北朝鮮の「爆破」で韓国がいよいよ正念場を迎えるワケ
プレジデントオンライン / 2020年6月23日 9時15分
■南北統一で歩みよる韓国と瀬戸際外交の北朝鮮
6月16日、北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長の指揮によって、開城(ケソン)の南北共同連絡事務所が爆破された。爆破の実行は事前の通告通りだった。爆破の後、金与正氏は今後の対韓工作を軍部に委ねると表明し、自らの指導力を世界に誇示した。
その背景には、金日成、正日、正恩と続く金一族による北朝鮮の独裁体制をさらに引き締め、持続力を高める狙いがある。
今回、特に注目されるのは、6月に入って金与正氏の強硬姿勢が鮮明になったことだ。北朝鮮は韓国を一方的に罵倒している。南北統一を目指してきた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は北朝鮮に対話を求めているが、北朝鮮は無視し続けている。その意味するところは、北朝鮮の眼中に韓国の姿はなく、米国を意識しているということだ。
北朝鮮は、軍事挑発によって韓国を揺さぶると同時に米国からの譲歩を引き出したいと考えているはずだ。そうした北朝鮮の政策で最も困っているのは韓国の文政権だろう。これまで文大統領は対北朝鮮の融和政策を推進してきた。
ところが、北朝鮮からは相手にされず、むしろ、これまでの合意を反故にする姿勢が明確になっている。文政権にとっては、かなり厳しい状況に追い込まれたと考えるべきだ。それを狙って、北朝鮮の“瀬戸際外交”が加速化する可能性は高まっている。連絡所爆破はその兆候の1つと見るべきだ。
■なぜ金一族の独裁が維持できているのか
過去、北朝鮮は国際情勢の変化を機敏に察知して外交政策を実施してきた。
自国内の経済・社会が困窮すると、軍事挑発や対外強硬姿勢を鮮明化する“瀬戸際外交”を進めた。世界の覇権国である米国は、核攻撃力を持つ北朝鮮の暴走を放置できない。米国は中国など国連安保理常任理事国の賛同をとり、圧力と外交交渉を用いて北朝鮮の暴走を抑えようとした。
国際社会の圧力に直面すると、北朝鮮は表向き「核を放棄する」と述べ、米国などから譲歩を引き出し、金一族の独裁体制の維持につなげた。状況が幾分か落ち着くと、北朝鮮は瀬戸際外交から“ほほえみ外交”に方針を転換した。
それによって米国の圧力を遠ざけ、核兵器の開発を秘密裏に続けた。韓国は北朝鮮の瀬戸際外交とほほ笑み外交の矢面に立たされ、いいように使われ続けている。北朝鮮問題を考えるにあたっては、以上の流れを念頭に置く必要がある。
■“ほほえみ外交の切り礼”金与正の変貌
6月に入り、北朝鮮は金与正氏の指揮の下で韓国への強硬姿勢を鮮明化した。金与正氏は文政権に対するほほえみ外交の切り札だった。その人物が韓国を罵倒し、特使派遣までも「許可しない」と完全に相手にしていない。
韓国社会の動揺は相当だろう。開城と金剛山周辺には北朝鮮の軍部隊が展開されている。それは、北朝鮮が瀬戸際外交に転じたことを示唆する。
背景には、北朝鮮の経済と社会の厳しさがある。2019年2月、ハノイでの米朝首脳会談で北朝鮮は制裁の緩和などの成果を得られなかった。その責任を問われ、金与正氏は謹慎を命じられた。
さらに、コロナショックによって中朝国境が封鎖され、北朝鮮は食糧難など塗炭の苦しみの中にある。事態打開のために、金正恩委員長は与正氏に汚名挽回のチャンスを与えた可能性がある。
与正氏が対韓批判などの前面に出ることで、金一族による独裁体制が続くことをこれまで以上に明確に世界に示す狙いもあるだろう。6月以降、北朝鮮が強硬姿勢を鮮明化した裏側にはそうした要因があると考えられる。
■米国の譲歩取り付けに必死の北朝鮮
見方を変えれば、北朝鮮はかなり追い込まれた状況にある。それが金与正氏の過激な発言につながっている。
金一族は、南北の連絡所を爆破することで韓国を揺さぶり、米国との対話を再開したいと考えているだろう。その上で北朝鮮は何とかして制裁の緩和など米国の譲歩を引き出したい。
現在の国際情勢を俯瞰してみると、米中をはじめ世界各国は自国の対応に手いっぱいだ。コロナショックによって世界経済は低迷している。IT先端分野を中心に米中の対立は先鋭化している。
米国では人種差別問題の深刻化からトランプ大統領の支持率が低迷した。ボルトン前大統領補佐官の暴露本の出版を差し止めようとするなど、トランプ大統領は再選への危機感を募らせている。新型コロナウイルスの感染再拡大や中国経済の減速によって、韓国の社会・経済情勢も悪化している。
その中で北朝鮮が強硬姿勢を鮮明にすれば、多くの国が北朝鮮の核開発などに危機感を募らせる可能性がある。核のリスクがある以上、軍事的な対応は極めて難しい。米国は北朝鮮との外交交渉の再開を検討することになるかもしれない。
北朝鮮は、なんとかして米国の譲歩を取り付けたい。その第一弾として、北朝鮮は南北のホットラインを遮断し、連絡事務所を爆破する行動に出た。
■中国は「朝鮮半島の平和と安定を望む」
一方、金王朝の庇護者の役割を担ってきた中国は、北朝鮮の腹の内をそれなりに理解しているように見える。それは、中朝の双方の発言から確認できる。
近年、北朝鮮は中国に相応の敬意を示してきた。5月には金正恩委員長が習近平国家主席に親書を送った。軍人出身で核開発を進める考えを表明した李善権(リ・ソングォン)外相は、中国が香港に国家安全法の導入を支持している。
そうした関係があるからこそ、中国は今回の事務所爆破に関して北朝鮮を名指しで非難してはいない。中国政府は連絡所爆破に関して「朝鮮半島の平和と安定を望む」と述べるにとどめている。
中国が圧力をかけているのは、むしろ韓国だろう。中国が朝鮮半島という表現を用いた背景には、米朝の対話が進み朝鮮半島情勢が落ち着くよう韓国が動かなければならないとの考えが読み取れる。
■国際社会の中で漂流する韓国
不確定な要素は多いものの、朝鮮半島情勢は一段と緊迫化する可能性がある。本来であれば韓国の毅然とした対応が求められるが、現状、それを期待することはできない。
南北統一を重視する市民団体などを支持基盤とする韓国の文大統領は、北朝鮮との宥和(ゆうわ)を継続せざるを得ないだろう。国内からの圧力に加え、文大統領は米中からの要請にも対応しなければならない。
一方、文氏は、米国から中国への半導体供給を見直すよう圧力をかけられている。それに対して、中国は半導体供給を続けるよう韓国に求めている。日米など海外の技術に依存し、中国の需要に頼ってきた韓国が自力で国の方針を定め、北朝鮮の挑発に対応することはかなり難しい。
ある意味、国際社会の中で韓国は漂流している。北朝鮮と対峙する韓国が自国の立場を明確化できないことは、金一族にとって都合がよい。北朝鮮としては、軍事挑発や徹底した罵倒、無視を続け、韓国が慌てふためいて米国に北朝鮮との対話を求め始めるように持ち込めればベストの展開ともいえる。
■世界情勢が緊迫化する中、日本はどう動くべきか
朝鮮半島情勢の緊迫化リスクは過小評価できない。わが国は、安全保障の強化に冷静に取り組むことが必要だ。現在、米国の地上配備型迎撃ミサイルシステムを導入する“イージス・アショア計画”を停止するなど、わが国と米国の安全保障体制には、やや不安な部分がある。
日独などに駐留する米軍の維持費をめぐる交渉も重要だ。わが国は、各国と協調して安全保障をより強固なものにすべきだ。
米国内では、トランプ氏の安全保障政策への不安が出始めている。わが国政府は、G7などの場を通して、米国との安全保障の維持が極東および国際社会の安定に欠かせないことを各国に呼びかけ、より強固な賛同を得ればよい。
それに加えて、わが国は自力で米中と良好な関係を考えるべきだ。そのためには、わが国が高機能素材などの独自の技術を磨き、米中双方から秋波を送られる存在になることが大切だ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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