「読書家なのに話がつまらない人」に欠けている5つの視点
プレジデントオンライン / 2020年6月15日 11時15分
※本稿は、三谷宏治『戦略読書〔増補版〕』(日経ビジネス人文庫)の一部を再編集したものです。
■同じ文章を読んでもなにが読み取れるかは全然違う
同じ文章を読んでも、そこから何が読み取れるかは、人によって大きく違います。それを「読め方」と呼びましょう。
本や雑誌を人の2倍(たとえば年間100冊でなく200冊)読むことは容易ではありませんが、1冊から面白い点を人の5倍見つけることは十分可能です。いや、10倍だって可能かもしれません。
だとしたら、最後に大きな差を生むのは、読む量や読み方ではなく「読め方」なのでしょう。私はここが、ちょっと得意だったりします。
たとえばこんな文章があったとしましょう。「日経ビジネス」(2015.6.22)でのYKK特集記事『高品質の“呪縛”、「量」で断ち切る』です。6頁にわたるその記事の概要はこうです。
小見出し:
ファストファッションに出遅れ
試作3日、量産5日、遅れゼロ
門外不出だった材料の生産
「過剰品質」から「十分品質」へ
コラム:
「YKKの基準」ではなく「服の基準」で品質を決める
「安かろう、良かろう」で勝つ
■①過去や他業界と「対比」して大局観を持つ
まず私がやることは、その記事を自分の頭の中(知識フィールド)の中で位置づけることです。その記事に入り込んでしまう前に、それがどういうものなのか、客観視するのです。それには「対比」が役に立ちます。
![書棚](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/250/img_4bf34bf0eee942232df8a6c1cb3d6587378349.jpg)
この記事を読んで、まず思ったのは「日経ビジネスで、昔、似たような特集記事があったゾ」ということでした。それは、8年半前の記事でした。『YKK 知られざる「善の経営」』(2007.1.15)として、そのファスナー事業の成長と超高収益性(売上高営業利益率15%)を絶賛する内容でした。
そして今回は、急激に興隆するファストファッション(ZARA、H&Mなど)への対応が出遅れ、このままではジリ貧になる、との状況を伝えています。
見出しレベルで比べても、その差は劇的です。
・材料の国内生産こそが優位性→海外生産地にも材料生産を移す
・高品質へのこだわりこそ命→過剰品質から十分品質へ
・中国生産が大切→中国以外へのアジアシフトが必須
2つの記事の内容をよく読むと、YKKがやっていることはほとんど変わっていないよう。なのに、それらへの評価は、エラい変わりようです。現状への評価は正しいのか、過去の評価の何が間違えていたのか、よくよく眉に唾して読まなくてはなりません。YKKの経営陣も日経ビジネスの記者たちも、一体何を見誤っていたのでしょうか。
過去の事例や他業界の話と「対比」することで、新しい情報への客観的なスタンスが築けます。称賛記事にも批判記事にも流されることのない、客観的・中立的な自分が持てるのです。
ただしこれは、知識の「基礎」ができていないとできない技でもあります。
■②これまでの当たり前を覆した「反常識」を見つける
もうひとつ、「基礎」があればできるのが「反常識」を見つけることです。
もちろん知識がなくとも、記事に直接そう書いてあるかもしれません。
・ファストファッションでは、商品デザインから店頭への納品までが2週間足らずで、それを生鮮品のように売り切っていく
・ファストファッション化の流れは、アパレルから量販店のPB品(プライベートブランド)や靴やカバンなどにも押し寄せている
・アパレル縫製工場が、中国から他のアジア地域に急速にシフトしている
・YKKは2週間前後だった納期を、試作品3日、量産品5日に短縮する
確かにファストファッションのリーディングブランドZARAを擁するインディテックスは、2007年からそれまで、売上を2倍にまで伸ばしてきていました。それ以前の常識を覆すような、大きな変化・変革が起きたのです。
ただ記事の内容で、私にとってある意味「反常識」的だったのが、本社の機能(の一部)の黒部事務所への移転でした。
「ファストファッション企業のニーズを満たせなかった」「お客さまの求める基準でものをつくる」というのなら、技術部門をスペイン・アルテイショ(インディテックスの本拠)やスウェーデン・ストックホルム(H&Mの本拠)に移すべきでしょう。技術部門である黒部事務所に、一体本社の何が集約されたのでしょう。きっと記事には書かれていない、深謀遠慮があるに違いありません。
■③徹底的に「数字」にこだわる
私は「数字」にこだわります。互いに矛盾はないか、次につながる本質はないかと。この記事でもいろいろありましたが、4つだけ挙げましょう。コストダウン、価格差についての数字です。まず関連する定量情報を列挙すると、次のような感じです。
(2)世界市場は年400億本、YKKの売上高は3000億円
(3)新興国向け製造機械によって、製造コストは2~3割下がり、材料を含む製品コストは数%~1割削減できた
(4)コストのうち、材料費が占める割合が一番大きい
まず(1)です。YKKは今まで、高価格帯を主に対象にしてきました。これからはボリュームゾーンである中低価格帯だといいます。
![トイレ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/250/img_7651c7acf917074dc8b37bde0b0f3f4a304983.jpg)
でもその価格差は、一体どれくらいなのでしょうか。(1)から、YKKの世界市場での金額シェアが40%、数量シェアが20%なら、YKK以外のプレイヤーは合わせて、金額シェア60%、数量シェア80%となります。各々割り算して平均単価を出すと、その単価差はなんと、2.7倍です。
YKKが納めるファスナーの平均価格は、その他メーカーの約3倍に達しているのです。さらに(2)から計算すると、他社平均がファスナー1本あたり約14円であるのに対し、YKKは約38円です。
これは、高付加価値メーカーとして誇るべき数字ではありますが、いわゆる「ボリュームゾーン」が、YKK価格の遥か下にあるということでもあります。最低、コストを半分以下にしないと、ボリュームゾーンでの競合には太刀打ちできないでしょう。
にもかかわらず、記事中にあるコストダウンの成果は極めて控え目です。(3)の「製品コストが数%~1割削減できた」だけです。これ(だけ)では話になりません。
しかし、(4)にあるように製品コストの「一番多く」を材料が占めているのなら、そこをどうにかせねば、どうしようもないのでしょう。でも「多く」とは、どれくらいなのでしょう?
■情報を見たら「足し算・引き算、ときどき割り算」してみる
(4)は定量情報ではありませんが、(3)と組み合わせて計算すると、材料費が全体コストの4割以上を占めることになります。
全体コストを半分にしたいなら、全体の3割しかない製造コストをゼロにしても追いつきません。4割以上を占める材料費を半減する必要があるのです。そのための、インドネシアでの材料工場建設だったのでしょう。
ボリュームゾーンの攻略に向けて、もう「技術流出が怖い」「門外不出」などといっている場合では、なかったのです。
こんなことが、数字にこだわることで見えてきます。
ただ、やった計算は単純です。引き算してその他メーカーの数字を出し、割り算を3回やって平均単価の比を出しました。製造コストと全体コストの動き方の差を見ることで、各々の重みを推定しました。
本や雑誌・ネットで数字をいくつか見かけたら、足し算・引き算、ときどき割り算、くらいはしてみましょう。
■④人より「一段深く」まで調べる
まずはなんでも疑問に思ったら、「一段深く」考え、そして調べましょう。今は調べるのがとっても楽ちんです。スマートフォンに向かって話しかければ、大概のことはわかります。
このYKK記事でも、自分の疑問点をいろいろ調べてみました。
8年前の記事ではどう取りあげられていたのか? YKK経営陣の発言はどう変わったのか? 事業環境は本当に変わったのか? ファストファッションの売上の伸びは? YKKによるボリュームゾーン攻略はなぜこれまで(15年間も)失敗し続けてきたのか? 今回の対応はこれまでと何が違うのか? インディテックス(ZARA)やH&Mのデザインから店舗納入までのタイムスケジュールはどうか?
答えにつながる情報がある場合も、そうでない場合もありました。まずはそれで十分です。ネットなどに情報がなくとも、それで「簡単にはわからないことなんだ」ということがわかりますから。
それでも知りたければ、もう少し粘ります。
Wikipediaで英語版の頁を読んでみたり、Google検索で20頁目くらいまで読み込んでみたり、「-(マイナス)」記号を使うことで検索結果の絞り込みを行ったり。たまには、知っていそうな人に質問したりもします。本当はこれがもっとも効果的・効率的で迅速です。
ただし、業界関係者や当事者だと当然、発言内容にバイアスがかかるので注意が必要です。この「知っていそうな人に聞く作戦」を、よく使うのは長女です。私をよく、質問箱代わりに使います。私も素直に答えを教えず、もっと難しい(でも楽しい)質問にして返したりしますけれど(笑)
人より一段だけ深くまで調べることで、意外に面白い情報に行き当たります。
■⑤得たものはちょっと「抽象化」して考える・覚える
記事の中で、一番私が面白いと思ったのは次のくだりです。さすがのYKKも、かなり苦労している様子です。
・だが、管理システムが短納期に対応できていなかった
・従来のシステムは、1つの生産工程に1日かかることを前提としていたが、ファストファッションの納期に対応するには、1時間単位で工程を管理する必要がある
・当初は専用ラインをつくり、人海戦術で乗り切った
・新システムの導入計画は3度も延期され、1年遅れで導入予定
これを「抽象化」すると、組織が持つ「固有タクトタイム」の問題、ということになるでしょうか。
タクトタイムというのは生産工程における概念で、流れ作業のラインが何分で次の工程に動くかを示します。なので全工程で同じです。
全工程とも、ひとりの指揮者のタクトに従って、次の工程に仕掛品(生産途中の製品)を渡すのです。
仮にファスナーの生産工程が、材料生産から完成品チェックまで10工程あるとしましょう。
各々の工程がどんなに頑張って素早く(たとえば1時間で!)仕上げたとしても、タクトタイムは1日なので次の日までは、次の工程の作業が始まることはありません。結局、最短でも生産には10日間かかることになります。これでファストファッション対応などできるわけがありません。
でもそれを1時間単位にすることが、恐ろしく大変そうであることが、記事からは伺えます。新システムの導入は3度も延期されていると。
■企業には固有のタクトタイムがある
昔、経験した住宅産業でも同じでした。
![三谷宏治『戦略読書 〔増補版〕』(日本経済新聞出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/8/200/img_2844657a78ee55afc4f724b1c7ac4b97391118.jpg)
営業担当者は施主と週末土日に打ち合わせます。その要望を月曜日にまとめて設計担当者に送ります。設計担当者は火曜日に作業をして、水曜日の設計会議にかけて承認を得ます。その結果が木曜日に営業担当者に戻されて、また週末の施主打ち合わせに使われるわけです。
固有タクトタイムはやはり1日であり、1周するのに1週間かかります。それを崩すような「緊急対応」「特急処理」は組織の生産性を、著しく低下させることになってしまいます。でも、最近は施主側とメールなどでのやり取りが増えて、「打ち合わせは週末まとめて1回だけ」なんて悠長な感じではなくなってしまいました。施主からの要望は24時間365日、「随時」やってきます。なのに、組織の固有タクトタイムは1日で、しかも曜日が決まっています。たとえば水曜日に施主からもらった要望も、設計に渡せるのは次の月曜日で回答は木曜日、つまり返答に8日もかかることになります。
でもこれを変えることは、極めて難しいことでした。
■抽象化で斜め読みの効果・効率がぐっと上がる
抽象化して考えることで、その本質が見えてきます。そして、他の業界とのつながりや差異がハッキリします。
また、そういうレベルに昇華して覚えておくことで、次に別の情報が来たときに、心に引っかかりやすくなるのです。斜め読みの効果・効率がぐっと上がります。
たとえば「組織の固有タクトタイムと顧客ニーズのズレ問題」、身の回りで思い当たることはありませんか?
視点① 過去や他業界と「対比」して大局観を持つ
視点② これまでの当たり前を覆した「反常識」を見つける
視点③ 徹底的に「数字」にこだわる
視点④ 人より「一段深く」まで調べる
視点⑤ 得たものはちょっと「抽象化」して考える・覚える
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KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
東京大学理学部卒業。BCG、アクセンチュアを経て現職。INSEAD MBA修了。早稲田大学ビジネススクール・女子栄養大学 客員教授。著書に『新しい経営学』『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『戦略子育て』『お手伝い至上主義!』など。
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(KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授 三谷 宏治)
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