香港「国家安全法」の米中対決、なぜ中国に勝ち目がないのか
プレジデントオンライン / 2020年6月10日 11時15分
■国家安全法制定からわかる中国の危機
5月28日、中国の全国人民代表大会で香港国家安全法が決定しました。これにより、2つのことが明らかとなったといえるでしょう。1つ目は1997年に英国から返還された香港に「それまでの制度を50年間維持する」という一国二制度の約束を破ったこと。そしてもう1つは、そのことで中国共産党による一党独裁支配の崩壊の足音が聞こえてきたことです。
この安全法の意図するところは、端的に言えば自由を謳歌していた香港から、言論を含めたあらゆる自由を奪い取ることです。米・ポンペイオ国務長官はこの安全法を「香港を破壊する法案」とTwitterで指摘しています。
ポンペイオ国務長官のTwitter
そして、香港における安全法の制定は、未来の台湾独立を阻止するための橋頭堡としたい中国共産党の意図が見えてきます。
■中国国民は政府のウソを見抜いている
中国は焦っています。新型コロナの対応で感染地域を武漢だけに封殺することに成功したものの、財新中国製造業PMIのインジケーターは現実として新型コロナが中国製造業に大打撃を与えたことを示しているのです。
すでに中国国内に5000万人もの失業者が街に溢れ、中国政府への不信感や対応に強い不満を持っています。最終的に共産党が倒されるかもしれないXデーを恐れているのです。中国の歴史は内乱の歴史。約2000万人が亡くなり、人類史上最大の内乱と言われる「太平天国の乱」が1851年、清朝の中国で起こっていることもあり、共産党が最も恐れているのは内乱なのです。
情報統制が行われている中国国内では、国民の言論は奪われているように思われていますが、その実、一部の賢い中国の若者は政府がウソを言っていることを知っています。海外の回線を使い、新型コロナは中国に問題があるとWeb動画で主張する中国の若者が散見され、その後、行方不明になっていたことも記憶に新しいのではないでしょうか。真偽の程はわかりませんが、当局が絡んでいる可能性は否定できません。
■中国が最も恐れるのは内乱
全人代前には中国当局への言論者の拘束も相次ぎました。国内では経済発展に取り残された民衆によって年間、20~30万件の暴動が起こされています。格差に絶望した中国人はキリスト教へ入信を続けており、1億人を突破しています。上述した太平天国の乱についても、中国のキリスト教信者によって起きたとされています。現在当局がキリスト教を弾圧する動きを見せていることからも、かつてない内乱を中国は恐れていることがわかります。
これまで世界と中国市民は、中国の成長に寛容的でした。諸外国は中国が経済発展とともに、「民主化への理解を得るだろう」との期待をしていたのでしょう。また、中国人も「経済発展で自分たちの生活が豊かになるなら」と、一党独裁体制を許容してきました。実際、中国は強靭な経済発展を続けてきました。1990年の中国のGDPは、日本のGDPの7分の1程度の小国に過ぎませんでした。しかし、今は日本のGDPを2.5倍以上となっており、年々米国との差を縮めています。
![名目GDP(百万US$)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/1/550/img_41d02b7b3e9b5c7ad7dab1a2f8711145156875.jpg)
この新型コロナとそれに端を発する経済危機により、中国は窮地に追いやられています。
■中国とは対極にコロナを制した台湾
台湾は新型コロナで「世界で1番成功した」といって差し支えない成功を収めています。欧米から「日本は先進国の中で感染拡大防止に成功した」と言われていますが、100万人あたりにおける死者数は7人であるのに対して、台湾はわずか0.3人で戦果は他国を圧倒しています(2020年6月4日7:00時点のデータ)。新型コロナへの成功において、同国蔡英文政権は国内外から絶大な支持を得ることにより台湾の独立志向を高めています。同時に、台湾が世界でいち早くWHOに新型コロナの異常事態を報告したもののもみ消されたことや、WHOが中国によって牛耳られていることも、中国へ注がれる視線を冷たいものにしているのです。
■瀕死のトランプ、漁夫の利をねらう
この中国に付け入ろうと立ち上がったのは大統領選を控えるトランプ大統領です。米国における新型コロナの被害は世界でも最悪なレベルになっています。それは感染者数、死者数だけではなく、経済的ダメージも甚大なものです。アメリカにおける失業保険の申請者数は4000万件を超えており、まさに世界大恐慌規模の経済的ダメージを負っています。さらに悪いことにソーシャルディスタンスや外出自粛が必要な状況が、2022年まで続くことが想定されると米・ハーバード大学が発表しています。
大統領再選を狙うトランプは、同国における新型コロナの感染拡大防止に失敗し、自国で甚大な被害を抑えられなかったことによる責任を中国にすべて押し付け、この香港の人権問題に突然飛びつきました。
■香港への措置は中国にも打撃を与える
トランプ大統領は5月29日、中国と香港に対する米国の措置を発表しました。米国が香港に認めてきた優遇措置を撤廃するもので、具体的には犯罪者の引き渡し条約、軍事・民生ともに利用できる品目の輸出管理に関する例外措置の取り消しなど複数に及びます。今後、この優遇措置撤廃に伴って、香港ドルと米ドルのドルペッグが解消されてしまうと、香港は文字どおり「終わる」ことになりかねません。その影響度は香港に留まらず、中国本土にも大打撃になるのは確実視されています。香港はもとより、中国の金融の生殺与奪は、ドルペッグ制度によって米国が握っているのです。
現在、香港ドルはドルペッグされ、為替は米ドルに連動する形をとっています。基軸通貨である米ドルとのドルペッグがあることにより、不安定に陥りやすい通貨を安定化させる効力があります。香港ドルは米ドルと似たような値動きとなり、米国の経済情勢の影響を受けることが多かったのです。このドルペッグが廃止されてしまうと、香港ドルの信用が失われてしまい、香港ドルの暴落は免れません。また、それによって中国人民元も価値が損なわれる可能性を否定できないのです。
■新型コロナが中国一党独裁を終わらせる
この香港ドルペッグの廃止による経済的損失は、マネー価値の毀損にとどまりません。香港内でも外貨を稼げる一部の金融マンは大きな影響を受けないかもしれませんが、そうでない大多数の香港人との間に格差が拡大することが考えられます。
香港はアジアの金融センターであり、中国本土にとっての重要なコアです。中国は香港を経由した輸出を行っています。ドルペッグが廃止されることで香港の輸出ハブとしての魅力がなくなってしまい、中国本土の国力衰退にもつながるでしょう。今後、香港の命運がどうなるかは、米国が握っているのです。
中国は新型コロナで曲がり角にいます。ここまで一党独裁で進んできた同国の心臓は、米国に掴まれました。国力衰退から国内人民からの求心力を失うことで、その先にあるのはもっとも恐れている内乱の足音です。新型コロナは世界の誰もできなかった中国共産党の支配の手を、止めようとしているのかもしれません。
(ビジネスジャーナリスト 黒坂 岳央)
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