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"北朝鮮の姫"金与正が「南北融和の象徴」をわざわざ爆破した本当の理由

プレジデントオンライン / 2020年6月20日 11時15分

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の特使として訪韓し、文在寅大統領(左)と会談する金与正党第1副部長(右)(韓国・ソウル)=2018年2月10日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■「南北融和政策」の大きな成果のひとつだったが…

6月16日午後2時50分ごろ、北朝鮮の南西部にある開城(ケソン)に設けられていた「南北共同連絡事務所」が北朝鮮によって爆破された。

まず爆破までの経緯を簡単に振り返ってみよう。

4日に北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長が、「最高尊厳の委員長を批判するビラを大型の風船を使って飛ばした」と韓国の脱北者団体を批判するとともに、韓国政府に対しても「これを黙認した」と強く抗議した。13日には「近く連絡事務所が跡形もなく崩れる光景を見ることになる」との金与正氏自身の談話まで北朝鮮は発表した。

金与正氏は朝鮮労働党委員長の金正恩(キム・ジョンウン)氏の実妹で、金正恩氏が一番信頼している人物だ。兄が妹を前面に押し出し、妹が国内外から脚光を浴びた格好である。

連絡事務所は2018年4月に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩委員長とが南北首脳会談で署名した「板門店(パンムンジョム)宣言」にその設置が盛り込まれ、同年9月に開設された。建物は地上4階、地下1階だった。

韓国の文在寅政権の「南北融和政策」の大きな成果のひとつであり、南北間の交渉や連絡、南北当局間の会談のために南北の当局者が常駐して意思の疎通を図ってきた。幸いなことに爆破当時、建物内にはだれもいなかった。

■「ビラで批判した」というのは北の口実に過ぎない

16日の爆破後、韓国大統領府は緊急の国家安全保障会議(NSC)を開いて「朝鮮半島の平和を望むすべての人々の期待を裏切る行為だ」との強い遺憾の意を表明した。韓国国防省も「北朝鮮の動向を24時間監視している」と強調し、「北朝鮮が挑発行為を続けるなら、韓国軍は強力に応じる」と警告。朝鮮半島に緊張が走った。

それにしても北朝鮮はなぜ、南北融和政策を推し進めてきた韓国の文政権をここまで激怒させる挑発行動に出たのか。北朝鮮の思惑はどこにあるのだろうか。

ビラで批判したというのは口実に過ぎないというのが大方の見方である。沙鴎一歩もそう思う。これまでにも同様のビラはバラまかれてきたからだ。

また北朝鮮が爆破に踏み切ったのは、対話を目指す韓国の文政権に強い圧力をかけて譲歩させ、経済支援を引き出そうと狙っているからだとも指摘されている。北朝鮮は中国での新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大を受け、中国との国境を閉ざした。中国経済に依存しているだけに国境閉鎖は北朝鮮にとって大きな痛手となり、苦しい経済がさらに行き詰まり、金正恩体制自体が不安定になる危険が生じた。

■「金正恩委員長の重体説」のニュースをどう読み解くか

さらに融和の象徴を爆破することによって韓国との緊張関係を世界に見せつけ、11月のアメリカの大統領選に全力投球しているトランプ大統領を揺さぶる狙いもあると見られる。荒っぽい挑発行為は北朝鮮の常套手段であり、国際社会から制裁を受けても核・ミサイルの開発を止めるどころか、ミサイル実験を続けるというこれまでの強硬なやり方とも通じる。

沙鴎一歩が特に気になるのは、「金正恩委員長の重体説」である。アメリカのCNNテレビや北朝鮮専門のインターネット新聞「デイリーNK」などが「手術を受け、重篤な状態になっている」と伝えたニュースだ。

このことは4月27日付の記事「『4万人超が隔離』コロナ蔓延の北朝鮮が、いま崩壊したらどうなるのか」でもこう触れた。

「金正恩氏は36歳(推定)にもかかわらず、高血圧や心臓病、糖尿病などの持病を抱えているという。太り過ぎであることは明らかで、彼に深刻な持病があっても不思議ではない。新型コロナウイルスの感染も気になる」

その後、金正恩氏は元気そうな姿を見せたが、火のないところに煙は立たない。あのときの重体説がどうしても頭から離れない。

■金正恩氏は実妹を北朝鮮の最高権力者にしようと動いている

仮に金正恩氏が大きな手術で九死に一生を得たとすれば、後遺症は残る。自分がどのくらい生きられるのかも見えてくるはずだ。そのときに独裁者は「後継者をきちんと作っておく必要がある」と気付く。その後継者が実妹の金与正氏なのである。金与正氏は31歳(推定)、いまの北朝鮮の体制を築いた金日成(キム・イルソン)主席の血を孫として正当に受け継ぐ、白頭山の血統だ。

こう考えると、今回の開城の共同連絡事務所の爆破で金与正氏が前面に出てきた意味がよく分かるだろう。北朝鮮にとって爆破は、金正恩が金与正氏の存在を国の内外に強く示す檜舞台だったのである。

4月27日付の記事では「専門家らは、平壌で昨年12月、朝鮮労働党の中央委員会総会が平壌で開催されたとき、金正恩氏が統治能力を失った場合には『統治権限を金与正氏に与える』との決定が下されたと解説している」とも書いた。北朝鮮では金与正氏に最高権力を移行する準備が進められている可能性は否定できない。

確かに北朝鮮は国際社会から隔絶され、情報が漏れにくい。それだけに北朝鮮の動きは、絶えず複眼を持って対応する必要があると思う。

■なぜ韓国は「アメをあげても足元を見られるだけ」が分からないのか

さて新聞の社説はどう見ているか。6月18日付の産経新聞の社説(主張)は、「連絡事務所爆破 北朝鮮にアメを与えるな」との見出しを立てて強く批判する。

「脱北者団体による金正恩朝鮮労働党委員長への批判ビラ散布を許した韓国への報復というが、あまりに短絡的で過激な反応だ。韓国への敵対姿勢は自らの焦燥感の裏返しではないのか」

「自らの焦燥感の裏返し」。確かに金正恩委員長は焦って苛立っている。その焦りと苛立ちが何に由来するものなのかを突き止めることが重要なのである。己の寿命を悟ったうえでの行動なのかもしれない。

産経社説は訴える。

「北朝鮮は、板門店宣言にある韓国の経済協力が実施されていないことに不満を表明している。国連制裁下では不可能な協力を約束した文在寅大統領は、まず前のめりの対北外交を反省すべきだ」
「ただ、それ以上に重要なのは危険な行為に譲歩などのアメを与えないことである。文氏は特使派遣を目指したが拒否された。対話の呼びかけは通用しない。融和路線と決別し、毅然とした態度でこの局面に向き合ってもらいたい」

韓国に北朝鮮外交を反省してもらうのは当然だ。アメリカと北朝鮮の間に入って米朝首脳会談を実現したとはいえ、文政権は北朝鮮に軽くあしらわれている。日本から見ていても情けなく感じることが多い。今回の爆破がそのいい例である。特使派遣も暴露され、批判材料に使われた。相手の足元(弱み)を見てくるのが北朝鮮だ。産経社説が主張するようにアメは通じない。

■「金与正氏の存在」と「金正恩氏の健康不安説」の関係性

産経社説は指摘する。

「米朝交渉は行き詰まり、正恩氏がパイプを持つトランプ米大統領は選挙を控えている。制裁緩和の展望が開けない。突出した行為は気を引く狙いもあるのだろう」
「日米もまた、アメを与えないことを肝に銘じねばならない。今一度、『最大限の圧力』の原則を確認し、韓国に足並みをそろえるよう求めていく必要がある」

日本とアメリカも「韓国にアメを与えるな」という産経社説には賛成だ。前述したように北朝鮮は少しでも隙を見せると、つけ込んでくる。その意味でやはり問題は韓国なのだ。韓国は反日感情を理性で抑え、日米に協力して北朝鮮の核・ミサイル開発に対処していくべきだ。とくに日本は拉致という切実な問題をなんとしても解決したい。

産経社説は「正恩氏の妹の与正党第1副部長が指導者のごとく振る舞っていることも、正恩氏の健康不安説とあいまって気がかりだ。不測の事態への備えも欠かせない」とも指摘する。「金与正氏の存在」と「金正恩氏の健康不安説」。産経社説は、沙鴎一歩が気にしていることを「不測の事態」と書く。さすが北朝鮮事情に詳しい新聞である。国際社会はこの不測の事態を常に想定しておく必要がある。

■爆破は「仕方がない」では済まされない重大な問題

次に毎日新聞の社説(6月18日付)を見てみよう。

毎日社説は「南北連絡事務所の爆破 挑発で苦境は打開できぬ」との見出しを掲げ、爆破の理由をこう説明する。

「対話路線の成果と位置づけてきた文政権への心理的な打撃を狙ったようだ」
「だが、ビラ散布は首脳会談後も続いていた。真の動機は文政権への不満だと考えられる」

「心理的打撃」と「不満」。一般的な見方の域を出ていない。新聞の社説である以上、毎日新聞らしい指摘や主張がほしい。

毎日社説は続けて書く。

「金氏は、文政権の仲介でトランプ米大統領と会談した。文氏との首脳会談も3回行い、経済協力など多くの約束をした」
「しかし、トランプ氏との会談を重ねても米国から制裁解除を引き出すことはできなかった。韓国との合意も国連制裁に阻まれ、ほとんど実現していない」
「北朝鮮が国際社会の求める非核化に応じていない以上、仕方がない。金氏が期待を裏切られたと考えているのなら、身勝手な思い込みである」

爆破は「仕方がない」では済まされない重大な問題だ。「身勝手な思い込み」というのも、北朝鮮はそういう考え方しかできない国なのだ。産経社説に比べ、毎日社説はどこか甘い感じがする。

■どうして毎日社説は北朝鮮に手厳しい指摘ができなかったのか

毎日社説は指摘する。

「北朝鮮への国連制裁は16年から大幅に強化され、外貨獲得の道が次々と閉ざされた。最近は、新型コロナウイルスの影響もあって首都の市民生活まで苦しくなったと見られる。金氏には、挑発によって苦境を打開しようという思惑があるのだろう」

「韓国を挑発して苦境から逃れる」。これも北朝鮮の思惑だろうが、ここももう少し突っ込んだ指摘がほしい。

最後に「だが韓国をさらに圧迫して日米との連携を崩したとしても、状況は変わらない。金氏は、現実にきちんと向き合わねばならない」と主張するが、これも甘い。どうして毎日社説は今回、北朝鮮に手厳しい主張や指摘ができなかったのだろうか。残念である。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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