アメリカの「反人種差別デモ」がこれまでのデモとまったく違う理由
プレジデントオンライン / 2020年6月12日 11時15分
■暴動は静まり、平和的なデモが増えている
「私の白人の友達は隣に黒人のボーイフレンドを乗せて運転していた。すると後ろからパトカーが追いかけてきて『スピード違反』だという。警官はマリファナの匂いがすると言って、助手席にいたボーイフレンドに職務質問と、身体検査を始めた。彼女は何も聞かれなかった。なぜなら彼女は白人だったから。こんなことが許されていいはずはない」
ニューヨーク・ハーレム地区の抗議運動で出会った21歳の白人女性エミリーさんの声は怒りで震えていた。
ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に膝で首を押さえつけられ亡くなった黒人ジョージ・フロイドの事件はアメリカ人に衝撃を与え、全米、そして全世界で黒人に対する警官の暴力と人種差別に反対する大規模な抗議運動に発展、当初は一部で警官との衝突や略奪などもあったが現在は鎮静し、平和的なデモはむしろその動員を増やして続いている。
ニューヨーク市内でも連日多くの場所で抗議運動がある。筆者が住む歴史的な黒人コミュニティー、ハーレム125丁目のニューヨーク州庁舎前広場では4日、集まった20~30代の若者のうち半分が白人だった。
■過去50年間で類を見ない規模に
冒頭のエミリーさんはこれまでこうした抗議運動に参加した経験は一度もない。迷った末ソーシャルメディアで見つけたこのデモに参加したのだ。
アメリカでの黒人への暴力は今に始まった事ではない。それが今回これほどまでに大きな抗議運動に発展したのは、過去50年間で初めてだということを否定するアメリカ人はいないだろう。
これまでと何が違うのだろうか。そして、この活動はどこに向かっているのだろうか?
ニューヨーク生活30年目を迎え、ミレニアル・Z世代を追いかけてきた筆者は、20年間ハーレムという歴史的なブラックコミュニティーに住んでいる。同時に黒人の夫を持ち、自らも日本からの移民である。たった今起こっている事を、過去からの時間軸もたどりながら、ニューヨークで実際に抗議運動に参加している人々の声を中心にお伝えしたい。
■今まではデモをしても消えてしまったが…
アメリカの黒人は300年もの間奴隷として扱われ、1960年代の公民権運動でついにあらゆる肌の色の人が平等であるという権利を勝ち取ってからも、今度は制度的レイシズムと呼ばれる差別に苦しむことになる。
例えば同じマリファナ所持の容疑で逮捕されるケースは、黒人は白人の4倍だ。貧しいコミュニティーで育ち満足な教育が受けられなかったり、犯罪に手を染めて刑務所に送られたりした結果、何世代にもわたり貧困から抜け出すことができないというサイクルが続いている。
こうした中で90年代以降警察の暴力により死亡した黒人は、広く知られたケースだけで20人近くいる。そのたびに世論は沸騰しデモや抗議運動も起こったが、数カ月すると報道もなくなり、似たような事件が繰り返される。
しかし静かな変化も起き始めていた。それが今、世界中で合言葉にもなっている「ブラック・ライブス・マター」運動である。
■そもそもどんな運動組織なのか
ブラック・ライブス・マター(黒人の命は重要だ)は2013年、黒人に対する警官の暴力に抗議する運動として始まった。ハッシュタグとして使われることも多いが、組織の名前でもある。始めたのはアリシア・ガルザ、パトリス・カラーズ、オパール・トメティの3人の黒人女性たちだ。
全米に30以上の支部を持ち、他の人権団体などとゆるやかに繋がりながら粘り強く人権擁護運動を続けてきた。特にリーダーというものを置かず、目標と方法論のみを共有しそれぞれの支部が独自に活動しているが、今回のようにソーシャルメディアを通じて数千人、数万人を動員することが可能だ。
このやり方はトランプ大統領への抗議運動「ウーマンズ・マーチ」や、スウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさんの環境保護運動にも影響を与えている。かつての公民権運動のように権力のある誰かが活動を仕切っていたのとは大きく違う。一般市民による下からの改革を目指すという、この世代ならではの運動だ。
またすでに白人に有利な立場を取った地方検事を選挙で落選させるなどの結果も出している。
この社会運動のベースがなければ、今回ここまで大きな潮流は生まれなかったことは、今年3月タイム誌の表紙に3人の顔がフィーチャーされたことからも分かる。
しかし同時に多くの人にとって、これまでは黒人だけの問題だったことも確かだ。今回の事件が起きるまでは。
■約8分の動画を目の当たりにして震え上がった
ジョージ・フロイド事件がこれまでと違ったのは、8分46秒の殺人の模様全てが動画に収められ、全米の人がそれを目の当たりにしたことだ。その恐ろしさに人々は震え上がった。
そしてもう一つこれまでと大きく違ったのは、これが新型コロナウイルスによるパンデミックの最中だったということである。
31歳の黒人女性アシュレーさんは、
「今、多くのアメリカ人がコロナの恐怖の中で生きている。多くが失業し、これまでの全てが崩れ落ちて混乱している。でもそれがむしろ多くの人たちの共感を生み出していると思う。白人も、黒人がこれまで感じてきたことをほんの少しでも感じるようになっている。だからコロナ禍でずっと家にいた人たちが、命のリスクを負ってでも参加すべきだと感じているのだと思う」
20代匿名の白人女性はこう言う。
「パンデミックでデモ参加は不安だったが、それ以上に重要だと思ったから白人のアライ(協力者)として参加した」
アジア系アメリカ人のステファニーさんは、
「白人含めこれだけダイバース(多様)な人が集まっているのを見ると、これは黒人だけの問題ではないと皆がついに目覚めたのだと感じる」
それだけではない。特に白人の若者たちはこれまで気づかなかった事にも気づき始めている。
■ビリー・アイリッシュが白人に対して怒った理由
「この問題は私たち白人の責任であることに気づいた。だからもっと勉強しなければと思っている」。そう語るのは、筆者がプロデュースするFMラジオの番組「NYフューチャーラボ」の出演者の1人でもある21歳の大学生メアリーさんだ。
また冒頭の白人女性エミリーさんは「白人がもっと白人の特権について考えてほしい」と訴える。
実はアメリカでここ数年の間に広がったハッシュタグに、「オール・ライブス・マター」というのがある。ブラック・ライブス・マター運動に対し、全ての命にも価値があるのに、なぜ黒人ばかりが権利を主張するのだ? という一部の白人の言い分である。
それに対し、白人は自分たちの特権をあまりにも知らなすぎるから、黒人の苦しみにも気づくことができないのだという反論が、白人から巻き起こっている。それを代表するのは今年のグラミー賞で主要4部門を総なめにした18歳のスーパーアーティスト、ビリー・アイリッシュだ。
彼女は「オール・ライブス・マターとあと一度聞いたらもう我慢できない!」と怒りをあらわにし、「好きか嫌いかは別として白人には特権がある。貧乏だろうが苦しんでいようがこの社会で白人というだけで優遇される。肌の色のおかげで黒人が持っているような不安を抱えて生きる必要はない。それがまさに特権だ。もし全ての命に価値があるなら、なぜ黒人が殺され、移民が迫害され、白人以外にはないチャンスを得ることができるの?」
このインスタへの投稿には650万もの「いいね」がついた。
こうした「白人の特権」に関する論争はむしろ問題への理解を深めようとするきっかけにもなっている。子ども向け番組「セサミストリート」は、CNNと組んで子どもたちに白人の特権を教える番組を制作した。
■テイラー・スウィフト、BTSなども続々と参加
今回注目すべきもう一つは、多くのセレブリティから大企業までがこぞって活動に賛同していることだ。
ビヨンセやJay Zなどの黒人アーティストらは以前からブラック・ライブス・マター運動に賛同してきたが、多くは人種差別に反対の立場であっても、あえてそれを打ち出すことは少なかった。しかし今回はセレブたちも一般人と同様、こみ上げる思いをストレートにぶつけている。
自ら抗議デモに参加し、関連団体への寄付を盛んに呼びかけるアリアナ・グランデ、トランプ大統領の対応を痛烈に批判するテイラー・スイフト、ジョージ・フロイドはじめ警察暴力の犠牲になった黒人の家族に約2億円を寄付したカニエ・ウェスト、そして前出のビリー・アイリッシュ、運動への1億円の寄付を表明した韓国のグループ・BTSなどなど数多くのアーティストが運動に参加していて、若者への影響は計り知れない。
また映画「スター・ウォーズ」の俳優ジョン・ボイエガはロンドンの抗議運動でのスピーチが大きな話題を呼んだが、これに対しルーカス・フィルム、製作を担うディズニーも「彼はヒーローだ」と絶賛している。
■政治的発言が大勢のフォロワーに影響か
これら若いセレブの多くは、これまでに反トランプの発言をしている者が少なくない。
例えば、ツイッターで8600万人のフォロワーを持つテイラー・スイフトは今回の件で「白人至上主義者と人種差別を煽り続けた上に、今度はデモに対し力による制圧を奨励するあなたを11月の選挙では絶対に落選させる」とコメントし、これまでのツイートで最大の200万以上の「いいね」がついた。
同じく、この春トランプに批判的な発言をしたセリナ・ゴメス(インスタのフォロワー数は約1億8000万人)は、自身のポストでブラック・リーダーたちを紹介している。特に若い有権者への影響力を自ら知るセレブリティたちの動きが、11月の大統領選にどんな影響を与えるのかも注目される。
■企業も行動しなければ“差別容認”と思われる
6月2日、人種差別を考える啓発運動「ブラックアウト・チューズデー」が開催された。真っ黒に塗りつぶされたソーシャルメディアのポストがあふれたことを覚えている人も多いと思うが、実はこれを発案したのはレコード会社などエンタメ業界だった。彼らがアップルやアマゾン、フェイスブックといったテック企業と共に、ブラック・ライブス・マター運動への賛同を表明したのだ。
コカ・コーラ、マクドナルド、ナイキのほか、医薬品大手のMerckやファッションブランドのコーチ、エンタメ業界ではMTV、Netflixなども次々に声明を出し、運動への協力を表明している。
そこには企業としての思惑ももちろんある。運動の中心になっているミレニアル・Z世代は、すでにアメリカの消費人口のほぼ半分を占めている。そして特にZ世代の半分近くは白人以外の有色人種でもある。こうしたダイバースな消費者に対応していかなければならないからだ。
マーケティングの専門家は、これまでの環境問題や移民問題とは全く違い、企業としてのコメントを控えることの方がリスクがあるとしている。つまり人種差別に反対しなければ、賛成していると思われても仕方ないというところまできているのだ。
しかしメッセージや寄付はしたものの、今後こうした企業が実際にどう職場や雇用における人種差別や偏見を排除していくのだろうか? という懐疑的な見方も残っている。
■次の目標は「差別的な政治家を落選させる」
大規模な抗議運動は地方政治にも大きなプレッシャーを与え、それがすでに少しずつ結果に繋がり始めている。ニューヨークとロサンゼルスの市長は、警察予算を削減し公立学校など低所得者のコミュニティーをよくするための予算に充てると約束した。今回の事件が起きたミネアポリス市では警察組織自体を解体して再構築しようという動きにまで発展している。
一連のデモを「社会変革をリードする市民運動」と絶賛しているクオモニューヨーク州知事は、警官の不祥事の履歴を公表する法案をまもなく承認する見込みだ。連邦議会下院では民主党が新たな法案を提出してニュースになった。
そして次は11月の選挙がやってくる。
40歳の黒人男性カリードさんは、
「まず抗議デモで連帯することで、我々が同じことを感じているという共有ができた。そして次はしかるべき政治家を選ぶ投票だ」
抗議運動の次は、人種差別的な政治家を選挙で落選させるのが目標なのだ。そのターゲットは大統領や上下院議員のみならず、市会議員や地方検事も含まれる。制度的人種差別をなくすには、それを動かす政治から変えなければならないという考え方だ。
■多人種化している若い世代が運動を支えている
ブラック・ライブス・マター運動の最終目標は、世界からあらゆる人種差別をなくす事だ。そして運動を支えるのは、中高年層と比べて多様化(多人種化)している若いミレニアル・Z世代の存在が大きい。彼らにとって人種差別はもはや他人事ではなく、肌の色を越えて多様な人間が共存する未来を見ている。現に運動は国境を越えて広がり、カナダのトルドー首相もデモに参加するなど、グローバルな人権運動へと移行しつつある。東京・渋谷でのクルド人に対する警察暴力への抗議運動の模様も報道されている。
前出の黒人女性アシュレーさんは言う。
「アメリカの黒人は炭鉱のカナリアみたいなもの。社会の底辺にいる私たち黒人が戦っているのは基本的な人権そのもの。つまり私たちは、全ての人の人権のために戦っていることにもなる。それを世界の人々が分かってくれたら、大きな変革が訪れると思う」
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)
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