元経産省職員が解説「霞が関が"丸投げ委託"を続ける根本原因」
プレジデントオンライン / 2020年6月15日 11時15分
■委託先との親密さを疑われても否定できない制度的要因
6月11日発売の週刊文春は、持続化給付金事務事業を担当する中小企業庁の前田泰宏長官が2017年、アメリカで開いたパーティーに、この事業の委託先であるサービスデザイン推進協議会の業務執行理事を務める平川健司氏(当時・電通社員)が出席していたと報じた。
前田長官は当時、大臣官房審議官という幹部の立場にあった。米テキサス州で開かれた企業関連のイベントに参加し、近くのアパートを借りて平川氏らとパーティーを開いたという。前田長官は11日、参院予算員会に出席して事実関係を認めた。
持続化給付金事務事業をめぐっては、事業者に対する入札前のヒアリングを行った点にも批判が集まっている。入札前の経済産業省担当者と、入札関係者との面談時間は、サービスデザイン推進協議会は3回で3時間に対して、デロイトトーマツフィナンシャルアドバイザリー合同会社は1回で1時間だったことも報じられた。
経済産業省のルールでは、事前接触の際は各社に同等の時間を提供するよう求めているが、徹底されていなかった。
こうした報道が出れば、委託先との親密さが疑われ、国民の不信を招くのは避けられない。しかし、問題の根源は、委託事業の実施にチェック機能が働いていないことにあり、今後は外部有識者によるチェックが可能な体制を整備していく必要がある。
■経済産業省には「委託」の選択肢しか無かった
そもそも何故、持続化給付金事務事業は委託事業だったのか。国の事業には大きく分けて、①直轄事業、②独立行政法人が実施、③地方自治体が実施、④補助金事業、⑤委託事業の5つのやり方がある。しかし、経済産業省は⑤委託事業という選択しかできなかった事情があると筆者はみている。
第1は、国が直轄で事業を扱うケースである。持続化給付金事務事業の場合、中小企業庁が自ら行うか、地方局である各経済産業局が行うやり方である。しかし、日本全国の売上減少の中小企業が対象になり得る。5月1日と2日に申請された件数だけでも約28万7000件もあり、人員上の制約からとても捌ききれない。
第2は、独立行政法人が実施するケースである。具体的には、中小企業基盤整備機構が行うやり方である。しかし、中小企業基盤整備機構自身が、中小企業経営力強化支援ファンドの立ち上げなど、新型コロナウイルス対策の事業を別途扱う事情から、難しかったとみられる。
第3は、地方自治体が国の事業を実施するケースである。国が本来、果たすべき役割の事業を地方自治体が担うものである。例えば、中小企業が国の保証付き融資を受けられるセーフティネット保証の認定事務は、市区町村の商工担当課が実施している。
■委託事業は官僚の裁量の余地が大きい
今回の場合、市区町村ではセーフティネット保証の認定急増が予想されたことに加え、定額給付金の支給作業が新たに加わったため、持続化給付金事務事業を依頼することは不可能だったとみられる。
第4は、補助金事業である。これは、国自身が窓口になるケースと、地方自治体も折半するケースとがあるが、そもそも、支給対象者である中小企業に補助すべき事業が存在しないので、制度としてそぐわない。
上記の4つのやり方は、いずれも持続化給付金事務事業の委託には不適切、あるいはなじまないものだったことがお分かりいただけただろう。そして、経済産業省に残された選択は、第5、委託事業ということになる。
委託事業の場合、委託先と契約を結べば良いだけである。入札方式と随意契約方式とがあるが、随意契約方式は、特定の先と契約できることから批判の的になりやすいため、入札方式を選んだと思われる。
しかし、入札方式でも批判を浴びているのは、これまでの報道の通りである。委託金額769億円という金額の大きさと、その後の電通への再委託が749億円と、受託先が事業を一部しか行っていないためである。再委託に関する制約はなく、経済産業省側に大きな裁量があったことがこの問題の背景にあると言える。
■協議会を持続させるための委託
また、サービスデザイン推進協議会の実績作りが必要だった可能性がある。委託事業の場合、単年度で事業が終わってしまう。ある年度に委託事業があったとしても、翌年度に同じ事業が実施されるかどうかは不明なのである。事業が終わってしまうと、委託先は、新たな仕事を確保する必要がある。協議会を起ち上げた以上、協議会自体を持続化させる必要があるのである。
サービスデザイン推進協議会は、設立以降、経済産業省の事業を立て続けに受託している。過去の受託実績が豊富な組織であれば不自然ではないが、設立年の浅い組織が受託できるのは、経済産業省側の何らかの意図が働いていた可能性がある。
また、新型コロナウイルス対応のために過去最大級の景気対策が必要だったことが、結果的にこの委託事業の設立を容易にしてしまった可能性がある。景気対策の金額を増やすために、新規事業を作らなければならなかった、ということである。新規事業を立ち上げて実施すれば、景気対策に取り組んでいる姿勢をアピールしやすい。
■「丸投げ」「再委託」を防ぐための処方箋
こうした不透明な委託事業をなくし、国民に理解を得られるためにはどうすべきか。経済産業省はすでに「外部有識者による検査実施」を打ち出し、透明性をアピールしている。通常は担当者レベルで実施するものであることから異例の対応である。
しかし、サービスデザイン推進協議会の業務執行理事と中小企業庁長官の関係性が週刊文春で報じられており、これだけでは国民の疑念を晴らすのは難しいだろう。
今後、最も起こり得る事態は「中小企業庁長官の辞任」である。そもそも6月末から7月頭にかけては例年、幹部クラスの人事異動の時期である。通常の人事異動として処理してしまえば、話をうやむやに済ますことができてしまうだろう。
いずれの選択肢も不十分な対応であり、国民の理解は得られそうにない。筆者は、委託事業の根本的な問題解決こそ先行して行うべきと考えている。聡明な読者がお気づきの通り、委託事業の取り扱いに全く制限がかかっていないことが最大の原因である。そこにメスを入れなければ、この問題は再び繰り返されることになる。
■各省庁は「再委託制限の統一ルール」を急げ
これは経済産業省だけの問題ではない。中央省庁をみても、制限のない省庁が多いため、最終的には、国全体で再委託制限の統一ルールを設ける必要があるだろう。これにより、資金使途がある程度は制限できるようになるだろう。
また、委託事業のこまめな報告制度の導入も必要だろう。理由としては、委託先が何をやっているかを国がチェックできるように制度化しないと、経済産業省側では実態を把握できないためである。
どの委託事業でも基本的に国から随時、報告は求めているが、今回のケースでは、経産省側が委託の実態を把握したのは支給開始から1カ月後だったようである。申請件数、支払い件数、未処理件数を集計させて週次で報告させて、公表するなどの対応が必要だろう。これにより、報告が遅い委託先には、委託費を支給しないなどの対応も可能になる。
■「外部有識者による審査会制度の義務化」は欠かせない
補助金制度の場合、補助金等適正化法が適用され、どの企業を採択するかは、審査基準を設けて外部有識者による審査会を開き、採択される。審査基準は補助金制度の担当者で原案を作るが、審査会では担当者は事務局に過ぎないため、担当部署の恣意的な判断は入りにくい。
しかし、委託事業の場合には、外部の有識者による審査会を開く必要はない。民間の契約と基本的には同じだからである。入札方式の場合、基準は示す必要はあるものの、どこを採択するかは行政上層部の意向が働きやすい。特定の上層部の恣意的判断を避けるには、委託事業についても、外部の有識者による審査会制度を義務化すれば、恣意的な判断はある程度は防止できるのではないか。
これまで述べてきたように、委託事業の問題は持続化給付金事務事業だけでの問題ではなく、経済産業省だけの問題でもない。中央省庁全体の問題である。再委託制限の統一ルールが存在しない現状からは、先ずは中央政府自身が主導して統一ルールを制定することが必要となろう。また、委託先の選定についても、外部有識者による審査会制度の義務化を中央省庁の統一ルールとして導入することが重要と筆者は考える。
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いちよし経済研究所シニアアナリスト
元経済産業省職員。いちよし経済研究所(東証1部・いちよし証券の調査部門)のシニアアナリスト。立命館大学政策科学部卒業、早稲田大学ファイナンスMBA。近著の『IR戦略の実務』(日本能率協会マネジメントセンター)では、上場企業の情報開示の基礎について記述。企業・経済分析の傍ら、情報開示等、ガバナンスの改善活動にも努める。経済ニュースアプリ・NewsPicksでは8万人以上のフォロワーがいる。
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(いちよし経済研究所シニアアナリスト 高辻 成彦)
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