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米国のファーウェイ制裁に隠された「日本企業たたき」という狙い

プレジデントオンライン / 2020年6月10日 15時15分

2020年5月18日、中国南部広東省深圳市の華為本社で開催された「華為グローバルアナリストサミット2020」で講演する華為輪番会長の郭平氏。世界中からチップ供給を遮断しようとするトランプ政権の動きに、世界の産業に混乱をもたらす「悪質な」攻撃だと非難した。 - 写真=AFP/時事通信フォト

米国政府は中国の大手通信機器メーカー・ファーウェイにさらなる制裁措置を講じている。その理由は「米中対立の激化」と受け止められがちだが、5月15日の追加制裁の内容を精査すると、今回の制裁は最初から一石二鳥の効果を狙っていた。アジア連合大学院機構の魏向虹主任研究員は「米国政府はファーウェイを制裁すると同時に、日本の部品メーカと台湾の半導体ファウンドリ(TSMC)を制限することだ」という——。

米国商務省産業安全保障局(BIS)は5月15日、中国の通信機器大手華為技術(以下、ファーウェイ)と関連企業114社への輸出管理を強化すると発表した。2019年5月15日にファーウェイとその関連企業を同省産業安全保障局の「エンティティリスト〔輸出管理規則(EAR)の一部〕に加えてからちょうど1年だ。

■外国企業に輸出規制の網をかける

今回のファーウェイ制裁は米国商務省が輸出管理規則を変更した。その内容は「一般禁止事項3(外国で製造された直接製品規則)とエンティティリストの修正」と題した5月19日付の官報で公表した。規則の変更自体は5月15日から有効となる。「直接製品」とは、外国企業が国家安全保障上の理由で管理する米国の技術に基づく製品を生産する場合、その製品は米国の「直接製品」と見なされる。

今度のルール変更のポイントは、①外国企業を規制することが鮮明。②米国国家安全保障規制品目の拡大。③米国国家安全保障規制品目(技術・ソフトウエア)に基づく生産した製品をファーウェイに出荷できない。つまり、外国企業はアメリカの技術、ソフトウエアを使って作られたものを「外国製の直接製品(foreign-produced direct product)」と呼び、それをファーウェイに販売することには、米国商務省の許可が必要だ。

■昨年のファーウェイ制裁は失敗

去年のファーウェイ制裁は米国企業の製品・技術のファーウェイ向け販売を禁止する措置だった。この1年間、ファーウェイは制裁に対してスマホのコア技術を自社開発で米国製をリプレースし、サバイバルできた。まず自社設計のチップセット麒麟、5Gベースバンドチップ、画像処理、ICP解読チップ、NB-IoTチップ等、次から次へとリリースした。他の部品も米国製のものを中国、日本製のものに置き換えた。スマートフォンのOSについては自社開発の鴻蒙(Harmony OS)も発表し、Googleのアンドロイドをリプレースした上で、ヨーロッパの企業と組んで独自のエコシステムを作りはじめた。

2018年度、ファーウェイは米国から輸入した部品が110億ドル、世界でトップだった。しかし日本経済新聞中文版の記事(※1)によると、2019年12月時点で、5G対応のスマホ「Mate 30 Pro」を分解し、内部の部品構成を調べたところ、金額ベースで米国製部品は1.5%しか残っていなかった。その代わりに日本製部品は全体の40%に近く、4G対応のスマホより倍増した。

イタリアナポリに張り出された新商品P30とP30 Plusの巨大看板
写真=iStock.com/Marco_Bonfanti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marco_Bonfanti

トランプ政権は、去年の制裁がファーウェイを抑えきれなかったことに気付いた。そして米国企業を制限した結果、ファーウェイは日本、欧州等の企業とアライアンスを組んで、脱米国のサプライチェーンを構築した。従って今回は、米国商務省は輸出管理規則を変更し、外国企業をターゲットに制限する方向に転換した。

■「一石二鳥」の効果を狙った今回の制裁

ファーウェイのスマートフォンを分解して調査した結果で分かるように、日本製の部品を大量に使っている。実は、ファーウェイが2019年度、日本企業からの調達額が過去最高の1兆1000億円に上る見通しだと梁華会長は2019年11月21日に都内で日本メディアとの会見で明かした(※2)。今回のファーウェイへの追加制裁は、ファーウェイへの半導体供給を断ち切ると同時に、日本の半導体ベンダーを抑え、再び昔日の半導体産業を蘇(よみがえ)らせることのないよう、いわゆる「一石二鳥」、同時に二つの目的の達成に照準を合わせている。

もう一つの狙いはファーウェイのチップ開発を止めることだ。前述した何種類のチップはファーウェイの子会社、海思半導体技術(ハイシリコン)が設計したものだ。その設計能力はいまや世界一だ。すでにインテルやクアルコムなどの米国勢を凌駕していると日本の半導体業界の有識者が評価している(※3)

ただし、ハイシリコンが設計したチップを台湾の半導体製造メーカー「TSMC」(Taiwan Semiconductor Manufacturing Co)に委託している。米国は今回ピンポイントでTSMCにファーウェイへの出荷を制限した。ファーウェイからの受注ができなくなったTSMCに対して、トランプ政府はTSMCに米国に工場を造らせる一手を用意した。半導体工場を米国国内に置き、自国のファブレス(工場を持たない製造会社)半導体ベンダーに製造工程を確保する目的だ。工場を建設する初期投資には米国政府から補助金が出る。

5月15日のファーウェイへの制裁は、もっと奇妙なところがある。外国の企業はファーウェイへの製品供給を制限される一方、米国の半導体ベンダー、インテルやクアルコムはファーウェイへの出荷は許可されている。台湾のMediaTeK、韓国のサムスン電子によるファーウェイへの製品供給も、制限されていない。一応、輸出管理のルールが作られるものの、運用はトランプ政府の意向次第で、制限対象を自由に変えることができるのである。

これは1990年代に日本のスパコンの運命を思い出させる。日本のベンダーが1年間以上の時間と労力を費やしてやっと商談を取れそうなところまで持っていたが、ココム(Coordinating Committee for Multilateral Export Controls; COCOM)の規制によって、当時の通産省が中国への輸出に待ったをかけた。しかし、米国のスパコンメーカー、クレイ社(Cray Computer Corporation)のスパコンはすでに中国の商談相手のマシンルームに納入されていたのだ。今回は日本政府がスパコンの二の舞を踏まないように、うまく回避する方法を見つけられるだろうか。

(※1)https://cn.nikkei.com/china/ccompany/40567-2020-05-15-09-04-57.html
(※2)中国ファーウェイ、2019年の日本調達額が過去最高の1兆円超え。会長「日本企業に感謝」
(※3)ファーウェイ AIチップ「キリン」 米国と対峙可能な「東の横綱」=豊崎禎久

■スマホ事業に打撃だが、通信機器事業で生き残る

今回の制裁で打撃をうけたのは、ファーウェイのスマホビジネスだ。今年の新機種で5ナノメートルのチップを使用する計画だったが、現時点において全世界を見回しても、TSMCしか製造できない。筆者はトランプ政権は今度こそ、ファーウェイを屈服させるようとする、思い入れがあったのではないかと推測している。

ファーウェイのスマホビジネスがかなり低迷することは免れないと思う。しかし、ファーウェイのコアコンピテンシーは、5Gをはじめとする通信機器だ。通信機器に対しても、米国が手を緩めずに引き続き打撃を加えようとしているが、成功しないだろう。

過去20年間、通信業界での最大の話題はファーウェイの予期せぬ追い上げだった。ファーウェイは通信機器のコストパフォーマンスを画期的に向上させることによって、通信業界の伝統的なパターンを完全にくつがえした。

その中でSingleRAM(Single Radio Access Network)技術はアーキテクチャのイノベーションとして業界から認められている。日本ではあまり報道されていないが、SingleRAM技術が発明するまでに2G、3G、4G、それぞれの基地局を立てなければならなかった。初期投資はもちろん、後のメンテナンスも結構なお金がかかる。

SingleRAM技術を使うと、2G、3G、4G、5Gを1つのボックスに統合できる。そして従来の基地局より逆にサイズが小さくなり、電波の発射塔もいらなく、ビルの上、地下鉄の駅等に据え付けることができる。通信キャリアのコストを大幅にさげることができた。2018年にファーウェイはSingleRAM 5G基地局がリリースした。一つのネットワークには5Gおよび5G以下の世代の通信をサポートするだけではなく、人工知能を活用した動的最適化の機能も加えた。5Gについては、ファーウェイが世界をリードする技術力を持つことは、多く報道されており、そのこと自体が5Gについてのファーウエイの技術力の高さを証明している。

技術以外に、ファーウェイの強さは次の三つが挙げられる。①ファーウェイは社員持ち株制の会社であるため、従業員が受け身のサラリーマンではなく、皆が企業家のつもりで仕事に取組んでいる。②ファーウェイの創始者任正非氏の哲学は「極限生存」だ。つまり極限状況がいつかかならず来ることを前提にサバイバルできるように備えてきたこと。③ファーウェイの企業戦略は他の企業と共栄することだ。一国での市場シェアを他社の生存を脅かすほどに、絶対高く取らない。業界であまり敵を作らないことだ。以上の3点は定量化できるものではないが、計り知れないパワーになっている。

■トランプ政権の焦りが信用喪失を招く

米国の半導体製造は少しずつ陰りが見えてきた。長年にわたってチップセットの設計と製造の両方に君臨しているインテルは2019年、半導体製造(ファンドリー・ビジネス)事業が完全に有名無実なものになった。10ナノメートルのチップは歩留まり率と性能の両面で問題を抱えており、14ナノメートルチップは自社の需要すら満たせない状態となった。鳴り物入りで立ち上げた22FFL(Intel 22 nm 超省エネ)も自社で若干利用される程度で、顧客が全くつかないという悲惨な状況の1年だった(※4)。一方、台湾のTSMCは既に5ナノメートルのチップを量産することができ、完全に米国の半導体製造を抜いてしまった。前述のTSMCを米国内で工場を造らせることからも米政府の焦りが見える。

トランプ政権の新型コロナウイルスへの対応は超大国の顔に自ら泥を塗るようなものだ。感染者も死亡者も世界トップで、それぞれ世界の「3割国」となった。死者数は10万人超え、朝鮮戦争とベトナム戦争での米兵死者数を上回った。5月に発表された失業率は1948年以来の最悪水準である14.7%。4月の消費者物価指数は季節的な要因を除いて、0.8%低下と、1957年にCPIを導入して以来の月間最大の下落だ。トランプ政権唯一の成果とされた経済も大きく色あせてしまった。秋の大統領選が迫っており、この危機を誰かに転嫁しないと落選する確率が高いとトランプ大統領が気付き、国民の不満の矛先を中国に向かわせた。

トリムタブス・アセット・マネジメントのボブ・シア最高経営責任者は「大統領選に向けて中国がサンドバッグとして利用されているようだ」とし、「ホワイトハウスはすでに効力が薄まりつつある第1段階の通商合意を利用するより、中国をたたく方がより効果的だと決意している」と述べた(※5)

ファーウェイはこの中国たたきの攻勢で願ってもない絶好な相手になる。しかし、トランプ政権のファーウェイ潰しは自由競争の原則に違反し、自分に都合が良ければ、既存のルールをいかにも簡単に変えてしまう。時々同盟国でさえも道連れにする。

ICCイギリス事務総長、クリス・サウスワースは、5月18日に、米国の政策立案者によって発表された輸出管理規則変更がグローバルなバリューチェーンを脅かすと、「国外の法域の企業に国内ルールを適用することで、他国を犠牲にして自国の経済を保護することだ」と批判した。「それは、町の市長がパンを焼くオーブンのドアハンドルを作り、外国の土地でパン職人が作ったパンを誰が買うことができるかを制御すると同じだ」と揶揄(やゆ)した(※6)

また、イギリスの国際関係アナリスト、トム・フォーディは、5月17日に、「今週のワシントンのHuaweiに対する新しい規制は、驚くべきことではなく、トランプ政権によって長い間議論されてきたが、内部の不一致により、その実施は数カ月遅れた」。そして、「自由市場の美徳を説教しているにも関わらず、ワシントンは、好まない成功した企業を破壊するために、非常に積極的で不誠実な国家主導のキャンペーンを進めてきた」(※7)

国際協力体制をささえる土台は「信用」だ。トランプ政権はファーウェイを封じ込めるため、最低限必要な節度および基本的なモラルを失ってしまった。信用を犠牲にするようなMake America great againのやり方は、最終的にアメリカ自身にとって不利益になるだろう。

(※4)PCテクノロジートレンド 2020 - プロセス編
(※5)米株反落、米中間の緊張の高まり受け売り優勢
(※6)ICC United Kingdom
(※7)Huawei's race to overcome American aggression

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魏 向虹(ウェイ・シャンホン)
アジア連合大学院機構 主任研究員
アジア連合大学院機構 主任研究員。1988年に北京から来日し、早稲田大学で経営経済を専攻し、修士学位を取得。日本の大手IT企業に就職、以来28年間デジタルテクノロジーの分野に身を置いて、多数のグローバルプロジェクトに携る。2019年10月から現職。デジタル先端技術、デジタル通貨、中国新興企業を研究し精力的に執筆中

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(アジア連合大学院機構 主任研究員 魏 向虹)

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