とうとうアメリカも介入した「中国VS香港」で問われるイギリスの本気度
プレジデントオンライン / 2020年6月13日 11時15分
■アメリカの国務長官が香港に言及
政治や言論の自由が「保障」され、アジアを代表する世界的な金融経済の中心地として機能してきた香港。ところがここへきて、香港を領土として取り込んだ中国が「一国二制度」を揺るがすと懸念される「国家安全法」を香港にも適用すると採択。かつての宗主国・英国はもとより、目下、貿易紛争で中国と対峙するアメリカをはじめとする各国が「これは国際公約違反だ」と一斉に非難を行っている。
そうした中、ポンペオ米国務長官は6月10日、香港を代表する金融機関で、今もロンドンに本社を持つメガバンクのHSBCが同法の支持を表明し、中国側に“日和(ひよ)った”ことに対し、「(中国政府の)威圧的な嫌がらせ戦術に加担」と断罪。キッパリと裏切り者との烙印を押した格好となっている。
では、いま香港で活動する法人や企業人がこの混乱のさなか、どんな立場を取っているか、改めて分析してみたい。
■英首相は「香港の自治を大いに損なう」と批判
英国のジョンソン首相が訴えている、香港返還前に英国と中国が取り交わした中英共同声明に基づく「香港のあるべき姿」を改めて確認しておきたい。
・外交、防衛、緊急事態などの限られた例外を除き、香港の「高度な自治」は保証される。
・香港の現在の社会的および経済的システムは(旧英領時代、返還前)変わらないままである。
・本質的な「権利と自由」を含むライフスタイル全般も変わらないものであるべきである。
こうした前提と、香港で近年起こっていることが大きく齟齬(そご)があるのは誰の目にも明らかだ。
これについて、ジョンソン首相はこう述べている。
国家安全法について「香港の自由を奪い、香港の自治を大いに損なう」とし、「中国による最近の施策が、香港の緊張状態の緩和にどう寄与するのは、私は理解に苦しむ」とした上で、「『香港から本土への引き渡しを許可する法律(逃亡犯条例改正案)』を香港政府が可決しようとした誤った判断により、昨年一年はほとんどの間、大規模な抗議が起き続ける事態を引き起こしたではないか」と批判。
同法が導入されれば「英国は香港の人々との深い歴史上のつながりと友情の絆を守る」との心構えを述べる一方、「英国は、香港で一国二制度というシステムを今後も維持できること。英国はただそれを要求しているにすぎない」と、中国の高圧的な態度を諌めている。
■現地の名士や大手銀行は「中国支持」へ
そこでジョンソン首相は、香港市民への救済策として「香港市民に英国市民権取得への道を開く」と明言。「さすが旧宗主国の首相」と世界中の人々が溜飲を下げた。
英国は、旧植民地時代のパスポートを条件が合う香港市民に発行。特別な審査を経ずに英国での就労や定住を認めた上で、いずれ市民権を与えるという方針だ。
しかし、返還から20年以上を経た香港では、「支配層」に属する多くの企業人や名士が「中国政府支持」の声を上げている。こうした人々は日本のメディアや専門家の間では「親中派」、現地では「建制派」と呼ばれている。
分かりやすい例としては、香港を代表する映画スターのジャッキー・チェンがいち早く中国支持を表明。日本でも「納得できない」とするコメントがネット上にあふれた。
そんな中、植民地時代から英国との繋ぎ役となっている香港の二大銀行、HSBCとスタンダード・チャータード銀行はここへきて「中国支持」の立場を打ち出した。本社は依然、ロンドンに置かれている上、両行とも香港ドル札の発行を許されている発券銀行だ。ちなみに香港の銀行各行で組織する同業者協会の香港銀行公會(HKAB)もやはり中国政府支持に回っている。
ところで香港ドルの為替レートは米ドルに連動する「ペッグ制」をとっている。この香港側の受け皿は発券銀行でもあるHSBCも一躍を担っている。なのに、米国の意向に沿わない中国寄りの姿勢を取るのはそもそも理解に苦しむ。
![英国で幅広い店舗網を持つHSBCの支店の例(筆者、ロンドン市内で撮影)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/c/670/img_cc29ffb46fc86a1764bccdeb51f146461374616.jpg)
うち、HSBCは元々の正式名称を「香港上海匯豐銀行(Hong Kong and Shanghai Banking Corp.)」といい、アヘン戦争後の1865年、今も実在する英船舶運航大手P&Oの香港支社長でスコットランド人のトーマス・サザーランドによって創立されている。もともと香港を拠点に主な営業活動を行っているが、英国でトップクラスの店舗ネットワークを持つ他、米国にも一般顧客向けのリテール銀行を運営している。
■同盟5カ国は香港市民の受け入れを協議中
こうしたHSBCの不穏な動きに対し、冒頭で述べたようにポンペオ米国務長官が非難の声明を上げたわけだ。香港の一般市民の多くは「HSBCに裏切られた」と感じていた中、同長官の発言は大いに歓迎されている。英国の証券アナリストらの間で「中国による国家安全法の制定で、香港から資本が逃げる」との危惧が叫ばれているが、これを一矢報いた格好となっているとも言える。
同長官の発言から見るに、米国がついに親中派の瓦解に向け介入してきたとの見方もできよう。英米両国を含む機密情報に関する同盟「ファイブ・アイズ」の国々が親中派支配層らの私権にも踏み込んでくるかどうかも今後の注目点かもしれない。
親中派支配層の中には、ファイブ・アイズ諸国の国籍を持つ者も混ざっているとみられる。彼らは、米英などの国々に自社の資産なり自身の財産なりを持ち出したり、肉親を分散させて住まわせたりしている。
「ファイブ・アイズ」とは本来の名を諜報協定UKUSAといい、英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国から成る。これらの国々は、香港への「国家安全法」の適用により、香港市民の中から「政治難民」が出る事態が生じた場合に備え、受け入れに関する今後の対応をすでに協議中と伝えられている。これらの国々の「本気度」も試されている。
■かつての英国寄りの企業家も今や親中派に?
親中派はベタベタの中国大陸出身者で中央政府寄りの人間ばかりか、といえば実はそうでない。かつて植民地時代の支配層としての立場にいたいわば英国閥といえる企業家らの中には、返還後香港に生まれた中国主導の行政側に「中国側に日和れば、自身の商売や地位を守れる」と寝返った者がおり、今やしっかりと親中派の一角を成している。
返還以前の状況をさらに詳しく説明すると、「香港政庁」のトップである英国政府派遣の「総督」を筆頭に、香港人の役人、そして企業家が取り囲み、「世界に冠たる金融の中心地・香港」を盛り立ててきた。返還前には、英国閥の人々が「共産主義に染まった中国寄りの人物」と真っ向から対立していた。おそらく、ジョンソン首相はこうした「かつての英国閥の存在」を念頭に「香港の人々との友情の絆を守る」と言っているのかもしれない。
ところが現状を見れば、かつての英国閥の企業家が中国にすり寄っている。英国からすれば「立派な裏切り」と感じるのは当然だ。
■「中国への歯止め役」に徹することはできるか
返還当時の「最後の香港総督」だったクリス・パッテン氏は中国の試みは「香港の自治に対する包括的な攻撃」だと述べている他、英国の過去に外務大臣に任じられた7人の政治家が「世界が英国の香港問題への対応を注視している」と、現政権に何らかの対応を行うよう促していた経緯もある。
これらの動きに押された形でジョンソン首相が「市民権の付与云々」を言い出す中で、「返還直前の住民名簿は確実に英国内務省に保管されている(そうしなければ人定ができず、パスポートの発給はムリだ)」さらに踏み込んで「英国閥だった人物で、親中派に寝返った人物の処遇も検討する」という読みもできる。
米国では、ポンペオ国務長官の「HSBC非難の声明」に先立ち、トランプ大統領が5月下旬、議会に対し「中国に対する戦略的アプローチ」といった報告書の形で対中関係にくさびを打つ宣言を出す格好となっているが、果たして英国はどう出てくるか。
コロナ後の自国経済のテコ入れが必要な時期に、中国との間で政治と経済両面で直接対決に及ぶことになるジョンソン首相は、今後極めてタフな状況にさらされることになる。果たして、国際社会が期待する「中国への歯止め役」に徹することはできるだろうか。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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