「感染予防の最後の砦」エンバーマーが見た葬儀の現場で起きたこと

プレジデントオンライン / 2020年6月25日 9時15分

橋爪謙一郎氏(写真提供=橋爪謙一郎)

遺体を扱う葬儀業の人たちは新型コロナウイルスとどう向き合っているのか。アメリカのエンバーマー(遺体衛生保全技師)の資格を持つ橋爪謙一郎氏は「遺体からも感染する可能性があると伝わり、葬儀の現場は恐怖に晒された。アメリカと比べ、日本は感染症に対する備えが不十分だった」という。ジャーナリストの柳原三佳氏が取材した——。

■感染リスクに晒され続けた葬儀関係者

——橋爪さんは米国の大学で葬儀科学を学び、帰国後は都内でエンバーミング(遺体衛生保全)事業を営んでいますね。新型コロナウイルス感染症が広がり、徐々に「亡くなってからも感染力がある」ということが明らかになりました。葬儀の現場ではそのとき、どのような対応が行われていたのでしょうか。

【橋爪】新型コロナウイルス感染症が「指定感染症」になったのは2月1日、国内初の死亡者が出たのは2月13日でした。厚生労働省が感染者の火葬について都道府県の担当者に通知し、同時にHPで公開したのは2月25日です(※1)

※1:厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生課「新型コロナウイルスにより亡くなられた方の遺体の火葬等の取扱いについて」

当時は情報が不足しているだけでなく亡くなった後にどれくらいの感染力があるのかがはっきりしませんでした。そのため、個人防護用品(PPE)の備蓄が十分でない事業者は、不安や戸惑いを抱えながら搬送、葬儀、火葬の業務に従事していたと思います。

実際、地元・北海道で初めて死者が出た時、私のところにも道内の葬祭業者数社から問い合わせがありました。その後は葬儀社だけでなく、納棺業者、搬送業者からもアドバイスを求められました。葬儀の現場は感染の恐怖に晒され、情報を求めていました。

——3月29日に志村けんさんが新型コロナで亡くなり、ご遺族がお別れもできなかったと報道されると、亡くなった後の問題について人々の関心が一気に高まりました。

【橋爪】実は、この時点ではまだ、医療機関側が個人情報保護を理由に感染の事実や感染の疑いを伝えないままご遺体を引き渡した事例があったようで、葬儀の現場は混乱していました。

■感染の有無が「わからない」から生じる不安

厚労省が「新型コロナウイルス感染症で死亡した人の遺体を医療機関が葬儀業者に引き渡す際には、感染していたことについて伝達を徹底するように」と全国の自治体に通知したのは、3月31日。感染者のご遺体の取り扱いをまとめて発表したのは、4月6日です。

——感染症指定から2カ月以上も経過していたのですね。しかし、いまだに感染しているかどうかがわからないご遺体もあるようです。

【橋爪】コロナの死者数はもっと多い』東大法医学者がそう断言する死因究明の現実 死後CTだけでコロナは分からない」を読ませていただき、まさにその通りだと思いました。

今の不安の大部分は「わからない」ことです。まずは、ここからスタートしなければなりません。常に「すべてのご遺体が感染者かもしれない」という前提で対応する必要があります。感染の有無がわかっていれば気をつけられるし、不安や怖さはなくなります。

——現状では全ての遺体にPCR検査はできていないようです。

【橋爪】そこが難しいところですね。実際に、死亡診断書の死因の欄に「肺炎」と書かれていて、PCR検査をされていないご遺体の場合は、「本当に大丈夫だろうか?」という不安がぬぐえません。万一コロナに感染していた場合は、葬儀参列者への感染リスクがあります。

むしろ、病院で新型コロナウイルスと診断された方のご遺体は安心です。搬送担当者がお迎えに上がったときにはすでに消毒され、きちんと納体袋に収められているので。

しかし、感染者のご家族は無症状であっても「濃厚接触者」として扱われ、しばらくは外出ができなかったり、3密を避けるために、そもそも今までのようなお葬儀をすることができません。

■「実は陽性だった」保健所からの連絡にざわつく葬儀現場

——たとえば、葬儀の準備中に「ひょっとすると亡くなった方は感染者かもしれない」といった事実が発覚するようなことはあるのでしょうか。

【橋爪】死因が「肺炎」と診断された方のご遺体を運び、お葬儀の準備をしているとき、「実はPCR検査の結果、新型コロナの陽性だった」ということが分かったケースがあったと聞いています。

日本の葬儀
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

——PCR検査の結果を待たずに、ご遺体を返してしまったということですね。

【橋爪】そういうことです。また、病院から引き取ったご遺体を冷蔵庫でお預かりしていた葬儀社さんに、保健所から連絡が入ったこともありました。

——ご遺体引き取り後に、感染の疑いが発覚したということですか。

【橋爪】はい。「そちらに○○様のご遺体は保管されていますか? 新型コロナに感染していた可能性があるのでPCR検査のキットを持って、これから伺います」と。さすがにこういうことが起こると、感染症対策に不安を抱えている現場はざわざわしてしまいます。

実際に「保健所の人が突然来て、葬儀場が使えなくなった」とか「コロナの人を扱った葬儀場はやめておいた方がいい」といった噂(うわさ)が広がることもあるようです。こうした風評が原因で葬儀ができなくなっても何の補償もないわけですから、業者としては恐怖ですよね。

■「手袋で遺体に触れるのは故人に失礼」という日本の常識の功罪

——葬儀の現場では、新型コロナ以外にもさまざまな感染症の危険があると思います。感染症対策は普段、どの程度行われているのでしょうか。

【橋爪】葬儀社で働く人たちは、業務の中でご遺体の体液や血液に触れることがあるため、これまでもB型肝炎やC型肝炎に感染する可能性はゼロではありませんでした。しかし、残念ながら日本の葬儀業界では長年、その対策がほとんど行われてきませんでした。

——それは、なぜでしょうか。

【橋爪】「手袋をしてご遺体に触れるのは、故人に対して失礼だ」という、この業界の常識があったからです。私はアメリカの大学で葬祭科学を学び、現地の葬儀社で実務も経験しましたが、ご遺体に対する考え方は、日本と大きな違いがあります。

2001年に帰国してからは、アメリカでの経験をもとに「手袋とマスクは絶対してください。ご遺体を丁寧に扱うために働いている人の健康を守るためです。失礼には当たらないと思います」と、20年近く警告を発し続けてきたのですが……。

卒業時の写真
写真提供=橋爪謙一郎

——警告を続けても現場には浸透しなかったということでしょうか。

【橋爪】はい。でも、今年の2月、3月に新型コロナの問題が出始めて、ようやく業界として備えることの必要性に気づき、感染症対策をするようになってきたという感じですね。

■アメリカで学んだ「エンバーミング」

——橋爪さんの著書『エンバーマー 遺体 衛生保全と死化粧のお仕事』(祥伝社)を拝読しました。アメリカで学び、全米国家資格のフューネラルディレクターとカリフォルニア州のエンバーマーライセンスを取得されたのですね。

【橋爪】もともと、祖父が北海道で葬儀社の経営を始め、それを両親が引き継いで規模を大きくしていきました。とはいえ、私は葬儀社を継ぐ気はまったくなく、東京の大学へ進学して、ぴあ株式会社というベンチャー企業に就職し、仕事を満喫していたのです。

——ところが、ある日突然、会社を辞めて渡米されることになったのですね。

【橋爪】アメリカへ研修に行った父が、ピッツバーグ葬儀科学大学を訪問してエンバーミングの実習を目の当たりにしたことがきっかけでした。そして私に、「日本の葬儀を変えるために、アメリカの大学で勉強してこないか」と、思わぬ提案をしてきたのです。

——「エンバーミング」という仕事の内容を教えてください。

【橋爪】エンバーミングは、ご遺体が腐敗する原因となる血液を、防腐効果のあるホルムアルデヒドを主成分とした薬液に入れ替えることなどの処置によって、火葬までの間、お身体が変化することなく安らかな状態を維持することができるご遺体の衛生保全ができる技術です。

生前お元気だったころの面影に近づける施術をおこなった後は、お身体のアフターケアをすることによって、ほとんどの場合、ドライアイスを使用せずにその状態を保つことができます。その穏やかなお姿を見ることや故人と一緒の時間を過ごすことを通じて、ご遺族の心の悲しみ(グリーフ)を癒やすためのきっかけを与える手段だと思っています。

——著書でも、血管に薬剤を注入することで生前のような血色を取り戻し、蘇(よみがえ)ったご遺体を前に喜ばれる何組ものご遺族の姿が描かれていましたね。

【橋爪】はい。そうした経験を積む中で、アメリカで喜んでいただいたことを日本でも試してみたい、大切なご家族を亡くした方々の役に立ちたいと思うようになったのです。

■感染症対策に表れる日米の違い

——アメリカでの葬儀業界を知る橋爪さんにとって、日本とアメリカの違いは何だと考えていますか?

【橋爪】ご遺体に対する考え方ではないでしょうか。例えば、日本では葬儀業者がご遺体をお迎えに上がる場合、病室、もしくは霊安室に行きます。しかしアメリカの場合、ご遺体はほぼ100%「モルグ」と呼ばれる遺体用冷蔵室に保管され、そこへお迎えに行きます。ご遺体安置のために追加の深夜料金を払うくらいなら、朝までモルグで保管することを希望されるご遺族が多いからです。

また、感染症対策も大きく違います。アメリカの葬儀社では、会社を出発する前にまず、自分自身の身を守るためのマスク、手袋、防水性ガウン、ゴーグルといった「個人防護用品」、そして、ご遺体を入れる納体袋、手指用消毒剤などが用意できているかどうかをチェックします。

私たち「エンバーマー」には、そのライセンスを与えられたと同時に、感染予防の最後の砦(とりで)となるプロとしての役割と責任が発生します。感染症にかかって亡くなったご遺体が入っている納体袋には「バイオハザード(生物災害)」のシールがしっかりと貼られているほどです。

棺に入れられたCOVID-19の犠牲者の遺体にバイオハザードのサインが見られる。2020年5月1日、メリーランド州
写真=AFP/時事通信フォト
棺に入れられたCOVID-19の犠牲者の遺体にバイオハザードのサインが確認できる。2020年5月1日、メリーランド州 - 写真=AFP/時事通信フォト

今回、海外事情を調査してみて分かったことですが、エボラ出血熱のご遺体は、感染症防御の納体袋を3重にして入れるという徹底ぶりでしたね。

■感染症対策としての「納体袋」の必要性

——納体袋といえば、頭まですっぽり覆ってしまうので、まったく顔を見られなかったという遺族のつらい声が聞こえてきました。岡江久美子さんの場合は、お顔の部分だけは透明だったようですが。

透明納体袋
透明納体袋(写真=おくりびとアカデミー提供)

【橋爪】これまでの日本の納体袋は、事故や事件で傷ついたり、腐乱したりした遺体を収めるためのもので、血液や体液が漏れないよう、また外から見えないようにするという観点で作られていたように思います。葬儀業界の中には、「非透過性」という言葉を今回初めて知った人たちがいるくらいです。

つまり、これまで日本では、納体袋で感染症を防ぐという感覚はなく、今回、初めて突き付けられた問題だといえるでしょう。

感染拡大を防ぐため、入院中も面会に行くこともできず、看病も看取りもかなわないというケースが多い中、最近ではせめて家族とのお別れができるように工夫を始めています。

——日本ではマスクや防護服の不足ばかり注目されていますが、納体袋は足りているのでしょうか。

【橋爪】おそらく、自治体にはほとんど備蓄はなく、警察や葬儀社にいくらか用意されている程度だと思います。実は、納体袋にもサイズがあり、体格の大きな人は普通のサイズには収まりません。

■マスクや防護服だけではなく、納体袋の備蓄も欠かせない

私はアメリカで体重が260キロある超肥満の方のご遺体を扱ったことがあるのですが、納体袋のファスナーが裂けてしまい、困ったことがありました。日本でも力士の方が新型コロナで亡くなりましたが、こうした方のためには特大サイズを用意しておく必要があります。

また、子ども用の納体袋なども用意する必要があると考えています。アメリカには、本当に大きさや用途に応じていろいろな種類の納体袋が存在しました。日本でも、こうしたさまざまな納体袋を用意することが求められるようになると思います。

とにかく、感染症や災害は予測が不可能です。こうした備品の在庫を平時からチェックし、補給し続けることが大切です。非常時にはメーカーが本業のラインを一部止めて防護用品を製作するなど、常に補給できるシステムを考えておく必要があるでしょう。

——実際に、感染症が蔓延しているところに、地震や津波、台風などの自然災害が襲ってきたら大変なことになりますね。

【橋爪】おっしゃる通りです。日本という国は、なぜか亡くなった人のことについて話してはいけないという雰囲気があり、重要な情報が共有されていません。本来は死に関するさまざまな分野で働いている人の健康を守るため、そして家族を守るためにも、人の死や公衆衛生に関する情報は皆で共有すべきだと考えています。

私が日本に帰ってきてからずっとやりたいと思っていたのが、この情報共有です。検視、検案をする人、医療従事者、葬儀や火葬にかかわる人たちが連携し、情報を広く共有することです。遺体と向き合う最前線で働く人たちの健康を守ることにもつながります。

「千歳介護医療連携フォーラム2019」登壇時
写真提供=橋爪謙一郎

■最前線で遺体に向き合う人たちによる“横のつながり”

——早速、異業種の方々と連携して、具体的なアクションを起こされているようですね。

【橋爪】3月末に日本医師会のご支援のもと、友人である防衛医科大の医師と共に「ご遺体の搬送・葬儀・火葬の実施マニュアル支援プロジェクト」を立ち上げ、新型コロナウイルス感染症に対応するためのマニュアルを作成し、4月からは東京大学法医、千葉大学法医の医師、歯科医師、薬剤師、ジャーナリストを含めたプロジェクトチームを結成して、さらにマニュアルの改訂作業を行っています。また、オンラインで「新型コロナウイルス感染症対策セミナー」も開催しています。

今回の新型コロナウイルス感染症をきっかけに、死と向き合う葬儀の世界の人たちも意識を変えざるを得ませんでした。感染症の拡大を防止すると同時に、遺された家族が死別を受け入れるための心の整理に必要な「お別れの場」をきちんと持つことができるよう、引き続き取り組んでいきたいと思います。

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柳原 三佳(やなぎはら・みか)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■公式WEBサイト

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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)

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