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「東京にいながら8割引でMBA留学」沸騰するオンライン授業の最新事情

プレジデントオンライン / 2020年6月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

コロナ禍をきっかけに普及したオンライン授業が、アメリカの大学でも広まっている。作家、エッセイストの新元良一氏は「厳しい経営事情もあり、オンライン授業は海外の学生を取り込むチャンスになる。例えば、日本にいながら海外MBA課程を受講できる大学も出てきた」という——。

■アメリカの大学はオンライン対応に「明暗」

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、アメリカの日常も大きく変わった。ここニューヨークを含めて、その拡散防止のため自宅待機が地方の行政府から要請され、店舗やレストランから公共機関まで、多くの場所が閉鎖に追い込まれたが、大学もそのひとつである。

突然休校となった各大学は、学期の真っただ中でオンライン授業の開講を余儀なくされたが、学校によってその対応が異なることから、「明暗」が分かれたと言える。積極的にオンライン授業を推進し、これを機に、今後の大学のあり方や新しいビジネスモデルの可能性を見いだす大学がある一方、ある程度のオンライン授業は導入しつつも、景気後退を見据えて経営のテコ入れに舵を切る大学も少なくない。

■推進派は「入学者を増やし、コストを削減できる」

そんな中にあって、ニューヨーク大学ビジネススクールのハンズ・タパリア准教授はオンライン授業の推進派だ。「大学の未来はオンラインにある。しかも安上がり」と題された5月25日付のニューヨーク・タイムズ紙の記事で、今以上にオンライン授業に重きをおけば、コロナウイルスの打撃からくる大学の経営危機も乗り切れると話す。

「これまでは、ほとんどの大学でオンライン教育は趣味的なものと見なされてきた。だがこのパンデミックが起こり、(事業の)代案となった。もし大学側が戦略的にこれを好機と見なせば、オンライン教育によって学生の入学は加速度的に拡大し、大規模な経営コストの削減が図れるだろう」

そう予想するタパリア准教授だが、すでにいくつかの大学では精力的にオンライン授業の導入を行い、学生たちからも好評を得ている。

■音楽の授業もリモートで「合同コンサート」?

例えば、ニューヨーク大学アートスクールの演劇コースでは、バーチャル・リアリティを使った遠隔の授業運営を行っている。基礎的な指導を受けた受講生はその後、ヘッドフォンを装着し、他の学生とともにシナリオに基づいて演技し、それをネットで公開するシステムだ。

Zoom(ズーム)を使って演劇指導を担当するオーランド・パボトイ教授は、オンライン授業はまだ試験段階と位置づけつつも、「オンラインで実際に演劇指導できるのは、新たな発見だ」と、地元のニュース番組「NY1」で話す。

シリコン・バレーに近い西海岸のスタンフォード大学では、早い時期からオンライン授業に注目してきた。同大学で音楽を教えるクリス・チャフェ教授は、離れた場所にいても、複数の人間がともに演奏できる専用ソフトの開発研究を2000年ごろに始め、自身の授業に取り入れている。

「受講する学生には、このソフトを使って学んでもらう。合唱団と協力し、彼らにソフトの使い方を教えながらともにリハーサルをし、最終的には合同コンサートを目指す」

同大学のホームページでチェフェ教授はそう語り、音楽という専門教育を行うのと並行し、オンラインでのネットワーク操作や音響効果についても、ワークショップ形式で指導するという。

■イリノイ大学はMBA課程をオンライン授業に

新しい形のオンライン授業に向け、それぞれの講座が独自に教育方法を考案し、導入する傾向は今後拍車がかかると予想されるが、これに先駆け、すでに確固たる土壌を築いている大学もある。

電子工学分野でトップクラスのジョージア工科大学は、コンピューター・サイエンスでの修士課程を2014年に開講している。対面方式の授業の6分の1にあたる7000ドル(約75万円)の授業料で修士が取得できる同プログラムは、受講者数が1万人近くに及び、コンピューター・サイエンスの専門課程としては、国内で最大規模にまで成長した。

米中部のイリノイ大学でも同様に、オンラインでのMBA課程を2016年に始めた。ビジネススクールの専門サイト、「ポエッツ&クアンツ」によれば、同大学の課程修了までの2万2000ドルという授業料は、他大学におけるMBAのオンライン授業の3分の1、名門大学のMBA課程と比較すると「微々たる」価格と伝える。

プログラムを立ち上げた当時、300人だった学生数は3年後に2600人にまで達したことを受け、すべての通学によるMBA課程を取りやめ、大学側は2019年、オンライン授業に切り換える方針を発表した。

■通学形式と比べ8割引の授業料で受講できる

IMBAというこのプログラムについて、同大学ビジネススクールのジェフリー・R・ブラウン教授は大学のホームページで次のように話している。

「われわれは、日々忙しい人でもMBAが取得できる、いわば教育の民主化を目指している。このプログラムでは、現在の仕事や子育てを継続しつつ受講できる」

ちなみに名門と言われるインディアナ大学のビジネススクールでは、州内の住民であれば約3万ドル、州外からの受講者は5万4000ドルかかるが、これは1年間の授業料だ。通常ビジネススクールは2年間で修了となるので、全課程をこなすと倍の10万8000ドルがかかる。単純比較はできないが、8割引の授業料でイリノイ大学に留学できることを考えれば、オンライン授業がいかに安いかが分かる。

授業自体もそうだが、ビジネススクールに通う大きな目的として、将来を見据えての仕事のネットワークづくりが挙げられる。受講生同士のつながりに加えて、地域レベルで企業訪問をし、数日間通うことで当該の会社についてはもちろん、受講者が志望する業界全体に関しても学べるプロジェクトが組まれている。

■「対面形式の授業が食われる」と懸念もあるが…

こうしたオンライン授業が推進されると、学内での授業運営のバランスが崩れるという声もある。受講料が格段に安いため、従来の対面形式の授業が食われてしまうという懸念だ。

「オンライン授業は、取り立てて対面型の授業の収益を奪ってはいない。すでに社会人となった学生が、スキルアップのために応募してくるように、逆に、これまでとは違う層が高いレベルの教育を受けやすい状況になった」と、批判的な意見に対し、先のニューヨーク大学のタパリア准教授は反論する。

その一方で、オンライン授業のさらなる浸透には、大学内での取り組みの充実化が必要と同准教授は指摘する。たしかに遠隔地にいる複数の受講生へ向けて同時に授業をするには、教室の設備を整えるとともに、教員側も操作方法の学習に加え、新たなカリキュラムの内容を考案し、実行することが求められる。

しかし実績を重ねていけば、大学はもとより、大学教員全体の資質の向上にもつながる。その好例として、今期だけでも13万4000人もの受講者を集めた、マサチューセッツ工科大学で設ける、無料で生物学の基礎知識を教えるオンライン講座をタパリア准教授は挙げ、教育方法など、同校以外の生物学の教授の多くがこれに追いつこうとしているという。

■ハーバード大学は上層部の給与削減と雇用中止へ

注目が集まるオンライン授業だが、同准教授によれば、予想される景気の後退に対処するため、大学によっては違う選択肢をとるケースもある。

例えば、ハーバード大学ではその対抗策として、経営面での抜本的な改革に力を注ぐ。大学上層部の給与の削減、雇用の凍結などを先日発表したが、他大学もこれに追随した方針を打ち立てると見られる。

これらの大学がオンライン講座への期待が薄いのは、学生から授業料の返還を求められることへの恐れ、とも受け止められる。筆者も今回のパンデミックが起こった頃、ニューヨーク大学大学院に通う女性から、オンライン講座に変更されたのに、なぜ同額の授業料を払わなくてはならないのかと不満を聞いた。

この状況に加え、もともとアメリカでの大学教育をめぐる厳しい環境は、コロナウイルス感染の前から問題視されてきた。

そのひとつが、海外からの留学生の減少である。

■授業料は約30年間で2倍以上に増加

入国に関し厳しい取り締まりを重要課題とするドナルド・トランプの政策によって、政権発足以来、外国人留学生の入学は下降線をたどっている。そこへこのパンデミックが追い討ちをかけ、夥(おびただ)しい数の死者を出している国から、留学希望の若者たちや彼らの家族の足が遠のいた。

さらに、長年にわたる授業料の値上げがここへ来て、大学の経営側の足を引っ張り、教育における格差を生んだことも見逃せない。

1980年から2014年で授業料の値上げ幅は、経済のインフレ率の2倍にあたる実に260%の上昇を記録した。昨年度の集計によれば、私立大学で4年間学ぶと20万ドル、公立でも同期間で10万ドルもの巨額の授業料を払わなくてはならない、と前述のニューヨーク・タイムズ紙の記事は伝える。

■補助金カットに苦しむアメリカの大学事情

ニューヨークの私立大学ニュースクールで歴史を教えるクレア・ボンド・ポッター教授は、授業料高騰の背景に政治の介入を指摘する。ニューヨーク市立大学などかつては無料、もしくは低い授業料だった大学は、80年代に大幅な補助金カットのあおりを受け、財政上の困窮状態に直面し、授業料の引き上げに踏み切った。

「市、州、そして連邦政府の政治判断により推進された授業料の徴収は、1960、70年代に有権者が絶え間なく減税を要求したのに応じたからだ。カリフォルニア州はその先陣を切った。1967年から1975年まで州知事だったロナルド・レーガンは高等教育への補助金を20%と決め、納税者が“知的好奇心を補助”すべきでないと述べて、カリフォルニア州立大学全校の無料教育をやめさせた」

別のニューヨーク・タイムズの記事でそう語るポッター教授だが、レーガンが80年に大統領へ就任すると、大学経営は授業料で賄うという機運は全米規模に広がり、債務の負担が学生やその家族に重くのしかかり現在に至っている。

■日本にいながら海外MBAが取得できる未来も

昨年、ハリウッド俳優など金持ちの親をもつ子どもが、賄賂を使って名門大学に不正入学し、大きなニュースとなったのは記憶に新しいが、大学に通えるのはそうしたひと握りの富裕層か、海外からの金持ちの留学生という構図がいつからか出来上がった。となれば、大学教育を受けられなくなった中流、低所得者の市民の不満は募るのも無理からぬことだ。

そして、かつて政治が変えたアメリカの大学教育システムが、今度は政治に変化をもたらし始めた。

今年11月に行われる大統領選に向けて、民主党の有力候補だったバーニー・サンダースは、大学教育の無料化を政策の基軸のひとつとして訴え、ほかの候補者も歩調を合わせた。最終的に同党の大統領候補はジョー・バイデンに決まったが、若者を中心にこの政策を支持する有権者が多いことから、賛同を表明していなかったバイデン氏も考慮せざるを得ないだろうし、となれば、共和党のトランプと争う本選挙でも論点のひとつになると思われる。

アメリカの大学がこうした生き残りをかける過程で、財政上富裕層に頼ってきた現システムを脱却し、より開かれた教育の場へのシフトが求められる。新たな入学者層の開拓に向けてオンライン授業を大幅に導入すれば、国内だけでなく、海外からの受講者の拡大が見込め、経営の新たな支柱にもなり得る。この実現によって、日本に在住しながら語学留学したり、MBAを取得したりできる可能性が広がるかもしれない。

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新元 良一(にいもと・りょういち)
作家、エッセイスト
1959年生まれ。84年に米ニューヨークに渡り、22年間暮らす。帰国後、京都造形芸術大で専任教員を務めたあと、2016年末に再び活動拠点をニューヨークに移した。『WIRED』日本版のSZ MEMBERSHIPにて「『ニューヨーカー』を読む」を連載中。主な著作に『あの空を探して』(文藝春秋)。ブルックリン在住。

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(作家、エッセイスト 新元 良一)

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