全世界共通「女性社員が出世したがらない」本当の理由
プレジデントオンライン / 2020年7月8日 9時15分
※本稿は、キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「ダメなら、もとのポストに戻ればいい」
読者のなかには、過去に自分の会社で能力のある女性を高いポストに就けようとしたものの、本人から「自分はまだ力不足です」と辞退されて落胆した人がいるかもしれません。私自身、経営トップに向けた講演会などの質疑応答で、「女性活用を進めようとしても、肝心の女性たちが昇進したがらない。どうしたらいいのだろう」という相談を受けることも多いのです。
そこで私が話すのは、「断られたとき、あなたは何をしましたか。簡単に諦めて『では今のポストで満足なんですね』と引き下がったのではありませんか。それでは何も変わらないですよ」ということです。
ダイバーシティや女性活用に意欲と推進力のある経営者として知られ、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)日本法人やカルビー株式会社でトップを務めた松本晃さんも、何度かそうした経験をしたそうです。女性の部下が昇進を断ってきたときに松本さんは、「私がトップとしてあなたを全面的に支えます。失敗するリスクはゼロではないけれども、そのときは私が責任を持ってサポートをする。だから心配しないでがんばってください」と励ましたそうなのです。
それでも尻込みする女性に対しては、「もし駄目だったら、もとのポストに戻ればいいじゃないですか」とまで声をかけ、女性管理職たちの後押しをした。これがターニングポイントになって、女性の管理職が生まれ始めたそうです。
■女性の方が「慎重」なのは、日本だけではない
そうなればしめたもの。高いポストに就いて活躍している女性たちを見て、その周囲にいる女性たちも「あの人にできるなら、私もがんばればできるかもしれない」「先輩ががんばっているのを見ていたら、私も管理職を目指したくなった」とばかりに後に続いていったそうです。
そうした取り組みが成果をあげ、ジョンソン・エンド・ジョンソン社は2018年の「女性が活躍する会社BEST100」の1位に。カルビーも女性活躍に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」に7年連続で選ばれています。また両企業とも、その間に業績を大きく伸ばすことに成功しているのです。
松本さんが女性たちに対して行ったのは、「私はあなたを見ています。あなたの能力を信じています。この仕事をきっとあなたはやり遂げると信じています」と相手を勇気づけ、後押しすることでした。
どうしてそんな面倒なことをしなければならないのだろう――と思うかもしれません。そこには女性が、男性よりも慎重――言い換えれば「用心深い」という傾向があることをぜひ知っていただきたいと思います。「それは日本女性の嗜(たしな)みだからだろう」とお考えでしょうか? いいえ、実はその傾向は全世界的なものなのです。
■なぜ米国でも「リーダーの大多数は男性」なのか
世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス、フェイスブックの最高執行責任者(COO)のシェリル・サンドバーグ氏が、2013年に発表した著書『LEAN IN(リーン・イン)女性、仕事、リーダーへの意欲』。「一歩を踏み出す」というタイトルを持つ本書は、本国アメリカでも100万部以上を売り上げ、全世界でベストセラーになりました。
タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」にも名を連ねる彼女が、なぜいまだにアメリカの政府や企業のリーダーの大多数は男性なのか。なぜ女性のリーダーが生まれにくいのか。その原因を、自身の経験もまじえて率直につづっており、女性活躍に関心のある読者の皆さんにも非常に参考になる著作だと思います。
社会に築かれた自分の外の障壁に加えて、女性は自分の中の障壁にも行く手を阻まれている。私たち女性は大望を掲げようとしない。それは自信がないからでもあるし、自ら名乗りを上げようとせず、一歩踏み出すべきときに引いてしまうからでもある。私たちは自分の内にネガティブな声を秘めていて、その声は人生を通じて囁きつづける――言いたいことをずばずば言うのははしたない、女だてらにむやみに積極的なのは見苦しい、男より威勢がいいのはいただけない……。私たちは、自分に対する期待を低めに設定する。相変わらず家事や育児の大半を引き受けている。夫やまだ生まれてもいない子供のために時間を確保しようとして、仕事上の目標を妥協する。男性の同僚に比べると、上の地位をめざす女性は少ない。他の女性のことをあげつらっているわけではない、私自身が同じ過ちを犯してきた。いやいや、ときにいまも犯している。
女性が力を手にするためには、この内なる障壁を打破することが欠かせない――これが、私の主張である。〉
(『LEAN IN(リーン・イン)女性、仕事、リーダーへの意欲』シェリル・サンドバーグ著、村井章子訳、日本経済新聞出版社、2013年、P15、P16)
■「励まし」で高パフォーマンスを出す例も多い
なぜ女性は男性に比べてポストが上がることに対して一歩を踏み出すべきときに「引いて」しまうのか。程度の差はあると思いますが、女性はリスクを取るよりも、確実な道を慎重に進む傾向があるからかもしれません。
これも講演会などでよくお話しするのですが、たとえばあるポストに就くために必要なスキルが10あるとして、ある男性はそのうち3つしかスキルがないのに「私は10のうち最も大事な3つのスキルでトップクラスの実力を持っています。だから昇進させてください」とアピールする人が多いです。それに対して女性は、7つスキルを備えているのに「私は3つのスキルをまだ備えていませんから、昇進にはふさわしくありません」と答えてしまう人が多い。これは、自信が無いことのあらわれではないと思います。女性が男性よりすこし慎重なだけだと思います。
慎重であること、高いリスクを取らずに足元からこつこつと実績を重ねていく女性の特性は、ビジネスの現場で必ずしもマイナスばかりとはいえません。10のうち7つのスキルを備えた女性が、「あなたを信じています。あなたなら出来ます。男性たちを含めたなかでも、あなたが最適だと思います」とトップから励まされ、応援を受けることで、高いパフォーマンスを発揮する例も多いからです。
■「子育て」と「介護」も慎重さの原因
もう一つ、女性が昇進に対して「慎重」になってしまう理由の一つとして、本書の第1条でも触れた「M字カーブ」の問題があるでしょう。
社会に出て就職しても、結婚して子どもが生まれたらいったん仕事を辞め、そして子どもが大きくなったら再び仕事に就くという、日本独特の女性の働き方です。近年は共働きが増え、子どもが生まれても仕事を辞めない女性は増えてきました。しかし保育所に入れない、入れたとしても子育てをしながらの激務はつらい、また子どもとの時間を大切にしたいといった思いから、会社で責任あるポストに就くことをためらう女性も少なくないと思われます。
また子育てを終えて職場に復帰しようとする40代から50代には、親世代の介護という新たな問題も出てきます。核家族で兄弟の少ない人が多いなかで、複数の親を同時にみる人も今後は増えていくでしょう。
■「女性だから簡単な仕事」も「女性だから優遇」もダメ
![キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/7/200/img_877a07c15b9178fcabcc2d9bc29024cc461930.jpg)
しかし多くの企業が間違ってしまうのは、そうした女性の迷いや事情を察して、彼女たちをタフな仕事や厳しい挑戦の機会から遠ざけてしまうことです。それを「優しさ」と勘違いしてはいけません。「優しく」扱われた女性たちは、「この職場に自分が必要とされている」という実感が持てず、仕事に面白さややりがいも感じられない。そこで結婚や子育て、介護といった重要なライフイベントが起きると、そちらのパワーに引っ張られ、迷いながらも結局は職場を去るという選択をしてしまう危険が高まります。
優秀かつ能力が高く、成長の可能性を秘めた女性の人材には、できるだけ早い段階からタフなポスト、やりがいのあるチャレンジの機会を与え、「自分はこの会社になくてはならない存在だ」「期待をされている」という自信を持たせるほうが得策である場合が少なくない。男性並みの厳しい機会を与えることも必要です。すくなくとも私は経験上、そう確信しています。
また、スキルが不足しているのに「女性だから」という理由で優遇するのも間違いです。それでは本人が周囲から「女性だから昇進したのだ」と悪意を持って見られてしまい、本人もやりにくくなってしまうでしょう。経営トップとして、人の可能性を見抜く目、励まして育てる力量が試されると思います。
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ゴールドマン・サックス証券 副会長
1965年米国生まれ。ハーバード大学卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院修了。90年バークレイズ証券、94年ゴールドマン・サックス証券入社。99年に「ウーマノミクス」を発表し、日本政府が打ち出した「女性活躍」の裏付けになる。『インスティテューショナル・インベスター』誌日本株式投資戦略部門アナリストランキングで1位を獲得。2015年から現職。チーフ日本株ストラテジストとして活躍する一方、アジア女子大学の理事会メンバーも務める。1男1女の母。
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(ゴールドマン・サックス証券 副会長 キャシー 松井)
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