子どもを叱り続ける「ダメダメ育児」から抜け出す魔法の言葉
プレジデントオンライン / 2020年6月21日 9時15分
※本稿は、松永正訓『オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■子どもを甘やかし、恥をかかせる日本の子育て
「まあ、○○ちゃんたら、こんなにお行儀が悪くて、ほんと恥ずかしい」
「同じクラスの△△ちゃんは、指しゃぶりなんてしていないのに、あなたはいまでも指をしゃぶっていて、ああ、恥ずかしい」
お子さんが、2~3歳になったころ、こんな叱り方をしていませんか? 日本の子どもは大変甘やかされて育つといわれています。一方、西洋では子どもに対するしつけは厳しいとされています。
みなさんは、アメリカでは赤ちゃんと両親が別の寝室で眠るということを知っているかもしれません。したがってアメリカには夜泣きというものがありません。泣いても母親が来てくれないからだといわれています。
日本では母親が自分の子をさんざん甘やかし、やがて子どもと会話が成立する年齢になると、急に手のひらを返すように厳しい態度に出て恥をかかせます。このことを最初に学術的に指摘したのは、文化人類学者のルース・ベネディクトが書いた『菊と刀』という本です。
日本の文化を理解するために太平洋戦争末期に書かれた作品です。ベネディクトの目には日本人という存在が非常に不思議なものに見えました。
■日本独特の「手のひら返しの両義性」
ベネディクトによれば、日本人は菊を愛でて、菊作りに秘術を尽くす国民性がある一方で、日本刀を崇拝し武士に最高の栄誉を与えます。伝統を頑ななまでに重んじる一方で、進取の精神に富みハイテク機器の開発に優れます。
こうした矛盾した両義性は、西洋の文化ではまったくといっていいほど見当たりません。そしてさらに、日本人の子育ての仕方も日本文化の特殊性に関係があると分析しています。
人生における自由とわがままの度合いを観察すると、日本では子どもと老人に最大の自由があって、横軸に年齢、縦軸に自由度を設定すると、それはいってみれば大きなU字を描くそうです。
これはアメリカとはまったく逆で、アメリカでは子どもに対して厳しいしつけがなされます。老人は人生の経験者として節度が求められます。結婚適齢期の若者には最大限の自由が与えられます。
ベネディクトは、子どもに恥をかかす母親の行動を「からかい」「嘲笑」「つまはじき」と表現しています。つまりこれによって子どもたちは、恥を学ぶのです。そしてこの「手のひら返しの両義性」が、成人したときの「日本人の矛盾した両極端の二面性」につながっていくというのです。
■恥をかかせるしつけは、子どもの自尊心をくじく
私の友人、ロサンゼルス在住のレイノルズ氏は、来日したさい電車内の網棚にバッグを置き忘れました。駅員に問い合わせると、その忘れ物はすぐに見つかり、彼は仰天していました。アメリカでは落とし物が戻って来るなどということはめったにありません。
しかし日本ではこれが少しも珍しくないことだと誰もが知っています。置き引きするという行為は日本では大変な恥ですから、万が一そんな行為を人から見られたら恥ずかしいことこの上ないのです。
その一方で、レイノルズ氏は、日本人が電車のなかで老人に席を譲らないことにも驚いていました。その理由は私には何となく分かります。席を譲るという行為は周囲から目立つし何となく恥ずかしい。周りがやっていないから自分もやらないのでしょう。日本人は心のなかに「高齢者に席を譲りたい」という気持ちがあってもなかなかそれを実行できないのです。
ベネディクトが恥の文化を指摘してから70年以上が経ちますが、私たちの子育てや文化はそれほど変わっていないかもしれません。親が子どもに恥をかかせるというしつけはいまでも続いているように思います。
恥を知る。それは決して悪いことではありません。しかし、恥をかかせるというのは、子どもの自尊心をくじきます。
■時期を見て、甘やかすのをやめることが重要
親がある時点で子どもに恥をかかせる理由は、あるときにわが子が「甘えん坊」であることに気づくからです。つまり、それまでの育児があまりにも過保護だったと急に反省するのでしょう。子どもは親に甘えてきます。そのこと自体はちゃんと受け入れるべきでしょう。
みなさんは、赤ちゃんがまだお腹のなかにいたころに、赤ちゃんが指しゃぶりをしている姿を超音波検査でご覧になったことがありますか? 乳を吸うというのは、生き物にとって生存を懸けた本能です。生まれてきた赤ちゃんはたちまち乳を吸いますし、またときには指しゃぶりもするでしょう。
アメリカでは母子の寝室が別々だといいましたが、それをまねる必要はありません。甘えが必要な時期にはたっぷりと甘えさせてください。しかし時期が来れば、無制限に甘えを受け入れることは、「甘やかす」ことになります。その時期とはいつでしょうか?
おそらく1歳半から2歳くらいでしょう。なぜならば、1歳半を過ぎた子どもは、母との間で「共同注視」や「社会的参照」といった双方向の関係が生まれるからです。
この変化を見逃さないようにして、恥をかかせることなく、「甘やかし」をやめることが重要です。それまでは愛情たっぷりにすべてを受け入れてもいいでしょう。
■良しあしの区別を教え、受け入れの可否を線引きする
しかし、甘やかしをやめると決めたら、「いいこと・悪いこと」の区別を教え、「受け入れること・受け入れないこと」の線引きをすることが重要です。甘やかすことを英語でspoil(スポイル)といいますが、スポイルには腐らせるという意味もあります。過剰な甘やかしは子どもを腐らせてしまう可能性があるといえます。
日本人の過保護ぶりは世界のなかでも突出しているかもしれません。
私の友人、オーストラリア人のペンゲリー氏は、シドニーに住まいを持つビジネスパーソンで、世界中からホームステイの若者を受け入れています。これまでの20年間に18の国から約250人がペンゲリー家にホームステイしたそうです。東洋人も西洋人もです。そしてペンゲリー氏は逆にいろいろな国へ仕事に出かけます。
ペンゲリー氏が日本にしばらく駐在したとき、会社関係の仲間から自宅に呼ばれたそうです。ペンゲリー氏は日本語ができませんが、そのお宅で夕食の楽しいひとときを過ごしました。その家族には、幼稚園児くらいの幼い子どもが二人いました。
後日、ペンゲリー氏が語るところによれば、そのお宅の二人の子どもの名前は「アブナイ」と「ダメ」だったそうです。もちろんこれはペンゲリー氏の勘違いで、奥さんが夕食の間中、ずっと子どもたちに向かって「危ない!」と「だめ!」を連発していたために、それを子どもの名前と思ってしまったのでした。
■「○○しちゃダメ」をやめてみる
かつて「指示待ち症候群」という言葉が流行しました。現代の若者は主体的に行動できず、上司の指示を待たないと行動を開始できないという指摘です。しかしこれは、ペンゲリー氏にいわせれば、日本人全体の特徴だということになります。
日本人は子どもを甘やかし、ときに過保護になります。過保護というのは、決して子どもを尊重することではなく、親の意向で子どもに何かの行動を強いるということです。この結果、日本人は指示を待つ大人になります。
ペンゲリー氏は自分の子どもに対して「これをしちゃダメ」(Don't do this)という言葉は使いません。否定的な言い方をしないわけです。その一方で、「これやってくれるかな、お願いね」(Can you please do this?)という言葉をよく使います。相手(子ども)を尊重しながら、厳しい強制は避けるのです。
この結果、言葉のキャッチボールが楽しくなります。子どもは喜んで行動を起こします。家事手伝いにも積極的に参加するそうです。
■ノーを言わないオーストラリア式の子育ての効果
オーストラリアでは日本と比べて子育てのルールがかなり緩いといいます。つまり「○○しなければいけない」という固定観念が薄く、「そういうこともありかな」と親は考えるそうです。親は子どもに対してめったに「No」と言いません。だからどうしても譲れないときに、親が「No」と言うと大変効果があるそうです。
オーストラリアの文化を日本人がそのまま全部まねるのは難しいかもしれませんが、「No」を連発しないという育児法には大いに学ぶべきものがあります。
そしてペンゲリー氏の見るところ、東洋人は西洋人に比べて明らかに子どもが親の手伝いをしないそうです。そしてその東洋人のなかでも、日本人はもっとも手伝いをしない、勉強さえしていれば、家事を手伝わなくても許されてしまう――そんな特徴が日本の子どもにあるとペンゲリー氏は断言します。
お子さんが3~4歳になったら、「これできる? お手伝いしてくれたらうれしいな」と声をかけてみてください。これはマジック・ワードです。
親子の言葉のキャッチボールが密になり、生活力のある子どもが育っていくことでしょう。日常の言葉遣いを変えてみるだけで、びっくりするほど親子関係が変わります。
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医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『子どもの危険な病気のサインがわかる本』(講談社)、『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『子どもの病気 常識のウソ』(中公新書ラクレ)などがある。最新刊は『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)。
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(医師 松永 正訓)
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