リモートワーク生活で人々が取り戻した何よりも大切なこと
プレジデントオンライン / 2020年6月15日 9時15分
■約600万人の「休職者」が、「失業者」にかわるとき
新型コロナウイルスによる雇い止め、解雇が止まらない。6月4日の厚生労働省の発表では、その数は2万人超(見込含む)。「思ったより少ない」と感じる間もなく、その背後に大量の「休職者」が控えている事実を知って愕然とする。
4月の休職者は過去最多の597万人。この「休職」を文字通り「少し仕事を休んでいる」と考えることができないのがつらいところだ。多くの企業が自粛期間中の一時的措置として、従業員を〈解雇〉ではなく〈休職〉扱いにしてきた努力がそこにはあり、その体力が今後いつまで持つかは不明だからだ。世界的に「休職者」=「潜在的失業者」の見方は強まりつつあり、多くの「休職者」を抱える日・欧・米では不安が広がっている。
「仕事をクビになったら、パートでもバイトでも働けばいい」と楽観的に考えられないのも、今回の不況の特徴である。5月のアルバイトの求人広告件数は、前年比の半分、3月初旬と比べても半減している。アミューズメント、イベント、アパレル、製造、美容、飲食、物流、販売接客と、ほぼあらゆる職種において求人を差し控えている状態だ。
■国難で沈み込む国と、未来にステップアップする国との違いは
不況が短期間に収まらない見込みも強い。世界銀行は8日、2020年の世界成長率を、-5.2%見込みと発表した。コロナ以前の1月予想では+2.5%成長だったことを考えれば、「戦後最大の落ち込み」の言葉もリアルに響いてくる。地域別では中国が微増で+1%、ユーロ圏は-9.1%、米国と日本はお揃いの-6.1%予想である。
今後奇跡的に新型コロナウイルスが消滅し、経済活動がフル稼働すれば、21年に+4.2%の成長が見込まれるが、それはあくまで楽観的な試算である。第2波、第3波が襲来し、再び経済活動が鈍化すれば、不況は数年単位で続くと見られている。
そんな状況下で、改めて脚光を浴びているのが、「レジリエンス(resilience)」の考え方だ。
本来は「反発性」や「弾力性」といった物質の性質を示す物理用語だが、近年は地球環境や教育分野、ビジネスや政治経済の分野まで広く用いられている概念だ。
■しなやかに回復するためにはどうすれば…
たとえば、水分も養分も失った枯れ枝は、外からの衝撃にたわいなくポッキリと折れてしまう。だが、しなやかで健康な枝は、多少の衝撃を受けてもみごとにたわみ、外的衝撃を跳ね返すことができる。この「しなやかな強さ」や「回復力」を、生き方や働き方、国家や企業のリスクマネジメントにも応用する動きは、世界経済フォーラム(ダボス会議)で熱い議論が繰り広げられていることからもわかる。
地震や津波、山火事やハリケーン、干ばつや台風、世界同時不況やテロ攻撃――。私たちの世界は不確実性に満ちている。まっとうに生きていても、いつ日常が崩れ去るかわからない。目に見えない微細なウイルスが、世界の主要都市から人影を消し去るなど、数カ月前に誰が想像しただろうか。
予想外の衝撃が私たちの生活を直撃したとき、軸からポッキリと折れることなく、しなやかに回復するためにはどうすればよいか。
まずは事実から目を背けず、しっかりと現状認識をすること。その際、ウイルスや災害といった人智の及ばぬ問題と、自分のできることはきちんと分けて考える。次いで短期目標を設定し、中長期的なビジョンも明確にする。従来の思考法に囚われず、柔軟な視点や軽やかなフットワークを持つこと、明晰な判断力と決断力を持ち、前進していくエネルギーを得るためには、安定した自己信頼力や肯定力も欠かせない。
■世界各国がほぼ同時期に、同様の「国難」に直面
いうまでもなく「硬直化」「単一専門」「思考停止」「前例に固執する」「不可能である理由を羅列する」は、〈レジリエンス〉に反する態度だ。
ここ数年、東京オリンピック・パラリンピック特需に沸いてきた日本は、消費や観光分野では訪日客のインバウンド需要に頼り、一方の介護や製造、農業といった人手不足分野でも、外国人の技能実習生に活路を見いだしてきた。いずれも〈海を越えての人の往来〉が大前提。ここが崩れたとき、次なる「プランB」「プランC」が出てくるかどうか。
世界各国がほぼ同時期に、同様の「国難」に直面している。このまま沈み込むか、それとも新しい未来に踏み出せるかの違いは、各国の〈レジリエンス〉にかかっているのかもしれない。
■リモートワークで、これまで疲れ果てていたことに気づいた
では、私たちの個人の働き方や生き方はどうだろう。今回のコロナ禍では、意外な気づきもあった。在宅勤務を通じ、これまで長時間労働や過酷な通勤環境、人付き合いで疲れ果てていたことに気づいた人も多いはずだ。
あれほど叫ばれ、しかし長年「絵に描いた餅」状態だった「働き方改革」や「ワークライフバランス」が、あっさり実現したことに社会全体が驚いてもいる。早朝出勤、深夜帰宅で家庭での存在感が乏しかった父(夫)が、朝・昼・夕とゆっくり家族と食卓を囲み、本来の「生活」を取り戻したという声も聞く。
米スタンフォード大学の研究では、在宅勤務を望んで許可されたグループは、許可されなかったグループよりも生産性が上がり、離職率も下がることが明らかになっているという。
もっともリモートワークが可能な職種は、全体の3割ほど。住環境の質や、育児・介護の有無で、生産性や満足度にも差が出ている。新入社員や新しい部署に配置替えされた人のケアやコミュニケーションもおろそかにできない。対面でこそ生まれるアイデアや信頼もあるだろう。今後もバランスをとる必要はありそうだ。
一方で、雇用と人手のアンバランスさも際立っている。医療従事者やスーパーやドラッグストアなどのエッセンシャルワーカーは多忙を極める反面、多くの農家が農産物を収穫できずに大量廃棄している現実がある。廃業や倒産が続く飲食業や観光業もあり、職を求める人々と、人手不足業界のマッチングの仕組みづくりも必要だろう。
■不況にポッキリ折れないための、〈レジリエンス〉な働き方
〈レジリエンス〉とは多様性でもある。ひとつの職場に人生のすべてをささげる生き方よりは、仕事のほかに家族や友人、副業や趣味、余暇や学びなど、多様な経験や居場所を確保できている人のほうが〈レジリエンス〉は強い。ひとつがダメになっても、生きがいを再び見いだすチャンスがあるからだ。
その意味でも、働き方の多様性が今後広がることを期待したい。フルタイム勤務・ショートタイム勤務・出社勤務・リモート勤務・人生のサバティカルを取り、視野や経験を広げるチャンスも欲しいものだ。そのためには新卒一括採用や、終身雇用、正規・非正規雇用の明確な区別が足かせになる。
日本には「失われた20年」と呼ばれる暗黒の時代がある。今回のコロナで、再びその轍を踏むことは、なんとしても避けたいものだ。
バブル崩壊後の超就職氷河期時代に企業面接に行った知人は、バブル世代の面接官から「生まれる時代を選ぶのも才能のうち」と真顔でいわれて帰ってきた。出来の悪い冗談だったと信じたいが、この言葉の半分は真実だ。生まれた年がたった1年違っただけで、かたや正社員採用、かたや非正規として運命が分かれ、「コロナ世代」として生涯賃金や経験値、人生のあらゆる選択肢が狭まれてはならない。
■欧米で進む「ワークシェア」や「BI」導入論
世界でも新たな取り組みが始まっている。「ワークシェア」の導入や、「ベーシック・インカム」の是非を問う国民の声が高まっているのだ。
一人当たりの労働時間を短縮し、全体の雇用を維持する「ワークシェア」は、これまでも欧州を中心に取り入れられてきたが、コロナを機に米国でも申請が100万件を超えてきた。欧州全体では5000万人超。もともとワークシェア文化が根付いていたドイツでは、全就業者の3割が活用している。
日本でも「ワークシェア」的働き方を求める人は多い。元銀行員、元貿易事務員、元医療事務員……、本来ハイスペックなバリキャリ女性が結婚して子供を産み、「家庭優先」で働くとなると、多くの場合スーパーのレジ打ちや飲食店アルバイトしか選択肢がないという現実がある。男性、女性を問わず、個人の価値観やライフステージで勤務形態や勤務時間を自由に選べる仕組みを取り入れることで、むしろ社会の生産性はアップするのではないか。
■私たちの生き方はもっと多様であっていいはずだ
もう一つ欧州で盛り上がりつつあるのが、「ベーシック・インカム」(BI)導入の機運である。コロナによる休業補償や現金給付の手厚さが話題になったドイツでは、以前からBIを求める声が一部にあり、今回改めてオンライン署名で46万以上の賛成票が集まっている。実際に導入を決めたスペインのような国もある。
失業や事故、災害や健康不良などの外的衝撃が降りかかっても、最低限の収入があれば、人は再び〈回復〉できる。新しいことに〈挑戦〉することもできる。世界各国のBI実証実験では、むしろBI導入で国家の福祉対策費は減り、人々の就労意欲は増すという結果も出てきている。
いずれにしても私たちの働き方、生き方はもっと多様であっていいはずだ。一部の人間は過労死寸前まで働いて、一部の人間は「健康で文化的な最低限度の生活」も送れないほど貧困にあえぐ。この状態は少なくとも〈レジリエンス〉のある国家とは言い難い。
毎年のように起こる地震や災害、少子高齢化問題があっても、ジリ貧国にならないために、そろそろ多様な働き方、生き方改革が議論されてもいいのではないだろうか。
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フリーランスライター
1977年、埼玉県生まれ。武蔵大学大学院人文科学研究科欧米文化専攻修士課程修了。構成を手がけた本に『まっくらな中での対話』(茂木健一郎ほか著)などがある。
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(フリーランスライター 三浦 愛美)
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