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「うちの子に医者なんてムリ」そう苦笑する両親に伝えたい遺伝子の話

プレジデントオンライン / 2020年6月20日 9時15分

松永正訓の最新刊『オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)

医師になるような優秀な子どもは、優秀な両親からしか生まれない。そう考えてはいないだろうか。実は、親のIQ(知能指数)と子どものIQは関係ない。小児科医の松永正訓氏は「『トンビが鷹を生む』と『うりの蔓に茄子はならぬ』はどちらも真実。だから子どもの才能を最初から決めつけないほうがいい」という——。

※本稿は、松永正訓『オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。

■「知能指数(IQ)は遺伝子で決まる」は本当か

「ボク、大きくなったらお医者さんになりたい!」

こんなふうに言う幼稚園児がけっこういます。私はうれしくなって、「おお、いいね。お医者さんはやりがいのある仕事だよ」と答えるのですが、お母さんは苦笑して「うちの子なんだから、なれるわけがないでしょ」と言ったりします。

いえいえ、そんなことはありませんよ。そんなふうに決めつける必要はありません。ベストセラーになった本のなかには「知能指数は遺伝子で決まる」みたいに書いているものもあります。それって本当でしょうか?

それを解明するには、100%同じ遺伝子を持った一卵性双生児と、遺伝子の一致率が50%の二卵性双生児の比較研究を見てみると、遺伝子と環境要因が個人に及ぼす影響が分かります。安藤寿康さんの『遺伝子の不都合な真実』(ちくま新書)を紐解くと、知能指数(IQ)についての報告が出てきます。

まずその前に、指紋について見てみます。一卵性双生児では、指紋の一致率は0.98です。ほぼ完全に一致しています。二卵性双生児では、0.49です。ちょうど半分ですね。これは遺伝子の一致率が100%と50%という比率にピタリと合いますから、指紋は遺伝子によって決まっているわけです。

■親のIQと子どものIQは関係ない

では、IQはどうでしょう。一卵性双生児では、一致率は0.72です。そこそこ一致していますね。二卵性双生児では、0.42です。半分ではありません。遺伝子の一致率50%に従えば、二卵性双生児の一致率は、0.72の半分である0.36になるはずです。ところが、実際は0.42ですから、ギャップがあります。これは環境の影響です。

知能指数の「ある部分」に関しては、遺伝子で決まりますが、指紋ほどではありません。そして同時に環境の影響もあるわけです。

さらに重要なことは、こうした知見は「きょうだいのIQが似ているのは遺伝子の影響がある」ということに過ぎず、「親のIQと子どものIQが似る」ということとは関係ないということです。下記でそのことを詳しく説明します。

■そもそも「遺伝子は遺伝しない」

そもそも、遺伝子と遺伝は関係ありません。遺伝子とはDNAに刻まれた文字のことです。遺伝とは、親の性質が子どもに伝わる(似る)ことをいいます。

私の専門の小児がんでは、がん細胞のなかに遺伝子の異常がよく見つかり、またそれによって治療方針を決定します。こういう説明をすると、保護者の方に、「親の遺伝子が子どもに遺伝したんですか?」とよく聞かれます。そうではありません。

英語では遺伝子をgene(ジーン)といい、遺伝をheredity(ハレディティ)といいます。語感が全然異なるため、英語圏の国では遺伝子異常について医師が説明しても、それが親から子に遺伝するとは保護者は即座に思いません。

小さな娘の頬っぺたに両側からキスをする両親
写真=iStock.com/pondsaksit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pondsaksit

人間のIQを決める遺伝子は一つではありません。いくつもの、数え切れないくらいたくさんの遺伝子の共同作業で、人のIQは決まります。

もし、お父さんもお母さんもIQが高いとしましょう。しかし、二人のIQ遺伝子は全然別の種類のものが山ほど働いているはずです。お子さんが生まれるとき、そういった遺伝子はシャッフルされますので、「IQが高い」という性質を受け継ぐ保証はまったくありません。

■優秀な夫婦の子孫が優秀とは限らない

大人数の人間の集団を観察するとしましょう。そのなかに優秀な夫婦がいるとします。優秀とは何ぞやという問題がありますが、それはおくとして、ここで優秀な夫婦という存在を仮定します。その子どもが生まれます。

その子は、またも優秀な異性と結婚します。そういうことをくり返していくと、超人みたいな優秀な子孫が生まれるかというと、それはじつは逆です。優秀な性質は段々薄まっていき、平均値に近づいていくのです。

まったくその逆のことも起きます。優秀でない家系同士が結婚をくり返していくと、優秀でない性質は段々薄まっていき、平均値に近づいていきます。

こうして人間の集団は、時代とともに平均化されていくのです。もしそうでなければ、いまごろ地球上は、優秀な人間と優秀ではない人間に二極化されているはずです。現にそうなっていないことは、いうまでもありません。

私には医学部の同級生が120人いますが、どんな子どもが生まれたかは本当にさまざまです。生まれて来た子どもたちがきょうだい揃って秀才で、有名私立中学へ全員行った家庭もありますし、とくに受験などはせずに地元の公立中学へ行っている家庭もあります。

親が国立大学の医学部を卒業しているからといって、子どもが優秀とはまったく限りません。遺伝子とは、生命の設計図ですから、あるお子さんのIQが幼少時からとても高かったら、それは遺伝子のおかげでしょう。でも遺伝のおかげではありません。そのご両親のIQが高いとは必ずしもいえないのです。

■生命は設計図通りにならず、環境の影響を受けやすい

いま、生命の設計図という言葉を使いましたが、じつは生命というのは設計図通りにはことが運びません。遺伝子は、設計図通りに読み取られるとは限らないのです。

環境の変化に応じて、図面を超えて遺伝子が働くことを専門用語でエピジェネティクスといいます。こうした現象はかなり以前から遺伝子研究者にとっては常識でした。エピジェネティクスとは、「遺伝子のさらに上」みたいな意味です。

少し専門的な話になりますが、人間の体を構成している細胞のなかにはすべて同じ遺伝子が入っています。ところがある細胞は神経になり、ある細胞は筋肉になります。なぜでしょう?

それは細胞によって働く(読み取られる)遺伝子が別々だからです。遺伝子にメチル基という物質がくっつくと、遺伝子が読み取られるスイッチにオン・オフが入ります。これには環境などの影響が大きく、これがエピジェネティクスのメカニズムです。

双生児研究はこれからも続くと思いますが、遺伝子と環境の相互作用に関してはさらに解明されていくでしょう。子育て法や教育により、子どもの持つどんな可能性がオンになるかは変わるのです。

■「トンビが鷹を生む」子どもの能力は誰にも分らない

諺に「トンビが鷹を生む」といいます。また「うりの蔓に茄子はならぬ」ともいいます。どちらが真実でしょう?

答えはもちろん両方です。平凡な両親から優秀な子どもが生まれることもあるし、優秀な両親からやはり優秀な子どもが生まれることもあります。つまり、子どもの能力なんて誰にも分からないということです。

私には30年来親友のY君という小児科医がいます。Y君夫婦には、二人の娘がいます。二人とも学校の成績が大変いいのですが、それを生かした人生というものはまったく考えていないようです。

長女は音楽大学へ進学しました。大学から大変高い評価を受け、首席の成績を保ったまま4年間の音楽大学生活を終えました。Y君夫婦はカラオケくらいはやるようですが、音楽の才能はとくにないといいます。長女の音楽の遺伝子はいったいどこから来たのでしょうか? まったく不思議としかいいようがありません。

■子どもの才能を、最初から決めつけないで

そして次女です。次女は小学生のころから、自然とタブレットで絵を描きはじめ、その後はパソコンで絵を描いています。もう7年以上にわたって毎日1~2枚のイラストを描いており、将来はイラストレーターか漫画家になりたいそうです。

次女の絵の遺伝子はどこから来たのでしょうか? Y君夫婦にはまったく絵心はありません。つまりY君の家系は「トンビが鷹を生んだ」といえるでしょう。しかし、こうした家庭はどこにだってあります。親がとくに秀でているわけでも関心があるわけでもない分野で、子どもが思わぬ才能を発揮することはよくある話です。

ですから、人の才能は、最初から遺伝子で決まっているなんて決めつけないでください。「うりの蔓に茄子がなる」かもしれません。

子どもにチャンスを与え、何か才能の芽を見つけたら、目一杯応援してください。そういう育児は楽しいですよ。将来、プロになれなくたっていいじゃないですか。自分の子が、音楽に絵画に目を輝かせている姿を見るのは幸せですよ。あなたのお子さんの『茄子』を見つけてみてくださいね。

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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『子どもの危険な病気のサインがわかる本』(講談社)、『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『子どもの病気 常識のウソ』(中公新書ラクレ)などがある。最新刊は『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)。

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(医師 松永 正訓)

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