国際社会から見捨てられつつある「香港の民主化デモ」の行く末
プレジデントオンライン / 2020年6月9日 9時15分
■香港政府が初めて認めなかった「天安門事件」の追悼集会
6月4日、香港のビクトリア公園には1万人以上の市民が次々とかけつけ、会場はロウソクの光で埋め尽くされた。この日は毎年、1989年の天安門事件で殺害された若者たちをしのぶ追悼集会が行われている。
今年は新型コロナウイルス対策を理由に、香港政府は追悼集会を認めなかった。天安門事件の追悼集会は毎年恒例の行事であり、許可が下りなかったのは今回が初めてだ。それでもビクトリア公園には大勢の香港市民が集まった。
香港では昨年3月から民主化デモが繰り返されており、民主派の市民や学生が催涙ガスや放水車を使う香港警察と激しく衝突してきた。デモの結果、昨年10月には香港政府の逃亡犯条例は廃案となった。見事な民主化運動だったと思う。
しかし、中国の習近平政権がこのまま黙認するはずはない。最悪の事態は天安門事件の再来である。それを食い止めるためにも、国際社会が一致団結して香港の民主化運動をしっかりと支えるべきである。
■香港から「自由と自治」を奪うための習近平政権の二の矢
一方、6月4日の中国本土の様子はどうだったのか。報道によると、中国政府は天安門広場のある北京市中心部に多くの警察官を配置し、行き交う人々の市民の身分証をチェックするなど厳戒態勢を敷いた。
5月の全人代(中国の国会)で可決された「国家安全法制」に反対する動きが、香港から中国本土に波及することに中国はかなり神経をとがらせているのだ。まさに同法制こそが、民主派が台頭しつつある香港から自由と自治を奪うための習近平政権の二の矢なのである。
同法制は今後、反体制運動を強制的に取り締まるために香港に導入される。国際社会はもはや、見て見ぬふりは許させない。反対の声を大きく上げるときである。
■旧宗主国のイギリスは「香港市民を受け入れる」というが…
まずは香港の旧宗主国のイギリスが立ち上がり、国際世論をリードすべきだ。だが、イギリスは二の足を踏んでいる。香港への国家安全法制度導入について中国を牽制しているが、アメリカのドナルド・トランプ政権のように正面からの対決は避けている。
たとえばイギリスのボリス・ジョンソン首相は6月3日、英タイムズ紙に「中国が国家安全法制度を導入するというなら、申請資格を持つ香港市民にイギリスの海外市民旅券を発行する支援を行う」と寄稿している。「海外市民旅券」を持つ香港市民に対し、イギリスに長期滞在して働くことを認め、将来的にイギリスの市民権を取得させようというものだ。730万人の香港市民のうち40%に当たる290万人がこの恩恵を受けられるという。
その一方で、ジョンソン氏は中国の国際社会での地位を認め、「イギリスは成熟した友好関係を望んでいる」と語っている。どうしてストレートに中国を戒めないのか。
1989年の天安門事件では、6月3日の夜から4日朝にかけ、中国政府が北京の天安門広場に集まる学生たちを武力で排除した。実弾も発砲された。しかし、中国政府は実弾の発砲を否定し、「死者数は319人」と発表した。これに対し、イギリス外務省の公文書は1000人から3000人が殺害されたと推計している。
■真の民主化を目指さない限り、中国の未来はない
中国は国際社会からの批判が、再び高まることを恐れている。それゆえ、香港の民主化運動を合法的に抑え込もうとしている。合法的であれば、中国は国際社会の批判を回避できる。法律に基づく取り締まりに対し、国際社会は批判しづらいからだ。
最悪の場合、民主化運動で集まったデモの市民と香港警察との衝突がエスカレートし、中国が軍隊を出動させるような事態にもなりかねない。だが、天安門事件の悲劇を繰り返してはならない。
沙鴎一歩は真の民主化を目指さない限り、中国の未来はないと考えている。いま香港で民主化を求める若者たちのエネルギーを抑え込めば、火山からマグマが噴火するように爆発し、やがては中国本土自体が木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。
中国政府は、世界第2位の経済発展を成し遂げたと世界に自慢する。しかし、虚栄にすぎない。31年前に天安門広場に集まった学生たちの存在を否定することで民主化への機運を抑圧し、その後も国民の人権を無視し、隠蔽を続けながら共産党の一党支配を続けてきた。そうして得られた中国の経済成長はニセモノだ。中国社会の豊かさは決して本物ではない。
■かつての日本にあった「治安維持法」と同じだ
ソ連や東ドイツ、ポーランドなどかつての社会主義国家はいずれも崩壊して民主化の道を選択した。しかしながら中国は民主化の道を歩むどころか、一党独裁体制をさらに強化している。特に「一帯一路」の戦略で世界制覇をもくろむ習近平政権の言動は目に余るものがある。
繰り返すが、民主化を実現しない限り、これからの中国には未来はない。
5月29日付の産経新聞の1本社説(主張)は、全人代で可決された問題の国家安全法制を見出しで「香港抑圧法」と酷評し、冒頭部分でまずこう指摘する。
「政権転覆などを禁じた国家安全法を制定するためで、全人代常務委員会が法を制定し、8月にも香港で施行される」
「決定事項には、国家分裂や政権転覆とみなされる行為を主に処罰する規定が明記された。施行後は香港の平和的なデモ活動や反政府集会、共産党批判の報道や出版なども摘発される」
産経社説が指摘するように「政権転覆」の動きを封じ込める法制であることは間違いない。かつての日本にあった「治安維持法」と同じだ。
■中国政府のやり方は「許しがたい暴挙」そのものだ
産経社説は訴える。
「香港に高度な自治を保障する一国二制度を踏みにじるものだ。『香港抑圧法』であり、断じて容認できない」
その通りで、日本をはじめとする国際社会は決して認めてはならない。
産経社説は一国二制度について「中国の主権の下に本土側で社会主義を、香港側で民主主義や資本主義を残す世界でもまれな政治制度だ」とし、「中英両国が1984年に調印した香港返還のための『中英共同声明』は国連事務局に登録され、その後発効した。声明の柱である一国二制度の保障は、国際条約にも準じる国際公約である。英国から中国に返還された97年から50年間にわたり約束されており、一方的な反故は許されない」と説明したうえでこう訴える。
「返還時に制定された香港の基本法(憲法に相当)の規定で、中国の法制を香港に適用するには香港議会での議決が必要である」
「だが、国家安全法は北京の決定が先行し、頭越しに香港に適用する初のケースとなる。民主主義に基づく香港の法治を根底から覆す手法で、許しがたい暴挙だ」
中国は香港議会の承認を数の力で押し切るつもりなのだろう。しかし議会の構成は中国の傀儡(かいらい)となっている香港政府に有利な構造となっている。そこが問題なのである。そして中国政府のやり方は産経社説が批判するように「許しがたい暴挙」である。
■中国を戒め、国際社会に日本の存在感を示す必要がある
産経社説は「ポンペオ米国務長官は国家安全法について声明を出し、『香港の自治と自由を根本的に損なう。自治を否定する中国共産党体制と戦う香港の人々を支持する』と述べた」とアメリカの明確な対応を評価した後、安倍政権に注文する。
「菅義偉官房長官は『国際社会や香港市民が強く懸念する中で採択されたことやそれに関連する香港情勢を深く憂慮する』と述べた。安倍晋三首相自身が明確に撤回を求める必要がある。首相は、来月米ワシントンで開かれる先進7カ国(G7)首脳会議で最優先課題として取り上げるべきだ(※)」
※編集部註:トランプ米大統領は5月30日、ワシントンで6月中の開催を目指していたG7サミットを9月以降に延期する意向を明らかにしている。
沙鴎一歩はこの産経社説の提案に賛成だ。ここで日本が主張しなければ、今後の国際社会での日本の活躍の場はなくなるだろう。
最後に産経社説はこう結ぶ。
「習近平指導部は台湾にも一国二制度による『中台国家統一』を訴えてきた。台湾にとって認められないばかりか、香港の現状が台湾の将来となりかねない。中国は香港への国際公約を完全履行し、態度で示さねばならない」
要は、香港の問題は国際社会と中国の戦いなのである。日本はG7などの場で中国を戒め、国際社会に日本の存在感を示す必要がある。
■香港の自治を奪う法制化への抗議のどこが問題なのか
読売新聞の社説(5月29日付)は半本と産経社説に比べて小さいが、「香港国家安全法 一国二制度を踏みにじるのか」との見出しを付け、やはり中国政府を批判する。
「香港の憲法にあたる基本法は、言論や集会、デモの自由を保障する。香港政府が国家安全法を制定するとも定めている。2003年に法制化を図った香港政府は、住民の強い反対で撤回した」
「中国が香港の頭越しに法制化を進めることは、『一国二制度』の否定につながろう」
香港は外交と防衛以外の高度な自治が認められている。中国が香港の旧宗主国イギリスと約束したからである。すなわち、国際社会が香港市民の自由を保障しているのだ。それを一方的かつ強硬に国家安全法の制定を進めるのはどう考えても理不尽である。中国はアメリカの批判や対応を「内政干渉だ」とクレームを付けるが、国際社会で認められた香港の自治を奪う法制化への抗議のどこが問題なのか。
読売社説は「香港では9月に議会選挙が行われる。中国が法整備を急ぐのは、中国に批判的な民主派の動きを封じ込める狙いだろう」と指摘したうえで、最後に主張する。
「習近平政権は、コロナによる経済の失速で、難しい舵取りを迫られている。香港への締め付けで求心力の回復を図るよりも、米国との衝突を回避し、中国経済の再生に専念することが必要だ」
習近平政権はその足元に火が付いているのは間違いない。読売社説が主張するように経済の再生に力を注ぐべきだ。「世界の工場」「世界第2位の経済大国」とまで言われる成長を遂げた中国経済が世界に与える影響力には、計り知れないものがある。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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