なぜ日本企業は「年上だから」という理由でリーダーを決めるのか
プレジデントオンライン / 2020年6月27日 11時15分
※本稿は、田口力『クロトンビル 世界最高のリーダーを育てる組織』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■その人は「どうして昇格する」のか
たとえばある部門長が、昇進や異動、あるいは転職したとします。空席になったポジションを埋めるため、何人かの候補者が挙げられることになります。後継者プランを策定している場合は、その該当者を中心に検討されます。
ここまでは、多くの企業で一般的に行われていることだと思います。
問題は、「後継者候補の人たちが、空席になったその部門長の職務を十分に果たすことができる」ことの根拠を、何に求めるかということです。
多くの組織では、「現職で優秀な業績を挙げたから昇進させる」という論理に基づいて、管理職に登用したり、役員にしたりしています。しかし、「名プレーヤー必ずしも名監督ならず」という言葉があるように、一人のプレーヤーとして優秀であった人が、管理職としても成功するとは限りません。課長職では成功したけれど、部長になったら失敗したということもあるでしょう。その理由は単純で、それぞれの職務に求められる能力要件が異なるからです。
■現職での業績だけが根拠でいいのか
しかし、ある人を昇進させるための明確な根拠が「現職での業績」しかない場合、希望的観測によって「彼なら大丈夫。立派に部長の仕事ができる」という具合に考えて昇進させていないでしょうか。
これではいわゆる「ピーターの法則」に陥ってしまいます。
この法則は、「人はその能力の限界まで組織内で昇進するとすれば、どこかの段階で自己の能力では全うできないポジションに就き、限界を迎える。その限界を迎えたポジションでは業績を挙げられないので、無能者として評価され、それ以上昇進できずそのポジションに滞留する。やがて組織はその職責を全うできない無能者で満たされる」というものです。
■「ピーターの法則」がもたらす残念な状況
このピーターの法則は、50年以上前に南カリフォルニア大学の教授であるローレンス・ピーターによって提唱されました。大変有名な法則であり、この法則に陥らないための対策まで研究されているにもかかわらず、実に多くの企業がピーターの法則で指摘された残念な状況になっています。
ピーターの法則に陥らないようにするための対策は、次のポジションに求められる心構えや能力を昇進前に開発し、スキルとして発揮できることを確認してから昇進させることです。そのほうが本人にとっても組織にとっても幸福なことなのではないでしょうか。
ところが多くの企業では相変わらず、昇進・昇格後に昇格時研修を行っています。そうした研修の講師をしていますと、管理職や経営幹部不適格者が一定の比率で混じっており、背筋が寒くなる思いをすることがあります。
考課者研修など、昇格後に必要な研修も当然あります。しかし、そうした研修と、ここで言っている研修とでは中身や目的が全く異なります。
また、昇進・昇格前に研修をするだけではなく、次のポジションで必要とされる能力を発揮できているかどうか、確認するためのプロセスも構築する必要があります。
もちろんこの確認プロセスにおいて管理職不適格とわかれば、専門職として活躍し続けてもらうという選択肢も用意すべきです。いったん管理職に登用した後に、管理職不適格であるとわかったからといって、その職務を解くためには相当の労力と時間を要しますし、本人と組織に対してダメージを与えることになります。
■タレント・パイプラインと自動車教習所
クロトンビルの大切な役割の一つとして、優秀な人材を育成し、組織に供給し続ける「タレント・パイプライン」としての機能が挙げられます。このパイプラインによって供給された人材は、各組織において「タレント・プール」として貯蔵され、次のステージで活躍する準備を整えます。もちろんその間に、次のポジションを務められるかどうかという適格性を見極められるわけです。
クロトンビルの研修は、基本的にすべて「昇格前研修」です。前回の記事で紹介したように、人と組織のレビューであるセッションCによってハイライトされた優秀社員は、昇格前に次のポジション・レベルで求められる能力をクロトンビルの研修で身に付けることになります。
この仕組みを私は、講演などで「自動車教習所」方式と呼んで紹介していました。1週間から3週間におよぶ研修は、まさに教習所の敷地内で車の運転という基本スキルや知識を身に付けるようなものです。
■「この修了証書は将来のキャリアを保証するものではない」
研修の最終日、修了証書と記念品を参加者に渡した後、私はいつもこう言っていました。「今、皆さんが手にしている修了証書は、車の仮免許のようなものです。この研修で学んだことは、職場で実践して初めて意味があるものになります」
「これから皆さんは、このクロトンビルの教習所を出て、職場という路上教習で、ここで学んだことを実践することになります」
「その様子を皆さんの直属の上司、そして上司の上司、担当人事、ビジネス・リーダーたちが見ています。路上教習が合格となったら、次のポジションへの挑戦権を得たことになります」
「勘違いしないでほしいのは、このクロトンビルの修了証書は、皆さんの将来のキャリアを保証するものでは全くないということです。あくまで手にしているのは仮免許なのです」
すでにお気付きのように、昇格前研修を行い、タレント・プールをつくり、その中から昇格者を決めるということは、研修と昇進・昇格が密接に連動しているということを意味します。
実際、昇格者を決めるときの書類には、その人物の顔写真と共に、その横に名前、そして履修したリーダーシップ研修のうち最上位のコース名が記載されます。クロトンビルのリーダーシップ研修が、その人物の昇格要件として重要視され、昇格するに当たってその有資格者かどうかの判断基準の一つとして扱われるのです。
■昇格後の研修参加者が消極的になる理由
GEの従業員は、クロトンビルのリーダーシップ研修に選ばれたということが、自身に昇進の可能性が出てきたことを意味するとわかっています。ですので、研修に対する態度が極めて積極的です。
多くの企業でも、研修と昇進・昇格が密接に連動しているはずですが、それは昇格後に研修が行われるという文脈での話であると思います。
人材開発担当者として昇格後の必修研修を運営していて、参加者の態度が消極的であると感じたことはありませんか。それは至極当然のことです。なぜならすでに昇格してしまっているので、研修の必要性を参加者たちが感じていないからです。
では、どうしたらよいのでしょうか。
GEでも昇格後研修として、労務関連などのトピックを扱うマネジメント研修をします。その参加態度はとても積極的です。なぜなら、これを知らないと、あるいはこれができないとそのポジションで失敗することになるというトピックで研修プログラムを構成しているからです。
つまり昇格後の研修で扱われるべきトピックは、昇格したポジションで必須の、人と組織のマネジメントに関するものであるべきなのです。
■義務感では研修への動機付けが生まれない
ところが多くの企業では残念なことに、昇格前研修で行うべきリーダーシップ研修をしていないため、昇格時(後)研修でリーダーシップとマネジメントを混ぜて実施してみたり、通過儀礼的な当たり障りのない内容にしてみたり、といったことになりがちです。これでは、研修の参加者は混乱するか、義務感や強制された気持ちで研修を受けることになってしまいます。こうした状況では、研修を通じて自分を成長させたいといった動機は生まれません。
当たり前のことですが、研修に限らず人が何かをしようと思うとき、あるいは人に何かをさせようとするときには、動機が必要です。昇格前、昇格後に必要な研修は何か、そしてその内容が参加者を動機付けるようなものにするためにはどうしたらよいか、原点に立ち返って検討することが大切です。
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上智大学グローバル教育センター 非常勤講師
1960年、茨城県生まれ。83年早稲田大学卒業。政府系シンクタンク、IT企業の企業内大学にて職能別・階層別研修や幹部育成選抜研修の企画・講師などに従事。2007年GE入社。14年に退社し、TLCOを設立。04年、一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース修了(MBA)。
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(上智大学グローバル教育センター 非常勤講師 田口 力)
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