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優秀な若者ほど日本に留学しない「嫌日外国人」が増えている背景

プレジデントオンライン / 2020年6月23日 9時15分

就職情報大手マイナビが開催した「外国人留学生のための就職セミナー」を訪れた外国人学生ら。主催者は昨年の同イベントより来場者が多いと話す(東京都新宿区の新宿NSビル)=2019年3月13日 - 写真=時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で働き口を失い、困窮する留学生が相次いでいる。その背景には高額な学費を課しながら、卒業証明書すら発行しない悪質な日本語学校の存在がある。ジャーナリストの出井康博氏は「酷い留学実態は新興国に広まっており、留学先として日本を敬遠する『嫌日』外国人が増えている」と指摘する――。

■日本語学校で横行する人権侵害

新型コロナウイルスの感染拡大は、日本で暮らす外国人にも大きな影響を与えた。とりわけ被害を受けたのが、約34万人に上る留学生たちかもしれない。アルバイトを失い、経済的な困窮を強いられている者も少なくない。

ただし、留学生たちが日本で直面する苦難は、何も新型コロナだけが原因ではない。彼らに対する搾取の構造が存在し、酷い人権侵害までも横行しているのだ。

その一例として、筆者が今年初めから取材を続けた日本語学校「A校」で起きた問題について書いてみよう。

A校は留学生に対し、大学や専門学校への進学や就職に必要な「卒業見込み証明書」や「出席・成績証明書」の発行を拒んでいた。「卒業試験」を実施し、「不合格」となった留学生には、希望する進学や就職を認めないというのだ。

日本語学校は卒業しても学位は得られず、従って「卒業試験」を実施する必要などない。にもかかわらず、A校は試験を課した。しかも証明書を出さないために、試験後に合格点まで引き上げていた。理由は「学費稼ぎ」である。

■日本人なら問題視されるケースなのに

A校の経営者は、専門学校も運営している。その専門学校に日本語学校の留学生を内部進学させ、学費を稼ぐため、他校への進学などを妨害したのだ。結果、多くの留学生が「内部進学」もしくは「母国へ帰国」という選択肢しかなくなった。

想像してもらいたい。日本人の学生が予備校に入学したとしよう。そして受験が近づいた頃、予備校が突然、受験を認めず、系列の専門学校への内部進学しか許さないと言い出す。そんなことは日本人相手には起きようがない。仮にあっても、学生や保護者たちが一斉に声を上げるだろうし、新聞やテレビもニュースで取り上げ糾弾する。行政も学校に対し、厳しい処分を下すに違いない。だが、留学生に同じことが起きても、世の中には知られず、行政も全くの知らん顔なのだ。

■学費稼ぎのために内部進学を強要

A校系列の専門学校に在籍する60数名の学生は皆、留学生である。内部進学者を含め、日本語能力を問われず入学した者ばかりだ。こうして学費稼ぎのため、語学力を問わず留学生を受け入れる学校は、全国でどんどん増えている。

文部科学省が2019年4月に発表した調査によれば、学生の9割以上を留学生が占める専門学校は全国で101校、全員が留学生という学校も45校に上っている。日本人学生が集まらず、留学生で生き残りを図っているのだ。

そうした学校も通常、日本語学校の証明書なしには入学は認めない。大学や専門学校は、留学生たちの学費滞納と失踪を最も恐れる。その点で、日本語学校の「卒業見込み証明書」は学費を支払っていた証しとなる。また、「出席証明書」に記された授業への出席率によって、失踪の可能性を測ることができる。

A校では、多くの留学生が、仕方なく系列の専門学校への内部進学に応じた。その大半はベトナム人とネパール人である。彼らの多くは、150万円前後にも及ぶ留学費用を借金して来日している。A校に在籍した1年半から2年間では、借金すら返済し終えていない者も少なくない。そのため簡単には帰国するわけにはいかない。そうした事情を知ったうえで、A校は留学生たちに内部進学を強要した。

■証明書を発行してもらえず大学に行けない

そんな中、内部進学を拒否し、母国への帰国を決めた留学生がいる。ベトナム人のタン君(仮名・25歳)だ。

タン君はベトナム南部、ロンアン省の出身だ。地元で医療系の専門学校を卒業し、南部の大都市・ホーチミンの病院で介護の仕事に就いた。給与は月4万円ほどで、物価が急騰しているホーチミンでは生活に余裕はなかった。

「日本に行けば、お金持ちになれる。だから留学することにしたのです」

タン君は2018年7月、A校の留学生として来日した。だが、「お金持ち」の夢はA校によって潰されることになる。

A校を卒業後、タン君は大学への進学を望んでいた。大学や専門学校の授業を理解するには、最低でも日本語能力試験「N2」レベルの語学力が求められる。タン君は2つ下のN4すら合格していない。借金返済のため、アルバイトに追われる生活が影響してのことだ。彼に限らず、新興国から借金漬けで来日する留学生に共通する状況である。事実、タン君の同級生のベトナム人留学生には、N2合格者は1人もおらず、N4に至っても少数だった。

「だけど、入学試験を受けなくても進学できる大学はありました。でも、A校が証明書を発行してくれなかったので、進学はできなかった」

■コロナで入国制限中も帰国を急かすA校

タン君は今年3月、A校を卒業した。そしてベトナムへの帰国準備を進めていた頃、新型コロナウイルスの感染が拡大し、帰国が困難になった。

それでもA校は、タン君に帰国を急かした。卒業生が日本に留まり、不法残留となれば、入管当局から学校側が責められる。新入生を受け入れる際、入管のビザ審査が厳しくなり、経営に悪影響が出てしまう。そのことを恐れ、帰国を急かすばかりか、母国へ戻るまでは「卒業証明書」も発行しない。A校に限らず、日本語学校の間で常態化している手法だ。タン君が言う。

「インターネットで検索すると、ベトナム便のチケットは4月でも売られていました。でも、実際に運行されるかどうかは分からない。しかも値段が片道で20万円以上もするんです」

日本とベトナム間の航空券は、オフシーズンであれば往復5万円程度で買える。しかもこの頃、ベトナムは自国民を含め、外国からの入国を実質止めていた。にもかかわらず、A校は航空券を購入させようとした。

タン君の留学ビザは4月下旬に在留期限を迎えることになっていた。そこで彼は最寄りの入管である東京出入国在留管理局宇都宮出張所を訪れ、在留期間を延長してくれるよう求めた。しかし入管もまた、航空券が販売されていることを理由に延長を拒んだ。

■10万円給付の資格を失い、アルバイトもできない

このままでは、タン君は不法滞在者となってしまう。彼から連絡を受け、筆者は取材を通じ、入管庁に状況を説明し、見解を問うた。するとその直後、東京入管宇都宮出張所はタン君に3カ月の在留延長を認めた。

すでに日本語学校を卒業しているため、彼の在留資格は「留学」から「短期滞在」へと変わった。この資格では、外国人を含めて支給される「特別定額給付金」の10万円は受け取れない。給付金交付の基準日は4月27日だ。その直前、タン君は支給資格を失ってしまっていた。

しかも「短期滞在」外国人には、アルバイトも許されない。ベトナムへ帰国できるめどもなく、3カ月をアルバイトなしで過ごすことは、彼のような元留学生にとっては極めて厳しい。

その後、入管庁は5月20日、「短期滞在」の元留学生に対し、新たに「特定活動」という在留資格を認める方針を打ち出した。在留期間は6カ月で、アルバイトも認められる。

このニュースを聞き、タン君は再び東京入管宇都宮出張所を訪れた。しかし、「特定活動」へのビザ変更は拒否されてしまった。A校の卒業証明書を持っていないからだ。

入管庁は「特定活動」を付与する条件として、卒業証明書の提出を求めている。留学生に対し、今年1月1日以降に日本語学校などを卒業したことを証明させるためだ。しかしA校は、タン君のベトナム帰国を見届けるまで卒業証明書は出さない。つまり、証明書を入管に提示したくても、できない状況なのである。

■A校を調査するよう求めたが…

A校で証明書の発行拒否問題が起きていることは、入管もよく分かっている。証明書が発行されず、進学や就職の手続きが取れなくなったA校の留学生たちは、昨年11月に同宇都宮出張所を訪れ、学校側と交渉してくれるよう直訴している。

だが、このとき入管は、A校に対して何もしようとはしなかった。結果、多くの留学生たちが内部進学せざるを得ない状況に追い込まれ、タン君に至ってはベトナムへ帰国することになった。そして今度はビザ変更も認めないというのだ。

「卒業見込み証明書」が発行されず、彼が描いた日本での大学進学の夢は潰えた。そして今度は「卒業証明書」が得られないため、定額給付金の支給対象から外れ、アルバイトもできず、小さなアパートで悶々(もんもん)とした毎日を強いられている。タン君の日本留学は、“たまたま”入学した日本語学校の横暴によって散々なものになってしまった。

筆者は行政当局に対し、A校で起きた留学生への証明書発行拒否について調査するよう取材を通じて求めた。だが、文部科学省は「栃木県」の所管だと逃げた。そして栃木県に問うと、所管は「入管庁」だとたらい回しする始末だった。

■留学生30万人計画という「パンドラの箱」

確かに、入管庁は日本語学校の実質的な監督官庁と言える。日本語学校は入管庁から「告示校」と認められなければ、留学生の受け入れができない。

その基準を示す「日本語教育機関の告示基準解釈指針」には、留学生に対する人権侵害があった場合、日本語学校を告示から抹消するとある。そして具体的な人権侵害行為として、留学生からのパスポートや在留カードの取り上げと並び、「進学や就職のために必要な書類を発行しないなど生徒の進路選択を妨害する行為」を挙げている。まさに今回、A校で起きたことである。

入管庁は筆者の取材に答え、A校を調査する可能性こそ否定しなかった。だが、取材から1カ月以上がたっても、調査が実施された形跡はない。

入管庁が調査に二の足を踏むのには理由がある。A校へ対する調査は、「留学生30万人計画」という「パンドラの箱」を開けてしまいかねないからだ。

「30万人計画」の闇はあまりに深い。「留学」と称して新興国の若者に多額の借金を背負わせ、日本へと誘い込んだ揚げ句、日本人の嫌がる底辺労働に酷使する。しかも賃金を日本語学校などが学費として吸い上げる。さらには、少子化で日本人学生が集まらず、経営難に陥った専門学校や大学へ“進学”させ、彼らを利用し続ける。そんなエグい実態が、同計画のもとでは起きている。

■優秀な若者ほど日本を敬遠している

「教育機関」とは到底呼べない学校が多数あることも、日本語学校関係者はもちろん、関係省庁の担当者は皆知っている。A校の問題にしろ、氷山のごく一角にすぎないのである。だが、何もしようとはしない。なぜか。

「30万人計画」は安倍政権が進めてきた看板政策だ。闇を暴けば、同政権の否定につながる。また、学校業界のみならず、留学生を低賃金で重労働に利用してきた産業界も大きな打撃を受ける。だから入管庁を始めとする行政は、A校の問題が象徴する同計画の「闇」には触れようとはしない。その陰で、新興国出身の留学生たちが泣かされ続ける。

留学生の受け入れとは、本来、日本での生活を通じ、語学のみならず文化までも習得してもらい、「親日」の外国人を育成する目的があるはずだ。しかし実際には、逆に「嫌日」外国人を増やす結果となっている。また、ベトナムなど日本への「留学ブーム」が起きたアジア新興国では、“優秀な”若者ほど日本を敬遠しがちだ。日本における留学生の実態が、SNSなどを通じて拡散してのことである。

「30万人計画」は留学生の数を増やし、「底辺労働者の確保」という裏テーマの実現には貢献した。しかし、国益にかなう政策だったのか。現状を続けていれば、間違いなく「嫌日」外国人が増えていく。そして近い将来、日本はアジア新興国から痛烈なしっぺ返しを受けることになるだろう。

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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)がある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)

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