楽譜が遺されている。

■五輪延期で肩透かし……それでも負けない福島の執念

東京五輪では、福島で野球とソフトボールの試合が開かれる予定があり、古関の「オリンピック・マーチ」を再び使ってもらおうとの運動も始まっていた。だがコロナ禍の影響で開催が1年延期となり、期待した観光客もいまはなく、関連イベントもほとんどが中止となった。

せっかくの期待が肩透かしになったが、それでも福島では、「エール」を盛り上げようとの企画が進んでいる。福島商工会議所では、地元のすし組合加盟店で、生前の古関の好物だったという「いなり寿司」のほか郷土料理を特典として付けるサービスを始めた。

「来年の福島の東京五輪会場で『オリンピック・マーチ』を流してもらえればうれしい。『エール』はこれから父の作品がどんどん出てくるはずなので、皆さんに楽しんでもらいたい」と正裕さん。

「栄冠は君に輝く」も福島会場で流れれば、古関も喜ぶだろう。

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藤澤 志穂子(ふじさわ・しほこ)
ジャーナリスト
元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)

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(ジャーナリスト 藤澤 志穂子)

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